48. Day2.15:00 R13『旧魔王軍の亡霊②』
ドガァァ!!
大きな衝撃音が闘技場を揺らした。
『ぐっ……!』
ズザァとヴェルサスが後方へ吹き飛ぶ。
ヴェルサスの拳を、我が尾撃で迎え撃ったのだ。
『くっ……!』
だが、我の尾にもズキリと痛みが走った。
見ると、拳を受けた尻尾の鱗が剥がれ、肉が露出している。
『痛ってぇな……!』
ヴェルサスは鋭い目でこちらを睨み付ける。
奴の拳は受けては駄目だ。
衝撃を殺せても、奴の纏った魔力が、身体を破壊する――
『クソッ……!』
我は翼を拡げてバサァと飛び立つ。
奴の攻撃を受けられない。やはり空中で躱さなければ。
『っ……!』
左翼の付け根に激痛が走る。地面に墜ちた時に捻った場所だ。
羽ばたこうと力を入れると、翼指の内側で何かがパキリと弾けた音がした。
だが、気にしている場合じゃない。
『また、飛ぶのかよ――』
奴は上空の我を見上げ、苛立ちを隠さず舌打ちをした。
そして、奴の後脚が魔力を帯びる。
『だがよ』
ブァッ……!
次の瞬間、視界の中の奴の姿が見る見る大きくなった。
『さっきより、動きが落ちてんじゃねえのか?』
脚に魔力を纏わせ、数十メートルの高さの我のもとまで、大きく跳躍してきたたのだ。
ガッ……!
『くっ……!』
『ほぉら……簡単に捕まる』
そして奴は我の足首を掴むと、
『っ……!?』
……そのまま力任せに、地面へとぶん投げた。
ドオォォン……!!
『がはっ……!』
大きな地響き。
我は受け身も取れずに背中から地面へと墜ちる。
(クソ……!)
またしても、地面に叩き墜とされた。
どうやら頭を打ち付けたようだ。ズキズキと鈍く痛む。
我はすぐに身体を起こそうと力を籠めた。
『逃がさねえよ』
だが、その頭が、無理矢理地面に押し付けられた。
見上げると、奴が我に覆いかぶさっていて、我を地面に縫い付けている。
これは、マウントの姿勢だ――
『喰らえや、一位種がぁあ!』
ヴェルサスが拳を振り上げる。
我は咄嗟に右翼で顔を庇った。
ドガァッ……!
しかし――奴の魔力を纏った殴打は、我の翼を簡単に上回った。
『ぐああ……っ……!』
鋭い痛み。
防いだはずの、我の翼膜が、破れた。
『次行くぜェ!!』
そう言うと、ヴェルサスはもう片方の拳を振り上げる。
ドガァッ……!
『が……ぁ……ッ!!』
翼の痛みで、今度は防御が出来なかった。
重い拳の一撃が無防備な我の顔を捉える。
牙が何本か折れたかもしれない。口の中で、血の味がする。
このままではまずい。
どうすればいい? この状況から抜け出すには、どうすれば。
気付けば、奴が再び拳を振り上げている所だった。
『オラアァ!!』
『てめぇ……いい、加減に……』
ガッ……!
『ッ……!!』
戦略など浮かんでいなかった。我は口を開く。
そして、放たれた拳に咬み付いて受け止めた。
『クソッ……!』
ベヒーモスは力任せに拳を引き抜こうとする。
しかし我は決して放さなかった。
(誰が、放すかよ……!)
飛竜の咬合力、舐めんじゃねえ。
『この……クソトカゲがァ!!』
ブゥン……!
ヴェルサスは拳を勢いよく払い、我を振り払う。
視界が回転する。奴の怪力に、奴よりも大きな筈の我の身体が宙を舞った。
ズザザァ……
遂に奴から振り払われた我の身体は、その勢いのまま地面を数メートル滑り、止まった。
『……ハァ、ハァ……ッ……』
荒い息と共に、奴は左手を押さえる。
その左手は、我の牙により無残にも噛み砕かれていた。
皮膚は大きく裂け、大きく流血し、内部の骨が露になる。
『てめえ、いい加減にくたばりやがれ――』
奴の二本の角が魔力を帯びる。
突進の合図だ。
(まずい、避け――!!)
翼を拡げる。右翼にズキンとした痛みが走った。
我の右翼は、先の拳の一撃により、翼膜に大きな穴が開いていた――
ドガァァッ!!
『ガハァ……ッ……!!』
『ボス!!!』
シャフネルの声が響く。
我は奴の突進を、無防備で真正面から受けてしまった。
『どうしたよ一位種! 飛べねえのか!?』
『ぅ……がはっ……』
全身の骨が悲鳴を上げる。あばらも何本か折れ、内臓に刺さったようだ。
地面に這いつくばる我。こみ上げるものを吐き棄てると、そこには赤黒いモノが含まれていた。
なにが空の王者だ。……なにが、飛べない小虫風情だ。
そんなもの、今の我が――
『ぐ……グオォォォぁぁァア!!』
意識が朦朧とする。全身を襲う激痛に、早く楽になってしまえと囁きが聞こえる。
だが、ここで気絶するわけにはいかない。
我を信じてくれる、シャフネルのためにも。
我は頭を振って意識をハッキリ保つと、闇を圧縮し竜の咆哮と共に吐き出した。
咆哮など、放ったのは何時ぶりだろうか。
『効かねえんだよ!!』
奴は闇の弾丸を、脚力のみで躱す。
回避しきれない弾丸が幾つか奴の身体を深紅に染めるが、奴は全く意に介さない。
(痛みを感じて、ねえのかよ……)
我は牙を噛み締める。
『もう一発行くぜ、クソトカゲェ!!』
ヴェルサスは身を屈め、角が魔力を帯びる。再び突進をするつもりだ。
あの突進、もう一度喰らえば我とて耐えられないだろう。
『砕け散りやがれぇ!』
地面を蹴った。
もう飛べない。もう回避はできない。
(それ、なら……)
時間が無い。思考も上手く回らない。
混濁する意識の中で我は魔力を練り上げると、最も得意な魔術を行使した。
……魔力消費が多いから、あまり使いたくはなかったが。
フッ……
闘技場を闇に包む。
まるでこの一帯だけ別の次元に切り出し、夜の世界に閉じ込めるかのように。
『……なんだ、これは……?』
ヴェルサスが立ち止まり、狼狽する。
『この野郎、どこへ行きやがった……!』
ターゲットを見失い、先ほどまで我がいた場所に当て推量で拳を振るうヴェルサス。
当然だ。我は闇飛竜、先代魔王直属の隠密部隊にいた。
気配、いや、「存在」を消すことは造作もない。
(…………)
我は魔力を練り上げる。
アイツとは違う。闇に溶け込んだ我は、奴の居場所が手に取るように分かるのだから――
(……引き裂かれろ)
そして我は、無数の闇の波動を放った。鎌の切っ先を模した青白いそれは、音もなくヴェルサスへと飛んでいく。
『ぐっ……あああああぁァァアアア!!』
音は無い。ただ、ヴェルサスの悲鳴だけが響く。
我の最も得意とする魔術。
……我がかつて、多くの人間達を葬ってきた魔術。
『…………ハァ……ハァ……』
闇が晴れる。
ヴェルサスは赤黒い血溜まりの中に立っていた。
厚い胸板は陥没し、荒い呼吸に血の音が混じる。
闇の奔流に抉られた全身の深い裂傷から、真っ赤な鮮血が地面に流れ出ていた。
『は……はは……ッ最高だ……! これだ……! これだ一位種ッ!』
ヒュー、ヒューと呼吸が漏れながらも、ヴェルサスは嗤っていた。
狂気。奴のその様子に、我はそれを感じ取った。
『まだまだこれからだぜ……!』
ヴェルサスが地を踏みしめ、こちらに走り出す。
ドシャァッ……!
しかしその二歩目で、踏ん張りが効かずに顔から派手に倒れ込んだ。
『クソ……魔力、が、ねえ……』
ヴェルサスが右手を付き、ガクガクと起き上がる。
その四肢に纏われていた魔力は、いつしか消え失せていた。
『…………』
我は奴を睨み付ける。
強がっているが、奴も限界が近いのだ。
奴の魔力も底をつきた。
あと、もう少し――――
ドシャッ……
『ボス!!!』
シャフネルの声が聞こえる。
気が付くと、視線のすぐ近くに地面があった。
(あ……?)
一体我は何をやってるんだ。
勝利は近い。早く止めを刺さなければ。
『ボス、しっかりしてください……!!』
シャフネルが涙目で駆け寄ってくる。
あれ、なんで起き上がれないんだ。
自分の身体なのに、なんで言うことを聞かないんだ。
『………………!』
視界の端にヴェルサスが映る。
シャフネルが震えながら何かを話しているが、もう我の頭では聞き取れなかった。
(逃げろよ、シャフ。……危ない、だろ)
我の前で小さな翼を拡げて、必死に我を庇うシャフネル。
次の瞬間、ヴェルサスの右の拳で殴られたシャフネルが、視界から消えた。
何がボスだ。部下に庇われ、無様に這いつくばって。
そして、我が最後に見た光景は――
ベヒーモスが、我の頭に拳を振り下ろす光景だった。
ちなみにベヒーモスのヴェルサスは二位種です。
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