54. Day2.17:00 R15『最終戦:優しい毒』
「ヘビさんって、毒ヘビなの?」
「ええ、毒ヘビですよ」
「やだ。ヘビさん怖いよ」
「はは、大丈夫ですよ。ワタシの毒は、メイちゃんのような人間さんには効かない、とっても優しい毒ですから」
…………
……
幼い頃、私はサーペントさんに聞いたことがあった。
当時、彼は自分を『毒ヘビ』だと称した。
「ほんとにあいつが『毒』って言ったの?」
観客席のいつもの位置。
ナイトホーンが首を下げて、不審げにこちらを見る。
「はい、言ってました。だよなメイ?」
「うん……」
「確かにさ。あいつが毒を使ってんのは、我も見たことあるよ」
そう言うと、飛竜はぺたんと腰を下ろした。
「だけど人間に効かないことなんて無いでしょ、毒なんだから。むしろ戦場ではそれで人間を倒してたよ。あいつの毒は特別じゃないし、ローミアの守護魔術を超えるようなものでもない。……少なくとも、我の知る範囲ではね」
「でも、ナイトホーンの知らないうちに毒を練習して、強くなってたりとか……」
「練習ってなんだよ。ふつう毒は練習で強くなんないだろ」
ワイバーンはジト目でツッコむ。
「そもそもさ、あいつが毒なんて使えることすら知らない仲間も多かったよ。軍にいた頃、あいつは衛生兵として働いてて、戦ってるの滅多に見なかったし』
「衛生兵?」
「知らない? 味方を助けるひとのこと。ローミアが守護魔術を使って、ベリミアが魔力を回復する。だからあいつの魔術って魔王様と同じ、癒やしのものだとずっと思ってたんだよ。同じ原初だしさ」
ナイトホーンがぐるぐると喉を鳴らす。
だが、その言葉に、……何か引っかかるものがあった。
『癒やし』と『毒』じゃ、――あまりにも真逆すぎる。
「……そうだ」
ふと、思い出した。
大会前日。私がナイトホーンに貰った魔力薬を飲んで、クラっと来そうだった時のことを。
あの時はエナドリの飲み過ぎでも気持ち悪くなるよなと軽い気持ちで捉えていた。
だけど、それって――――
「ねえ、ナイトホーン」
「なんだよ」
「魔物達の間で、こう言った病気はある?」
◆ ◆ ◆
「魔力中毒」
メイは静かに告げる。
闘技場に対峙するサーペントさんの尻尾が、ピクリと揺れた。
「…………」
魔力は魔物の活力でもある。普段魔物は魔術を行使したり、普通に生活をするだけでも魔力を少しずつ消費しているが、魔力を体外へ放出できない病気を持つ魔物は、蓄積される魔力が体の限界を超えて中毒症状を引き起こし、……やがては死に至る。
これは『魔力中毒』として、一部の魔物達の間で認知されていた。
「貴方は相手に許容以上の魔力を注入して、中毒症状を引き起こさせた。だから試合前、わざわざ相手に魔力薬を飲ませたんだ」
「…………」
「だから、魔力を持たない人間には効かない。ローミア様の守護魔術でも防げない。『魔力の回復』が、魔物にだけ通用するもう一つの『毒』の正体なんでしょ」
「……ええ、正解です。さすがですね……メイちゃん」
その声は、どこまでも静かだった。
だが、尻尾の先が、……わずかに震えていた。
メイは息を呑む。サーペントさんが、何かを言いかけて――――
その瞬間、闘技場の空気を裂くように、審判の声が響いた。
『それでは第十五回戦、決勝戦……始め!』
試合開始の合図。メイたちのやり取りは強制的に中断させられる。
ワァァっと会場の大歓声が巻き起こった。
「メイ、噛みつきには注意して」
そう言うと、翠鱗のトカゲビトは斧槍を右手に持ちながら素早く回り込む。挟撃の陣形だ。
「わかった、シード」
「……毒を、使ってこないとも限らないから」
「……信用されておりませんね、ワタシも」
ふたりの会話に、サーペントさんが困ったように笑った。
彼は商蛇。人語を解する魔物だ。
今までのような、人語による戦闘中の作戦会議は通用しない。
「……それでは」
そして、次の瞬間――
「行きますよ」
大蛇の深紫色の瞳が、鋭く光った。
ドォォン……!!
「え……?」
周囲を走り回り、隙を伺っていたトカゲビト。
サーペントさんから放たれた紫色の魔力の塊が……一瞬で彼を吹き飛ばした。
「シード!!」
メイは叫ぶ。
吹き飛んだトカゲビトは、壁に激突し――地に崩れ落ちた。
属性の魔術ではない。
ただ魔力を放つだけの、単純な攻撃で――
「さあ、残すはアナタだけですよ」
大蛇はそう言い放つと、ずるずるとメイに這い寄る。
「サーペント、さん……」
バァァン……!
「ひ……っ……!」
メイの隣に、牽制の一撃が与えられる。
尾撃。筋肉の詰まった長い尻尾を鞭のようにしならせ、敵に叩き付ける攻撃だ。その単純ながら強力な物理攻撃は、しなやかな尻尾を持つ爬虫類の魔物が得意とする技の一つである。
「……メイちゃん、降参してください」
大蛇は静かに言い放った。
「決勝前。ワタシはベリミア・エルダとして、魔王様から直々に勅命を奉じました。……この試合、必ず勝つようにと」
試合前や昼時など、彼は度々何処かへ席を外していた。それは魔王ミゼルから、次の試合展開をどうするのかを尋ねに、伺っていたのだ。
「ワタシは魔王様の命令であれば……どのようなことでも遂行します。このままでは、たとえアナタであったとしても、……ワタシは攻撃しなければなりません」
冷徹な眼。
かつてメイが慕っていた温厚な大蛇の面影は、どこにもなかった。
「ち、違う……! 私の知ってるサーペントさんは、そんなひとじゃ……!」
「…………」
その言葉に、大蛇は一切の加減もなく尻尾を振るい、メイの横腹に打ち付けた。
ゴシャッ……!!
「ぁ…………」
何かが潰れるような音がした。
メイの身体は派手に吹っ飛び、ゴロゴロと地面に転がる。
「が……ふっ……」
起き上がることができない。肺に空気を取り込もうと口を開けても、潰れた肺がそれを許してくれない。
「これで分かりましたか? 甘えた言葉は通用しませんよ。……それに、アナタは『サーペントさん』を何も知らないでしょう。……そもそもアナタはメイちゃんに化ける、『人狼』なのですから」
「…………!」
数メートル先、地面に這いつくばるメイに冷たい視線を向けながら、サーペントさんはさらりと言い放った。
「……覚えておきなさい。本物のメイちゃんは……あの子は幼い頃から、ワタシを『ヘビさん』と呼ぶのですよ」
大蛇はシュルシュルと舌を出し入れしながら続ける。
「とは言え、つくづくライカンスロープとは凄いものですね。まさか見た目や声だけでなく、匂いまで擬態できるとは……」
そう言いながら、サーペントさんはゆっくりとメイに這い寄る。その姿はまさに、仕留めた獲物の元へ向かう捕食者のようだった。
「アナタの厄介なところは、素性が光属性の魔術を操る魔物だと言うことです。……あの子の光の魔晶石を、偽装できる」
大蛇は横たわるメイの下まで辿り着く。苦しそうに呼吸を整えるメイの姿を切れ長の瞳で見下ろしながら、彼は続けた。
「そろそろメイちゃんを騙るのは止めなさい。アナタに、あの子が抱える苦しみの……あの日、滅びたオルト村でワタシに打ち明けてくれた苦しみの、一体何が分かるのですか」
爬虫類の魔物特有の、淡々とした言葉遣い。
だがそれは、紛れもない彼の本心だった。
「もう終わりにしましょう。……アナタは魔力薬を飲んでいない。如何に上位種の人狼と言えど、準決勝で失われた魔力は、回復していない筈ですから」
シュル……シュル……
「ぅ……ぁっ……」
地面に這いつくばるメイを尻尾で巻き上げる。
メイはくぐもった悲鳴を上げた。
「……これが最後のお願いです。どうか、降参して下さりませんか。……さもなければ、このまま締め潰すしかなくなりますから」
ぎゅっと尻尾に力が入る。
蛇の冷徹な眼が細められた。
「クレイグさん。アナタも、……全てを失ったあの子が心を許した、大切なお友達なのです。できれば……それを、ワタシの手で傷付けたくは無い」
その声は冷酷でありながら、ほんの僅かに、祈るような温度を帯びていた。
できれば、このまま何もせず、終わらせてほしい――
そんな想いが、彼の目には滲んでいた。
「降参、は……」
苦しそうに、メイがようやく声を挙げる。
大蛇は、巻き上げた獲物に対して、……どこか縋るような目を向けた。
「……いや、だ、よ……」
「………………」
サーペントさんの目に、無念の色が滲む。
大切な子の友人を、自らが手に掛けなければならない無念――
「……分かりました。残念です」
だが、次の瞬間には……彼の目は、捕食者としての冷酷な眼へと変わっていた。
「メイ……!!」
突如、第三者の声が響いた。
倒れていた筈のトカゲビトが、地面に這いつくばりながらも黄金色の瞳を光らせて、こちらへ魔術を行使していた。
魔術の行使後、彼は再びガクッと力尽きる。
「……増幅魔術? なぜトカゲビトが、光属性の増幅魔術を……」
そして彼は、ハッと尻尾へ振り返る。
……尻尾の中で、私は彼に弱々しく笑った。
「……ごめんね、ヘビさん。だけど、ありがとう。大好きだよ──」
「そ、そんな、メイちゃ────」
魔晶石に祈る。準決勝に出場していなかったから、私の魔力は充分に残っていた。
今の自分の出せる、増幅された、最大魔力の光の一撃。
◆ ◆ ◆
「…………」
ドサッ……
ワタシは、気絶するメイちゃんをゆっくりと地面へ横たえた。
至近距離からの光の矢。それを、喰らうわけにはいかなかった。
だから――先に彼女を、締め潰した。
『……勝者、へびのとぐろ堂!』
審判員が宣言する。
試合時間三分。宣言通りだった。
『お前はあっちのトカゲビトを運べ!』
『はい!!』
救護スタッフがメイちゃんを運ぶ。
ワタシは横目で、それを眺めていた。
咄嗟の判断で骨を砕いた。彼女の口の端からは、血の筋が垂れている。
『お、おい、なんだよあの蛇……』
『ただの魔導大蛇の力じゃないだろ、あれ……』
ざわざわと、観客に動揺が拡がる。
そして、勝者であるはずのワタシに向けられたのは――祝福ではなく、畏怖の目。
同じ準優勝。
善戦すれば、たとえ敗北をしたとしても、メイちゃんは『健闘した期待の若手』として、注目を集めてしまう。
だが、無様に瞬殺されてしまえば――世間の注目は優勝者のワタシだけに集まり、人々の記憶から、自然とメイちゃんは消滅する。
……魔王様の狙いは、それだった。
守るための行為も、場合に依っては傷となる。
――それは、ワタシが彼女に盛った、最後の『優しい毒』。
「……ごめんなさい、メイちゃん。クレイグさん」
魔王様直属の工作員、玄武ベリミア・エルダ。
その役回り上、ワタシも、あまり悪目立ちはしたくなかった。
でも、あの子を守るためには――仕方がなかった。
サーペントさんが触れていたのは8話のことです。
だいぶ昔のことを覚えていますね。
お読みくださりありがとうございました。
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