遠征 ~学校行事~
程なくして『図書館には”出る”』という噂が広がり始めた。
何が出るのかと言えば、この世の者ならざる存在、いわば幽霊の類だ。
ジャンは校舎裏でない事にいささか疑問を感じたが、出会うたびに語彙が増えるノロを見れば、その理由をなんとなく察した。彼女なりの努力なのだろうと思えば、可愛らしくさえ見える。
しかし結局、来週から学校に通うと断言していたノロは、一週間待てど二週間待てど、入学する様子はない。さりげなくごく自然的にクラスに紛れ込んでいる様子もないからわざわざ、あのどう我慢しても気持ちの悪い『肉の部屋』を訪問して、本体に訊ねてみれば、
『めんどうくさく……なっちゃった……』
まるで最近の若者じみた台詞が返ってきて、ジャン・スティールはなんだか安心したような、どこか残念なような心持ちになる。
そんなこんなで時間が経過して――新たな月を迎えた。
季節は初夏に移り変わり、気がつけば入学してから初めての学校行事が催される頃合いになっていた。
まずはじめに、武器適性という検査が行われた。
といっても、それぞれ個人が武器を扱い教官がそれを判断するわけではなく、戦闘訓練の授業過程で判断した適性ある武器を生徒に手渡すだけである。もっとも、既に武器を所有している者は持参することが許可されているために、ジャンとサニーは、それぞれ自前の剣と弓を装備していた。
ドワーフ族の特製装備。剣は肉体に紋様を刻まなくとも魔術を使用することが許され、弓は――未だ使用されていないために、効果は分からない。だが恐らくは同様のものなのだろう。
そういった中で、生徒の多くは剣や槍を装備する。
三十分にも満たぬ時間で準備の整えた白い制服姿の集団は、されど集団とも言えぬような三十人余りの団体だ。
「はぐれるなよー!」
先頭に立ってそう告げる戦闘教官は、街の門から下級生総員を引き連れて出発する。
――この学校行事は、『遠征』と呼ばれるものだ。
内容を簡単に説明すれば、ここから十数キロほどある森まで行進し、昼休憩を経てまた街へと戻るというもの。
簡潔に言えば遠足だ。
しかしそれでも一日の授業がなくなり、また珍しい外の世界を歩けるという新鮮さもあって、各々の興奮は最高潮となる。
だからこそと言うのだろうか、出発時に構成された列は瞬く間に乱れて好き好きに並んび、会話を交わし談笑しながら、それでも辛うじて動きが緩慢にはならずに行進する彼らには、教官らも少しばかり眼をつむっているのだろう。
そんな連中のしんがりは、女騎士のシイナ。鬼族の娘だ。そう考えれば、今回の行事に対する安全対策と言うものは出来る限り考えられているのだろうと思われる。
ジャンはその最後尾付近でいつものメンバーと共に行進し、背後のシイナの機嫌を伺いながら、されども緊張など微塵も必要のないこの状況に、思わず表情を弛緩させた。
「ねえジャン、こんなの久しぶりだよね」
肩に矢筒を担いで、また同時に弓を収めた細長い専用のケースを担ぐ。傍らで、ジャンはパンパンに膨れた荷を背負い、腰に剣を提げていた。
「確かに。前はちょいちょい散歩に外歩いてたけど、最近は全くないよな」
「うん。だから嬉しいかな」
「そいつは良かった。今でこそたまにしか無いが、時間があったらまた、近場でも散歩するか。今日は楽しむって程の事はないが、下見感覚なら面白みもあるだろ」
「ジャンは冷めてるね。私これでも結構楽しいんだけど」
「そいつは良かった」
にしても、だ。
ジャンは穏やかな日差しの下、そういった大した速度もでない遊覧とも言える緩慢さで歩きながら、またサニーと会話しながら、あるいはクロコやアオイらの会話に耳を傾け微笑みながら、内心は少しばかり焦りが生まれている。
考え出せば、少しでも計算してしまえば分かってしまう破産までの日数。
特にこれといった出費がないし、テポンの所で住まわせてもらっているからなんとか生きながらえているが、それでも資金は心許ない一方だ。下手に本を数冊、あるいは一週間でも昼食全てを外食で済ませれば、財布は空になる。
ならばアルバイトでもしてみようとも思うが、どこで募集しているのか、その応募を周囲に知らしめているのかが分からない。既にこの街に来て三ヶ月にもなるが、手がかりをつかむことすら無い。
そういった事に行動しない、積極性のなさが一概に要因と言えるのだが――流石に、いよいよ行動せねばならないだろう。
帰ったら調べよう。
彼はひとまずそう考えるも、不安は胸の中に渦巻いたままで不快感は募る一方だった。
「それにしても――」
「これより九○分の昼休憩をとる! 分かっていると思うが、森には入るな! あらゆる意味で危険が多いし、さらにあまり離れすぎるな! 時間厳守で、守れなかったものは連帯責任として貴様ら全員に罰則を強いる!」
舗装された道は、やや木々が生い茂る周囲から、途端に薄暗く緑を鬱蒼とさせる自然のトンネルの中へと続いていた。
彼らはまだ林にすらなれない草原の中で立ち止まり、整列する間もなく戦闘教官は声を張り上げて注意した。
言葉はそれで終わりであり、「解散!」の声から、各々は好き好きに散らばり始めた。
「もう着いたのか……」
ジャンは腰に手を当て、されど一切の疲労を覚えない肩や腰を確認しながら息を吐いた。
「もうって、結構歩いたよ? 歩きっぱなしだよ? 疲れたよ……」
「そうだな。なら早速昼食にするか……ん」
どこか適当な場所は無いか、そう周囲を見渡してみれば、既に草原の小丘に立つクロコ、アオイ、トロス三名の姿があり、それぞれは彼らを見て、気づいたのを確認してから手招いた。
重箱は、三段重ねで量、種類ともに随分あったものだが、五人でつつけば見る間に量を減らして、やがて空になった。
満腹になった腹をさすってトロスは草原の上にそのまま横たわり、シートの上ではサニーら三名が水筒からお茶を出して飲み、団欒とする。
「それじゃちょっと、腹ごなしに出てくるよ」
ジャンはそう残すと、地面に寝かせた剣を拾い上げて腰に携え、大きく伸びをした。
辺りは、年甲斐もなく追いかけっこをしたり、またトロスのように寝転がりひなたぼっこに興じていたり、あるいは組手や、剣術のおさらい、紋様を持っている同士で程度のごく軽い魔術のお披露目会など、様々な暇つぶしが行われていた。
時間にして、まだ一時間近く残っているのだ。
何かをするには、この環境では十分な時間だ。
「さて、ちょっと森――」
「頂けない発想だな」
「の周りでも走ってこようかなー」
振り向かずとも分かる異様な威圧。凛とした声に、ジャンは逃げ出すように走りだした。
が、素早く、足が動くよりも早く背後から腕を掴まれた。
「ちょいまち」
「な、なんですか!」
振り向けばまず視界に入り込むのが赤い姿だ。
胸の形に型を作ったような胸当てに、革製の腰巻には独特な刺繍が施されている。破廉恥な姿だが、さらに背中にはナマクラ以下の、鉄の塊と形容できる巨大なソレを背負っていた。それらをひっくるめれば異様な姿と言える。
「あれを見ろ」
振り向くと同時に、シイナは彼が向いていた方向へと腕を伸ばして指をさす。その先には、道が飲み込まれていく森が広がる、その光景があった。
そして、まるで吸い込まれるように中へと入っていく二名の姿。それは人間ではなく、毛皮を身につける獅子のような勇ましい姿の男に、鳥のようなトサカにクチバシをつける二人組だ。
「クラス代表に頼もうかと思ったけど、頭でっかちタイプの人間だし。君のクラスの代表は女の子だし、隣のクラスを巻き込むのもどうかなっと思って」
「……おれは、その隣のクラスの、しかもただの一般生徒ですが……」
「君は実績があるから。えーと、カールくんだっけ? もう仲直りしたの?」
「ぎこちないですが、こちらから話しかけたら返してくれる程度には。挑発したのはこっちですし、九分九厘おれが悪いんですけどね」
「まあそれなら別にいいけどね。そういうわけだからお願いしたいんだけど」
と、彼女はジャンを掴む腕を離して告げる。軽く腰を曲げるようにしながら両手を顔の前で合わせ、お姉さんからのお願い、といった風体で頼み込んでいた。
さすがに彼女も周囲から自分がどう見られているか分かっているだろうから、この体勢を長く続かせるわけにもいかない。ヘタをすればジャンが、周囲からこの成り行きを妙な噂として流される立場にさえなってしまうのだ。
だから思わず、
「分かりましたから、頭上げてくださいよ」
そう返してしまえば、
「そ。ありがと」
彼女は豪快にジャンの頭をポンポン、と叩くと、そのまま促すように背中を押した。
木々から生い茂る葉は幾重にも重なりあって、自然のカーテンになる。その隙間を掻い潜る木漏れ日は薄暗い陰の中に鮮やかなコントラストとなって、風によって踊る葉と共にその明かりも揺れた。
思ったよりも明るい森の中は、教官らが脅していたほど危険は少ないように見えた。
ガサガサ、という草木を掻き分ける音と共に、木々の脇から道路へと飛び出してきた陰があった。小さく、足元を横切るのは薄茶色い野うさぎだ。森だから居てもおかしくはない小動物を見て、さっそくあの二人を見つけたかと期待したジャンは少し肩を落とした。
それからそう間もなく、同じような物音と共に、今度は狐がその後を追うように飛び出し、反対側の草木へと飛び込んでいく。
ううむ、自然の摂理。たぶんあのウサギは捕食されてしまうだろう。これが弱肉強食だ。
そうやってどこか憂いげのある眼差しを、舗装もされていない、無造作に自然生い茂る方向へと向けていると――これも運命か、それとも直感か。そのやや奥側、道よりもさらに暗がりとなる位置に例の二人組を発見した。
おそらく、趣味が狩猟か何かなのだろう。
狩りというものは命を弄ぶというイメージが根底についてしまっているから、ジャン自身あまり良い印象がない。が、それは彼自身がやっていたこともあって、それを咎めることは決して出来なかった。
彼らがここで狩った動物を持ち帰れば、毛皮を剥いで衣類にするも良し、煮て焼いて食うもよしでなんでもござれだ。放置しても他の小動物が血肉に変えてくれるだろう。何も悪いことばかりではないし、殺される小動物に一々「可哀想だ」だのなんだのと口をだすほど善人でもない。
そもそも、今回は彼らを森から引きずり出すだけだ。シイナが、あの時点で連帯責任を発生させなかっただけ感謝するべきだろう。
ジャンは大きくため息を付いてから、大きな一歩で、茂る藪の中へと入り込んでいった。
「おーい! ふたりともー! 帰ってこーい!」
手を口に添えるようにして叫ぶと、彼らは大きく肩を弾ませるて、それから一様に振り向いて走りだす。彼らはその場から離れて、さらに奥へと入り込んでしまった。
「何やってんだよあのバカ……」
泣きそうになる。
頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、ジャンは足場も環境もくそったれな位悪い森の中を走りだす。藪をかき分け、名前も知らない葉に肌を切られないよう気をつけながら草木をより分け、踏み倒し、たどり着くのは彼らが先ほど居た場所だった。
大きな樹木。その幹の根元には――。
「……ッ?!」
まだ血なまぐささが残っている。
内蔵を引き摺り出され、いたずらに首を切断された狐の死骸は幹に磔られていた。
血糊がべったりとついた安物の果物ナイフが近くに落ちていて、雑貨屋で打っていそうな数種類の釘の詰め合わせケースが置いてあるのを見る。
ジャンは思わず漏れてしまうため息をそのままにして、屈み、幹に叩きこまれた釘を引きぬく。まだ子狐だったのだろうその四肢、愛おしい肉球はズタズタに切り裂かれて見るも無残だ。
皮膚が裂け、手が血だらけになるのも構わず、彼はやがて素手で穴を掘り、そこに子狐の死骸を置いて、埋める。簡単な墓だが、この樹木が墓標となってくれるだろう。
ポケットから取り出したハンカチで手を拭ってから、彼は改めて嘆息した。
さて、バカは何処に行ったのやら。
「狩猟なら、まだ自分のためにもなるんだけどなあ……」
野生動物はなかなかに手強い。
まず、確実に殺気を察知して、音や気配に敏感で、あの特有の身体能力がクセモノだ。
だからそれを狩るためには、単に殺すための技術を高めるだけでは獲物を捉えられない。気配を殺すこと、あるいは罠を作ること、ナイフの振るい方や、まず根本的な歩き方など。その様々な技術があって、初めて獲物を捕らえることが出来る。
狩猟が趣味ならばまだ許そう。
しかしこの悪趣味過ぎる事が目的だったならば……。
ジャンは剣を引き抜く。金属が鞘の金具に擦れる、小気味良い音を鳴らして白刃を晒すと、彼はそのまま柄を両手で握りしめたまま、大地に突き刺した。
――刀身に紋様が浮かび上がる。それは明るく、太陽のように眩く光を放ち始める中で、ジャンは命じた。
「投獄しろ……大地の怒りっ!!」
ブロードソードに鈍い衝撃が疾り、両腕に伝わる。彼の強い意思を読み取った魔術は大地に立つ、彼が対象とした二つの足音を聞き取り読み取り位置を把握した後――彼らが何かが起こったとしか認識し得ぬ刹那的な速さで大地が錐状に変異して突出し、彼らを囲い込んだ。
うろたえるような悲鳴、喚き声、悪態がやや近くから聞こえる。轟音と共に巻き上がった土煙が、同時にジャン・スティールに彼らの居場所を教えてくれた。
ジャンは剣を引き抜くと、数十メートル離れた森の中に、不意に出来上がった出来損ないの牢獄へと切っ先を差し向ける。
再び紋様が輝いた。
魔石から創られたこの武器は、あらゆる魔術を可能とする。
もっとも使用者の技量や知識に干渉して発動するため、ただ媒介となるだけの剣が全てを可能とするわけではない。が、大地や風、そういったある程度の”属性”は、触れるだけで発現出来た。
「疾れ、剣風」
剣を引き、右腕で身を抱くように構える。左腕は顔の位置まで引き上げ――交差する諸手を勢い良く広げれば、その刹那に刀身からの鈍い衝撃が大気を伝播し、一つの真空波となって大地の牢獄へと迫る。
やがて音もなく通過する真空波は、それから瞬く間に形を崩して疾風となる。
天をつく勢いでそびえた錐状のそれは、やがてズズズ、と半ばからズレ始め、鈍い衝撃音を響かせながら、その半ばから切り裂かれたように崩れていった。
――ジャンがそこを覗き込めば、縮み上がって頭を抱える二人の姿があった。
剣を収め、中へと飛び込む。
男達の怯えるような悲鳴に、少しだけ胸が痛んだ気がした。
「一つだけ訊いていいかな」
極力穏やかな口調でジャンが言った。
彼らは、その威圧的な風貌が嘘のように、こっくりこっくりと、壊れかけのブリキ人形のように頷く。
「さっきのは解体がメインだったのかな?」
二人が揃って頷く。
「狩猟がメイン?」
全く同時に頷かれた。
「言葉通じてんの?」
こくりこくりと返事をする。
依然として言葉はない。
これで彼らは、どちらにせよ反省したのだろうが――これではただ単に、暴力で黙らせただけだ。
根本的に、ああいった死を侮辱する行為はいけないと教育できていない。
あれでは、子供が好奇心のままにアリを潰したり、カエルを風船のようにふくらませて破裂させたり、そういったものと全く同意義ではないか。
良し悪しすら区別できていないのならば問題だが、果たして……。
絶えず零れるため息を最後に、ジャンは近くの、脇ほどまでの高さの錐を手で押した。すると、たったそれだけでも牢獄を作る要因となっていたソレはボロボロと、まるで水気のない砂でなんとか形を維持させたように崩れていった。
そう、脆いのだ。
土に固められた大地を、岩石のように硬く構成しなおしてアース・ピックを発動させることは、今のジャンの技量では到底ムリ、不可能だ。
だからこれが有用なのは、石畳の上など元々堅い場所。岩なども可能かもしれないが、下手をすれば変形することすらなさそうだと思えてしまう。
だからこそ、あの剣風だって当たれば痛い程度。濡れた布で叩かれた程のダメージしかない。
「殺すことを怒ったわけじゃないんだ。馬鹿にするわけじゃないけど、野生動物は捕まえるのも難しいし、素直にすごいと思う。だけど、死骸を遊びに使うのは良くないと思うんだよ。極端な話になるけど、お前らだって自分の死後に解体されてハリツケにされたら嫌だろ?」
なるべく諭すように言ってみる。
その頃になると、彼らは錐状に変化したそれらを見てハッタリに気づき、それからやがて冷静になったのだろう。
変わらず口を利いてくれないが、その頷きには確かな理解の意が汲み取れた。
――面倒に口答えされなくて良かった。
以前の出来事、いざこざから少しだけ学んだジャンはそう安堵して、彼らに背を向けた。
「なら戻ろう。いい加減、教官に気付かれるかもしれないからな」
また草木を踏み分けて歩き出せば、ソレに倣って動き出す気配を感じることが出来た。
それから程なくして、こっそりと森を抜ければ――。
「……ようやく戻ったか」
威圧的な、どこか怒りさえ孕むような声が響く。
戦闘教官が、腰に手をやり待っている姿がそこにはあった。
「一足先に帰ることにしよう」
まず教官がそう提案した。
既に背負っていた鞘から抜いた両手剣を軽々と片手で持ち上げ、肩に担ぐ。その姿は、鬼族のシイナよりも鬼らしかった。
教官の言葉に三人は背筋を伸ばして居直る。それからまず教官の出方を伺っていると――大剣は、ジャンの額の薄皮をにわかに切り裂いて振り下ろされた。前髪がパラパラと舞い散る中で、鼓膜を突き破る怒号が響く。
「何を止まっている! さっさと俺を先導しないかッ!」
『は、はいっ!』
声は重なり、行動も全てが同時に、彼らは振り返った。
「走れ! 全速力だ!」
『はいっ!』
返事をするが早いか、背中目掛けて大剣が振り下ろされる。彼らは途端に死の恐怖を感じ取ると、死に物狂いで大地を弾き、緊張故にまともに可動しない関節や筋肉をそのままに、来た道を、来た時の穏やかさや楽しさなど嘘のように走りぬいていく。
――なぜおれまで。
ジャンは巻き込まれたからどうのこうのなどと言い訳する事も思いつかず、されど被害者根性だけは胸の奥底で燻らせて走り続けていた。
そう時間も置かずに、彼らの影は小さくなる。
シイナは申し訳なく思いながら、されどなんだか愉快なまでの理不尽に飲まれたジャンが可笑しくて、口元を抑えて笑いをこらえながら、その姿を見送った。
「帰るまでが遠征だからね! 気を抜かないでよ!」
集団の先頭を務めるのは、来る時とは違ってシイナだった。
女性だからか、あるいは新鮮だからか、下級生一同の呼び掛けに対する返事はより元気で、列も乱れない。
歩き出せば少しばかりズレが生じるが、イイところを見せたいという本能に近い部分が働いて、談笑は続くながらも、軍隊の行進とあいなるそれらは、結局街に着くまで続くことになった。