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4.切断者 上

「やれやれ、音沙汰ないからそろそろ来る頃合いだろうと思ったが」

 もはやソレしか効かないだろうと理解しているがゆえに、すぐさま大長槍ラハティを具現化させる。手始めに装填するのは、地面から”生えてきた”事から念のために、と追尾弾である。

「クソが、武器がロクなのもってねえよ」

 嘆きながら構えるのは、長剣でも大剣でもない、変哲も無きブロードソード。

 そうした二人と、突如として現れた魔人とを交互に見て、狼狽えるのはクラリスだけだった。

「えっ、えっ!? ら、ラウド……死んだんだよ!?」

 真っ二つになって鮮血を垂れ流し、横たわるラウド・ヴァンピール。吸血鬼の名はやはり伊達だったか、それとも単純に陽の下だったからか、その命は既に散り散りである。

 彼女の言葉に、ジャンは嘆息混じりに口にする。

「あいつが仲間なのはまあ、少しは頼もしいが……いかんせん、クズなんだよな」

 人間の拷問と生首集めが趣味で、人攫いで戦況を覆そうとする上、戦場を作り出そうとする完全な悪役である。

「因果応報ッつーか、まァ、あいつの死は無駄にャしねェよ」

 とは言え、彼らの言葉には死を嘆く様子も、喜ぶ雰囲気も、また諦める素振りすらない。

 信じているのは、悲しきかな、ウラドではなく、彼を招集した男。

 あいつが、こんなことで死んでしまうような役立たずを連れてくるわけがない。そしてただ、盾にするために呼ぶような残酷なこともしない。

 吸血鬼は伊達であるが、伊達は伊達でも、伊達男である。

「まったく――あの男の言葉を無視して、さっそく帰りたくなってきたぞ」

 鮮血は乾くより早く、まるで生き物のように肉体の方へと蠢き収束していく。そうして綺麗な断面図を見せる身体は、ゆっくりと近づいて結合。

 関節の一つも曲げずに起き上がり、空中に浮かび上がる男は、その口元の髭を撫でながら、漆黒のマントを棚引かせた。

「なら帰れよ」

「ったく……ここまで運がないのか? おれたちはよぉ」

「逆だろ、運がよすぎるわけだ」

 今回は堂々と、彼はアレスハイム領内に現れたのだ。

 いくらか予感していたことだが、いささか驚きを禁じ得ない。

 そしてこの場で適切な陣形は――。

「……キリを倒したのは、貴様か」

 戦闘に立つホーク。その両脇にそれぞれウラド、クラリス。

 イヴに立ちはだかるように構えたジャンは、矢じり型に陣形を組む仲間に守られていた。

「キリ? ……悪ィな、雑魚の名前は覚えないことにしてるんだわ」

 それこそ、キリがないからな。

 そう言って一人で勝手に吹き出すホークへと、刹那にして走る一閃。

 突如として空間に生み出された円月輪は、首輪のようにホークの首を中心にして、高速で回転し始める。

 少しでも動けば首は切り裂かれることになる。

 そうして魔人が強く拳を握る――瞬間、その円月輪は肉の焼ける異臭を放ちながら、その動きを停止した。

「貴君はディライラ・ホークに個人的な恨みを持っているようだが、貴君は私の方が相性がいいのかもしれんなぁ」

 すぐ横で、ホークを見ること無く伸ばした指先が、彼の首を切断しようとしていた円月輪を摘んで止めた。さらに力を込めればヒビが入り、表情ひとつ変えること無く、指先だけで鋼鉄の刃を砕いてみせる。

 空気中にきらめき霧散する円月輪は、直後。

 ラウドが指を鳴らす合図にあわせて、目の前の魔人の首を包むように、まったく同じソレが出現した。

 ――黒衣を纏う男は、少しばかり驚いたような声を漏らす。

 そうしてそれもまた、ラウドを真似るように摘んで止め、握力で破壊した、が。

 空間を突き破るかのようなけたたましい発砲音と共に、男の目の前で火花が散った。

 彼が知覚した次の瞬間には音速を超える二十センチ超えの弾丸が飛来しており――殆ど反射的に振り上げた腕が、その手の甲から腕を防護するように肘まで伸びる刃が、弾丸に触れた。

 黒衣が引き裂かれ、金属のひしゃげる異音が響き、男は大きく半身を逸らすようにのけぞった。

 問答無用で開始した戦闘は、およそ必然的に、彼らを攻勢にしていた。


 激烈な銃撃を受け流すのは、僅か五発をその身に受けた所で完全に学習した。

 ――大地から振り上がる、一八○度回転する巨大な刃は、既に目の前の三人など眼中に無いように、イヴだけを狙い始めている。

 イヴの首を後ろから掴み、腹を抱いて斜め後ろへと後退させる。

 直後に大地を切り裂き、眼前の空間を塞ぐほどの刃が天空めがけて振り上がり――男のすぐ手前の地面の中へと消えて行く。

 息が詰まるほどの威圧。

 あと少し反応が遅れたら……脳裏に浮かぶ嫌な幻想を振り払い、イヴへ声をかけた。

「怪我は!?」

「あるわけない――離せ! 卿と一緒にいると、逆に危ない!」

 男の胸の中で守られる……そんな状況などではなく、ほとんど羽交い締めにされた状態で、イヴが喚く。ジャンは舌を鳴らしながら魔人の一挙手一投足を観察しつつ、拘束の力をやや緩める。すると自発的に抜けだした彼女は、すかさずジャンの背後へと回り込んだ。

「避けられないほど鈍くない! 卿は、あの男が来たら動き出せ。私はそこまで迷惑をかけるつもりはない」

「……ああ、なら――」

 あと何秒後になることやら。

 ジャンは額から流れ落ちる汗を感じながら、凄まじい鋭さで三人を相手にする魔人を見た。


 愚かにも突撃してきた娘を薙ぎ払うと、だがその強靭な鱗が刃を弾く。

 しかし追撃となる蹴撃が水月を撃ち抜き、肺腑から全ての息を吐き出しながら吹き飛び、瞬時にして視界から失せた。

 遠くの方で何かが弾ける。凄まじい爆炎が巻き上がるが、それよりも目の前から己を牽制し続ける弾丸の嵐が気に障った。

「やかましい……んだよッ!」

 湿っぽい風が吹く。

 頭上では、いつのまにか晴れ渡る青空は、鈍色の雲が渦巻いて飲み込まれていた。

 時刻はまだ昼間だったが、不穏な風とともに闇が訪れる。その予感を覚えながら、手の甲から伸びる湾曲する刃を意識する。その中心に紅い一線が走ったかと思うと、瞬時にして腕が振り払われて――刹那にして、幾つもの斬撃が眼前で閃いた。

 迫っていた十数発は、切り裂かれるまでもなく刃の腹で弾かれて軌道を逸らされる。

 そうする時間は一秒にも満たぬ、恐るべき刹那的なものだったが――竜の血を引く娘にとって、それはあまりにも十分すぎた。

 遠方で朱い何かがちらついた。そう認識した瞬間、それは大気を喰らい、唸り声を上げながら肉薄していた。

 全てを焼き尽くす業火は、そうして次の瞬間には男を易々と飲み込んだのだが――。

「――ッ!?」

 間近で、追撃に備えたクラリスの漏れる呼吸は動揺から乱れているらしかった。

 火球が二つに割れる。

 あらわになる、火球の影に隠れて肉薄したクラリスの姿。既に右半身を紅い鱗で覆う、巨大な鉤爪が振り上げられていたが、同様に振り上げた右腕の刃が対応。

 接触。

 金属の甲高い接触音を響かせて、男を容易に叩き潰せるその巨大な腕は、だが受け止められていた。

 さらに赤い線が二本、付け根から走り切っ先に収束する。

「失せろ!」

 膂力、肩力、腕力――そうして柔軟なバネ、体全身で受け止める竜の鉤爪を弾き返す。

「貴君がなぁ!」

「貴様がだッ!」

 重なる咆哮。

 炸裂する発砲音。

 そして――四方から襲いかかる、半透明の狼の亡霊。

 漏れる嘆息も、驚きの絶句も、何も無い。

 思考と行動が直結し、僅かに体を捻った男は、僅かな勢いをつけて軽く回転。既に肘からその先、肩口よりさらに上にまで伸びる湾曲した刃は薄らぼやけた狼に鋭い一閃を叩き込み、それぞれを真二つに切断していった。

 最後に向き直った正面からは、やはり大きな弾丸。こなれた様子で刃で弾くと、それは瞬時に内側から膨張して――つんざく爆発音。巻き上がる火炎に、男はその身を飲み込まれた。

 視界が眩く、赤く染まる。

 炎の後には煙が残る。

 そんな余韻も与えずに、男はその身を焦がしたばかりの――むしろ己を焦がそうとしている炎を突き破り、走り出していた。

 限りなく地面に近い前屈姿勢で走りだす男は、さらに大地を殴り飛ばして、直線上のイヴへと巨大な刃を地面から生み出した。

 突出するのは大剣ではなく、湾曲する己の持つ武器のような形状。だがそれさえも、ジャンの身を呈した回避によって避けられる……が、それは既に予定調和。むしろこれほど披露している技を、避けられないようではどうしようもないだろう。

「吼えるな、雑魚共が!」

 振り上げられた湾曲する刃――鎌に良く似たそれが、やがて魔人の頭上へと振り落とされる。

 男はそれを己の武器で受け止める。

 同時に、その切っ先の朱い一閃が巨大な鎌首をもたげる刃へと侵食して、鈍い朱色に発光。次の瞬間にはその巨大な刃が、変異する様子もその形が歪む暇も許されぬまま、瞬時に腕に付属した。

「冗談だろう?!」

 まず初めに聞こえたのはホークの狼狽する声だったが――薙ぎ払う一閃。

 周囲の全てを余す事無く刈り取る斬撃は、ほんの僅かな一呼吸分の時間だけを間において振るわれた。

 致命的なミスがあるとすれば、ほんの僅かであっても、”速さ”を求めた”弟”に打ち勝った敵に時間を与えたということだろう。

「……ッ!?」

 その一閃は、その巨大さゆえに緩慢にも見えるが、彼ら五名を斬り裂くには一秒ともかからない。

 威圧されればなおさら、しかし普通でも反応するには難しい時間。

 腕の巨大な鎌が霧散し、その刃の芯となっていた白刃へと規格を戻す。

 男が、その息が詰まるような感覚を、驚愕だと理解したのはその瞬間だった。

「バカが、見え見えなんだよ――ッ!」

 迫っていたホークの銃口が、既に鎌を薙いだ構えのままで止まっている男の顔面へと突きつけられる。男はそれを認識した瞬間に、火花が散る。

 およそ無限に等しき射程を持つ銃撃は、だが射程など意味が無い距離で男を穿つ。そうする筈だったが――散った火花は、発砲によるものではなかった。

 切断された銃身が上空へと吹き飛んだ。

 引き金に指をかけたまま、ホークの表情が何かの色に染まる暇も置かずに――叫ぶ。

「邪魔だッ!」

「貴君がな!」

 まるで読んでいたかのように割り込む燕尾服の男。胡散臭い口元の髭が、僅かに形を変える。

 正方形の箱のような拳銃を構えたラウドは、背中でホークを突き飛ばして、引き金を弾く。その直前に、やはり見事なまでに綺麗に”拳銃だけ”切り裂かれたが、問題はない。

 弾丸が発射される。その過程さえすぎれば、効果は発動する。

 魔人が本能的に、己の知らぬ事に対する危険性を感知した。

 ゆえに、まるで無防備のままガラクタになった拳銃を投げ捨てる中年男性を前に、そうして眼前に迫って輝く弾丸を前にした時、魔人は確実な安全――かつて弟がかなぐり捨てたそれを、選択した。


 弾丸が輝く。

 それは宙空で停止したかと思うと、さらに広がりを見せてにわかに視界を埋め尽くし――。

「な、何が起こっているのです!?」

「理解しかねます」

 背広姿の男が気怠げに答え、色眼鏡を押し上げる。

 そんな彼の背後から抱きつくような少女は、怯えた様子で周囲を伺い……男がウラドの姿を確認した瞬間、にわかに状況を認識し、深くため息を吐いた。

「てめえ、オレを召喚しやがったなッ!?」

 ――この状況、このタイミングに於いてのウラドの判断は、まごう事無き援軍の召喚だったが、その選択を、その新たに変異した状況を、素直に認識できた者はおよそ存在しなかった。

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