72. 集う者たち
『……メイの知り合いの、竜……ですか?』
ユキちゃんが少し首を傾げる。
『うん。ダークワイバーンのセフィリア・ナイトホーン。腐れ縁で、この間の闘技大会で仲良くなったんだ。……ドラス郡出身って話をしてたから、もしかしたら竜語も分かるのかなって』
『セフィリア……』
『魔王様。彼は先代様の直属の諜報員。退役軍人ですよ』
『なるほど』
サーペントさんの補足説明に、ユキちゃんは静かに頷いた。
『よいでしょう。ドラス郡の土地勘があれば、非常に助けとなる。……それに、民間人に近い立場の者が動く方が、今回の目的には向いているかもしれません』
『じゃあ、電話。してみていい?』
『ええ』
彼女が頷く。
私はポーチから携帯を取り出して、【Sephiria N.】の番号を呼び出した。数回の呼び出し音の後、プツッと繋がる。
『よぉーメイ。久しぶりじゃん』
『うん、久しぶり。 ねえナイトホーン、今、大丈夫?』
『いいよ、今休憩中。どしたん』
『竜語って、話せる?』
少しの間があった。
『うん。でもなんで急に竜語?』
『ドラス郡に行くことになりそうで。竜語を話せる人と一緒に行けると、助かるなって』
『……おまえさあ』
電話の先で溜息が聞こえた。
『また変なことに首ツッコんでんの? 危ないよ。ドラスに人間のお前が行ったら、何されるか分かんないし』
『実は……オルト村を襲った竜の、手掛かりを見つけたかもしれないの』
また間があった。今度は少し長かった。
『それは……我も、シードの兄ちゃんが殺されたし、協力はしたいけどさ』
少しだけ、声のトーンが低くなった。
『アビス・メイズのシフトが外せなくて、難しいんだよ。新ボス、「終夜の咆哮ナイトフォール」、人気出ちゃって』
『何それ』
『我の役名』
……役名、できたんだ。本名にもちょっと近いし。
『だから、我は……ん、ちょっと待って』
彼がそう言うと、しばらく電話の向こうが少しだけ騒がしくなった。彼の声と、ゴゴっという携帯が風を拾う音。
数十秒して、ナイトホーンが戻ってきた。
『なあメイ。「クラウディア」って覚えてる?』
『クラウディア?』
『あー、お前は直接会わなかったか。闘技大会三位のホーリーワイバーン。今、目の前にいるんだけどさ』
『あ、覚えてるよ。綺麗な鱗のひと』
再び、ゴゴっと風を拾う音がした。
『こいつは行けるって。竜語も話せるし、我と同じドラスの出身。配信のネタになるから、全然構わないってさ』
『配信……』
『こいつ、「クラウディア・キャスト」って配信者なんだよ。配信サイトで世界中に放送してる。……それでも、問題なければ』
私はユキちゃんを見た。
『……確かに、配信者であれば魔王軍の関与は疑われませんが』
彼女は少し考えてから、口を開く。
『放送については、一点だけお願いがあります。同行するメイについては、顔も名前も開示しないこと。それを守っていただけるなら、参加を許可します』
私がその条件を伝えると、電話の向こうでナイトホーンが確認を取る声がした。
少し間があり、ナイトホーンが続ける。
『いいってさ』
『ありがとう、よろしくお願いします』
電話裏で、『お前の番号教えていい?』とナイトホーンの声。すぐに『あいよ』と言って、彼は先を続けた。
『んじゃクラウディアの連絡先教えとくから、調整とかはそっちでしてね』
電話を切って振り返ると、ミゼルが柔らかい目で私を見ていた。
――なんとなく、ナイトホーンと再会できず、ちょっとだけ寂しかった。
『これで竜語の問題はクリアです』
サーペントさんが纏める。
『一位種のワイバーンが参加くださるのです。心強い』
『では、次は――――』
ユキちゃんが続ける。
『……あの』
しかし、今まで黙っていたカノンちゃんに遮られた。
『私も……連れて行ってください。魔王様……』
『…………』
静寂。
ユキちゃんの深紫の目が、カノンちゃんに向く。
『カノン・ノアーノさん』
その声は、穏やかだった。でも、どこか揺るがない強さがあった。
『……あなたは先の件で、沢山のものを背負ってきました。身も心も、まだ万全ではないでしょう。……今、危険な場所に、連れて行く訳にはなりません』
『魔王様のお気遣いは、分かっております』
カノンちゃんは、真っすぐ前を向いていた。
跪いた姿勢で、偉大な魔王に、真っ向から言葉をぶつける。
『……でも。メイを、ここまで巻き込んだのは私です』
翼が、少し震えている。
緊張が見て取れた。
『緑色の鱗をちゃんと見たのは、この場で私だけ。……それなら、私でも、役に立てる』
ユキちゃんは、しばらく無言で彼女を見ていた。
私も、何も言えなかった。玄武のふたりも、何も言わない。
『戦闘への参加は、一切禁じます』
やがて魔王は、ゆっくりと言った。
『危険な場面には近づかない。何かあれば、即座に退避する。その条件が守れるのであれば、です』
カノンちゃんが、深く頷いた。
『……分かりました。ありがとうございます』
ユキちゃんは小さく息をついた。それから私を見る。
『メイ』
『はい』
『……こうなると、あなたも行くと聞きませんね?』
『はい』
『「はい」ではないのですよ』
彼女はフフっと困ったように笑った。
『……どうか、全員で帰ってきてくださいね』
いつも通りの言葉。でも今日は、いつもより少しだけ重く聞こえた。
『うん。帰って来ます』
私も笑って、頷いた。
『これで、メイちゃん、カノンさん、クラウディアさんの三人ですね』
サーペントさんが纏める。
『一位種の飛竜がいるとは言え、目的地はあの竜の里なのです。……戦力として、不安なのでは』
『……ええ』
ユキちゃんが頷く。
心配そうな目がちらりと私に向いたが、すぐに彼女は前を向き、続けた。
『……ですので、もうひとりだけ。心強い方に、協力を仰ごうと思います』
◆ ◆ ◆
謁見の間の中央、ミゼルは静かに目を閉じた。
白鱗が微かに輝きを帯びる。
『……一時契約、行使』
玉座の間に拡がる紫色の魔術陣。召喚魔術だ。
光が収まると、そこに巨大な黒い影があった。
純黒の鱗。ながい身体。黒の鬣。二本の角。
――初代魔王、セフィリアさんだった。
『……ミゼル。何の用だ』
低く、力強い女性の声。
『御母様』
『……その呼び名は』
『初代様』
ユキちゃんは静かに言った。
『ドラス郡への同行を、お願いしたいのです』
『…………』
セフィリアさんは、無言で私を見た。
深い紫色の瞳が、真っすぐに向いている。
ぞくりとした。少しだけ、無意識に目線を落としてしまう。
『メアリー・フェリシア……』
『はい。私の大切な友人です』
黒龍の呟きに、麒麟がすぐに言い添えた。
セフィリアさんは少しの間、私を測るように見続ける。
それから、ゆっくりと視線を魔王に戻した。
『……お前は。大切な友人を、竜の里に行かせたいのか』
『はい。入里の際に、初代様のお声で竜たちへお声掛け戴ければ、大変心強いのです。……滞在中は、里の外で待機して戴いてもかまいません』
『……私に頼むか』
短い沈黙。初代魔王が目を細める。
『……いいだろう』
それだけだった。
説得も不要で、簡潔な承諾。
私は思わず『ありがとうございます』と言ってしまった。
セフィリアさんはちらりと私を見て、何も言わなかった。




