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第四話 『侵攻』

『こちらミキ――正門、異常ないか?』

 それは、まだ夜も更けたばかりの時刻だった。

 ――魔人キリ襲来より、太渓谷には新たに警備隊が配置されていた。といってもそれはそう大規模なものではなく、第二騎士団『偵察部隊』を分配して置いているだけなのだが。

 そしてそれだけでは数が足りないのは明らかであるがゆえに、他の部隊、そして警ら兵の中からも素養がある者を選別して一時的に入隊させている。

(そろそろいいか)

 と心の中で独りごちるのは、彼女が通信用の魔石越しに声をかけた男ではなかった。

 そこに配置された兵士の姿はない。

 そして、その代わりとばかりに応対した男は、だが墓穴を掘ったつもりなど毛頭なかったのであるが、

『……貴様』

 彼が本来知り得るわけもない”無反応”の規定時間を超過する。

 ゆえに、ミキは違和感を抱いた。

 それが許されるのは極めて重大な問題が発生した場合か、反応できぬ状態にある場合のみ。言ってしまえば、許可される状況などはないのだ。

 違和感がミキを懐疑的にさせ、そこから下す判断は極論だったが――およそこの二ヶ月に及ぶ魔人関連の事件、と言っても良いのか分からぬ事象は、そうせざるを得ない状況にさせていた。

 感覚が麻痺しているというものなのだろう。

『殺したな』

 魔人め、と唇が紡ぐ言葉は、声にならない。

 彼女が魔石の向こう側で、ジェスチャーのみで全てを伝え指示を出しているのだろう光景を思い浮かべながら、その男は小さく頷いた。

『目的を述べ――』

 ミキが言い終えるよりも早く、その白く濁った魔石は踏み砕かれた。

 通信は途絶え、その谷底には再び静寂が戻る。

 腹の奥底に響く緊張のような鈍痛を感じながら、男は深く息を吐いていた。



 およそ同時刻。

 そのざわつく商館の一席にて。

 まずウィルソンが苛立ち舌を鳴らしたのは、上司の配慮のない怒号を頭から被った時だった。

「どこをほっつき歩いていた!? 貴様がここに居ることが、貴様自身が自由業などではない事を示しているはずだが?」

 中肉中背、特にこれといった特徴があるわけでもない中年男性は、こめかみに青筋を浮かべて怒鳴りちらしていた。

 その契機となるのは、二ヶ月にも及ぶウィルソン・ウェイバーの失踪及び人型武具倉庫タスクの喪失。特に後者について、彼はそれから数十分に渡る説教が開始し――本題に入ったのは、ウィルソンの疲弊が見えた頃だった。

「――なぜ」

 前回でははぐらかされた話題をふっかける。

 眼の前の男の体は、僅かに揺れた。

「なぜタスクの性格に手を入れた? オレたちのコンビは悪くはなかったはずだ」

 傍から見れば確かに言い争ってばかりのイメージだ。だがそれが、実はただじゃれあっているだけなのだと視点を変えれば、実に仲睦まじい関係になる。

 この男は、それを知らぬわけでもないはずなのに。

「貴様は……だな」

 もったいぶるように、そこでひとまず卓上のカップに手をつけた。

 淹れたての紅茶は、すっかりと冷え切っていた。

「逸材だと思った。俺が最初見た時、既に貴様は、敵など作らせぬほどの実力を持っていたし――いや、この話はいいだろう。理由を話す」

 咳払いの後、男は見据える。ウィルソンはそれを受け、少しばかり口をつぐんだ。

「貴様ほどの逸材が、いつまでも過去の幻影に囚われているのが見るに耐えなかった。これは上層部でも同意を得られた意見だ」

「オレがそれで辞めると思わなかったのか?」

「囚われているんだ。どうにかしてでも元に戻そうと躍起になるはずだ」

「タスクを連れて逃げると思わなかったのか」

「貴様に知識はない」

 だからすがるしか無いのだ。

「そもそも――オレはタスクの話をしてんだよ。オレとあいつが出会ったのは二年前。過去っつーほどの時間じゃない」

「タスクじゃないだろう」

 男は意地悪げに言った。

「シャーリィは白いワンピースが良く似合う少女だったそうだな」

「ッ、あんた!」

 両手でテーブルを叩き、立ち上がる。卓上のカップが激しく揺れて紅茶をこぼしたが、怒りにふるえるウィルソンにはそれを考慮する余裕などなかった。

「今はタスクだと?」

「わかってて、やりやがったのか……!」

「技術者たちから聞いたが、貴様らの仲を見るにすぐに分かるさ。その関係が、相棒というよりも恋人に近いのだからな」

 タスクは人の手によって造られた、人に限りなく似た人形である。

 その、人にはあるべき脳の位置には生体脳が移植され、さらに魔術によってそれが機能する。

 ゆえに性格はその脳の持ち主であった頃の人間に似るか、あるいは施術を行った技術者の癖によって偏るかする。

 だが飽くまで人形は人形でしか無く、基本的には人間らしい感情は喪失されているのだ。

 つまり、その仲の良さはおよそ”人間”と”人形”の関係ではあり得るものではなく、だからこそその以前に関係があったとしか言いようがない。

 タスクの方は記憶が継続しているはずはないが、片鱗があったとしてもおかしくはなく、ウィルソンの場合は言わずもがな、だ。

「貴様は離れるべきだと思った」

「勝手なことばっかしてんじゃねえよ!」

 彼の力さえあれば、この街に居る誰をも殺せる。

 眼の前の憎たらしい男は無論だ。

 だというのに、彼は臆した様子すら見せない。それがさらに気に食わなかった。

「後悔する時が、いずれ来る」

「いつまでも、守れないままで居るわけがねえだろうが」

「実際にその時になってみなければ分からぬ阿呆が」

「連れてくる。元に戻せ」

「前半まではむしろ促すがな」

 その鋭い視線だけで射殺せそうなほど男を睨んだウィルソンは、だがそれ以上会話がまともに成立しないと踏んで踵を返した。

 その瞬間だった。

 ――商館の扉を蹴破るようにして突入してくる一つの影。

 それは喉が裂けんばかりの大声で、叫んでいた。

「ほ、北北西より距離五八○――大量にして多種の異種族『始祖』が確認されました!」



 エルフェーヌ国境付近にて。

 地鳴りとも地響きともつかぬ轟音は、気がつけば身体に染み込んでいた。

 第二騎士団の国境監視を行なっていた班は、ある時ふと、その異変に気がついた。

 その地平線に――広く砂煙をあげる影があることに。

 そして、恐らくその轟音の正体であることに。

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