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5.切断者 中

 広く開けた場所。

 そして一網打尽し得る巨大な鎌の刃。

 散り散りになる。そんな配置に文句ひとつ垂れずに全てを斬りさかんとする手段を持ちながらも――対峙して早くも三○分が経過するというのに、決定打の一つも打てなかったのは、ただひとえに”打たなかった”からである。

 魔人はさらなる闖入者――背広姿の、その格好にはいささか違和感が生まれる細長い色眼鏡をかけた男に鼻を鳴らす。その影に隠れる少女には興味もなかったが、本能的に警戒を怠ることが出来なかった。

「てめえ……いつの間に」

「とある男に渡された弾薬を使用したまでなのだが……まさか、こんな仕掛けがあったとはな」

「ある男? ……あぁ、まさか」

 人狼の血を継ぐ男、ハンス・べランジェは納得がいったように頷く。

 かつて似たような経験がある……というか、こんなことをして、また可能とするのは者はただ一人の男しか連想できない。

 そして目の前の、かつての敵と――その奥、離れた位置で女を護るジャンの存在を認識すれば、嫌でもその符号が一致してしまうのだ。

 まったく、何が目的かは分からないが、面倒な事に巻き込まれてしまったようだ。

 そうしてその面倒なものというのが――少し手前で無防備に立ち尽くす、手の甲から伸びる湾曲する刃を持つ、黒衣の男。そこから溢れ出す禍々しい雰囲気は、とてもお近づきにはなりたくなかった。

「お嬢、今回はちょっと邪魔かもしれないな」

 腰にまとわりつく少女の頭を撫でるようにしてから、腕を剥がして距離を取る。

 わけがわからぬと言った様子でハンスを見上げる少女、マリー・ベルクールは、状況を察した。

 眼の前の黒衣。そして傷つきながらも構える見知った面々。

 危険の、辛うじて及ばぬであろう位置まで退く青年に、それに守られる異形の肌色を持つ女。

 ここ最近で小耳に挟んだあの噂は、真実だったのだと認識した瞬間、彼女は小さく唇を動かして魔術を紡いだ。

変則転移シフト・チェンジ

 ――光もなく、その様子もなく。

 瞬時にして消え去ったマリーは、次の瞬間には既にジャンの前に移動していた。

「久しぶりです、スティールさん」

 無力と自身を断定した少女は、無力を自覚しながらもあがき続ける青年の元へと合流した。

「ええ、どうも。早速で悪いんですが、一つお願いを良いですか?」



「たかが一人、それで俺に勝てるとでも思ったのか?」

 刃を構え、魔人が挑発する。

 にわかに風が出てきたが、翻る頭巾の中はされど闇に飲まれ、顔すらまともに伺えない。

 しかしそれは単純な暗さなどからくるものではなく、分厚い装甲、鉄仮面であるらしかった。

「どうだかな、わからねェが――お前もそうだろう?」

「……貴様は生粋の阿呆か。俺が、本気を出しているとでも……?」

「怖ええんだろうがよ、本気を出すのが」

 己の全てをさらけ出す行為。

 この魔人にとって恐れているものが、結果的にその全てを破壊してしまうかもしれないという心配などではなく、

「もしオレらに通用しなかったら」

 強さこそが自我を構成する。

 たかが人間、しかもこれまでで一撃もダメージを与えられなかった男たちに自分の強さが通じなかったら……。

「くだらん推測だ」

 あまりにも”現実離れ”したたとえ話に、想像すら追いつかない。

 嘆息とも嘲笑とも付かぬ息を吐いて、魔人はわざとらしく大きく構えなおした。

 話は終わりだという意思表示。

 受けた四人は、顔を合わせること無く、それぞれがそれぞれなりに対峙した。


 再び先手を取るのはクラリスだったが、その巨大な鉤爪を受け止められた瞬間、

咆哮迫撃ハウル・モーターッ!」

 その脇から、狼の顔をする男が大口を開ける。

 喉の奥より響きだす高温が耳に届いた刹那、口腔から吐き出される眩い一筋の閃光は、光輪を弾き出しながらその中心を貫いて魔人へと切迫した。

「――ッ!」

 また腕を弾き、閃光に構える。そういった行動は間に合わず、その横っ腹に突き刺さる。

 衝撃はとどまらず、踏み込みの甘い魔人を殴り飛ばした。

 即座にクラリスは退避し、すぐ脇を通りすぎていく魔人を見送る。

 だがそれだけに終わらせるわけがない。ウラドは狡猾に着地点を計算した直後、術を唱え、発動させる。

 地面を削りながら吹き飛ばされる魔人の直線上に黒い粒子が徐々に収束し始める。ついにはそれが人の形、それがマントを広げるような格好で出現したかと思うと、それが一体なんなのかを認識するよりも早く、魔人が接触した。

「く……っ!?」

 魔人がそれを認識したのは、その黒い何かが己を飲み込んだ瞬間だった。

 その黒い影は瞬時に実体化し、そうして出現した人形は金属光沢を見せる。中が空洞なのか、魔人はその中に収まり――無数の、おそらく背面まで貫くだろう鋼鉄の針を備えた蓋が、勢い良く軋む音を上げながら閉じていった。

 悲鳴などはない。

 また、手応えもなかった。

「……流石と言うべきか」

 ラウドの感嘆と共に、その人形は輪のように切り裂かれて形を崩した。

 崩壊と共に空気中に溶けて消えていくそれは、およそ拷問具として名高い『鉄の処女』だったが――。

「呆れたものだ。これが貴様の魔法だというのか?」

 憮然と肩をすくめる魔人に、ホークは思わず吹き出した。

「たははは――てめェ、まさかオレらに期待してんのか? あんなに雑魚だとのたまってか!?」

「言われてみれば。我々を撃破する事こそ当然で、この戦闘に何かを抱く事はあり得ぬだろう」

 そうは言ってみるが、本心ではない。

 眼の前の敵はイヴを狙いながらも、それを拒む者たちに手加減をしている。

 強者にとって勝てて当然。弱者にとっては一撃でもかすめればそれが栄誉になる。強さを信条としている彼が、この状況で敢えて手を抜く理由はなんなのか。

 強き者を求める男の本能か。

「やれやれ、貴様らと話すだけで疲れるな」

「ならさっさとやろうぜ、なあ!」

 狼の頭を持つ男は、さらにその腕を図太く、手先を鋭い爪に変えている。人狼としての戦闘能力を余す事無く発揮する彼は、指先を曲げて「かかってこい」と挑発した。

 構える吸血鬼。狙撃手。そして竜人。

 幾度目かになる仕切り直しは、徐々に魔人を優勢にして状況を進行している。

 だというのに、連中は退かず、緩まず、勢いだけはさらに強くしてきていた。

 理解不能――だが魔人を倒せる程の人間だ。およそ命知らずで、今眼の前にしているように傲慢で阿呆極まりないのだろう。

「狗が」

「狼だって、言ってんだろうがよッ!」

 跳ね上がるような裏返る叫び声と共に、ハンスは跳びかかった。

 あまりに直情的過ぎる行動。それに影響されるような、真っ直ぐすぎる軌道。

 それは単純すぎて、むしろ罠なのかと勘繰るほどの動きだったが、目の前の狗がそう頭を働かせるはずがない。そういった妙な確信があった。

 振り下ろされる爪を、刃ではない腕で受け止める。黒衣が容易に切り裂かれたが腕甲は金属音を鳴らすだけで、魔人自体には傷一つとしてない。

 さらに蹴り。この狼に穿たれた脇腹の装甲は確かに削られ薄くなっている。今では、その全力投球の小節で打ち破れるか否か、といった程だろうが、それ故に魔人の意識が特に集中する部位でもあった。

 自身の胸に引きつけるように挙げた足が、狼の蹴りを防ぐ。

 その隙だった。

 ハンスとは別の方向で、だが全く同じ側から発砲音が鳴り響く。

 防がれた蹴りで魔人を弾いて後退。入れ違いになるようにして、弾丸は横っ腹を貫く――はずもなく。

 その精密射撃は、精密であるがゆえに少しでも動いてしまえば目標地点から逸れることになる。だから魔人が少し屈めば、弾丸は脇近くの装甲を削るだけで終える――筈であった。

 弾丸が膨張する。内部に刻まれた魔方陣がそれを促した。

 凄まじい熱をはらみ、強大な爆炎を生み出し、瞬く間に男を焼き尽くす。

「――ッ!」

 驚愕に満ちた吐息。

 既に接触している火炎を、さらに脇という死角に潜り込んだ業火を、男は斬り裂くことなどできない。

 だが全身を包む装甲だ、心配する必要など無い。”この程度の熱”では溶けない。

 そう理解しているはずだった。

 だが、魔人は右腕の刃を縦横無尽に振り払い、本来不要な道を切り開く。大地を抉るほどの力で蹴り飛ばし、即座にその地点を後にする。爆発を背にした瞬間、その衝撃波が背中を押した。

「マリーさん!」

了解わかってる――爆発酩酊ドラウアップ!」

 遠方からの魔術の発動。

 それは、ジャンの指示の下……男がその足で大地を踏みぬく瞬間に作動した。

 魔人の足元で、青白く淡い輝きが発生する。踏み込む力が強くなればなるほど、波紋のように広がる魔方陣が瞬時に男を中心にして――。

 爆ぜる。

 それはホークの炸裂弾を比べるに値せぬほどの速度で、魔方陣内を瞬時にして爆発させた。

 眩い輝きが周囲に満ちる。

 凄まじい熱量が周囲を焼き尽くす。

 衝撃が振りまかれて、思わず意識が削ぎ取られそうになるのを堪えながら、不意の爆発に構えた四名は、それが終了するのも待たなかった。

「咆哮迫撃!」

 ハンスの閃光が、爆発に飲み込まれた魔人へと奔り。

 ホークの大口径の銃撃が魔人を穿ち。

 クラリスが吐き出す巨大な火球が爆炎を増し。

 そうして最後に、魔方陣の左右から突如として出現した、鋭い棘を無数に張り付けた高く分厚い鋼鉄の黒い壁が、魔人へと迫った。

 衝撃と、衝撃と、衝撃と、衝撃が、その一秒にも満たぬ時間で幾重にも重なりあう。

 逃げ道は防がれ、逃げようと思う気概すらも燃やし尽くされ、衝撃波が大地を撫でるように波紋を作り出す。

 腰を落とし構えていても吹き飛ばされそうな物理攻撃のような風。

 全てを静観していたジャンの顎から汗が滴り落ちるのと――イヴが、彼に適した、最低限強靭な武器を手渡したのは、ほぼ同時だった。

 

 全てを閉じ込めた漆黒の壁に、細く薄く暗い筋が入る。

 それがゆっくりと、酷く緩慢に思える速度で動いた。筋が入った下は大地に鎮座し、その上側は滑り落ちる。

 落下した壁は大地に叩きつけられるなり二つに別れ、鈍重な響きを地面に浸透させる。

 解放された炎は、だがその黒衣を燃やしくすぶるだけで終える。

 煙をもうもうと吐き出しすその中で、その空気さえ裁断する刃が閃いた。


「おそらく、卿の肉体強化には耐えられる」

 想像に易い展開が、実際に目の前で巻き起こった。

 ならば駒が未だ全て残っていようとも、この戦況を変え得るのは目の前の男しかいない。

 あの時――ヒートとの戦いでも、キリとの戦いでも、恐らくこの男の才覚が輝いた瞬間はあった。後者においては、決め手こそホークに任せたが、彼による援助アシストがなければ妥当は夢のまた夢で終えたはずだ。

「だけど、おれはあんたの護衛に……」

「魔人が敵であって、私を護るものの力が圧倒的に劣っている場合」

 言葉を遮るように、ジャン以上に、ごく冷徹なまでに状況を静観していたイヴは告げる。

「私が、卿がどこにいようが、そこに致命的な意味はない」

 遠くにいてもあの魔人を倒せねば意味が無いし、近くにいても守りきれなければ意味が無い。

 なるほど、的を射ている。悔しいことだが正論だ。

「護って欲しいわけではない。ただ、このまま終えることを、憎いほどに口惜しく思うのでしょう」

「……貴方は、良くスティールさんの事をわかっていらっしゃる」

 茶々を入れるわけでもなく、マリーが微笑む。

 ここからやや離れた場所では、彼女の護衛が危機に瀕し、やや絶望を味わっているというのに。

「意地や食い下がりの強さだけなら、わたくしは誰よりも強いと評しますわ」

「そりゃどうも」

 背中の魔方陣が鈍く輝く。

 それだけで、もはや説得は不要だと理解する。

 二人は顔を見合わせ、そうして今度はジャンの位置にマリーが立ちはだかった。

「いってらっしゃい」

「意地を見せてみろ、騎士ならば」

 二人の激励を背に受けて、ジャンは軽く手を挙げるだけの返答で済ませた。

 これ以上は態度で示してやれば良い。

 彼の瞳には既に、魔人しか写っていなかった。

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