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4.ガウル帝国【殲滅戦】 ①

 ウィルソン・ウェイバーが初めに異種族と接触したのが、現在の時刻からおよそ一時間半ほど前のこと。

 現時点で彼の脇からすり抜けた数はおよそ十二万――うち、第二次防衛戦で殲滅されたのは、十万弱。

「ったく……この調子じゃあよ、一気に第一次防衛戦ぜんせんまで駆け込むか?」

 遙か前方に置き去りにされた列車砲は、異種族の侵食によって破壊の限りを尽くされている。既に砲撃はおろか、移動すら出来ぬ兵器はされど――そうおどけた、眼帯の男のすぐ脇にも存在していた。

 ”無限射程シューター・オブ最終兵器グスタフ”は全長五○メートルに及ぶ列車砲である。

 それはその男、ディライラ・ホークのもつ最大火力にして、大雑把と言うにはあまりにも破壊力の有り過ぎる武器であった。使いどころがなく、それを会得しても尚これまで一度たりとも使用してこなかったが――まさか、こんな機会があるとは、彼自身思わなかった。

 物理的な構造を殆ど度外視できる魔法であるゆえに、接近してきた異種族へとピンポイントで射撃。その連射で、大地と共に蹂躙しつづけ――援軍の魔術師部隊が到着する頃には既に、現在の地形、そして戦況が完成していた。

「進むに進めないじゃないのよ」

 傍らに立つ竜人の娘は、その眼前に広がる火の海を眺めてそう漏らす。

 その言葉に、並んだ多くの戦友たちの同意の声があがった。

 ――まるで気楽な、冗談でも言うような反応。

 未だ炎の中から、異種族が数百ずつという単位で姿を現しているのだが……もはや負けるつもりなど毛頭なく、なにを間違えば負けられるのかなどと吐ける余裕さえあった。

 まともに戦えば勝算など一つとしてない戦いだったはずだ。

 だが一番の幸運と言えば――この、肩透かしを喰らったかのような、異種族の数の少なさだった。



 この大陸に上陸してきた異種族の数は、概算するに第二次に到来した五倍から上。

 第一次で殲滅できた数はおよそ、第二次の半分ほどである。

 となれば――大体、四○万ほどの軍勢は一体どこへ消えたのか。

 だがそもそも、それほどの数が襲いかかってきていたことすら知らぬ連中は、既に肩の力を抜いている頃である。

「兄貴だとか弟だとか、そういうのは抜きにしようぜ」

 殴り飛ばされ、クレーター内に出現した無数の鎌に、カタチはその全身を突き刺した。

 だがそうすると共に刃は吸収されて彼の肉体を鋭利にする。傷一つなく、破壊された鉄仮面さえも立体的なひし形に変形、触れれば裂かれる鋭さをもった。

「てめえの」

『オレたちの』

「戦いをしようぜ!」

 吼える黒甲冑の男に、ふたたび周囲の刃が照準する。

 襲いかかれば瞬時にしてナックを殺害できるだろう刃だが、彼自身、それに警戒すらする気配がない。

 のっそりと、身体を起こしたカタチは、ゆっくりと、低く構えた。

「ほざくな、弟が」

「――ああ、そうかい」

 期待した答えは来ず、兄としての誇りを、強者としての地位を誇示せんとする男は、吐き捨てた。

 カタチに対する執念というものはたいしてなかったが、だが兄という存在を打ち倒すということに、ナック自身意味を持っていた……筈だったのだが、

「望むなら、やってやるよ」

 既に興味が失せた。

 果たして、一度でも勝てぬと辛酸を舐めた男はこんな相手だっただろうか。

 果たして、本当に敵わぬと心の底から認めざるを得なかった敵は”この程度”だっただろうか。

「兄貴ィ、殺してやらァッ!」

「貴様に……できねえだろうがッ!」

 カタチが構えるよりも早く、ナックは既に大地を蹴り飛ばし――正確には、虚空を穿ち抜き――その大気を圧縮して放ったかのように、眼前に広がる無数の刃鎌を吹き飛ばす。

 たしかな質量をもってしても、その蹂躙は不可能なはずだったが……既に実現してしまっていることに、とやかくと考えを挟めない。

 そもそも、

「考えるより手を動かせや!」

 僅か数瞬でも止まれば激昂して指摘する弟を前にして、カタチは思考すら許されなかった。

 ――まっすぐに迫る影。

 その速度はおよそ人間離れもいいところで、数秒でその拳を撃ちぬくだろうという勢いを孕んでいたのだが、

「馬鹿が、まっすぐだと!」

 分厚い鉄板はカタチの頭上、その触れるか否かの手前に出現する。

 彼らの装甲と同じくして威圧的なまでの頑丈さを視覚的に発揮させるそれは、地面に向く面を鋭くカミソリのように研いでいる。いわゆる”ギロチン”の形状をする巨大な刃は、さらに直線上、

「馬鹿正直が――」

『――真っ直ぐがよ』

「一番だろうがァッ!」

 彼の行動を読んだように、まず初めにカタチの眼前のギロチンが振り落とされ――間髪おかずに、さらに次が続き大地を切り裂いた。

 堰を切ったように出現しては分厚い壁となりギロチンとなり彼に目の前から迫ってくるそれを、だがナックは腰溜めに構えた拳を抜き、放つ。

 破壊の風を纏う拳撃は、ただの空圧などではない。

 大地をえぐり、ギロチンを砕いて撃ち抜き、穴を穿って貫いていくその拳は確かな質を持ち、力の奔流となってカタチへと迫る。

 だが――ナックに触れるが早いか。

 蹂躙したのは眼前の光景。

 頭上から落とされるギロチンは、音ほどの速さで彼の伸ばされた右腕を容易に断ち切っていた。

 まるであっけなく、はじかれること無く刃に沿って大地に落とされる腕は、だがしかし、やはりカタチはそれを予想せざるを得なかったように、霧散する。

「――クソが、俺の邪魔を……」

 そうだ、そのとおりだ。この男がそう易く死んでくれるはずがない。

 こんな所で、こんな事で死なれても困るものだが、

「このやり方も困りものだがなァッ!」

 そびえる刃鎌の畑に突如として出現するナックの影は、カタチのすぐ脇であった。

 抜いた拳が脇腹を穿つが、だがその打撃は空を打つ。

 速度だけならば彼を上回るカタチはいとも簡単にナックの魔手から回避し、付近の鎌をナックへと照準。

 射出。

 認識よりも、知覚よりも速い肉薄。

 その速度は、ただその鎌の発射のみならば速さのみを求めた末弟を軽く凌駕する。

 ゆえに、それがこの世の誰かに避けられるような代物などではなく、仮に狙われたのがカタチ自身であったとしても、ひたすらに受けることしか出来ぬ攻撃であった。

 ――だがそこに、回避や移動にそもそもの時間が必要のない行動が可能であったならば。

 そしてまた、逆にそれを行うしか無い状況にさえ誘い込めれば。


 戦況が傾くのは、次の刹那だった。


 無数の、数十からなる鎌が瞬時にしてナックを貫く。

 そして蜂の巣にされた彼は、やはり例によって霧状になり、魔力の残渣のみを放置した。

 生き残るには回避せざるを得ない。回避するには瞬間移動せざるを得ない。

 その速さ故に、ナックは周囲の状況を冷静に伺うことは出来ず、また”真っ直ぐ”に攻めるのならば、逃げるわけもない。

「……ッ!?」

 だからこそ、ナックの――”彼ら”の出現位置は予想の範疇にあり、

「馬鹿がァッ!」

 裏返るような咆哮。

 そのクレーター内に出現させた総ての鎌を、カタチへと”射出”させた瞬間、彼の反対側の脇に転移したその男は、回避する時間以前に、間に合わせようという速度などよりも、避けるという思考自体を奪われていた。

変則シフト――』

「邪魔をすんじゃねェッ!」

 逃げられぬ。

 ゆえに、

「こうやるんだよッ!」

 ぶち抜く。

 痛みすらもなく、やはり知覚する暇もない速度で、一瞬にして数十の鎌が――拳が振り抜かれてカタチへの距離を半分にする頃――さらに数十の刃がナックを穿つ。

 彼の肉体は、もう消えない。

 しかし仇になったのは、その速度だった。

 速すぎてナックは死に至るほどの激痛を覚えない。

 強く踏み込んだ男を、音が如き速度が吹き飛ばせない。

 故に、彼はひたすら純情に、破滅の鉄槌を穿つ。

「――ッ?!」

 驚愕するのは、カタチである。

 あり得ぬはずだ、この攻撃を喰らい怯まぬ男が居るはずがない。

 だからこそ、この瞬間を待っていた。

 この攻撃に”賭けて”いた――そう考えて、己の言葉に気がついた。

 そう、紛いもなく賭けていた。この目の前の男を倒す事に”一か八か”という手段を考えた。

 即ち、このカタチ自身、本能的に勝てぬと認識していたことになる。

「この俺がァッ!?」

 叫べば口腔から、喉を通り噴出する鮮血を吐き出す。


 ――この大地すらも粘土細工のように巨大な穴を穿った拳。

 今ではそれが、肘先まで深く、カタチの胸部を貫いていた。

 装甲など問題ではなく、その下の皮膚などは柔肌にも程がある。

 魔人の心臓はナックが抜き取るまでもなく破壊され、その脊椎が粉微塵に弾けるよりも早く、その背から皮膚を引き裂いて肉塊となることすら許されずに、吹き飛んでいた。

「くッ……がッ……き、さま……ァッ!」

 口から血の泡を吹き、それが鉄仮面の隙間から零れ出る。

 鋭い鉤爪になる指先が、再びナックの首を掴まんとし、

『――転移チェンジ

 その手は虚空を握り締める。

 奇しくもナックに貫かれるという形で体勢を維持していた男は、瞬間的に消え失せた支えを失い、ゆっくりと大地に吸い込まれるように倒れていく。

 ――脇に立つナックの拳は、最後にカタチの頭部を砕くと、その男は無残にも、面影も残さぬ死骸と相成った。



「残りは連中か」

 轟音を前にして、

『ああ、最後の大仕事だ』

 前方、既に数百メートルにまでせまる軍勢を前にして、ただ男たちは軽口を叩いた。

 それらは数にしておよそニ○万ほどはいるだろうか。

 最後尾の見えぬ行列には辟易するばかりだが、同時に、あれほどの致命傷を負ったのにも関わらず、魔術も無しに完治した己の肉体には、ほとほと呆れ返った。

『行くか』

「ああ、行く」

『最期の戦いになァ!』

 その男、既に人の身を捨て人外に。

 その男、魔の血を迫害して人との混血に。

 人であり、人でなく、魔であり、魔でない。

 その男の素体となったウィルソン・ウェイバーの肉体は、既に限界にあった。

 本来許容し得ぬ魔を喰らう肉体は蝕まれ、今の魔人化で破滅へのカウントダウンを開始する。

 それでも死への早送りでしかない戦闘を続行するのは、己の意地か、誰かのためか。

 その男の思考は――獣か奇人か――誰にも読めぬ境地へと至っていた。

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