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9.倭国【電撃戦】 下

 クランが野太刀を振り下ろす。

 その次の瞬間、空間を切り裂いた彼の姿は、魔人の視界から消え失せていた。

 ――その行動は、彼の導く結果は決して予想に難しいものなどではなく、また魔人にとっても既知の範疇だった。

 曲がりなりにも、それは彼らと出所を同じくする。

 いわば、彼らが所有していたと言っても過言ではない。

 ならばそんな武器の効果を、使い方を、彼らが知らぬわけもない。

「そう来ることは」

 既に完治し、傷跡一つない左手を振り上げて、後ろを振り返る。

「わか――」

 拳を振り下ろす時間など無い。

 そもそも、その左手が拳を作る暇など与えない。

 逆袈裟に振り上げる野太刀が左腕を輪切りにし、さらに小手先で返す切っ先が男の胸元を深く抉る。

 僅かな手応えのみを残して、それはまるで切れることが当たり前で斬られるのが絶対的であるように、魔人の左半身が瞬く間に細切れにされる。

 だが――、

「甘い!」

 肉塊に変えられた身体の一部がにわかに液状に変化したかと思うと、うねり、闇色に染まり――結合。それは肉体を構成するように、表面張力を見せるように損失した部分を補ったかと思うと、硬質化。

 身体ごと粉々に切り刻まれたはずの装甲さえも、それは一瞬にして再構築されていた。

 ――それがその男の持ち味にして、持ち前の魔法である。

 

 されど、クランを前にして、決して死なぬと確信している魔人が違和感を覚えている部分があった。

 それは、彼の足さばきが完璧なまでに攻撃を寸前で避けさせているところであり――。

 また、仮にあの太刀自体が魔人と同等の力を持っているとした時。

 それを扱う者の力が加われば、つまりは単純計算で実力を上回るという事なのではないか――。

 生涯、感じ得なかった奇妙な屈辱感を覚えながら、だが男は余裕を湛えてクランと対峙した。


 怪しい鈍い輝きを放つクランの瞳を見据えながら、魔人はその最高峰の再生力をみせつける。この力があるからこそ貴様の、その武器の回収に充てられたのだと示しながら、

「それだけか」

 ゆえに、その”最高峰の再生力”しか持ち得ないのだと、クランに見限られていた。

 既に青年の中では心は決まっている。この戦闘が逃れられぬものだと理解した刹那から、その命を切り捨てる覚悟で立ち向かっている。

 魔人にとって”希望”たりえたのは、その圧倒的な強さというものに対して恐れおののき油断や隙を見せる人間の甘すぎる対応だったのだが。


 不安が纏わり付く。

 ありえぬと斬り捨てようものならば――。


 一閃が迸るも、即座に特攻して脇をすり抜けて回避。その折に脇腹へと猿臂ひじによる一撃をくれてやる。

 だがその肘鉄は虚空を穿ち、

「……ッ?!」

 魔人の眼前に回り込んだ青年の一刀が頭部目掛けて放たれるが、即座に横に飛び退き――肩口から鋭く、股ぐらまでを切り裂かれた。

 されど、それさえも瞬時に完治する。

 キリが無いと思われた。

 ――そう思っているのは、魔人のみとはつゆ知らず。

 名すら名乗らぬ魔人が、既に距離を零にしているクランへと拳を振り薙ぐ。

 人間如きが反応するなどおこがましい、そう両断するような目にも留まらぬ速度で、その拳は瞬時に顎下を照準して肉薄する。

 だが、その軌道が、どこをどう狙うのかが”視えて”いれば速度など不要。

 ゆえに、どれほど早くとも到達するのに時間を要する限り、回避は可能であり、

魔法ちからを――解放しろッ!」

 その漆黒の刀身が吸収した光を解き放つように眩く輝いた瞬間――その野太刀の能力は、何かの予兆も出し惜しみも無く、発揮された。

 魔人は言葉も残さず、その肉体を縦真二つに両断される。

 その巨大な『断裂』はそれだけに終わらず、地面深くまでに抉り込んで大地を”ずらす”。

 見えぬ大きな斬撃が、その大地を溶けたバターか何かのように容易く切り裂いていき――。


 森が両断され。

 その魔人は、最高峰の再生力を発揮する前に即死した。


 その戦闘は極めてあっけなく、魔人と言うほどの敵を前にして、だが彼が魔人としての最大の戦闘能力を見せることはついにはなかった。

 クランは必殺の一撃を解き放ち、その役目を終えた野太刀を背中の鞘に収め、ポケットから白く濁る魔石を取り出す。

 魔力を込めれば通信が開始し、暫く置いてから『こちら作戦本部』と応答の声が聞こえた。

「こちらクラン・ハセ――我奇襲に成功せり。戦闘終了、予定通り敵を撃破した」

『ご苦労……と労りたいところだが、前線は劣勢だ。引き続き、”宝具”を使用し援護を頼む』

「了解した」

 短い応対が終え、無骨な真円でもない魔石をポケットにねじ込む。

 クランは嘆息しながら身体の中央を縦に切り抜かれたまま倒れる魔人を――そして、その向こう側で頭部を潰されて殺害された師とも仰いだ男を一瞥する。

 やりきれない。

 敵を倒したというのに、これこそが予定通りであり、彼の犠牲がなければ敵の警戒を招いてしまう可能性があったかもしれない故に、この選択は決して間違ったものではなかった筈――なのに。

「くそ……」

 他にやりかたはなかったのか。

 ”作戦通り”だったが故に、煮え切らぬ感情が、収まらぬ怒りが、クランの魂を焦がしていた。

「悔いても仕方がないんだろうが……」

 いっその事涙が出ればいいのだろうが。

 試合に勝って勝負に負けた――どうしようもない敗北感が胸を占めた時。

 クランは野太刀を背中から振り抜き、即座に前線とその空間とを繋いでいた。


 倭国での戦闘は日暮れ前には終了し、その結果は戦略級の力を誇る野太刀の性能によってほぼ圧倒したと言っても過言ではなかった。

 だが、異種族との戦闘にしては被害は少なくとも、胸に刻まれた傷は大きい。

 されど成すべきことを成したその国にとっての勝利は、暫く民の間にその余韻としての安堵と――またいつ来るか分からぬ、といった不安とを、共に刻み込んでいた。

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