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3.ガウル帝国【防衛戦】 ②

 圧倒的だった――そう形容しても、それは決して過ぎたる表現ではなかった。

「おかしいだろ?! 地雷は数百と、千以上も設置したんじゃないのかよッ!?」

 第二次防衛線。

 そこに待機した兵士たちは、依然として勢いの劣らぬ軍勢を前にしてただ震える。

 前衛の砲撃部隊が装弾の為に入れ替わり――ついに御対面する羽目となる彼らは、だが数百メートル手前にまで迫ってきている敵に対して、己が装備する携帯式の榴弾砲がどうにも無力に思えて仕方がなかった。

 こんな武器でも、作動すれば人間を幾人もまとめて殺すことが出来る。

 だが異種族ばかりは、どう頑張っても一体が限界だ。

「――ビビッてんのか」

 引き金にかかる指は、それ以上の力が入らない。

 頭を鷲掴みにされた男は、その脇に強引に入ってくる闖入者をそのままに許してしまった。

「戦いってのは」

 見上げれば、背広姿の男はその顔面を狼に変えている。

 既にその口腔からは甲高い異音が溢れでていて――認識が速いか、瞬時に虚空を穿つ光線は、次の瞬間、前方に迫っていた『爆ぜる者』の頭部を貫き、

「こうやるんだよッ!」

 最大出力が、さらに光線を強化して持続させる。

 薙ぎ払われた閃光が一閃、まるで容易く迫ってきていた前衛の数十体を切り裂いた。

 ――体液が噴出し、後衛からの摩擦熱から引火し大爆発が巻き起こる。

 その、威圧的なまでの爆発に、およそ反射的に引き金を引く者が数名現れた。

 砲口に魔方陣が展開し、そこを通過して人の頭ほどある榴弾が勢い良く射出し――着弾。

 爆炎を貫いて顔をのぞかせた異種族の肉体を、その豪炎が引き裂いた。

 それがさらに誘爆を招き、巻き込まれた異種族が全身を焼く。

 既に五感の半分以上が麻痺してしまうほどの衝撃が到来していたが――。

「やってみろ」

 男の声が、その場に居る百人を超える臆病者たちの背中を押した。

 一方的な状況の展開は、ガウル帝国の攻勢によってある程度は持ちなおす。

 爆撃に継ぐ爆撃。

 そして体液が燃焼し、さらに爆発。

 けたたましい爆発が爆裂し、だがそれでも前衛が朽ち、後衛が前面へと引き摺り出されるだけにすぎない。


 だが――意外だ。

 そう思ったのは、その場に居る総ての者だった。


 火炎の瀑布たきの中で、その勢いがにわかに弱まった。

 巻き起こるその爆炎を置き去りにして前へと進み続ける異種族の中に、だが一角を持つ始祖の姿が激減していることに気づく。

 残るのは醜悪な肉体を、その壺のような流線型の頭部に無数の瞳を持つ『齧る者』に、両腕に冷え冷えと冴える刀身を備える巨漢『裂く者』、さらに全身に図太い針を無数に生やす『穿つ者』など、その進行速度が劣るものばかりであった。

 鉄砲玉の役割をしていた怒涛の爆発が失せる。

 そして良く見れば分かることだが――ところ狭しと並んでいた異種族には、それぞれ縦や横に隙間を作っていた。

 全体的な割合が、減ってきていることを意味している。

「このまま行くぞッ!」

 人狼の咆哮が、臆病者たちに英雄の素質を叩き込んでいた。



 殺戮、蹂躙するにはあまりにも大味すぎる所作。

 その醜悪な肉体を持つ始祖の体躯は、間近で見れば腰が引けるほどの巨躯であり、対峙するウィルソンのはるか頭上でその肉体を作り上げていた。

 およそ十回りほどの大きさだろうか――実際に向かってみても、その大きさは現実感に欠ける。

「肉弾戦っつーのはどうしてこうも」

 華奢な左腕が、野太刀をそのまま巨大化させたような刃を受け止める。だがそれごときの衝撃で、ウィルソン・ウェイバーは怯まない。

 正確には、怯めない。

 受け止めた白刃を流して、左腕の図太い篭手が『裂く者』を貫いた。

 衝撃はさらに貫通して一直線に、その直線上に並ぶものを総て穿ち殺す。

 鮮血が霧散するほどの神経質な衝撃は、それほどの強力なものだった。

「面倒かねえ!」

『貴様のセンスが酷いせいで、既に八万以上の始祖を逃してしまった』

「だからってよぉ!」

『この俺に身体を受け渡せ!』

「できるわきゃねえだろうがよ!」

 大地を砕くほどに強く踏み込み、地面に亀裂が走る。

 腰をひねり、右腕を腰に貯める。

 脅威と本能的に感じたのだろうか、あるいはそもそも強敵を殺せよと命令だったのだろうか。

 一挙に、その始祖たちはウィルソンへと襲来する――だが。

 ――円を描く軌道。

 薙ぎ払う、といった大雑把な攻撃は通用しない。だからこそ、その男は強大な力を持ちながらも苦戦を強いられていた。

 その攻撃手段はひたすらに一直線、まっすぐに貫く。

 故に彼が円を描きながら行ったのは、強靭な拳撃。

 それは確実な所作で、刹那にて行われる高速の爆裂拳。

 瞬速の拳撃が、精密に数多の始祖を穿ち――直線にて控える総てを殲滅していた。

『……ん』

「ああ」

 ――ウィルソンを中心に、すりつぶしたような肉塊が円を描いて出来上がる。

 異種族は既に、また新たに上陸しようとしている連中だけを残す形になっていた。

 

 しかし彼らが反応したのは、己らの圧倒的な強さにより、あれほど苦労した異種族を殲滅してきている実感ではなかった。


「ナック……お前、ここで何をやっている?」

 黒衣を纏う、茶褐色の装甲を持つ男。

 それは突如として、地面から浮かび上がるように出現した。

『兄貴』

「兄貴……?」

 己が喰らった魔人の一言が、目の前の男の存在と、理由とを認識させる。

 同時に、その魔人――カタチの名を持つ男は、眼前の男を既にかつての弟ではないことを悟った。

 目の前のそれらが敵だと、共通の認識を得る。

 瞬時にカタチは右手の甲から湾曲する鎌を肩口まで長く伸ばし――ウィルソンは、反射的に右腕を構えた。

「貴様……何をした」

「ちょいとばかし、下克上に付きあおうと思ってな」

 弟が兄を殺す。

 それは魔人に限って、実力的な問題で不可能なものであったが――ウィルソンの力と、魔人としての肉体を融合した現在となっては、その実力はまさに未知数。

 カタチが即座に行動に出ないのには、やはり彼の慎重さが危険に飛び込むのを否と断じたからである。

『兄貴』

「殺すのは嫌か?」

『……そもそも、俺はあの体系が嫌でいの一番にこの世界に飛び込んできたんだ。クソつまらない事を吐くな、クズが』

 気怠げに吐くナックは、だが体内から尋常でないほどの魔力を溢れさせてくれる。


 ――両肩口から、胸から、対の鎌が牙のように反り返る。

 それを確認するまでもなく、ウィルソンの神速が如き踏み込みは、瞬時にしてカタチの胸を貫いていたが、

「……ッ?!」

 拳の手前に無数に展開する円月輪が重なり、打撃の衝撃を余す事無く受け止めていた。

 理解の及ばぬ速度、そしてその精密さ、中空に浮遊しているだけの円月輪は、だがまるで敵の手のひらであるかのように力強い。

 恐ろしい敵だと思った。

 だがそれと同時に、

「この程度か」

 口走った刹那、カタチを取り囲むように上下左右、その四方に真紅の魔方陣が展開される。

 魔人が認識するよりも早く、迅雷が走る。

 轟く稲妻が瞬時にして眼前の男に突き刺さり――人間ならば即死レベル、魔人の魔力を用いたそれならば既に消し炭と化してもおかしくはない威力の電撃が、眼前で炸裂した。

 眩い雷迅の明滅。

 鼓膜を突き破る轟音。

 雷撃が、その総てを焼き尽くす……はずだった。

 一度大きく弾んで空を仰いだそのカタチが、だが構わぬとウィルソンの喉元に手を伸ばしたのは、彼にとって予想外にもほどがあった。

 ただ一度たりとも怯まない。

 指先が鋭い鉤爪に変質し――迸る一閃は、力任せに鉄仮面を”引き裂いて”いた。

 異音を立てて、鉄とも銅とも、鋼とも鉛とも付かぬ装甲が四本の鋭い閃きによって、ずたずたに破壊される。

 さらなる追撃――蹴撃を選択する。

 装甲から肉眼へと視界が移り変わる僅かなタイムラグが発生。そして鉄仮面を引き裂かれて怯むウィルソンへと、膝から湾曲する刃を伸ばす足が、狡猾に肉薄していた。

 ――鉄仮面を引き裂いたのは指先である。

 それが、まともな刃として甲冑へと至れば耐え得るか否か……その判断は、その答えを目の前にしているかのように正確に、己の危機を悟らせた。

 避けるか、受け止めるか。

『逃げろよアホがッ!』

 肉弾戦慣れしていないウィルソンにとって、魔人の声は命を助ける。

 咄嗟に大地を蹴り飛ばして、振り上がる脚のさらに上を飛び越えようとする――が、気がついた時には既に、身体は後方へと勢い良く反り返っており、後ろへ宙返りするように、その蹴撃を回避していた。

「なにを」

 しやがる――とは、とても言い切れない。

 カタチの脚は縦横無尽、刹那にして十以上の斬撃を創りだしており、仮にそこに飛び込んでいたならばとても回避にはならず、死にに行ったと言っても過言ではない。

 もはや頭部すら守れないと認識した鉄仮面を引き剥がす。

 あらわになるのは、人としてのウィルソンの顔であった。

 ――それがカタチの激情を促したのだと、少なくとも彼はそう認識した。

「人間ごときが、弟の力を良くも好きにしやがったなァッ!」

 ふつふつと湧き上がるような怒気。最後には裏返るような咆哮は――ウィルソンを同調させた。

 正確には、怒りに震えるナック……彼が喰らい血肉に、力にした魔人の人格を、表に引き上げる契機にしていた。

『吼えるなよ、兄貴ィッ!』


 身体が、どくんと拍動するように大きく弾む。

 瞳の色が、鈍色へと変色した。


「随分な事ォ、言ってくれるじゃねえかよ、兄貴」

 声色が変わる。それは高くなるとか低くなるだとか、そういった次元の話ではなく――別人の声になる。

 カタチはそれで、”入れ替わった”のだと認識する。

 およそ現実離れした状況だったが、今のそれを、その魔力や声や口調を、そう理解せざるを得なかった。

「いつも都合よく他人様を利用してよォ、んで表では仲良しこよしって……あぁ? てめえ、人間にでもなったつもりか? ”弱え”くせに”兄貴”だからと、優位に立ったつもりなのかよォッ!!」

「なんだと……?」

「なあ兄貴、聞いたぜ、てめえ――人間如きに、本気を見せたみたいだな」

 ひきつるような笑顔。

 その口角は吊り上がり、歯をむき出しにするその顔は獣のような笑顔だが、獣の場合に限っては威嚇にほかならない。

 カタチの――鉄仮面の下にある表情が伺えない。

 だが、代わりとばかりにその全身の鎌の鋭さが増した、ような気がした。

「そいつがどうした」

「だったらよォ、思ったんだがよォ、それじゃあ――俺”たち”にゃ、本気を出しても勝てねえってことなんじゃねえのかよ!?」

「弟が小生意気な――」

 指向性を持った殺気が具現化して鎌になる。

 それが円となり彼の首を切断せんと喉元に突きつけられるよりも早く、ウィルソン――否、ナックの踏み込みは深く、カタチの懐に潜り込んでいた。

 上段からの打ちおろし。

 腹部に抱きつくが程に上肢を倒したナックの右腕は、だが肩口の遙か上で、まるで分銅をつけた鎖を振り回すかのように敵へと襲来する。

 為す術もなく、カタチの顔面へと炸裂し――穿った鉄仮面は容易くひしゃげ、だが怒りする魔人が一度喰らいついた敵を離すわけもなく。

 たたらを踏むように、踏み込みをさらにカタチの背後に伸ばす。

 崩れかけた姿勢を整えるように重心を移動。拳に喰らいついた”兄貴”をそのままに、地面へと叩き落す。

 ――爆撃と同等か、それ以上の衝撃。

 大地を貫いた衝撃が、彼らを中心に巨大な穴を穿つ。

 体感的には己が創りだした穴に落ちると言うよりは、周囲が隆起しだして山が出来上がるような感覚。

 勢い良く大地を貫いていくナックは、身動きの出来ぬ兄に持続して拳を押し付けながら、己が落下し、辺りの視界が、景色が、上昇していくのを認識する。


 その直後だった。

 それは決して、よそ見をしたからいけなかった、などという話ではなかった。

 己の不注意ではなく、だが、だからといってよく見ていても対応できた代物などではなく。

 純粋に、あまりにもそれが速すぎただけだったのだ。


「がァ……あァッ?!」


 鋭い鎌が、気がつけば己の胸を貫いていた。

 加えて――彼を中心に、大地から鎌が生える。

 それは、クレーターと化した大地全てに伝播するように、広大な穴に無数の湾曲する黒い刃が、彼らの体躯よりも大きく長く、聳え出していた。

 あらわれたのは、おぞましい程の量であった。

 出現したそれらは、みな一様にナックを照準する。


 そうして、己の拳が大地へと叩き落とされているのを見た。

 拳と大地との間に兄の姿は無く――。

「図に乗りすぎたな、ナック」

 己の創りだした鎌同様に、その姿も眼前からゆっくりと出現する。

 既にその指自体が刃と化した彼の手は、否応なしに、やはり”気がつけば”というほどの自然さ、その速度で、ナックの首に深く食い込んでいた。

 鮮血が溢れ、図太い血管が切断される。

 気管に溢れかえる血液が口腔から泡となって噴出し……。

「――ッ?!」

 驚愕したのは、カタチの方だった。

 首を裂いた。

 やはりそう”認識した瞬間”のことである。

 ウィルソンの姿を持つ弟は、その刹那に霧散した。

 周囲に、濃厚な魔力の残渣ばかりを振りまいて、完全に肉体が消え失せる。

 同時に辺りの、数百、数千にも至る必殺の鎌が、その標的を失った瞬間でもあり、

「鬼さんこちらァッ!」

 発狂にも似た咆哮と、

『聞いてなかったのか、てめえは”オレたち”にゃ勝てねえんだよ!』

 破滅をもたらす拳が、再びカタチの顔面を穿ったのは、ほぼ同じ瞬間だった。

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