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7.ガウル帝国【殲滅戦】 ④

 西日を追いかけるように広がる藍色の空を頭上に控えて、その地上は真冬さながらの冷気に包まれていた。

 対峙する二人の男女は、決して仲睦まじく並ぶわけでも、笑い合って話をするわけでもない。

 その表情は鉄仮面の下。

 だがどちらも、その全身から全てを殺戮しつくさんとする、殺意が刺々しく溢れていた。

「姉さん……なぜ!?」

 男は叫び。

 女の返し技が、その体内に侵食する。

 ――まず手始めに、肉体の熱という熱を全て気化させ全身を凍結。

 煮えたぎる血液は血管ごと凍え、そしてその液体を余す事無く氷結させた。

 即死、のはずである。

 だがその刹那、周囲の大地が、虚空が唸りを上げて眩く瞬いた。

 何が起きたのかを考えなくとも、その認識はすぐさま理解に直結する。

 大気を、地面を蹂躙する爆熱の衝撃。膨れ上がる火炎が周囲の霜を、氷を張る足元を容易く解かし、乾かし、燃やし、焦がし、溶かした。

 凄まじい熱量は留まることを知らず、繰り返す爆撃が男の熱を急激なまでに増幅させていく。

 リザは弟を殴り飛ばすようにして後退。

 弟は上肢を反らすだけでその場に踏みとどまり――瞬く間に灼熱へと変えたその場の中心と相成った。

 

 なぜだ、そう疑問を呈するのはウィルソンである。

 彼を殺してやると吠えた女は、今この生命を狙っている男から彼を守ってくれている。

 本来ならば協力してしかるべきであるのだろうが、故に彼女の行動に理解が至らない。

 この女の考えが分からない。

 なによりも不可解な疑問を想ったその時、頭の中で、重低音にも似た声が響いた。

『リザ……』

 呟くのは、ウィルソンが喰らった魔人である。

 三男坊という実力を持ちながらにして、彼の持つ『禁呪』によってその力を、意思を余す事無く吸収された犠牲者にして協力者。もっとも、この状況ではどちらに賛同するかはわかったものではないのだが……既に死に体。運命を共にする者として、両者とも下手な動きはできない。

「ここに兄の鼓動が聞こえる。たとえ下衆の中だろうと、その命があるかぎり、私は兄を護り抜く。私が決めた。今そう決めた!」

 咆哮は彼女の意思を現す。

 その声に、言葉に、不本意に胸が高鳴るのは、恐らくナックの反応だろうと思えた。

『阿呆の娘が……おい、貴様!』

 何を言わんとしているのか、その男の言葉を最後まで聞くこと無く頷きながら手を伸ばす。

 剣を握ったまま、彼はそれを彼女に差し出した。

「お前の兄の真心だ。使ってやれ」

 振り向く彼女が、迷いなく柄を握る。

 受け取った剣へと、ウィルソンは既に動かなくなった右腕を引き上げ、左手でぎこちなく、その刀身を握らせた。

 閃光を放つのは、刀身の紋様ではなくその手のひらだった。

『使えぬ拳を、使える剣にしろ!』

「お前の兄の力だ。使ってやれ!」

 その右腕は砂のように崩れだしたかと思うと、輝き、その刀身へと吸い込まれていく。

 ――術や力を吸収する剣。

 それはウィルソンが一発逆転を狙って抜き出した、異世界より落とされた十あるうちの一つだった。

 故に宿るのはナックの魔法。

 リザは、その手の中の剣から胎動を覚え――小さく頷き、ウィルソンを……否、その中のナックを一瞥した。

「行ってきます、兄さん」

『行って来い、愚妹!』

 意思は、力は受け継がれ、

『戦え、愚弟!』

 それらを誇示する、意地を貫く戦いが始まった。


 駈け出した瞬間、リザの位置が白く閃光した。

 瞬間、彼女は横に飛び退き――剣を振るう。

 爆撃の衝撃。

 そしてそれに飲まれるはずの剣風は、だが破滅の風を纏って破壊の斬撃と化して弟へと迫る。

 全てを焼くような熱は、だが大地を溶かすほどの熱はない。

 されど冷却を本質とする彼女にとって、些細な熱は、たとえ人肌であろうとも業火である。

 空間を斬り裂くかのような斬撃は不可視なれど、痛々しいまでの殺気を纏うそれを、腐っても魔人であり近衛の騎士たる男が知覚できぬはずもない。

 縦一閃に大地を裂いて肉薄するそれを寸でで回避してみせた男は、だが得意げに鼻を鳴らすわけでもなく、ただ姉の動く位置を予想し、爆撃を発現させた。

 収束し、そして膨張する莫大なエネルギーが燃焼し爆発――だが、それを防いだのは彼女の真横に出現する分厚い氷の壁であった。

 それは瞬時に水へと融解させるのだが、その熱も衝撃も彼女に与えられなかったということが、リザの動きを先行させた。

 ――爆撃は前方から迫るように、そして背後から追ってくるように連続して発現する。

 その凄まじい熱量に、衝撃に、全身が嬲られてしまえばとても彼女であっても、死は免れない。というのは、熱自体が彼女にとって苦痛であるからなのだが――もはや、その”程度”の攻撃は、通用するはずもない。

 逆袈裟に振り上げる剣は、その刀身から放つ一陣の風が爆発を、その爆炎を、衝撃を切り裂いた。

 さらに前を向いたまま、その突風を纏い突き進むまま、背後への袈裟懸けは、同様に全てを破壊する。

「く……!」

 力の差は、ここであらわになる。

「派手な技で」

 出現する氷の刃は、だが迫るなどというくだらない時間差をつけるわけがない。

 それは杭のように男の足を地面に突き刺し、縫い付ける。

 さらに心臓の位置を五本の氷柱で貫き――リザが迫る。

「力を誤魔化すな!」

 力いっぱいに踏み込み、距離を零に。

 爆撃を切り裂いた斬撃に追いつき、また力の限りに袈裟に落とす。

 交差し重なる斬撃が男の装甲を引き裂き、肉体を切り裂いた。

 鮮血が噴出し、全身に返り血を浴びた彼女は、だが――そのなかで、男の身体がいまだ崩れぬのに違和感を覚え、

「ねえ、さん……!」

 伸びた手が、己の脇腹に触れるのを知覚した刹那。

 けたたましい爆発音が、火焔を伴って彼女の肉体を飲み込んでいた。


「くッ……貴様……ッ!」

 装甲が砕けて融解し、その脇腹から胸にかけて、彼女の肉体は”欠損”していた。

 そして同様に、目の前の男は深々と刻まれた二つの斬撃で、肉を裂き骨を粉々に砕いている。

 どちらも死に体。

 だがその命を断つには頭部を破壊しなければ、その致命傷は間もなく完治する。

 ――ゆえにこの状況。

 唯一立ち、切っ先を男の喉元に突きつけているリザに勝機があり、それはおそらく確実な勝利が望めるだろうものであったが、彼女の行動は完了しない。

「その意気や良し。貴様もまだ、我ら兄弟としての強さを持っていたな」

 死しても尚前に突き進む力。

 彼はいわば、肉を切らせて骨を断ったわけである。その実、骨を砕かせて肉を溶かしたわけなのだが、この際はその正確性などはどうでもいいだろう。

「姉さん……僕を、認めてくれるの?」

「ああ。私との戦いから逃げなかったこと、一矢報いた事、その全てが評価に値する。貴様は紛れも無く、私の弟だったよ」

 よかった……。そう漏らす男は、息も絶え絶えに呟く。

「もっと、別の出会い方をしていたら、僕達はもっと、幸せな世界に居られたのかもしれない」

「かも、しれないな……じゃあな、私の弟よ」

 閃く刃は男の首を切り裂いて――。

 

 総ての戦いが、幕を下ろした。


 そしてまた、そこに最後に散る命があった。

「お前を喰う」

 右の瞳に複雑な紋様を出現させるウィルソンは、戻ってきたリザへとそう告げた。

「オレの中で、ヤツと共に生き続けろ」

「ああ、私にはもう生きている意味もない。好きにしろ」

 ナックがこの世界に居ないことを理解し、またこの男の中にしか居ないことを認識した彼女にとって、未練など無い。

 元々は、兄を殺したのだろうウィルソンに、敵討ちと称してやってきたのだ。

 まだ兄が生きていて、そんな彼に出会う術があるのならばそれに賭けるのみである。

 たとえそれが罠であったとしても、自分にはそれに縋るしかないのだから。

《で、でも主人マスタ……》

 リザは、その強大な力が彼の肉体を蝕むことを知らない。

 もはや余命幾ばくもない彼を心配するタスクに、気にするな、と頭に手を置くウィルソンの表情は清々しいまでの笑顔だった。

 なにを根拠に、と食いさがらんとするタスクへ、ウィルソンは頷く。

「オレは死なねえよ」

 そう、まだ死ねない。

 この戦いで学んだ事を、少なくとも旧友に伝えるまでは。

 このままでは、どれだけ人を凌駕する力を持っていたとしても、決して魔人には――特に長兄などには勝てぬということを。

「んじゃ、行くぞ」

「ああ」


 ――魔力が大気に霧散する。

 それが彼女の肉体に食らいつき、魔力と同化させ――。

 ウィルソンの瞳がそれを飲み込む。

 その次の瞬間、肉体に凄まじい、圧倒的なまでの力が溢れ出し――同時に、心臓を鋭い刃で幾度も貫いたかのような激痛が、体中を駆け巡った。


 頭の中で男と女の声が響きだし。

 ウィルソンの姿勢が崩れてタスクの胸の中に倒れこむ時。

 彼女の気遣いによって展開した転移魔術の陣が、足元で作動した。



 ――死者数五八名。

 ――第一次防衛戦にて、魔人を二体撃退。約四三万の異種族を殲滅。

 ――第二次防衛戦にて、約十二万の異種族を殲滅。

 異世界よりの侵攻は、その結果に収まった。

 ガウル帝国の死闘は日が落ち始めた頃に、ようやく終結した。

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