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図書館

 放課後。

 ジャン・スティールは渡り廊下から図書館へと渡った。

 あと一ヶ月も経てば定期試験が始まる。まず授業ごとの筆記試験があって、戦闘訓練では実際に一人二組になって出来栄えを披露する。彼は今のところ、後者に対する自信は持ち合わせていたが、どうにも勉強というものに自信が持てなかった。

 理解ができないということではなく、単に不安だ。だからこそこれまでやってきたように、それを努力することで満たして補う。

 ――という事もあるし、いい加減ノロの事も気にしてやらなければならないだろう。

 今日はサニーもクロコと近くの服屋へ寄ってから帰ると言っていたし、トロスは他の友人に誘われるがままに帰っていった。何はともあれ、いつものグループ以外にも行動できる者がいるというのは良いことだ。

「……おれ、なんか距離置かれてんなあ……」

 異人種間で、『キレたらヤバいヤツ』の異名が伝わるのに、決して長い時間は要さなかった。

 気がつけば腫れ物を触るような扱いを受けていた。それは人間も同じであり、辛うじて普通に声を掛けてくれていた連中さえも、最近では目も向けてくれない。異人種も同じだ。

 どこで間違ったのやら……ジャンはため息を吐いて、図書館の重い扉を開けて中へと入った。


 円形の建物は、その内部も円形に形作られている。

 まず内装として最初から存在している本棚は、壁にそってぐるりと中を一周していた。本は余すことなくジャンル分けで詰め込まれていて、ちょうどその上に沿うようにして備え付けられている吹き抜け状の廊下には、それと同様に本棚が壁に埋め込まれていた。さらにそこに収まり切らない本は、その本棚に重なる棚に並べられていて、取るためにはキャスターのついたハシゴを使用する。

 入り口の正面には階段があり、また内周の本棚から直角に、棚は本屋のように鎮座し並んで、狭い通路をつくりだす。

 試験が近く、また放課後ということもあって利用する生徒の数は割合に多いようだった。

 入ったすぐ右側にはお手洗いの扉があり、その脇に壁に沿うような半円の受付カウンターがある。

 自習用の長机は、階段の手前に多く並んでいた。

「あ、スティールさん……?」

 聞きなれた声に振り向くと、そこには幾冊かの本を胸に抱くアオイが居た。既に夕方近いからか、頭のハイビスカスは心なしかしぼんでいるようだった。

 唯一まともに接してくれる内の一人に、ジャンは少しだけ胸を撫で下ろすようにして向き直る。

「アオイも勉強?」

「うん、はい。そろそろ試験も近いですし、万全を期したいので。レイミィも居ますよ?」

 そう言って彼女はジャンの背後に視線を配る。彼は促されるままに自習机の方へと顔を向けると、既にこちらに気づいていたレイミィが大きく手を上げて主張して見せている姿が見えた。

「行きましょうか」

「おれも良いのか……?」

「……みんなの事を気にしてるなら、私達の間には要りませんよ。お友達じゃないですか」

「そう、だな。ありがとう」

「それじゃ、行きましょう?」

 手を伸ばしてくる彼女の手を握り返すと、そのまま連れられるままに、ジャンは長机へと向かっていった。

 ハイビスカスは、なぜだか綺麗に咲き誇るのを見ながら――ジャンはやがて席についた。

「や。秀才二人に勉強を教わるなんて光栄だな」

「嫌味ね、ジャンくんなんて他人ひとのことなんて興味ないクセに」

「失礼だな。いつもヒトの目気にしてビクビクしてるっていうのに」

「だったらもっと表面に出してくれれば、まだ可愛げもあるってものよ?」

 レイミィは会うなり机に頬杖を付いて、もう片方の手では指先でペンを弄繰り回してそう口にする。が、純粋に悪く言っているというわけではなく、単なるコミュニケーションとしてのソレだ。

 だから隣に座るアオイも、それが分かっていて微笑んでいる。

 幸せな空間だ。

「奇遇。勉強?」

 そう考えていると、不意に現れた声。教科書を取り出していたカバンから顔を上げて振り向けば、そこには赤いワンピース姿の少女が立っていた。

 思わず驚き身体が弾むが、ジャンはそれをなかったコトにして大きく息を吐いた。

「ああ。試験があるからな」

 言葉を返すと、少し遠慮がちにアオイが袖を引いた。

「……スティールさん、この方は?」

 と、そこで気がつく。

 そういえば彼女を知るのはジャン以外では、タマくらいしか居ないことに。

「まあ、ノロ。座りなさい」

「御意」

 靭やかに伸びる白い腕を上げて、勢い良く振り下ろすと――腕は紅く変色し、そしてにゅるりと伸びた。それからレイミィの隣の席の手前に手をつくと、力を込めて跳躍する。ノロは軽々と高く宙を舞ってから――もう片方の腕を触手にして椅子を引き、着地すると同時に腰をかけた。

 ……心臓に悪いという以前に、嫌なものを見たという感じだ。今が朝でない事を感謝するばかりである。

 そしてまた、慣れたと思っていたジャンでさえこうなのだから二人もさぞかし大変なことになっているだろう。そう思ってアオイ、レイミィに目を向ければ――やはり異人種。反応が違った。

「まあジャンくんの友達に人間なんて居るわけないと思ったけどね」

 レイミィは得意げに鼻を鳴らし、アオイは何かを口にすることは無いが、困惑した様子もなく平然とノロに微笑んでいた。

「私はアオイと申します。スティールさんのクラスメイトです。趣味は、お昼寝です」

「わたしはレイミィ。同じくクラスメイトよ。そうね、好きな事は魔術の勉強、かしらね」

 と、ジャンが紹介するよりも早く自主的に名乗り、簡単に自己紹介する。さすが出来ている人間は違う。そう思いながら、ジャンは手でノロを指し示した。

 彼女はジャンに身体を向ける。

「彼女はノロだ」

「……です」

「というわけだ」

「……よくわからないけど、よろしくね。ノロちゃん」

「よろしくお願いしますね」

 両者の微笑みは、どちらかと言えば迷子の幼子に向けるようなソレだった。

 ジャンはその間にノートと教科書を展開し、カバンを椅子の下に流す。ノロはと言えば、二人のちょっとした質問、たとえば趣味や好きな食べ物やらの無難なそれらを、意外にも適当に流していた。

 彼女はそうしながら、服の下から数冊の革張りの本を机に置く。

「――それじゃあ、今度一緒に洋菓子屋さんに行かない?」

「それがいい」

「あ、この前見つけた美味しい所があるんですよ。そこで良いですか?」

「それでいい」

 なんて、無愛想にも程があるだろう返しにも関わらずしっかりと会話をして、あまつさえあそびに誘ってくれる彼女らはなんて親切なのだろうか。親心に感動しながら、自然的に除け者にされたジャンは適当に教科書をめくった。

「ノロちゃんって、どんな本読むの? それとも試験の勉強?」

 やはり学校の敷地内に居るという事だから、ここの生徒という事を前提に話しているのだろう。服装や外見などは二の次というらしい。ジャンとしてはもう少し言及して欲しいところだったが、わざわざ口出しするのも無粋というものだ。

「いまは、魔術書を。言葉は、元から知っている……から」

「随分と古い本ですねえ……装丁ボロボロですよ、これ。ちょっと良いですか?」

「ご自由に」

 アオイはノロがどこからか取ってきた本を手に取り、左腕に背表紙を乗せてパラパラと開く。どれもこれも黄ばんで、紙の端が欠けていたり虫が食っていたり、外見以上に中身は風化していた。インクも薄く、表紙のタイトルさえ読み取れない。否、それ以前に現在の言語ではないようにさえ思えるのは、あながち間違っては居なかった。

 中の文章を読み解こうにも、同様に読めない。

 仮に古文だとして、これが原本だとして――彼女は一体、どこからどうやってコレを持ちだしたのだろうか。そう思って最後のページを見れば、やはり貸出不可の紙が貼付けられているのが見えた。

 そこで頭が、無意識に切り替わる。

 アオイは微笑んだ。

「む、難しくてよくわかんないです。すごいですね、ノロさんは」

 彼女はそれを読まなかったことにして、ノロの前に本を置いた。

 ジャンはそれを横目に見ながら、ノートに魔術の原理を簡単に書き写し――中々に賢明な判断だ。そう思った。彼女は長生きをするだろう。

 依然として、ジャンへと身体を向け視線を投げながら会話するノロが気になるが。

「言葉より、文字はムズい」

 アオイにとってあまり触れたくない事をノロが吐く。

 レイミィが「あー、やっぱり詠唱より陣はねぇ」と勘違いして話を逸したことに、彼女は心底感謝して胸をなでおろした。

「詠唱か魔法陣、どっちかすれば魔術発動するけど……ぶっちゃけ魔法文字ルーンとかワケわかんないもんねぇ」

「だから、刻む」

「そうそう。身体に刻んだり、魔石使ったほうが簡単だもんね。昔の人は、詠唱とか魔方陣を未だに使うけど、便利な方がやっぱりいいもんね」

「愚か。手間ゆえに、意味がある。見る……?」

「え……? うん、まあ。でも危なくない奴をお願いね?」

「了承。詠唱開始。『地の底より出でし魔性の権化、邪悪なる神の御心なるままに吐き出されたる憎悪の残渣――』」

 なにやらブツブツと、妙に流暢に話だす姿は初めて見る。ジャンは目も向けずに、ただ声だけを聞いて考えた。趣味が合ったようでいい事だ、と。

 つらつらと綴ると、そう時間もかからずに魔術学の試験範囲を大体押さえてまとめることが出来た。ざっと教科書を見返してノートをながめれば、存外に範囲が狭かったことを知る。

 良し、案外なんとかなるかもしれない。

 ふんふんと満足気に鼻を鳴らすと、またアオイは袖を引いた。

「ん、どうし……どうしたんだ?」

 顔を向ければ、彼女の顔面は蒼白になっている。思わず言葉に詰まってから改めて口にすると――視界の端に、妙な紫の光が見えた。

 視線を向ける。

 そこには、両手を胸の前に合わせるようにするノロの姿。触れていない手との間には、その輝きの原因。紫色の禍々しい光球が、凄まじい魔力を周囲に放出し、さらに圧縮しながら徐々に大きさを増していく。

 ノロの口は小さく動き、詠唱を止めることはない。

 やがて空間が歪んでしまうような錯覚に陥った。この図書館全てに満ちる圧倒的な魔力は、一体どこから漏れ出したのか、発されたのか理解しようとする以前に、理解しようとする考えに至らない。

「す、スティール、さん……。彼女は、いったい……?」

 アオイの言葉も耳に入らず、ジャンは思わず机に身を乗り出して腕を振り上げていた。

「こら」

 鋭いチョップがノロの頭部に叩き落される。

 直後に集中が、詠唱が途切れて――魔力は空気中に霧散し、輝きは溶けるように消えていった。

「痛い」

「なに発動させようとしたんだ?」

標準的ブレイク消滅・スタンダード

「効果は」

「触れた物質は対消滅を起こし、質量が衝撃エネルギーとなって周囲に放出される。相手は死ぬ」

「お、お前身体こっち向いてたじゃねーか!」

「……凡ミス」

 飽くまで無表情のまま、されど声と風体は少女そのものだというのだから、その存在には凄まじい違和感を覚えてしまう。

 もう慣れたとはいえ、改めてマジマジと見れば、やはり改めてそう思わされてしまうのが悲しいところだった。

「まあ今日は被害ないから良いけど……今度はアレだ。基本的には魔術禁止だからな」

「御意」

「それとな――」

「む」

 小さく声を上げて、ノロは右腕を引き上げたかと思うと、その手首をマジマジと見てから頷いた。

 椅子を引いて立ち上がり、その背に回りこんで机に押し込んでいく。それだけで、やはりここには頻繁に来ているのだと分かる。ある程度のマナーは、周囲を見て学んだのだろう。

「時間がない」

「あ、何か用事?」

 と訊くのは、あんな目にあったのにも関わらず好奇心が失せないレイミィだ。

 ジャンは周囲の、いかにも迷惑気な視線に深く頭を下げながら、ノロに注視する。

「腐る」

 頷きながら口にした。

「臭くなる。臭いのはイヤみたい、だから」

 それで分かりやすくなったと思っているのだろうノロは、何故だかここで誇らしいように少しだけ口角を吊り上げた。何か大きな仕事を成し遂げたような表情だ。思わず頭を撫でてやりたくなる。

「帰る」

 別れの挨拶もなしに、ノロは床を弾いて一直線に、虚空を穿つ矢が如き速度で、扉から外へと飛び出していった。


「一ヶ月出禁になってしまった……」

 あの魔力の暴走は周囲になにか実質的な破壊をしたわけでも、あるいは障害を起こしたという事は無かったが、それでも迷惑になったことには変わりがない。あんなのは、大声を出して騒ぎ立てるようなものと同じなのだ。

 司書から勝手にノロの保護者扱いを受けたジャンは、そんな事でそういった処分を下された。

 夕暮れ、買い物帰りや帰宅の姿が多くなる通りで、ジャンは先程の面々と共に帰路についていた。

「それじゃ、もし良かったら今度はウチで勉強しない?」

 レイミィは胸に手を当てて提案する。

「あ、いいですね、それ。サニーちゃんと、クロちゃんも誘って」

「ね。試験一週間前くらいで良い?」

「はい! なんだか、今からでもちょっと楽しみになってきました」

「あは、本末転倒にならないようにしなきゃね。ジャンくんもよ?」

「……なぜに?」

 自分で自分を指さして、首を傾げる。

 まさかここで名前を呼ばれたり、誘われたりするとは思わなかった。

「勉強なんて一人で出来るぞ」

 今日がそうだった。

 なんだかんだで、彼女らが談笑している間に終ってしまったのだ。

 他の教科に手をつけようとしたところで追い出されてしまったのだが。

「あ、そっち? いやだって、出禁になったって話題から、家で勉強って言うんだから分かるでしょ?」

「さすがに盲点だったなー。あー、でもなー」

「なんで? みんなで勉強すると捗るわよ?」

「大勢の中で除け者にされるのはイヤだから」

「なーにスネてんのよ」

 肘で脇をつつく。ジャンは身をよじって彼女から離れると、すぐ隣のアオイの肩にぶつかった。

「おっと、ごめん」

「大丈夫ですよ。でも、本当に来ないんですか?」

 心配するような声色。

 ジャンは思わずたじろいで、首を振った。

「行かないとは言ってない」

「……捻くれてるわ。根性ひん曲がってるわ」

 やれやれと、レイミィは肩をすくめて首を振る。

「ヒネてない」

「まったく……あ、私達ここまっすぐだから」

 大通りから、やがて噴水広場へと到達する。

「また明日、です」

「ああ、じゃあな。ふたりとも」

「まったねー」

 大きく手を振るレイミィに、慎み深く手を上げ別れを告げるアオイ。ジャンはそれに応対して――家路につく。

 大きく息を吐きながら今日の事を思い出すと、随分と自分が恵まれていることを再認識できた。

 仲良くしてくれる連中がいる。

 幸せなことだ。

 できれば、こういった時間が少しでも長く続けば良い。

 真っ赤に燃える空を見上げながら、ジャンは切にそう願った。

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