57. 与えられた使命
第三章の掲載開始でございます。
『衛兵さん、遅くにごめんなさい。帰りました』
迎賓の間の前に佇む石像鬼の彼。夜遅くに魔王城へ戻った私は、彼にそっと声を掛けていた。
大会が終わり、私達は三馬鹿トリオと打ち上げに行った。大会慰労会を建前としたただの飲み会だ。姉に呼び戻されて帰宅したシードを除いた四人で、ノース国に本店を持つ有名チェーン居酒屋に入る。未成年の私がジュースを飲む傍ら、樽のような酒をがぶ飲みするワイバーンども。次第にヤツらは乱れ始め、クレイグはやけにベッタリ懐いてくるし、シャフは急に泣き出すし、ナイトホーンは踊り出すしとカオスだった。特にナイトホーンは一通り踊った後すぐに丸くなり、そのままイビキを出して眠り出してしまったため、店から運び出すのに一苦労だった。
そんなこんなで帰宅が遅れて二十三時。魔王城は既に消灯していて暗く、まるでゲームの最終ダンジョンのような、不気味な静けさだった。
『あー!! メイ様!!』
『わぁ!!?』
すると、石像の中から、突然衛兵さんの大きな声が飛んだ。
思わずびくっと身体を硬直させてしまう。
『あ……。も、申し訳ございません』
彼はそう言うと、石像の姿を解き、興奮した様子でこちらに向き直す。
『ど、どうしました……?』
『あの、メイ様、大会の中継見ておりました! 決勝でメイ様が戦われてて、ぅぇえ!? と。アレって、インタビューの通り、人狼の方だったのですか?』
『あ、はい……。そうなんです』
『ああ、やっぱりそうでしたか……』
嘘を吐いた。
私は死んだことになっている。そんな私の英雄伝を、世間に知られるわけにはいかなかったから。
決勝の選手が私ではなかったと分かった途端、彼は少しだけシュンと残念そうにしていた。
『そ。それと。あの、メイ様……』
すると彼は、次に少しだけおびえるような目を、こちらに向けてきた。
『メイ様って……。その、このような聞き方は、失礼とは思いますが……』
口の中でモゴモゴする彼。
遠回しな言葉を並べていたが、やがて、意を決したように尋ねた。
『ご存命で、……お出でですよね?』
『…………』
インタビューで、私に化けた人狼が言った内容。
こいつは先月、俺たち魔物に殺された、人間の村の住人だ――
一端の衛兵である彼まで、私の事情は知らされていない。だから、目の前にいる私の正体が、分からないのだろう。
『やだな、衛兵さん。私、ちゃんとこうして生きてますよ。クレイグ……インタビューの人狼の話は、あいつなりのプロパガンダ? ってヤツです』
『ああ、なるほど。そうでしたか』
彼はホッと胸を撫で下ろす。少なくとも、目の前の私がオバケではないと分かった安堵感なのだろう。
『でも、私が生きていること、他の皆さんには内緒でお願いしますね。魔王様から、トップシークレットと言われていますから』
『え……え?』
なんかまずいことを聞いてしまったと、彼が目に見えて動揺する。
この人は何者なんだという興味と、あまり首を突っ込むのもまずいと言う理性が、彼の瞳の中でせめぎ合っているように見えた。
『そ、それではメイ様。大会、お疲れさまでございました。今日はごゆっくりお休みください』
『はい、ありがとうございます』
最終的に彼は、理性が勝ったらしい。半ば逃げるように、彼は話を強制的に切り上げた。
私はガチャリと扉を開け、自室に入る。
『あ、そうでした。メイ様――』
私が扉を閉めると、思い出したかのような彼の声が、外から聞こえた。
『――明日の朝八時、魔王陛下からメイ様に召集が掛かっております』
◆ ◆ ◆
翌日八時。
いつもの通り朝食を済ませた私は、一人で廊下を進む。
平日の始業前。玉座の間に向かう廊下は静かで、私の足音だけが聞こえた。
胸の奥がざわめく。
ユキちゃんが私を呼んだ理由。それは、きっと……
『失礼します』
深呼吸を一つして、扉をノックする。
ゆっくり扉を開くと、玉座の間の光景が目に入った。
そこには、ステージのような玉座に腰を落とすユキちゃん。
そして段下には、黒い甲羅の大きな陸亀のローミアさん。
そして――
「ヘビ、さん……」
私はぽつりと呟いた。
ローミアさんの隣には、長くしなやかな体をとぐろ状に折りたたむ、大蛇――サーペントさん。
闘技大会決勝で彼に気絶させられて以来、初めての面と向かった再会だった。
三人とも、私に向かって静かに視線を向けてくる。
全員の目が深い紫色……初代魔王、セフィリアさんと同じ色。
サーペントさんは……温かくも感情の読み切れないその瞳で、私を見つめていた。
胸がぎゅっと痛む。
あのひとが大会で、公然と人を殺した姿が、ふっと頭に蘇る。
……でも、決勝であのひとが言ってくれた言葉。
私を人狼だと思い込んだ彼が、あの時私に言ってくれた言葉だけは、……ずっと、胸の中に残っていた。
アナタに、あの子が抱える苦しみの……あの日、滅びたオルト村でワタシに打ち明けてくれた苦しみの、一体何が分かるのですか――
それは、紛れもない彼の本心。
私を可愛がってくれた、『父』としての彼の言葉だった。
『メイ、こちらへ』
ユキちゃんの涼やかな声が響く。
優しくも、凛とした力を帯びた声。
私はゆっくりと進み、玉座の前で立ち止まった。
『頭を下げる必要はございませんよ、メイ』
私はひざまづき、頭を下げようとする。
しかし、すぐにユキちゃんはそれを制止した。
『……本日あなたがたにお集まりいただいたのは、あなたがた三人に、正式に依頼を言い渡すためです。……これは、魔物と人間の未来に関わる……重要な任務となります』
ユキちゃんは言った。穏やかだが、確固たる口調。
その視線はローミアさんとサーペントさん、そして私へと交互に向けられた。
『カノン・ノアーノの捕縛命令です』
私は思わず息を呑んだ。
カノンちゃん……十八歳のハルピュイアの少女。オルト村が滅んだとき、私と同様、生き残った彼女。
『彼女はリーファの未来視において、人間を殺害する可能性が示されています』
胸が苦しくなる。
ローミアさんは静かに俯き、サーペントさんはユキちゃんをじっと見据えたまま動かない。
未来視の中の彼女は、……人間を殺していた。
ぶるぶると震える翼を目の前の人間に構え、……鎌鼬の魔術で、バラバラに引き裂いて。
『あなた方の任務は……彼女を制圧、無力化し、それを未然に防ぐこと』
ユキちゃんは、チラリと私に目を向けると、先を続けた。
『そして彼女を……必ず生きたまま、捕縛すること』
その言葉に、私は少しだけフッと胸の中が軽くなった。
親友のカノンちゃん。彼女が、自らそんなことをする筈がない。
彼女を死なせたくない。私が彼女のもとへ行って、ワケを聞かなきゃ。
『ロー。あなたは守護魔術を常にメイに。反人派との戦闘も考えられます。この子の身の安全を、最優先に願います』
『わかってるよミゼル。僕に任せて』
ローミアさんがのんびりした様子で胸を張る。
……胸というより首かもしれない。
原初のふたりが一緒にいれば、きっと、大丈夫。
不安だけれど、私は、そう思うことができた。
玄武のふたりのどこか優しさを含んだ四つの瞳が、私を静かに見守っている。
――怖い。でも、この人達がいるから、私は前に進めるんだ。
そうしてユキちゃんは、私たちに目配せをして軽く頷くと、静かに続けた。
『では、準備を整え、任務を開始してください。どうか、皆様の安全を最優先に』
『よし。よろしくね~、メイちゃん』
のほほんとした様子で話すローミアさん。
そして、玉座の間に漂う静けさの中、ユキちゃんは小さな声で、サーペントさんに向けて言った。
『ベル……申し訳ありませんが、あなただけ少しここに残っていただけますか』
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