49. Day2.16:00 R14『飛竜系配信者①』
『ボス……ボス!!』
観客席で、ナイトホーンを出迎える。
クレイグは目に涙を溜めながら、必死に飛竜の名を叫んだ。
『…………』
救護スタッフの大型魔物に六~七人掛かりで運ばれる巨大な濃紺の飛竜。
彼が、クレイグの声に応えることは無い。
救護スタッフの間で、ちゃんと持てと緊迫した怒号が飛ぶ。ところどころ、担架は赤黒い染みを作っていた。
手元のスマホが震える。
Seede S.【お願い はやく】
Seede S.【誰でもいいから大人のひとに頼んで】
Seede S.【はやく】
シードからチャットが入る。
ナイトホーンのことを、彼にも報せていたのだ。
『ヘビ、さん……』
その凄惨な光景を見て、思わず身体が震えた。
無意識に、隣に佇むサーペントさんの尻尾をぎゅっと掴んでしまう。
『……ワタシの治療薬よりも。魔王様の治癒魔術の方が確実でしょう。今は、飛竜種の彼の生命力を信じるしか』
外套のフードの奥で、彼は運ばれるナイトホーンに目を遣りながら呟いた。
『……メイちゃん、約束してください』
一拍の静寂の後、サーペントさんがこちらに顔を向ける。
真剣な面持ち。彼の深い紫色の瞳が、真っ直ぐとこちらを見据えた。
『もしもメイちゃんが決勝へ進み、彼と当たった時は……必ず、棄権してください』
『…………』
『……いいですね。約束、してください』
その言葉は静かであったが、有無を言わさぬ力強さがあった。
いつもの行商蛇の彼とは違う。まるで上から、命令をするような語気。
『で、でもよ! 蛇の兄ちゃんがアイツの次の相手なんだろ! 兄ちゃんがアイツを、倒してくれりゃいいじゃねえか……!!』
『……クレイグさん』
『兄ちゃんだってソロでここまで勝ってんだ! 俺達なんかよりもずっと強え筈だろ!! それに、アイツだって傷は治るかも知んねえけど、ボスが魔力を切らしてくれた。なら、きっと兄ちゃんにだって――』
『…………クレイグさん』
そんな必死の懇願を向けるクレイグに対して、サーペントさんは静かに呼び掛ける。
『……未来のことは、誰にも分かりませんよ。だから今――約束するのです。準決勝を終えて……はたして私が、話せる状態にあるか分かりませんから』
『…………』
彼の言葉に、私は胸が詰まるような息苦しさを覚える。
『ヘビさん……お願い。無茶、しないで……』
私は彼の尻尾をぎゅっと両腕で抱きかかえる。まるで、そこにいる彼の存在を確かめるかのように。
『…………』
サーペントさんは何も言わなかった。
幼い頃から、私を自分の子供のように可愛がってくれた彼だ。奴の決勝の対戦相手が私だと分かった途端――きっと彼は、試合を諦めなくなる。
『そ、そんなことより……魔力の回復薬を摂ってください。少なくともおふたりは、次の試合は勝ちたいのでしょう?』
そう言って、サーペントさんは話題を逸らすように不器用な営業スマイルをして、尻尾でゴソゴソとポーチを探る。
『あっ……』
だが、薬がポーチから顔を覗かせた途端、それは彼の尻尾からツルリと滑り落ちてしまった。
パリンという乾いた音と共に、魔力薬の入った小瓶が砕け散る。
『申し訳ありません。お恥ずかしい……ワタシも緊張しているのですかね』
『ヘビさん……怪我は……?』
尻尾を掴み、怪我が無いかをチェックする。
今から死地へ向かう彼だ。……こんな些細なことでも、気にしたくなってしまう。
『ありがとうございます、大丈夫ですよ』
外套のフードの中、彼は困ったように笑った。
サーペントさんとは長い付き合いだ。……彼が、こちらを心配させまいと必死に笑顔を振りまいていることは、すぐに分かった。
◆ ◆ ◆
【31,689 Claudia's Cast】。
それが、こちらの準決勝の相手だった。
『クラウディアキャストって』
『あのクラウディアキャスト……っすか?』
シードとメイがふたりで一文を完成させる。
クラウディア・キャスト。
人々の国で流行するライブストリーミングサイト『アルカナ・キャスト』に突如ストリーマーとして現れたホーリーワイバーンで、魔物達はもちろん、人間達の間でも多くのファンを集めている女性の飛竜だ。
白い翼と淡いクリーム色の輝く鱗を持ち、柔らかな聖光を纏うような神聖なる容姿とは裏腹に、配信内ではホラーゲームにビビり散らかしていたり、尻尾を机にぶつけてこぼれたコーヒーを熱がっていたり、人間達のファンアートに本気で喜んで跳び跳ねていたりと、その気さくで距離の近い物言いが、共存当初の魔物を恐れていた人々の心を一気に掴み、人々のファンを惹きつけている理由だった。
『そうだよ~。「雲の上からクラウディア!」……ってね?』
『うわ本物じゃん』
『あとでサインとか貰っても良いっすか?』
『いいよ~。でも、試合中は遠慮しないで、全力で掛かってきてね』
クラウディアさんは屈託のない笑顔を向けると所定の位置まで戻る。
彼女のその明るさで、先ほどまでの重苦しい空気を……少しだけ忘れられた。
『それでは十四回戦準決勝……始めッ!』
高らかにアナウンスが宣言する。
準決勝の幕開けだ。
『よし、……いくよ。クレイグ』
シードは斧槍を構えると、臨戦態勢を取る。
『ふははは~! 空の覇者、「ワイバーン」の実力……思い知るがいい~!!』
クラウディアさんはおどけて威圧的に言い放つと、そのままバサァっと空に飛び立った。
『さあ、翼をもたぬ小さな勇者たちよ。返り討ちにしてくれるわ!!』
彼女は楽しそうに悪役的な言葉を選ぶ。
ちなみにこれは『邪竜モード』という彼女の持ちネタの一つだ。『【邪竜覚醒】今日の贄を喰らう』という名前の動画で、「クク……今日の贄が震えておるわ……」と笑いながら、リスナーから贈られたプリンをおいしそうに食べていた。
『クラウディアさん、ノリ良いっすね!』
『クラウディアさんではない、ボクは邪竜だ!! さあさあ、逃げ惑うがいい~!!』
クラウディアさんが空中から光の矢を放つ。
メイとシードはそれを地上で躱し続ける。
『やるな、勇者! ならば次は――』
ワアァッ……!!
クラウディアさんが楽しそうにそう言い掛けると、何も戦況が動いていないにもかかわらず、突然周囲の観客席の方から大きな歓声が挙がった。
いや、それは歓声と呼ぶにはあまりにも異質で、狂気じみた熱気を帯びていた。そう、それはむしろ歓声と言うより────
『…………待って』
その声を聞いたクラウディアさんが、いきなり戦闘姿勢を解いた。
その表情は硬く、先ほどまでの楽しそうな明るい笑顔はない。
彼女は翼をはためかせ、バサァッと地上へ降りる。
まるで、どこか他人の身を案じるような、憂いの色を浮かべながら――
『人狼くん。キミの耳なら聴こえたよね。……今の客席からの、悲鳴が』
『…………』
『……向こうの試合で、「死者」が出たって』
お読みくださりありがとうございました。
お気に召しましたら評価やブックマークなどをいただけますととても励みになります。




