表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/76

59. バス(魔物)

「メイちゃん。アナタはいつこちら(ヴァーレイン市)にいらしたのですか?」


 長椅子に腰を掛ける私に、サーペントさんが声を掛ける。

 現在私たちは、魔王城を出てすぐの大通りにある『停留所』にいた。


 石造りの簡素な屋根に、石の長椅子がいくつか並ぶ。

 サーペントさんが「ここで待ちましょう」と言って並び始めた頃には、既に荷物を抱えた魔物たちがいて、みな思い思いに腰を掛けていた。


「三日前だよ。シカのフィーネさんと一緒にリートゥース市に行ったあと、王都に来たの」


 三日前。こんなに最近なのに、この国にやってきたのがずっと昔のことのように思えた。


「では、大会に出られてそのまま直帰……弾丸ですね」

「へへ、そうだね」


 軽く笑いながらも、何処か現実感が薄い。

 たった三日間の出来事なのに、エリノア国で、色々ありすぎた。


「……でもね。ユキちゃんと五年ぶりにゆっくり話せて、嬉しかったんだ」


 そう口にして、私の心の奥がほっと温かくなった。


「……そうですね。魔王様はアナタのことを、五年間ずっと心配されておりましたから。メイちゃんに会えて、魔王様も嬉しかったと思いますよ」

「そうだったの?」

「ええ、そうですよ。ワタシは魔王様の工作員。これまでも指示を仰ぎに、何度も魔王城を訪れておりましたが」


 彼は小さく首を振る。


「魔王様は口を開けば、二言目にはあの子は元気でやっているか、寂しがっていないかと、メイちゃんのことばかりでしたよ」


 その言葉に、また少し、目の奥が熱くなる。

 ユキちゃんも、この五年間、ずっと私のことを思っていてくれたんだ。


「だからワタシも、メイちゃんのことをたびたび魔王様にご報告していたのです。気づいたら片方の爪が無くなってたとか」

「……それ去年の奴じゃん。あのピンクの。気に入ってたネイルチップで今でもショックなんだよ」

「それを報告したらですね、魔王様がこう言ったのです」

「なんて?」

「同じものを『へびのとぐろ堂』に置きなさい」


 思わずふふっと笑ってしまった。


「だからワタシは一時期、人間の国のお店のネイルコーナーにいる怪しいヘビさんでした」

「うける」


 私のことを思ってくれるのは嬉しいけど、無理があるよユキちゃん。あのチップ限定品なのに。


 ――その時だった。


 ドシッ…… ドシッ……


 低く、重い振動が、足元の石畳から伝わってきた。

 空気が揺れる。私は、目の前の光景を見上げながら言った。


「……ほんとに、これに乗るの?」


 それは――生き物だった。

 地を震わせるような足音とともに、目の前に停止した巨大な四足獣。

 体高は二階建ての家ほど。背中には鞍のような構造物と、客席がいくつも並んでいる。


「おや、メイちゃんは初めてですか? グランド交通のバス」


 サーペントさんは、いつも通りの穏やかな口調で言った。


「エリノア国内の路線バスです」

「……バスなの、これ?」


 眉を(ひそ)める。

 どう見てもバスじゃないよこれ。生き物じゃん。


「概念としては、似たようなものですよ」


 ……言うほど似てるのかな。


 巨獣は、停留所の前でゆっくりと膝を折った。

 ドシンと地面が低く揺れる。

 すると、その背に取り付けられた階段が、ガコン、と音を立てて下りてきた。


『おお、来た来た』

『まだ座れるか?』


 周囲の魔物たちが、慣れた様子で動き出す。

 この光景に馴染みがないのは私だけらしい。


「行きましょう、メイちゃん」

「う、うん……」


 私は少しだけ躊躇いながらも、サーペントさんの後について階段を上った。



 ――高い。

 階段を上り、地面が遠ざかるにつれて、少しだけ怖くなった。

 

 でも、背中に足を乗せた瞬間、


「あ……」


 思っていたよりも、ずっと安定していた。


 革の貼られた座席。荷物を括り付けるための縄やフックもある。

 屋根はないが、代わりに日差しを遮る大きな布が張られていた。


「思ったより良いかも……」


「長距離移動用のバスですからね。快適さも考慮されています」


 サーペントさんはそう言いながら、器用に身体を丸めて席の一角に収まる。

 長い身体が、くるくると巻かれてコンパクトに収まる様子は、何度見ても少し不思議だった。


「ヘビさん、とぐろ巻くのってさ」

「はい?」


 言いながら、彼の様子をじっと見る。


「やっぱり、なんか窮屈そうに見えちゃうんだよね。苦しくないの?」

「窮屈……かもしれませんが。こちらの方が、逆に安心できるのですよ」


 そう言って、少しだけ目を細める。


「昔に聞きましたが、人間の方は布団から足を出して寝ると怖いと言います」

「え、めっちゃ分かる」

「それと同じです」

「それと同じなの……?」


 分かるような、分からないような。


 そのようなやり取りをしていると、やがて低い鐘の音が鳴った。


 ゴォン……


 次の瞬間、巨獣がゆっくりと立ち上がる。


「うわっ……!」


 ふわっと浮くような感覚。

 一瞬の浮遊感の後、それはすぐに、断続的な揺れへと変わった。


 ドシッ…… ドシッ……


 ――走り出した。


 巨獣が地面を踏むたびに、規則的な振動が伝わってくる。

 でも、ふさふさの毛並が衝撃を吸収し、それは不思議と心地よかった。

 

「すごいね。このバス」


 振り返ると、王都ヴァーレイン市が、少しずつ遠ざかっていく。

 白い建物と緑の帯が、少しずつ小さくなっていく。


「ええ。国内で長距離を移動するには、便利な方法の一つです。魔物タクシーペガサス・エクスプレスは高いですからね」


 サーペントさんは、外の景色を眺めながら言う。


「商蛇としても、よく利用するの?」


「そうですね。荷も運べますし、人の流れもありますので」


 その言葉に、少しだけ納得する。

 まるで移動する市場みたいだ。荷物の多い商人などは、重宝することだろう。


「だけど、ヘビさんって荷物、あんまり持ってないよね」

「そうですか?」

「うん。だってポーチだけじゃん。いつも多くの商品、どうやって運んでるの?」

「呑み込……」



「……企業秘密です」

「呑み込んでるの!?」


 思わず身を乗り出してツッコむ。

 まさかの新事実。ベリミア・エルダの正体と同じくらいの衝撃。


「それ、溶けちゃわないの!?」

「ワタシほどの商蛇となると、消化も自由自在なのですよ」


 彼は胸を張って応える。

 ……サーペントさん、どこまで本気で言ってるのか分からない。



 ぐぅぅ……


「あ……」


 しばらくして、私のお腹が鳴った。

 消化みたいな話をしていた直後で、これは恥ずかしい。

 私は顔を伏せる。……赤くなってるかもしれない。


「……何か、食べますか? ワタシの商品でよければ、ありますよ」


 でも、彼はそう言って、静かに尋ねてくる。

 優しくされると、余計に恥ずかしい。

 ……でも。


「それってもしかして、ヘビさんの『企業秘密』の場所から出てくる?」


 そう言うと、彼はいつも通りの微笑みを浮かべた。


「……ちゃんと拭きますよ?」

「いや無理!!」


 思い出した。

 初めて会った時、頭を撫でて、お菓子をくれた時のことを。

 ……あのお菓子、どこから出したんだろう。



 数分後。


『――すみません、このバスで軽食は購入可能でしょうか』


 通路を歩いていた添乗員の魔物に声をかけるサーペントさん。


『はい、ご利用いただけますよ。焼き肉串と干し肉、干し草など』


 干し草、という言葉に、文化の違いを感じた。


『卵は』

『卵は取り扱っておりませんね』


 それを聞いて、サーペントさんは少し残念そうに目を伏せた。


『では、これと、これと……』


 やがて、彼は注文を重ねていく。


『ありがとうございます』


 係のひとはそう言って、サーペントさんの前にプレートを置き、火の魔術を使ってその場でお肉を焼き始めた。

 置かれたプレートの上に、一本、また一本。

 ジュウっと香ばしく焼けたお肉の匂いが、ふわっと広がる。


「え、ちょ、ヘビさん?」


 一本、また一本。

 更に一本。

 気づけば、プレート上は『山』になっていた。


「か、買いすぎじゃない……?」

「適量ですよ。メイちゃんもこれくらい食べるでしょう?」

「親戚のおばちゃん!?」


 それからしばらくの間。


「…………」

「…………」


 サーペントさんは、静かに、しかし確実に――


 呑み込み続けていた。


 一本、また一本。

 肉の串を、淡々と。


「……ヘビさんってさ。今お肉食べてるけど、お腹の中の商品って、どうなってるの……?」


 ふと気になってしまう。あれだけ商品を『収納』している筈なのに、どういう構造をしているんだろう。


「…………」


 一瞬だけ、串を運ぶ尻尾が止まった。

 彼の深い紫色の瞳が、私を捉える。



「企業秘密です」

「また!?」


 知ってた。



「……ふぅ」 


 やがて、最後の一本が彼のお腹に消えると、小さく息をついた。


「……ヘビさん、今ちょっとだけ幸せそうだった」

「ええ、幸せですよ」


 その声はわずかに柔らかい。


「食事は良いものです。生きている実感を得られる」


 ぽつりと、そんなことを言う。


「……そっか」


 私は、小さく頷いた。


(……やっぱり、ヘビさんはヘビさんだ……)


 怖い時もあった。

 でもやっぱり、彼は私のよく知る、サーペントさんだ。


 当たり前のことなのに、なぜかすごくほっとした。


 巨獣は、変わらぬ歩みで進み続ける。

 その背の上で、一人の少女と一匹の蛇は、同じ景色を眺めていた。


お読みくださりありがとうございました。

お気に召しましたら評価やブックマークなどをいただけますととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ