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51. 『ヘビさん』


ながいタイプのサーペントさん。


『準決勝を始めます。進出者の皆様は、闘技場(アリーナ)に登壇してください。繰り返します。準決勝の進出者の皆様は――』


 十六時、会場に響くアナウンス。医務室の中からでも、それは聞くことが出来た。

 だが、今まで何度も聞いてきた筈のその無機質な声が……今だけは、やけに私の耳に残った気がした。



…………

……


 第十三回戦の後。

 シャフとナイトホーンの事を伝えると、トークス(チャットアプリ)でシードが【はやくおれを(被召喚者)で呼びだせ】と言ってきた。【誰でもいいから、大人のひとに頼んで】、と。今まで一度も見せたことのない、彼の乱暴な命令口調だった。


 ガッ……!


 サーペントさんに彼を召喚して貰うと、シードはすぐに私の腕を掴んだ。


『ボスと、シャフは何処』


 綺麗な空色の瞳。今はそれが、切れ長に細められていた。


『シード……ここ、医務室、だから。そこに、いるよ』


 私は遠慮がちに人差し指を立てて、静かにとジェスチャーをする。

 彼の背後のベッドを指さすと、シードはナイトホーンの翼にガバっと被さるように倒れ込んだ。


『ボス……!』


 赤黒い血に染まるベッド。彼の傷は、魔王様(ユキちゃん)の治癒魔術のおかげで、既にすべて塞がっていた。だが……彼は、依然として目を覚まさない。



『……シード、行くぞ』

『…………』


 クレイグは飛竜に覆いかぶさるシードの肩に手を掛けた。

 そして斧槍を手渡すと、ふたりで静かに医務室を出ていこうとする。



『ま、待って……! どうするの!』


 私は思わず引き留めた。


『…………ごめんね、メイ』


 シードが言う。


『でも、ここからは……おれに譲って』



 静かな口調だった。だが、その声の中に……確かな怒りが籠められているのを、私は感じた。


『……わかったよ。でもね』


 私は祈りを捧げる。クレイグとシードに、出せる最大の、身体強化の祈りを。


『絶対に、無茶しないで』



…………

……



 ワアァッ……!!


 会場が歓声に包まれる。

 おそらく準決勝が始まったのだろう。


「ヘビ、さん……」


 ぽつりと呟く。準決勝第一ブロック、【41. Versus Dimber】と【14002. へびのとぐろ堂(魔力薬売ります)】の一戦。

 私はナイトホーンの寝かされたベッドの端に腰をかける。



【準決勝を終えて、はたして私が話せる状態にあるか分かりませんから】


 サーペントさんの言葉が脳内をよぎる。

 妙な胸騒ぎ。嫌な予感が、次々に内から溢れてくる。



「そんなに、あいつが心配?」

「え……?」


 不意に、背後から声を掛けられる。

 振り返ると、濃紺の飛竜が黄金色の瞳を開けて、私をじっと見つめていた。


「ナイトホーン……!!」


 私は巨大なベッドの上を這うようにして進むと、ガバっと彼の大きな顔に抱きついた。

 よかった……ナイトホーン、生きてた……!


「ごめんな。……勝てなかった」


「ううん。それより、無事で……よかった」


 目の奥が熱くなる。

 さっきまで死んじゃうんじゃないかと心配で仕方なかったのに、こうして目を開けてくれただけで……涙が、出そうだった。


「……ちょ、くすぐったい」


 ナイトホーンが鼻先を小さく揺らす。

 私は慌てて腕を離したが、彼はどこか照れくさそうにしながらも、ジト目で私を睨み付けた。


「お前ってさ、人間のくせに平気で我に抱きつくよな。……怖いでしょ普通」

「全然怖くない」

「それはそれで喜んでいいのか分かんないけど。……まあ、ありがとうな」


 彼はフンと小さく鼻を鳴らす。

 その一言に、私は胸のつかえが解けていくのを感じた。



「でさ。話を戻すけども。……あいつなら、大丈夫だと思うよ」

「でも……相手はナイトホーンくらい強い、ベヒーモスだし……」

「お前ってさ」


 ナイトホーンが目を細める。


「仲いいのに、あいつの力を知らないんだな」

「え……?」

「昨日の朝から、ずっとお前に聞きたかったんだよ」


 私の反応を待たず、ナイトホーンは流れるように、先の言葉を続けた。



「お前って、なんでベリミアと知り合いなの?」

「えっ……?」

「だって人間のお前が普通に暮らしてたら、あいつと仲良くなることなんて無いでしょ。普通」


 勝手に話を進めるナイトホーン。待って。話に付いていけてない。

 どこかで誰かが言っていた名前。だけど、どこで聞いたのか、思い出せない。


「待ってよ。ベリミアって?」

「え?」


 今度は私の言葉に、ナイトホーンが目をぱちくりさせる。


「どういうこと? 散々一緒にいたじゃんか」


 なにか、根本的なところが嚙み合っていない。

 だが……話の流れ的に、それが誰のことかは大体想像が出来た。


「……サーペントさんじゃないの?」

「バカだなお前。サーペントって『毒の大蛇』のエリノア語(魔物言語)読みじゃん。まさかそれが本名だと思ってたのかよ」


 ナイトホーンが呆れたように目を細める。

 彼はベッドの上でもぞもぞと体の向きを変えて、伏せる体勢に変えた。


「あいつってさ、部隊は違うけど我と同じ先代様の時代に魔王軍にいたんだよ。魔力回復の力を持っていて、毒や搦め手も使う玄武の矛だった」

「玄武って」

「玄武くらい知っとけよ。あいつ一位種だよ? ……今日、会場にいる霊亀ローミアの奴と一緒に四神の【玄武】として戦場を支配してた霊蛇、ベリミア・エルダ。……それが、あいつ」

「え……?」


 ナイトホーンの言葉を聞きながら、私はドクンと心臓が跳ねた。

 あの穏やかで、いつも優しかったサーペントさんが……ユキちゃんと同じ、原初(エルダ)だったなんて。


「……信じられ、ない。だってヘビさん、今までそんなこと、一度も」

「何か隠す理由があったんじゃないの」


 ……ごめん、知らずに我がバラしちゃったけど。と、彼はバツが悪そうに笑った。


「だからさ、あいつは大丈夫だって。……そうでなくたって前の試合で、我がヴェルサスの魔力を消耗させたんだぞ。もう、マトモな魔術なんて使えるかよ」



  ◆  ◆  ◆


『……何の、真似だ』


 その大蛇は、自分より一回りも二回りも大きなベヒーモスと対峙するや否や、紫色の液体の入るビンをカバンから取り出し、そのまま差し出した。


『どうぞ、差し上げます』


 それは、彼がこれまで会場で散々売り歩いていた薬。

 最高品質の、魔力回復薬だった。



『要らん』

『別に怪しい薬ではないですよ。未開封で、鑑別証明書もありますから』

『要らんと言ってるだろ』


『アナタが不要と仰られても、ですねえ……』


 大蛇はチラリと横目で客席に目を遣る。


『おい! 飲めよお前!!俺はお前に大金賭けてんだぞ!!』

『下らねえプライドで負けたらぶっ殺すからな!!』


 飛んでくるのは観客たち大勢の野次だった。大会の実施要項、諸注意事項に野次を禁ずる項目があったが、大金を賭けた魔物たちの前にはまるで効力を成していないように見えた。


『ちっ……』


 ヴェルサスは苛ついた表情で大蛇から薬のビンを受け取ると、そのままビンごと口の中に放り込む。ゴリゴリと音を立ててビンごと嚙み砕くと、その巨大な目で大蛇を見下ろした。


『……ああ、確かに本物のようだ』

『ええ、よかったです』

『だが、勝負に手は抜かねえからな』

『……残念です。では、お手柔らかに──』




『それでは……第十四回戦、始めッ!!』


 ガッ……


 一瞬だった。

 試合開始の合図と共に、大蛇はヴェルサスの腕に喰らい付いていた。


『……ふざけてんのか?』


 ヴェルサスが腕を上げる。蛇はぶらんと垂れ下がった。


『…………』


 ベヒーモスの厚い筋肉の鎧の前に、その牙はほとんど深く刺さらない。

 まるで小虫に刺されたかのように顔をしかめると、ヴェルサスはガシッと蛇の首を鷲掴みにした。


 ブチィ……!


 自らの腕の肉が咬み切られることも厭わず、ヴェルサスは力任せに大蛇を引き剥がして、空中に放り投げる。

 そして追撃とばかりに巨体で飛び掛かると、……空中で無防備な蛇の頭を右拳で殴り飛ばし、地面に叩き付けた。



 ドゴォッ……!!


 大蛇は身に纏うローブが外れ、受け身も取れずにドシャァッと勢いよく地面に激突する。


『…………』

『…………』



 それきりの静寂。

 大蛇は起き上がらない。しかし、ベヒーモスもそれを直視したまま動かない。まるでその一瞬だけ、時間が止まってしまったかのよう。ヴェルサスがフェアプレーの精神から、大蛇が起き上がるのを律儀に待っているかのように、観客の目には映った。



『お、おい! ……なんでだよ!! 攻撃しろよ!!』

『なんで止めを刺さねえんだよ! あの蛇、無防備だろ!!』


 客席がざわめき始める。



『審判の方──』


 ようやく、大蛇が起き上がる。

 同時に、風に舞っていた外套が、パサッと彼の背後に落ちた。

 若草色の鱗を輝かせたその大蛇は、初代魔王と同じ深紫色の瞳を光らせながら、静かに続けた。


『────その方、もう亡くなってますよ』



お読みくださりありがとうございました。

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