52. ベリミア・エルダの毒①
『第十四回戦・準決勝のブロックAにおいて、守護魔術の一時的な不具合により、選手が死亡する事故が発生致しました。対戦相手選手の攻撃は規定内であり、故意による殺害行為は確認されておりません。本件は「事故」として処理し、決勝戦は予定通り開催いたします。なお、守護魔術の不具合については現在調査中です。繰り返します――』
ざわめきが、波のように広がっていた。
観客席のあちこちで怒号が上がる。
椅子を蹴る音、壁を殴る音、地面を叩く音が混じり合う。
『ローミア様の守護魔術が正常なら勝ってたんだよ!!』
『金返せ!! 大金賭けてたんだぞ!!』
『大会やり直せ!!』
賭けに負けた者。
怒りは一点に集中していた。
大会を管理する、玄武の霊亀――ローミアへ。
控え区域の奥、誰も入らない静かな部屋で、巨大な霊亀ローミアは身を伏せていた。
『……ロー。ごめんなさい、あなただけに、こんな役回りを強いて』
涼やかな声が響く。彼の前に、白鱗の麒麟が歩み寄る。
魔王ミゼル。
そしてその後ろには、若草色の鱗を持つ大蛇――ベリミア。
ミゼルはローミアの傍らに立つと、深く頭を垂れた。
彼女の淡い紫色の鬣が、そよぐように揺れる。
『頭を上げなよ、ミゼル』
ローミアは目を閉じたまま、息を吐いた。
『……仕方ないよね。事情を知らないひとが、ただ騒いでるだけだよ』
『いいえ。私達がすべてを伏せたまま、あなただけを矢面に立たせてしまいました。あなたは何もしていない。本来なら、私がすべての怒りを受けるべきでしたのに……」
その横で、ベリミアも静かに頭を垂れた。
『ロー。ワタシのせいで、アナタにご迷惑をかけました。申し訳ありません」
ローミアの巨大な瞳が、ゆっくりと開く。
その視線は怒りではなく、長い付き合いの仲間を見るような静けさだった。
『やめてよベル。僕とキミの間で、謝り合いはナシでしょ。あのひとは戦争犯罪者。放置すれば、いずれ誰かが死んでたと思うよ。だからだよね? ……ミゼルがベルに、あのひとを殺せと命じたのは』
ベリミアは、ただ静かに頭を下げる。
『それに、たぶんあっちの理由もあるからだよね。……あのままだと、決勝で危なかったから。キミたちの大事にする、メイちゃんが』
静かな部屋に、三者の呼吸だけが響いていた。
それは、長い長い歴史を共に歩んできた者たちだけが共有できる、深い信頼と絆の沈黙だった。
◆ ◆ ◆
準決勝を終えたクレイグとシードを連れて、私達は医務室へ戻っていた。
外ではまだ観客達の怒号が響いている。
でも、この部屋だけは静かで、傷を癒す魔物達だけが残っていた。
『シード。お前、なにか思ったか?』
『何を』
シードはタオルで斧槍の血を拭きながら、ちらりとクレイグを見る。
『ローミア様の守護魔術だよ』
シードの手が止まった。
『……何も」
彼の言葉に、クレイグは息を吐く。
『だよな。俺も、……何も思わなかった』
『……どういうこと?』
ふたりの話が見えなかった。私は、クレイグに意図を尋ねる。
『クラウディアさんの光の矢。……あれさ、普通なら俺なんて、簡単に消し炭になってんだよ。……でもよ、ローミア様の守護魔術が「ちゃんと」効いてて、致命傷にはならなかった。クソ熱かったけどよ。……まぁ、いつも通りって感じだった』
『うん』
シードはナイトホーンの寝るベッドに斧槍を立てかけた。
『ローミア様の守護魔術は、「正常」だったよ。少なくとも、おれたちの試合では』
クレイグは頷く。
『なのによ。……なぜか、ボスをボコったあいつだけが死んだ』
重い沈黙。
『……やっぱ俺には分かんねえわ。難しいことなんて』
クレイグは天井を見上げた。
『そもそもよ。蛇の兄ちゃんはどうやってあいつを殺したんだよ。俺たちはむしろ、試合中、死んだのが兄ちゃんの方だと思ってたんだぞ』
クレイグはベッドに座ると、黄金色の瞳を私に移した。
彼の言葉に、私は胸がつかえて、息が苦しくなる。
『ローミア様が、あいつだけ守護魔術を外したとか』
『それは無いんじゃない?』
ナイトホーンがベッドの上でむくりと首を上げる。
『ローミアの奴が今どこにいるか分かんないけどさ、離れた位置から大きな闘技場の、しかも動き回るヴェルサスだけをピンポイントで対象から外すなんてできないと思うよ』
『ローミア様は、ちゃんと闘技場全体に守護魔術を貼ってたってことっすか?』
『たぶんね』
『あー、もう分かんねえ』
クレイグは頭をガシガシと掻く。
そして私に視線を合わせた。
『メイ、お前なんか分かんねえのかよ。蛇の兄ちゃんがどうやったのか』
『……わかんない』
『何かあるだろ。だってお前、あの兄ちゃんと仲いいんだし。原初の魔物ってやつなのに、わざわざ行商蛇のふりまでして、村に通ってたって』
『わかんないよ!!』
つい、怒鳴ってしまった。
クレイグは面食らった様子で、『なんだよお前……』と動揺する。
『……わかんない……。だって、私……』
サーペントさん。
……死んじゃうんじゃないかと心配してた。
村のみんなのように、私の前から、いなくなっちゃうんじゃないかと思ってた。
『ヘビさんが、生きてて、くれた。それ、なのに……』
彼が、生きて戻ってきてくれた。
本当なら、嬉しいはずなのに。
『…………初めて、ヘビさんが……怖い、んだよ……』
ひとを殺した。
あの優しかった、サーペントさんが。
小さい頃から、いっぱい遊んでくれた。面倒も見てくれた。
私の中で、『優しい存在』として積み重なっていたサーペントさん。
……もうひとりの、お父さんだった。
それなのに……公衆の面前で、ひとを殺した。
知らない顔を見た恐怖。あんなに一緒にいたのに、
原初の魔物、ベリミアだと言うことも……彼からは隠されていた。
『……教えて、ナイトホーン』
声が震えていた。
責めたいわけじゃない。ただ、怖くて。彼が、分からなくて。
私の知るサーペントさんが、……遠い存在になってしまったような気がしたから。
『……ヘビさんは……どうして、あんな……何を、思って……』
混乱していた。
問いかけながら、自分でも何を聞きたいのか分からなかった。
『…………』
ナイトホーンは、ただ私の話を黙って聞いていた。
その瞳は、私の混乱も、恐怖も、全部そのまま映しているようだった。
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