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7.人知れず

「くっそー……勝てねえだろ、ありゃあ流石に」

 心底疲れ切った言葉を吐き捨てながら寝台に飛び込んだ青年は、固く瞼を閉ざしてやわらかなマットレスに沈んでいった。

 あの魔人はさすがに強すぎた。

 小手先など通用せず、また小手先などで戦うような敵ではなかった。真正面から堂々としたあの強さは、それを上回る実力か、己さえも騙してしまうような戦術が必要だ。

 その全てがなかった彼らは、惨敗した。結果としてその命は存在するが、それはあの男の気まぐれとしか言いようがない。

「三日は、動けなさそうだな」

 おそらく、まともに体力を使い切ったのは今回が初めてかも知れない。

 肉体強化の限界を幾度も突破した現在、いつもならば致命傷を負って治癒系統の魔法で癒してもらえていただろう。しかし今は、特に目立った外傷はない。あったとしても、自己治癒で完治する程度の”筋肉痛”である。

 魔人襲来の間隔を見るに、すぐにまた敵が現れるということはないだろうが――ヒートが長兄、そしてキリが末弟。

 イヴも全てを把握し得ないその兄弟の中で、先の魔人は一体何番目なのか。

 不安で今夜も眠れない――口先でホラを吹きながら、まどろんだ意識は可及的速やかに奈落へと落ちていった。



 ――闇に包まれ、外気は冷え切る。

 豪雨が全身を濡らす屋外、屋根の上での密会は、ごく平穏に行われていた。

「そうか、連中は大したことはないか」

 男の、なんでもないような言葉に頷く影は、「だがしかし」と遮った。

「あれで息があってくれば……正直な所、貴兄の言うとおりあの青年が出てから戦闘が段違いになった。さらに直感か、読みが深いのか……初見で俺の『カマイタチ』を見切られたのは、初めてだ」

 放っては置けない、要注意人物。これ以上の”伸び”は、たかが人間だろうと脅威となる。とはいえ、真っ向勝負では決して負けぬ敵だ。怖いのは恐らくその”直感”と、その直感を正しいと盲信してすぐさま動く”行動力”。

 放置して置けるわけがない。

 だがこのまま見守ってもやりたい。

 そう、たかが人間であれほど彼らの楽しみになってくれるのは、あれほど強者が居た中でも彼のみであった。

 他の連中はただの”殺し慣れた”だけの、ゆえに手練ただけの者たち。

 具体的な違いを述べれば、戦いを楽しむか、殺しを楽しむかしてきたかの相違であろうか。

「だが、これ以上伸びぬとなれば」

 真紅の甲冑が、その透き通るような金髪を揺らして口角を釣り上げる。

 実に悪意に満ちた微笑だと、身内である男は心底思った。

 その実力を度外視したとしても、こんな正確のネジ曲がり歪んだ男とは、友人関係にすら持ち込みたくはないものである。

「関係のない話だ。アレは貴兄の”もの”だろう? 直々に選んだんだ、俺が好きにして良いいわれはない」

「私は思うのだが、あの男は誰かのために戦うのには、適していないように思う」

「というのは?」

「誰にも追いつけぬ、自分を壊すまでの強化は単身で斬り込むためのもの。まさに特攻。共に戦うもののためではなく、後に続く者のため――あるいは、”後に続くため”だろう」

「だが、純粋にあの青年のもとに、青年以上の力を持つ手数が増えていることも危惧すべき事態では」

 恐れては居ないが、予期していた事態ではあった。

 おそらくは、一番最初に魔人に襲われた男の差金だ。

 何らかの手段で魔人の目的を知った彼は、世界から極めて純度の高い者たちに声をかけた。

 その結果として、この街に集まりだしているのだ。豪傑どもが。

「典型的な正義漢だ。仲間のために、と意気込んだあの強さは嘘じゃない」

 つまり仲間が集まれば集まるほど、同様に青年の力が向上し、ごく自然的に士気もあがって厄介になるのではないか、という心配事。

 しかし――これほどまで、目の前の真紅の甲冑を身に纏う男が彼に執着する理由は、ただ人間だからというだけの理由ではないだろう。

 ならば、なぜだ。

 あの程度の強さならば腐るほど居る。

 目立つ所といえば、あの食い下がる強さくらいだろうか。

 今回とて殺せた敵。

 どう言葉で繕っても、正確にあの青年の良さを、目の前の男が執着する理由を認識することはできない。

「取るに足らぬ、煮ても焼いても食えぬ男――貴君はそう思っているはずだ」

 見透かされたような言葉は、不意に胸を貫いた。

 思わず表情がこわばる。

 息を飲んだ音を、喉が動くのを、誤魔化せずに見られてしまった。

「気にするな。あの男の価値を、私以外に知ってほしいとも思って居ない」

「……貴兄」

「追って連絡する」

「了解だ」

 唐突に終えた会話に、疑問も抱かず魔人は頷く。

 そうして真紅の甲冑は軽々と宙空に身投げして――男はそれを見送りながら、瞬時にしてその場から消失した。



「さて――これである程度、行動の抑制はできただろう」

 当分は目の前の連中に対する、何らかの対処に手を焼くはずだ。

 なにせ連中は公に傍若無人な動きができない。

 ざまあみろ、堂々と侵略者としてくればもっと楽だっただろうに。

 ――とある小国、島国にて身を落ち着かせた男は、だが誰にも迷惑のかからぬ山奥で一息ついていた。

 念のために、気に食わないが『魔女』にも声を掛けておいた。気まぐれな女だが、本当に必要だと感じたならば保身よりも何よりも、一番弟子に力を貸してくれるはずだ。

 そしてその一番弟子はアレスハイム王国で騎士をやっている。何の因果かは知らないが、都合のよい偶然だ。

 異世界からもたらされた、異世界の技術と素材を用いた武器が十ある話は、事実である。

 そうしてまた、彼もその内二本を所有していたが――まさか、これを見越して、人間に勝機を与えるために落としていたとすれば、もはや頭も上がるまい。

 二本ともタスクの内に。

 そしてこの国で譲り受けようと思っていた一振りの太刀は、だがこの国にも平等に配られた危険性を配慮して預けたままにしておいた。代わりにいつでも戦えるように、さむらいの選別を手伝ってやったのだが――結果、問題はないだろう、という結論に至った。

 いくら魔人が強かろうとも、この国の戦い方は些か……否、尋常でないほど速い。

 おそらく、初見で生き抜けば僥倖。死して当然という敵だろう。

 そこに異世界からの太刀が渡れば……。

 そして母国があるディアナ大陸には、科学技術の粋を集めた兵器が。

 旧友の居るヴォルヴァ大陸が一番の心配事だったが――今はひとまず、静観するしかない。

 ――となれば、だ。

 次にようやく上がってくるのは、自分の事。

 タスクのことがあるから、そう簡単には仕事も辞められない。

 上層部に問い詰める暇もない。

 だが、ようやく今、丁度時間が空いたのだ。帰国して、”最期”になるかもしれない接触を図っても誰が咎めようか。

「だっつーのによぉ……」

 振りかかる火の粉は払わねばならない。

 ウィルソン・ウェイバーは薄汚れた長衣の頭巾を払い、忌々しげに舌を鳴らした。

 右手の指先に魔力が集中し、左手が腰に携える鋼鉄の装甲を継ぎ接ぎした、されど柔軟性を持つ”鞭”を掴む。

 開放した戒めが、右の額から一閃を振り落とした。

 一筋は右の眼球に飲み込まれ、瞳に複雑な魔方陣を出現させる。

「兄者の気配を探ってみたが……何者だ、貴様ァッ!」

 木陰から出現する黒い影。

 その圧倒的なまでに禍々しい魔力が噴出し、思わず息が詰まりそうになるほど圧迫される――はずなのは、”そこそこ”の実力者だろう。

 ため息混じりに目の前の魔人を見据えるウィルソンには、その敵に対して抱く心情はただひとつしかない。

 面倒だ、といううんざりした気持ちである。

「見られたからにゃ、逃さねえぜ」

 もっとも、逃がさない為にわざと見つかってやったのだが。

 世話をしてくれた村から、こいつの為に三つほど山を越える気持ちも少しは考えてほしいものだ。

 ――右目が怪しく輝く。

 右手が、とても度外視して良いものではなくなるほど、尋常でない魔力量を蓄えた。

 およそ剣筋よりも予測不可能な鞭は、そんな男が使うからこそ油断ならない。

 全てにおいて”異常さ”を孕む男を前にして、かの魔人は思わずたじろいだ。


 人知れず旧友のためのみに働いた男の戦闘が、人知れず開始した。

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