73. 旅の仲間
出発は翌朝の九時だった。
魔王城の玉座の間に集まったのは、私、カノンちゃん、そして初代魔王のセフィリアさん。セフィリアさんはユキちゃんの召喚魔術からガルデニアに帰った後、自力で飛んで再度ここまで来てくれた。コウモリのファーシルさんに、運動不足を指摘されたからだと、本人は言っていた。
はじめ、私たちは魔王城の正門前を集合場所としていた。だが、巨大な龍が正門前で待ち合わせをしていると国民たちが慌てふためくとユキちゃんが指摘し、無人の『玉座の間』を貸してくれた。当のユキちゃんは、現在一階の『謁見の間』で、国民たちの相手をしている。
『ねえメイ。クラウディアさんって、どんなひとかなあ』
大きな窓の傍に佇み、零れる朝の陽ざしを浴びながら、カノンちゃんは尋ねる。
メンバーの残り一頭、クラウディアさん。彼女は現在、エリノア国の田舎に棲んでいるらしく、王都までは少し時間が掛かると言っていた。
私は玉座段下のカーペットに腰を下ろしながら、彼女を待つ。
『きれいな鱗のワイバーンのひとだよ』
闘技大会で三位のひとだと補足すると、カノンちゃんは『ああ』と呟き、思い返すように片翼を顎に当てた。
『大会のインタビュー、見てたんだけどさ……メイのインタビューでいっぱいになっちゃって、三位のひとのは頭に入らなかったんだよね……』
『あれ、実は私じゃ無かったんだけどね……』
そんな折、玉座の間の扉がトントンと叩かれ、観音開きの扉の片方だけギィと開かれる。
私達は自然とそちらに視線を向けた。
『おはようございま~す、魔王様! クラウディアでっす!』
大きな首が、扉の隙間からにゅっと入り込む。
続いて扉が開かれるにつれ、その大きな全身が露になっていく。
『あれ? 魔王様、いな……』
そう言うや否や、彼女の空色の瞳が横に動き、……巨大な黒龍を捉えた。
その瞳がギョッと細められる。
『ひゃあああああぁぁ!?』
『……ん?』
彼女は素っ頓狂な声を挙げ、その場に硬直する。
開かれていた扉が自動で閉じはじめ、彼女の首元をポンと挟んだ。
『何だ……?』
セフィリアさんも突然の出来事に、どうすればいいのか分からず困惑している。
そのまま少しの間、時間が流れた。
『お、おはようございます~……』
やがて、おずおずと部屋に入ってくる飛竜。
白い翼に、クリーム色の鱗。朝の光の中で鱗の輝きが拡がり、神聖な風貌を醸し出している。聖飛竜、その種族通りの厳かな外見と、その庶民的な立ち居振る舞いが、いささかギャップを与えていた。
彼女は首に、大きめの装着型カメラを付けていた。機械にはあまり詳しくないから分からないけれど、なんか高そうなカメラと言うことだけは分かる。
『「雲の上からクラウディア!」 クラウディア・キャストですっ!』
ワイバーンが翼をバサァと拡げ、快活な声が部屋に響く。
『何だそれは』
『これはですねえ。ボクの定番の挨拶? キャッチフレーズ? ってやつです! ほら、このカメラで配信者をやってまして』
『…………』
首元のカメラを翼で示しながら、配信業について楽しそうに話し出すクラウディアさん。
初代魔王様は深紫色の、思考の読めない瞳でそれを黙って聞いていたが、やがて、想定外の一言を発した。
『カメラとは何だ』
『『えっ』』
場の全員が、意外な返答に言葉を失った。
(え、まじで……?)
ごめんなさい、ローミアさん。
どうやら、貴方以上の『時代遅れ』がいたみたい。
それは、貴方のお母様です。
『えっと、カメラはですねぇ……』
そう言って、嫌がる素振りも見せずにカメラをイチから説明するワイバーン。
私とカノンちゃんは、黙ってそれを眺めていた。
『ほう。では今も、その「配信」をしているのか?』
首元のレンズを覗き込むようにして見る黒龍。
『あ、いえいえ』
クラウディアさんは首を振る。
『さすがに魔王様の玉座の間なので、今は止めてます。その、コンプラ? みたいなのがあるかなって』
『コンプラ?』
『コンプラはですねぇ……』
コンプラをイチから説明するワイバーン。
凄い。セフィリアさんって、何というか純真無垢な子供みたい。
『ところで、黒龍様……。ボクの予想が、当たっていればなのですが。アナタは……』
『……セフィリア・ヴァーレイン・ドラス・エリノア。初代魔王だ』
『や、やっぱり~!!』
その声よりも早くガバァっと翼を地につけ、頭を床にこすりつけるクラウディアさん。
ワイバーンって、こんな平らになれるんだと内心思った。
『飛竜よ。同行感謝する』
それだけだった。クラウディアさんは『こちらこそ、光栄のキワミです!!』と、一層強く頭を下げた。
『えっと……クラウディアさん。私、「フェリ」っていいます。……ごめんなさい、偽名なのですが』
『あ、はいはい! お師匠から聞いてるよ。キミが顔出しNGの、人間の子だよね』
そう言うと、『いいよいいよ』と翼を左右に振る。
彼女は、私にはフランクに接してくれて、少しだけ嬉しかった。
ちなみに『フェリ』とは私の偽名だ。正体を隠すためにユキちゃんから提案され、苗字の『フェリシア』から取って、私が決めました。
『顔を映さないように調節できるからね。ボク、光を操るの上手だから』
翼からボウっと小さな光の粒子を出す彼女。それは凄くきれいで、神秘的だった。
私の光の魔晶石も、ここまで融通が利けばいいのに、と思ったのは内緒だ。
『んでんで、キミがハルピュイアの』
『カノンです』
そして彼女は最後に、カノンちゃんに向き直る。
カノンちゃんは大きな飛竜を前に、少し緊張したように頷いた。
『きれいな翼だねえ』
彼女は首を下げて一度ウインクをして見せた。カノンちゃんは『ありがとうございます』と、緊張ながら笑顔を見せる。
『それじゃ、今日はよろしくね。ボク、ドラスの出身で、竜語は得意だからさ。困ったことあったら何でも言ってね』
クラウディアさんはあっけらかんとした態度で言った。その様子に、私は、心強さを感じた。
◆ ◆ ◆
『では、向かうぞ』
セフィリアさんの一言で、私たちは玉座の間を出る。
念のため、初代魔王様は透明化し、周囲の目から逃れている。
正門を出て、ドラス郡の方向を確認する。
セフィリアさんが透明のまま、私とカノンちゃんを優しく前肢で掴む。彼女が、私たちを運送してくれる手筈だった。
『痛くは、ないか……?』
『大丈夫です。宜しくお願いします、セフィリアさん』
私は姿の見えない彼女を見上げて伝える。
『では、クラウディア。行くぞ――』
彼女がそう言った矢先だった。
突然、私の姿が、フッと大きな影に覆われる。
音は全くない。ただ、この場所だけ雲に覆われたかのように。
『よお』
聞き馴染みのある声。
私は見上げる。そこには、
巨大な濃紺の飛竜、セフィリア・ナイトホーンがいた。




