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1.護衛の任

 阿呆が勝手に動く。

 新参のくせに、ただその許可が常時降りているというだけの理由で戦闘に参加する。

 多くの意見は、結局のところジャン・スティールの評価をそうに帰結させた。

 ――だが、彼をそこに招いたものは、決してそうは考えない。

 ジャン・スティールには、本来ならいくらでも凄絶極まりない事を可能とする行動力と力がある。

 故に、ただの騎士団で腐らせるのは人材のムダ使い極まりなく、その判断は恐らく正確だった。

 魔人の強さを一部でも理解するものは、今回目の当たりにした魔人殺害を、間違った行為だと主張する。いずれ仕返し、そのお礼参りに来るだろう連中に恐れを抱いているのだ。

 そしてそれを抱くものは、憲兵、騎士ともに半数以上。肝を据えているのは、隊長クラスの者のみという不甲斐なさは既に国王にすら溜息をつかせていた。

 そんな苦言をこの一ヶ月間、なぜか直接手を下したホークよりも一身に――とはいえ陰口でしかないが――受けてきたジャンは、されど毅然と目の前に立っている。

 跪きすらしないのは、国王がそれを許可したからだ。

「して、何のようだ?」

「……おかしいな、おれは呼び出されてここに来たんですが」

「ん? そうだったか」

「お疲れのようなら、また後日出直しますが……」

「冗談だ」

 とはいえ、彼ならばその位はすぐに察して苦笑を一つ置き、本題に入れただろう。

 それは過大評価かもしれないが――生傷の堪えない身体に、深い彫りのようにくまを刻んだ目の下は、誰がどう見ても疲弊の局地にあるようにしか見えなかった。

 不服そうに口をつぐむジャンに、レヒト・アレスは咳払いをして話題を転換する。

「簡潔に述べよう。我々は……いや私は、あの魔人の連中がきな臭いと考えている」

 妙な点がいくつもある。

 そして――迷わず魔人との戦闘を交わし、そして最初期、あの扉が開く際に脇目もふらずに単身駆けつけたのを見るに、『自由騎士団』であることを別にしても、この考えには賛同してくれるだろう。

「きな臭い?」

「ああ、そして血なまぐさい」

 近衛兵が居ないからか、まるで遠慮無く国王はそう告げる。

「具体的には、あの拘束魔術が人為的に破壊されたということ。魔術師部隊の隊長の話によれば、あれは対象の魔力を食らって強化される上、魔術的効果でなければ破壊されないというらしい」

 彼がそこから指摘するのは三つ。

 第三者による拘束破壊の可能性。

 そして、破壊できる力を持ちながら、イヴを殺害するタイミングを図るために敢えて連行された可能性。

 敢えてイヴを回収する可能性を挙げなかったのは、彼が既に”きな臭い”の領域を超えて疑っているからに過ぎない。

 下手に部下に相談できる話ではない。

 そういう事を考えれば、国王の手となり足となり、そして同等の判断力と現場での権力を持ちうる彼は、適任なのだろう。

 ただの学生から、国王直属にまで成り上がったジャンにとっては、まるで夢想じみた現実だった。

「そして三つ目だが……なぜキリは、ヒートの腹を貫いたのか、という点」

 魔人はその恐ろしいまでの回復力から、ただ肉体の器官を破壊しただけでは死に至らぬというのは分からぬはずがない。その本人ならばなおさらで、さらにその以前は既にホークの手によって、まったく同じ目に合わされているはずなのに、だ。

 そこから導き出されるのは、一つ目の可能性。

 第三者の存在。

 そしてそれは……。

 レヒトが口を開けた瞬間。

 ――言葉を遮るように、後方からドアを叩く音がする。乾いた、控えめなノック音に、暫くしてから国王は声を上げる。

「入れ」

 この時間帯にこの場を訪問することを、彼は固く禁じていたはずだ。

 故にこの来訪者は不穏。警戒せざるをえない不埒者。

 噂をすれば、影――その可能性は否めない。

 思わず構えると、

「突然の無礼を赦していただきたい」 

 真紅の甲冑が、扉のすぐ前で深く頭を下げていた。


「――中々、人がいるとここに来る前に止められてしまうもので、ようやく巡ってきたこの機会を利用させていただいた」

 ジャンの隣で跪くスティール・ヒートの言葉は、ただひとえにイヴ・ノーブルクランを想ってのことだったが――既に国王、ジャンの間で共通の認識がある以上、その提案がとても純粋に彼女を心配してのことだとは思えなかった。

 だからこそ、彼らは互いに目を合わせられない。ただ張り付いたようにヒートの様子を伺うことしかできない。

 既に彼が、この相談の内容……その結論を察していたとしても、公的にそれを知られてはいけない。

 白々しいと言われてしまえば”それまで”だが、”それまで”はその白々しさを貫かねばならぬだろう。

 なんにしても、こちらは圧倒的なまでに準備が整っていないのだから。

 正確には、何を準備すればいいのか――準備しても、それで間に合うのかがわからない。故に、全てがそれ以前の問題で止まっていた。

「つい一月前……と言えば、つい先日かのような言い回しになるが、あの危機から既に一ヶ月が経過していると言えば、どうしようもなく取り返しの付かない月日が経過したかのように聞こえるな」

 ――宣戦布告か。

 胸中でつぶやくのすら、声に出ていないかが心配になる。

「一度殺されかけたわたしとしても、今後完全に彼女を守りぬくと断言するのも難しい。そして」

 顔を上げ、傍らに立つジャンを見上げる。

 美青年然とした顔は依然として引き締まり、その誠実そうな見た目に数多の女が騙されるだろう表情で、彼を一瞥し、また国王へと顔を向ける。

「自由騎士団はイヴ・ノーブルクランの護衛を仕事にしていたはずだ。今こそ、それを守っていただきたい」

 そういえば、設立した当初は当分その仕事を請け負う予定だった。

 間もなくキリの襲来によって、訓練の日程を改める必要性が出てしまい、また以前より過酷な訓練と自主訓練が開始してしまって――本末転倒、彼女は軟禁状態である。

「今回の来訪の目的はそれか」

「むろん、他意など無く」

 敢えてそうしなかったのは、この状況が原因。あきらかにとばっちりをうけた形であるアレスハイムが、易々と敵にイヴを渡すから……そう考えているのかと思った。

 国王はその旨を伝えると、ヒートはただ頷いた。

「わたしはあの戦いから、貴君らは信頼に値すると評したゆえ」

 まるで詐欺師のような、相手の弱みにつけ込む言葉遣い。見るものが見れば、もはやなりふり構わなくなったと見るだろうが――。

「その間……つまり、イヴ・ノーブルクランを自由騎士団に託している間、お前はどうするつもりだ」

「なに、今更になって向こう側に寝返るわけではない。だが言ってしまえば、この国の誰よりも力があるということは、事実だ。いささか失礼な言い方になるが」

「構わぬよ。ということは……?」

「ああ、いつも見ていた。あの汗臭い、効率の悪い訓練に参加させていただこうと思う。これで強制的に我々の世界に抗うことになるだろうが……少なくとも、交渉前に誰もが殺されることが失くなるよう、尽力したい」

 これは我々のわがままから始まったことなのだから。

 ヒートはそう付け足した。まるで殊勝に、敵意の欠片などもなく。

「実力の底上げ。そして我々の戦い方……あの力だ、”総力”でなければ”太刀打ち”できない」

 そう、どれほどの強者が居たとしても。

 男は強調し、その真摯な態度でまた頭を下げた。

 むしろその提案としては、国王側からの要望であるべきだったのだろうが……その言葉で、また疑問が生まれる。

 本当にそうなのか。

 力が足りぬものがどれほど集まっても、集まった総力として力が考えられるわけではない。

 相手は軍隊などではない。言ってしまえば大砲だ。巨大な砲弾に、幾本も矢を撃ったとしても止められるわけがない。必要なのは巨大で頑丈な壁か、それよりも巨大な砲弾。

 そうなのではないか。

 ――前回は、その砲弾を下から突き上げる形で動きを止めた。相手の不意や油断を利用したのだ。

 だからこそ、これこそが罠なのではないかと思う。

 だが逆に、もしヒートの言葉が全て心から紡がれたもので、真実であったならば……。

 わからない。誰もが心を隠蔽するため、その真意をつかめない。

「お前の言うとおりだ。あの様な不測の事態があった時点で、さらなる増強を考えるべきだった。今のこの国は藁にもすがる思いで、お前に頼むべきだったのやもしれぬな」

 まるで嫌味な言い方であるのを、国王は恐らく敢えて気づかぬふりで好意的な提案を飲み込んだ。

「ほう、わたしが藁だ、と」

「全てが不鮮明であるのには変わりがあるまい」

「確かに」

 そこはかとない表面下のやり取りを感じながらも、そんなものは実際に存在しないことを理解する。今のはただの二つの意味で笑えないユーモアであり、それが信頼の証だと言えるのだ。

 国王は肩をすくめたように息を吐き、頷いた。

「了解した。お前には明日から、騎士団の教導者として動いてもらう。イヴ・ノーブルクランの扱いだが……」

「ジャン・スティールの宅で預かって欲しい。彼女は彼に対して罪悪感があり、そこを漬け込むといい」

「構わぬな?」

 国王の確認の問いに、仕方なし、とジャンは首肯する。

「ならば、明日ジャン・スティールに引き取りに来させる――」

「いや、できれば今からがいい。まだ昼で、荷物もない。早い所、これから衣食住をする場所に慣れたほうがいいだろう」

「ふぅ……なるほどな」

 予断を許さないわけだ。

 これまでのジャンとの会話は、確認に過ぎなかった。そして今回の展開は、未だ国王の胸中で渦巻いてるものだった。そしてその先すらも。

 もしイヴを引き取れば、それこそ易々とこの密談は成立しない。

 だからといって断る理由など無い。元々、その保護の作戦こそが彼らの仕事だったのだから。

「ああ、わかった。だがこっちも居候の身なんだよ、できればむしろ、おれよりそっちに一報入れて欲しかったんだけど」

 逡巡すらも許されぬこの場で、ほんの一秒にも満たぬ沈黙を破ったのはジャンだった。

「貴君の決断力は、スイッチが入らねばゴムのように芯がないからな。こうやって権力を笠に着させてもらった」

「ったく」

 ここ最近で二人目の入居者である。共同住宅でもないのに、心のそこから申し訳なくなるが――家主はそれでも笑顔で応じてくれる。

 まったく、心の広い友人を持ったものだ。

「わかったよ。国王、申し訳ないが、騎士として仕事を優先させてもらいますよ」

 そうする権利が、彼とユーリアのみに与えられている。

 そしてそうすることが自然であり、今の状況では最低限そう装わねばならぬことだった。

「ああ、くだらぬ与太話だ。また暇な時にでも付き合ってもらえれば良い」

 国王に対して深く上肢を倒したジャンは、そうしてヒートよりも先にその場を後にした。



「どういう事だ」

 言われたとおりに迎えに行くと、寝台の上で足を伸ばしくつろぐように読書に勤しんでいた彼女が、声を荒らげた。

 膝の上で本を広げたまま、まるで深窓の令嬢が如き雰囲気を振りまきながら、顔だけをジャンに向ける。

「キミを全力で護る」

「冗談はいいから」

「ああ、そう」

 しかし、仕事の本質は述べた通りである。

「ヒートに頼まれて、今日からあんたの護衛を本格的にすることになった」

「……ヒートに?」

「そう、あんたの唯一無二の近衛兵に」

 いくらかの間を置いて、イヴは本を閉じる。

 そうして回転するように寝台から脚を投げ出すと、そのまま飛び降りるように床に着地した。

「でも、なぜ卿が?」

「自由騎士団創立の際の仕事は、あんたの護衛だった。忘れてたのは悪いがな」

「……個人的な意味で、聞いたのだけど」

「おれが頼まれたから」

 不本意だとは思わない。

 どちらにせよ、これ以上彼女と関わるのならば、このわだかまりはいずれ解消せねばならぬと思っていた。

 身勝手に世界を巻き込んでいる。そして身勝手で、ジャンを一度は殺害した。

 いくら生き返らせられるからとはいえ、さすがに彼女との死生観が一致しているというわけではない。そしてこの世界での命の重さを理解しかけている彼女にとって、自身の命令によって誰かが死んだ、という事実が、重すぎるのだろう。

 以前までは正直な所、彼女の自己中心的な考え方にイラついた。

 今では……いわずもがな、彼女の考えによって本当に現状が導かれたのか、それにすら疑問が出てくるがゆえに、同情すらしたくなる。

 彼女がしているのはただの家出に過ぎないが――不運なのは、姫であるということ。そしてそこからここまでで、幸運が何一つとして無いのが、厳しいところだろう。

 自分を殺そうとしている者を前にして、また自分を守ろうとしている者が死にかけて。

 恐らく、彼女は既にかなり追い詰められていると見て違いない。

「まあ、気のいい奴らだ。そう心配することもないだろうよ」

「ああ、わかった。この本を返してくるから、城の前で待っていてくれ」

「あいよ。んじゃ」

 部屋を出て、廊下を逆走する彼女を見送りながら、ジャンは嘆息した。

 一部分だけはすっかり綺麗な廊下。あの爆発、戦闘があったのにも関わらず、全てが元通りになっている。

「そう、お前が壊したところは元通り」

「お、おれが壊したわけじゃないですよっ!」

 通りかかった禿頭が特徴的な中年男性は、快活に笑って肩を叩いた。

 軍部副大臣にして、憲兵総隊長。

 魔法も魔術も持たぬくせに、その実力は最高戦力たる特攻隊長に相応するというのだから、まったく頭があがらないものだ。

「にしても、こんな所で何やってるんです、エミリオさん?」

「お前がここに居ると聞いてな」

「誰に」

「ちょいと、事件後の後片付けでエルフェーヌに行った時、妙な男に。むしろその男に『うろちょろするな探しただろうが』と、なぜか怒られたからなからな。んでお前がここに居ると言われて、んなこたぁ知ってる、と怒鳴り返したが」

 そしてその男に、ジャン・スティールの力になれと言われたらしい。

 わけがわからないから、帰ってきてそうそう接触を図ったというわけだ。

「誰だかわかるか?」

「いや……恥ずかしい話、おれ友達とか少ないんですよね」

「そうか……ま、なんにしろ当分は雑務は軍部に任せて、兵士としての役割に勤しむがな」

「その方がいいですよ。エミリオさんを事務仕事で使い潰すなんて無駄遣いにも程があります」

 なにしろ、一騎当千の力を持つ者は戦況を逆転させる力を持つと言われているのだから。

「まぁ、今日はこれから報告が終わって、久々の休みだ。んじゃあ、またな」

 豪傑に笑って去っていくエミリオを見送ってから、ジャンは大きく息を吐いた。

 ――妙な男。

 たしか、ホークの方も、ウラドも同じように男に頼まれたと言っていた。ホークの場合は知り合いだったらしいが、なぜか頑なにそれが何者であるのか、口を割らなかった。

 だがウラドの証言、その転送魔術を駆使する魔術師という点から、おおよそそれが誰なのかはわかっていた。

 しかし、その”彼”が何を知って世界各国に動き出しているのか。

 考えても、あらゆる可能性を考えたとしても、なぜ彼がここまで確信をもって動けるのかがわからない。

 おそらく今考えられる限りの最悪の未来が約束されていたとして、彼がなぜそれを知っているのかが不鮮明。

 頭が痛くなりそうな現状で、改めて自分の無力さを確認させられて、自己嫌悪したくなる。

「……なんでまだここに居るの?」

 思わずため息がこぼれ落ちそうになる時、ジャンは廊下の奥から小走りで寄ってくる彼女を見て、それを飲み込んだ。

「そこまで信用ならないか?」

「監視じゃねえよ。知り合いにあって、ただ今まで話してただけだ」

 もっともそれは十五分前。

 だが、嘘ではないはずだ。

「さて、んじゃ行くか」

 ――イヴ・ノーブルクランか完全にアレスハイムの手中に収まる。

 そして、不穏とも平穏とも付かぬ影の動き。

 異世界の目的。

 ヒートの目的。

 その全てが、水面下で徐々に動き始める中。

 青年の周囲に、集まり始めるものもあった。

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