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3.筋肉バカと愉快な仲間たち

「ははは! ば~かっ、詰めが甘いんだよ!」

 斬撃がホークの右腕を掠め、死角を撃ちぬかれたジャンはそのまま地面にたたきつけられる。

 だがその嘲笑の台詞は、まごう事無きジャンによるものだった。

 しかし、その言葉は動きと見事に合致していた。

 地面に触れる刹那に輝いた背は、その瞬間に大地を殴り飛ばして――柔軟に衝撃を流すことも、甘んじて受けることもなく、そのままの意味で跳ね返した。

 宙空高く飛び上がった青年はその中でくるりと反転し、軽々と着地する。

 それと同時に背後から襲いかかってくる鋭い鉤爪を、振り返りざまの一閃が受け止めた。

「くぅ! なんでわかったのよ!」

「クラリスさんは、”強すぎる”からさぁ!」

 真っ直ぐで、故に読み易い。

 戦い方で考えれば、一番近いものだろう。だがその威力はケタ違いで、

「でもさ、分かっても――意味がないじゃんねぇ!」

 そう、意味が無い。

 受け止めた一閃はそのまま押し切られて倒されそうになる。

 ジャンは咄嗟に外側に踏み込んで回転するように、目の前からの押しの強い一撃を受け流す。

 回避した先に待ち構えているのは闇。ぽっかりと空間に穴が開いたような、不自然な陰。

 漆黒からはじけた二つの火花が、発砲音と共に二つの幻影を作り出した。

 二体の狼。それは半透明で、その姿を半ば背景の闇に飲まれている。だから距離感が掴みにくいし、対応が遅れる。

 それは以前より確実に、殺しに来ている攻撃だったが、

「遅いんだよ、いぬっころじゃ!」

 刹那にして三度排出する光輪。

 鼓動するように強化された肉体は、瞬時にして狼の速度を容易に凌駕した。

 嬉々として交差した両者。だがその結果を見るまでもなく、走る閃光は二度。幻影は大きく開かれた口から尾までを綺麗に捌かれて、いくらか進んだ先で朽ちて霧散する。

「天駆ける馬の翼よ――変則転移シフト・チェンジ!」

 一呼吸も置かずに紡ぐ魔術は、その瞬間にジャンと、背後から再び迫ってくるクラリスの位置を交換する。

 体を包む眩い光が失せた途端、けたたましい発砲音と共に、クラリスの間の抜けた悲鳴が耳に届いた。

「ひぃっ?!」

 殺気に反応して反射的に振り上がる右腕。その真紅の鱗が、狡猾に頭部へと狙いを定めた弾丸を弾いていた。

「ちょ……殺す気なのっ?!」

 それがどちらに対して放った言葉なのか――それをなすりつけるために、間髪おかずにホークが叫ぶ。

「そうだ! てめェ何してやがる!」

「釈然としないけど」

 また三度、背中の魔方陣が輝く。まるで何かに呼応するように、されど限界突破などという常識はずれな領域には踏み込まず、肉体が強化された。

 剣を振り払い、そのまままっすぐホークへと駆けつける。その速度は容赦無く、またホークも遠慮などなく弾丸を吐き出し続けた。

 だが、

「誰も死なねえように、おれが采配してやってんだろうが」

 二度目の発砲が開始するよりも早く、下から切り上げられた剣が構えている銃を弾き、無防備になるホークの顎下、その寸での所で、振り上げる拳がぴたりと停止する。

 そうして彼にしてはめずらしく――恐らく初めてなのかもしれない。

 両手を挙げて、降伏のポーズをとってから、その模擬戦闘は終了した。


「てめェマジでなんなんだよ」

 街の外の平原からの帰り道、ホークは忌々しいようにそう口にする。

 先日手合わせした時とは桁違いの実力だ。

 いや、正確にはその力や速度は、むしろ今の方がいくらか遅いと言えるかもしれない。だがその絶妙な速度が相手に攻撃を許可させ、そうしてそこから隙を作り出している。

 判断力、そして観察力が極めて上がっている。

 クラリスの戦い方が一番近い。彼自身はそう自分を評していたが、むしろ真逆といったほうがいいだろう。

「モチベーションの問題かな」

「やる気だけでどうにかなるなんて、聞き捨てならんぞ貴君」

「――お嬢を護るためじゃないの?」

 クラリスのいたずらっぽい微笑みに、この四名を見守っていたイヴが思わず反応する。

「ご、護衛の仕事なのだから、強くなろうとするのは当たり前なのでは」

「あ、あんたの為じゃないんだからなっ!」

 冗談っぽく言ってみたものの、悲しいことにそれが事実でもある。

 そもそも既に実力は頭打ち。これ以上の向上を目指すならば、様々な戦場を経験して場数を多く踏まなければならない。

 敵に勝つためには頭を使う。

 そのためには、仲間に頼るという頭すら使えなかった頭脳を、さらに柔軟に仕立て上げればならない。

 そしてそこには、敵に勝つため、誰も死なせないため――そんな行動原理はあるものの、真意ではない。

 個人的に、敵に勝ちたいから。

 負けなければ良いなんて暗い願望ではない。皆が笑って生きてさえいればいいなんて平和主義の考え方ではない。

 だからなのだろうか、あれほどまで騎士にこだわっていたのは。

 だからなのだろうか、あの大渓谷の扉が開く時、否応無しの敗北を突きつけられぬように動いたのは。

「まあいいんだが……しっかし、よォ!」

 ホークがジャンの傍らから前に抜け出したと思うと、そのまま立ち止まり、振り返りざまに襲いかかる鋭い蹴撃。

 それを受け止める胸板は、鈍い衝撃を湛えて、鈍く体内に流れていく。

 背中の魔方陣は微弱な光を発しているだけ。だがソレは、最低限であり必要な分であった。

「なんだその筋肉」

 そして尋常ならざる反応速度。

 後者は読めたから。

 前者は、

「鍛えたから」

 としか言い用がない。

貴君ばかでも風邪ひくと判ったのは安心したが、だがまさか、一晩で完治するとも思わなんだ。それも鍛えたから、なのか?」

「どっちにしろ睡眠不足とか、疲労から来る諸症状だ。ゆっくり寝りゃ治るんだよ、あんなもん」

 寝なくたって治ったはずだ。

 ただ気分が最悪であるか否かな違いのだけで。

「しかもそれで、オレたち三人を相手にする模擬戦だなんだと企ててんだから、お前マジでバカだよなァ」

「大器なんだよ。ほら、言うだろ? 紙一重だって」

「そりゃ他人様に言われっから紙一重なんだよ、自覚してんのはただのバカだ……あッ、そういやてめェさっき、オレの事バカだとか言いやがったよなァ!?」

「真正面から接触したのに、馬鹿正直なおれの一撃を受けてっからだよ!」

 掠っただけだが――敢えてその程度に収めておいた……というような、格好いいものではない。

 どれほど甘い戦略を企てても、彼を前にして正々堂々の剣術で戦ってしまえば、未だ斬撃をかすらせる程度しかダメージを与えられない。

 もっとも、ダメージを受けたのは衣服だ。彼自身に痛みは一切ない。

「今回の訓練を、私は初めて見たわけだけど」

 今にも取っ組み合うかのようにじゃれ付いてる二人を見ながら、イヴがぼそりと漏らした。

 彼らがジャンの見舞いに来ても、まるで別の世界に居るのかのように壁を作っていた彼女の言葉はクラリスにしか届かなかったが、彼女は彼女で、この娘はまともに喋れるのか、という妙な驚愕を呈していた。

「本気で、あの程度で魔人に対抗できると思っているの?」

 安定しない口調で、柔と剛を適切に使い分けることの出来ぬ未熟な娘は、その幼少期より刻まれた身内の”強さ”を回想してから、口にする。

 そんな、不安を隠しもしない彼女の言葉に、クラリスは鼻を鳴らす。

 何を今更、そんなこと。

「できるできないじゃない」

 ここに居る連中は――特に、奇しくもその中心となっている最弱の戦士は、誰よりも強く思っているはずだ。

「やってやるんだよって」

「……気持ちだけじゃ、どうにもならないでしょう?」

 そんな彼女の言葉に、やれやれとクラリスは肩をすくめた。

「本当にちゃんと見てた?」

 気持ちだけで、実際にその勘や冴えが何倍にもなっている男が居るというのに。

 おそらく以前までなら、この三人に手も足もでなかっただろう男が真価を発揮したというのに。

 これで四人共に戦えばどうなるか、わからないわけでもないだろう。

 もっともそれで戦って、勝てるかどうか……わからないわけでもないクラリスだが。

「見てたけど」

「話は聞いてるよ、貴方の付き人とも戦ったんだって?」

 結果は死亡。相手の鉄仮面を素手で破壊しただけに終わった。

 ならそれでも、その口は未だに不安を紡ぐのか。

「ジョネスが護るって言ってる。さすがに信頼とはいかないだろうけどさ、少しは見守ってやれないの?」

「見守ってる。それでも、卿らは……」

 ――敵わない。

 口にしようとした瞬間。


「我らには敵わない」


 不穏な地響きにも似た言葉が、足元から迫り上がるようにして響き――。

「――ッ?!」

 ウラド・ヴァンピールの足元からはしる一閃は、巨大なナタのような刃物を振り上げて――股間から頭部まで、男の肉体を二つに裁断してみせた。

 そうして巨大な刃の切っ先が暫くして天を切り裂き、再び半回転して地面の中へと埋没する。

「我らに敵うわけなど無い」

 五人……瞬時にして四人になった彼らの前に、地面からゆっくりと生み出される一つの影。

 それは奇しくも、ウラド・ヴァンピールが”あの男”と接触してから、ちょうど一ヶ月目のことだった。

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