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8.倭国【電撃戦】 上

 ガウル帝国で、まだ日が落ちぬ時刻にまで巻き戻る。

 ――そこは倭国と呼ばれる、アレスハイムの存在する大陸付近に浮かぶ無数の小島からなる諸島であった。

 保有する領地面積、支配下にある国、そして軍事関係や文化、文明などから戦略的価値を見出されぬそこは、故に世界でも中立的な立場にあった。

 圧倒的な広大さを持つわけでも、総てを破壊し尽くす軍を持つわけでもないのだが――その土地で生まれ鍛え抜かれた『武士』とも『侍』とも呼ばれる、いわば騎士たる存在は、世界でも一目を置かれていた。

「――ここより西方、海中より上陸せし異形たる者の数およそ五万。敵軍勢の総力と思われます」

「距離は」

「およそ五里」

 その場所から五里――およそニ○キロ離れた場所は海岸である。

 既に、その地に向かう侍は百に近く、呪術師――いわゆる魔術師も、その倍に用意されている。

 それが、この短時間で倭国が用意できる最大戦力であり、

「――北方より巨大な力を確認」

「……予定通り、連中を先行させろ」

「了解」

 その中でも頭ひとつ抜きん出た二人組が、襲来する単体の敵への対応にはせ参じた。



 五万の軍勢というのは、ガウル帝国へ侵攻した異種族の数と比べるに圧倒的なまでの少なさを誇っていた。

 だがその理由としては、ガウルが軍事的に非常に発達した国であり――あわや魔人への反乱を起こさんと画策していた、確かな実力を持つ男が居たからだ。

 ただ一人の青年のために動き、魔人さえも食らって力にする男。

 そして五十万を越える軍勢ですら彼を打倒する事には至らなかったが、

「来たか」

 その魔人は、その場から動くことを良しとしなかった。

「貴様……只者ではないな」

 山中――鬱蒼とする木々がやかましい森の中で、彼らは接触した。

 兜に鬼の角を思わせる装飾を付ける男は、その身を大鎧に包んでいる。

 大鎧は兜、胴、袖の三つの部品に分けられたものであるが、馬上での防御を基本思想としているために機動性は高くないのだが、彼が装備しているそれはさらに改良に軽量化を加え、主に白兵戦での使用を想定されたものになっていた。

 構えるのは頑丈な鋼鉄の糸で結われた弦からなる弓。そして敵を穿つのは特殊な陣の刻まれた、鉄芯の矢である。

「ま、只者だったら俺が出てくる必要もなかったんだがな……わざわざ、仕える国から抜けだしたほどだ。少しは腕っ節が立たないとこっちが困る」

「そう言うな。ただでさえ、元々は我らが道場の師範代たるのだ」

「師範代が、こんな戦闘に出てくることがおかしいんだが」

「お抱えのさむらいよりも我らの腕がたつ。易く言えばそういうことだ」

 二人の雑談を赦す、藍色の全身甲冑を身につける男は、ゆるく肩をすくめて嘆息した。

「緊張感ない連中だ。お前らの仲間が、始祖に食い殺されている頃合いだろう」

 緊張感と言われても――。

 顔を合わせる事無く二人は薄く笑い、まるでタチの悪い不良少年と対峙したかのように、魔人は舌を鳴らした。

 まず初めに構えたのは、背に担ぐ野太刀を引きぬいた男だった。

 その刀身は眩く輝くことなど無い、逆に光の総てを吸収してしまいそうな漆黒。

 クラン・ハセの握るそれは、異世界から落とされた十ある内の一つであり、国宝として扱われていたものだった。

「こいつが目的なんだろう」

 正眼に構えてみせれば、男の視線がその切っ先に集中する。

「ただの人間でも、一発逆転の可能性を持つ武器……それを回収して回っていると聞いた」

「全くもってその通りだが」

 顔の前に出した人差し指をくいっと引いて、そいつを寄越せと表現する。

「死にたくなければ渡せ」

「殺せる自信があるなら――」

「――力づくで奪い取ってみせろ!」

 男の咆哮が重なり。

 戦闘が開始した。


 たくさんの犠牲が、これから数時間のうちにあるだろう。

 いくらこの国から出て他国に仕えようとも、なにもここを捨てたわけではない。

 だからこそ、クラン・ハセにとって、それが何物にも代えがたい苦痛でしかなかったが――、

「俺にしかできないというのならば」

 この敵を倒せるのは我らのみというならば、

「誰よりも早く」

 どの戦闘よりも迅速に、

「貴様を斃す!」

 そう叫んだ言葉は、彼にとって、そしてこの国にとって未知であり、また単体で強大すぎる力を持つ敵に対峙する己を奮い立たせるものでもあり、また純粋に、魔人に対する宣言でもあった。

「だがその前に、死ぬのは貴様のほうだが?」

 ――初めに動いたのは、相棒たる男の射撃だった。

 だがその鉄芯が敵を射止める事など決して無く――初めに届いた攻撃は、魔人のものだった。

 四本しかないその鋭い爪は、だが余す事無く叩き込まれる。

「無知が」

 紡ぐ言葉が声になったのかは、クランにとって定かではない。

 だが敵の攻撃が、斬撃たる打撃が野太刀に触れた刹那――その指を、”空間ごと”切り裂いた。

 黒とも朱ともつかぬ液体が撒き散らされ、だが男は瞬時に切断された左手の指に興味の一つも向けずに追撃。

 拳がクランへと迫る。

 だがそれにあわせて、飛び退いた彼が振るう野太刀の腹が触れて――力も入れずに、血飛沫をあげて拳を腕ごと、真二つに引き裂いた。

 それは直線的に、肩口までではなく、二の腕の半ばから肉体と腕とを斜めに割いて別ち、

「ハセ!」

 男の合図から、クランは即座に横に飛び退く。

 その次の瞬間、頭上から人の頭を縦に貫通する程の長さを持つ鉄芯が落ちてきて――魔人を中心に、それは円を描いた。

 それらは地面に突き刺さると同時に発光し、それぞれを閃光で繋いでいく。

 出来上がるのは魔方陣。蒼く輝く六芒星を内包していた。

 その中で立ち往生する魔人は、動かぬどころか抵抗の一つも見せない。

 それもそのはず――それは魔を祓う呪術ゆえ。

 魔法とも、ましてや魔術ともやや異なる術は、相手の魔力を利用することに長けている。

 今回のそれは封陣と呼ばれる、閉じ込めた者の魔力が強ければ強いほど、それを吸収して陣を強化するものだった。言ってしまえば、力を入れれば入れるほど深く食い込んでくるトラバサミのようなものである。

「ほう、上手いやり方だ」

 力で叩き伏せるより、おびき寄せて閉じ込める。

 より確実性の高い作戦であるのに、魔人は素直に感心してみせた。

「口は動くか。元より達者なのやもしれぬな」

「口だけが達者か、こりゃお里が知れる」

 クランは言うだけ言って、己よりやや長駆の敵へと刀を構える。

 腰溜めにするその構えは、居合。だが鞘を背にしたままのそれは、野太刀ゆえに抜ききれぬと判断したからだが――その刀を軽々と振るう膂力を持ってすれば、抜刀していない刀でさえも頭部を叩き割ることくらいは可能だろう。

 敵が人であれば。

 敵が人でない今、みかどに認められる実力を以てさえしても敵わぬ弱者は、魔人と出所を同じくする武器を使用しなくてはならない。

「まったく。一言喋ればニ言三言が返ってくる。貴様らの台詞、そのまま返してやりたい気分だ」

「だったらやってみろ」

 ふん、と鼻を鳴らすのは魔人だった。

「出来るのなら……か」

 彼の呟きに答えぬクランは、その抜き身の刃を既に振るっていた。

 その瞬間、超重量の野太刀から放たれた斬撃が飛来する。刃から離れ、不可視のまま空間を引き裂くという形で、その斬撃が時間を置かずに魔人の首を切り裂いた。

 鋭い斬撃は、魔人の頭と胴とを切り離す。だがそこに大げさな隙間が開くわけではなく、紙の一枚が入るか入らぬかといった、極薄の切創だったのだが――即死である。

 既に魔人は頭部を破壊すれば死に至ると聞いていた。

 故に、この戦闘は終了。作戦通りにいったことが、今回の勝因と言えるだろう。


 緩んだ刹那。

 

 魔人の肉体が、大きく揺らぐのは、そのまま倒れるからだと誰もが思っていた。

 だが――クランが視る、次の瞬間。

「な……っ?!」

 相棒の驚愕が漏れるが早いか。

 魔人の攻撃が触れるが速いか。

 どちらにせよ不可避の一撃は、傷ひとつ無い魔人の拳によって放たれており。

 頭を鷲掴みにされた相棒は、そのまま地面に叩き伏せられ――兜は用を成さず、それごと頑強な金属をひしゃげさせて、男の頭を叩き潰されていた。

 肉塊が地面に刷り込まれ、

「――ッ?!」

 声にならぬ悲鳴は、クランからあがった。

「口だけが達者か、小僧」

 やってみたら出来てしまった。

 魔人はわざとらしい驚きを孕むような、調子のいい声色で口にする。


 憎悪が。

 恐怖が。

 憤怒が。

 悲哀が。

 数多の否定と肯定と、逃避と現実の認識を促す感情とが入り交じる。


 戦うべきか、逃げるべきか。

 怒るべきか、泣くべきか。

 吼えるべきか、動くべきか。


「俺を殺したいか」

 魔人が訊く。

 ならば――。

 鉄仮面の下の顔が、醜悪な笑みに満ちた……気がした。

「やってみろ」

「お……おぉおぉおぉおぉおぉおッ!!」


 男の咆哮が孤独に響き。

 死闘が、開始した。

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