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10.ヤギュウ帝国【掃討戦】

「よもや、この私に対してただ一人しか立ち向かわないとはね」

 疲弊しきった戦場。

 既に藍色の空が世界総てを支配しつくした時刻――炎に熱せられた大地に立ち、衝撃が蹂躙した地面を背景に腕を組む全身甲冑の存在は、呆れたように嘆息していた。


 ヤギュウ帝国の闘争は、総力を以てして開始する。

 時刻はちょうど正午に差し掛かる辺り。騎士を先頭に置き、十八万の軍勢との戦争は果たして始まり――。

 総量十八万三千を殲滅。

 対してヤギュウ帝国は八万から三万まで兵隊を消耗。

 主に先陣を切り勝利に導いた騎士の殆どは殉死し――故に、全てが終えたと、その達成感や脱力感に満たされた場に”落ちてきた”その甲冑が現れた瞬間、およそ全ての者がそれを理解できなかった。

 なにが落ちてきたのか分からない。

 それが生きているのかすら分からない。

 だからその凛然とした声が、戦場に似つかわしくない燕尾服姿の中年男性が勇猛と出で立ち対峙しても尚、残っている総ての者は認識しない。

 ――異種族を相手にして、これほどの有様なのだ。

 もし魔人が現れたならば、その勝機など――。



「最悪の状況で、か……?」

 異種族との戦闘が開始する半日ほど前。

 皇帝の前で跪くウラド・ヴァンピールは、己の言葉が彼に疑問を抱かせることに、正直なところ驚いていた。

 ――最悪の状況、つまり全軍が全滅した時、勝利しても尚新たな敵が現れた時。その状況では、およそ動けるのは己のみ。だからその時には全ての指揮権を自分に託してはくださらないか……そう頼んでみたのだが、皇帝は虚を衝かれたように呆けて口を開けていた。

 ウラドは忠誠を誓っても尚、尊敬には至らぬその男に、やれやれと肩をすくめる。

 まだどうやら、自分の事に正確な認識を抱かれては居ないようだ。

「私には出来る。その自信はあるつもりです。なにせ、私は他の連中とは違う――特に、異人種なぞとは」

「なぜ……と問うてもいいか?」

「ええ、この際です、よく理解いただきましょう――」



「ただ一人しか立ち向かえぬと理解して頂こうか」

 腰に短剣を携えただけの男は、腕組みを解いて両手を広げる。

 白銀の甲冑を装備したその魔人は、彼の遥か後方にて行く末を見守る軍勢をウラド越しに眺めてから、

「なぜと、訊いても?」

「構わぬ――この闇の中で貴君を倒せるのが唯一私だけと言うことだ」

「なるほど、明確な答えだわ。全てに於いて貴男の言葉は正しい……ただひとつ、その思惑通りにならないという結果を除いて」

「吠えよる」

「わん、と鳴いても構わないけど」

 不敵なやり取りは、特に意味があるというものではなかった。

 互いに探りあうこともあるが、この程度では相手の性格を計り知ることくらいしかできないし、そもそも魔人はそれほど賢しい手を使う予定もなかった。

 戦術と言う程でもない、いうなれば小手先を扱う彼女は、そもそも死ぬ気で頭をつかうほどの敵に対峙した覚えはない。

 だが――と思う。

 この男は中々楽しませてくれそうだと。

 ただの人間ではない。だが、異人種とは雰囲気が、臭いが違う。

 となれば、この男はこの世界に元から存在する”異形”なのだろう。

「夜の眷属……そう呼ばれたりは、しない?」

 確認の意で尋ねてみる。

 その返答はおよそ彼の弱点さえも教える結果となり得るものだったが、

「吸血鬼と、私は少なくともそう呼ばれている」

 誰を前にしてもこの血を、種を隠す理由など無い。

 そのような誇りを汚すことなど出来るわけがない。

「そう」

 短く頷いた女は、全てを理解したように腰を落とし、ウラドへと構える。

「我々に喰われて造られたものでも、ましてや人間でもない……その得体のしれない貴男は強いの?」

「無論」

「楽しみだわ」

「私は自分が楽しむことしか知らぬ故、貴君を楽しませられる自信はないな」

「大丈夫、勝手にするから」

 彼女が拳を作り、腰溜めに構える。

 対するウラドは身体にまとわりついた黒衣を振り払い――その肉体が、闇の中に霧散する刹那。

 彼女がにわかに突き出した拳が、男の心臓を貫いていた。

 ――距離は十歩ほど離れているのにもかかわらず、確かな拳撃はウラドの胸部を穿っていて、

「……そういう事ね」

 闇が弾ける。

 貫いた部分はまるで元から何もなかったかのように消失していて、やがてウラドという男の姿も闇間にたゆたい、中空へと浮遊しはじめた。

「倒せるかなぁ」

 わざとらしい不安の声に、馬鹿らしいと吐き捨てるウラドは彼女の頭上で姿を現し、その口元を引きつらせるように吊り上げた。

「くだらん、考えている暇があるならやることがあるだろう、貴君!」

 

 そう叫んだ事に驚いたのは、何よりも自分だった。

 ウラド・ヴァンピールは驚愕する。本来そんな台詞を吐くほどの熱血漢などではなかった己に。

 いつからだろうか、この燃え滾る胸のうちに気づいたのは。

 誰だろうか、このように自分を熱くさせるのは。

(……ジャン・スティール)

 あの男に敗北してから、負け知らずのこの自分が初めて辛酸を舐めてから、変わりつつあった。

 取るに足らぬ青年である。再戦を望めば、十中八九負ける気がしない。というよりも、敗因は彼が奥の手として隠していた、他者の魔法を再現する術によってである。あの場に人狼さえ居なければ、その魔法さえ再現できなければ彼に敗北などすることは決してなかった。

 だが、仮にあの戦いで勝てたとして。

 アレほど愚かなまでに真っ直ぐで、己の弱さを理解して居ながらも圧倒的強者に喰らいついたあの青年を忘れることなど出来ただろうか。

 否――だと信じたい。

 何よりも、幾多と出会って戦ってきた戦士の中で、己を変えんとした男がその程度だとは思いたくなかった。

「だから」

 ――故に。

「最初から本気で来いッ!」

 全力で立ち会おう――。



「先に言っておくけど、私を倒してもまだ五人の魔人が居るからね」

 その実、この戦争行為に参戦しているのが長兄を入れて残り三人ほどしか居ないのは、口が裂けても言えなかった。

 そもそも、妹であるリザは不参戦を意固地として曲げなかったのにもかかわらず、死んでしまったのが悔やまれる。あの娘は、三男坊よりもこよなく愛していたというのに。

「全て殺すまでよ」

「そう、なら少しは楽しませて――」

 見せてよ。言葉はそこまで続かず、

「――ッ?!」

 ウラドが腰から振り抜いた短剣が、抜刀した瞬間にその刀身が火焔を迸らせて――息をする暇も、思考する間も無い。

 刀身から膨張した業火が、天空を焼き尽くす程の巨大な一閃と化して彼女を飲み込んでいた。

 死地となる乾いた大地の中に、遠方からでも確かに認識できるほどの巨大な炎の刃が大地を焦がす。

 その中で、ラウドは意気揚々と叫んでいた。

「この私がッ、何の用意もせずにこの時を待ち構えていたわけが無いだろうッ!」

 その短剣は、ジャンの枕元に置いてきたものと酷似していたが、その能力は比べ物にならぬほどの力を発揮していた。

 ――故に、断ずるとすれば、それは本物の『異世界から落とされた十ある内の一つ』である。

 ただの炎ならば熱されることさえも無い甲冑が、その表面を黒くする。

 彼女は炎の中で短く息を吸い込むと、そのまま大地を蹴り飛ばして業火の横腹を内側から突き破って逃げ出した。

 着地するも、バランスを崩して転倒。そのまま幾度か転がってから、跪く体勢で一度落ち着いた。

 ――残りがゼロとは言わないが。

 ウラドとの距離は、既ににニか一か、少なくともその突き出した短剣が喉元に触れんとするまでに縮められていて、一閃。

 喉元に深々と突き刺して振り上げる斬撃は、火花を上げ、力づくで鋼鉄を引き裂くような異音をかき鳴らして、彼女の鉄仮面を、その顔面ごと深々と切り裂いていた。

 顎の骨が砕ける暇もなく、それはまるで溶かされたかのように切り開かれ、鼻を袈裟に、そうして額に斜めに進入したまま振り抜いた刃は、だが頭部を破壊するには至らない。

 故に、死なない。

 引き裂かれた鉄仮面の隙から見える彼女の艶やかに血に濡れた唇が、三日月に反り返ったのを見た。

 影に、闇に戻るに間に合わず、鋭く振り上げた蹴撃がウラドの正面から、その首筋へと撃ち込まれ――力づくで、まるで女性のような可憐さの一切もなく、その蹴りは男を勢い良く吹き飛ばしていた。

 焦げた大地を二転三転、砂煙を上げる枯れた地で肉体をすり潰すかのように勢いに引きずられ、やがて衝撃も死んで停止する。

 ――立ち上がるなどという所作もない。

 ただ一度だけ闇に溶けたかと思えば、その男は直立状態で彼女を睨んでいた。

「まさか、貴男がそういう戦い方をするとは思わなかった」

「貴君がそれほど暴力的だとは思いもよらなかった」

 再生せぬ使い物にならなくなった鉄仮面を引き剥がし、投げ捨てる。

 その甲冑のような白銀の髪は、短く纏められていた。全てを見透かそうとするその瞳は、空の深い藍色を移すような色を持つ。

「綺麗?」

「ああ、見事な蹴りだった」

 くだらぬやり取りは、意味を成さない。

 まるで不敵過ぎるその会話は、まるで死闘を繰り広げようとする以前と何も変わらなかったが――。

 ――本気になるに値する。

 そう評する次女――十二いる兄弟の中で七番目の力を持つ彼女は、ウラドを認め。

 ――身体が温まってきたか。

 力に飲まれぬように注意しつつ戦うウラドは、対等に戦えると確信できた”力”を握りしめた。

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