47. Day2.15:00 R13『旧魔王軍の亡霊①』
「おー、お前らも勝ったんだな!!」
第十二回戦。大蛇との死闘を制したクレイグとメイを、我は観客席で出迎えた。
「ナイトホーンも勝ったんだね」
ハイタッチにメイが応じる。
……まあ、我からすればロータッチだが。
「まあ、今んとこはね」
我らの十二回戦の対戦相手は、【7,783 (株)AEHアビス・メイズ公式ボス部隊A】。迷宮内では第六層フロアボスとして名の知れた、『氷結の女王フロリーナ』だった。氷属性の魔術を操る氷魄属の魔物で、変温性の我には相性が悪かったが、シャフネルの風魔術と我の羽ばたきで冷気を蹴散らし、最後は闇魔術で押し切った。
「もしかして俺達、本当にボスと当たっちゃいますかね」
クレイグが尻尾を振りながらウキウキしている。
「お互い決勝まで行かないと当たんないからね。まずはあと二戦、勝ちなよ?」
「任せてくださいよボス!」
ふざけて胸を叩くクレイグ。その横で、シャフネルだけは不安そうに端末を見つめていた。
「どうしたん」
「その……次の相手が……」
我は端末を覗きこむ。【41 ヴェルサス・ディンバー】……その名が、液晶に映し出されていた。
「…………」
旧魔王軍の亡霊、冷酷で残忍なベヒーモス。
我と同じ、元軍人であり、圧倒的な力で勝ち上がって来ていた魔獣――
『第十三回戦を始めます。進出者の皆様は、闘技場に登壇してください。繰り返します。十三回戦の進出者の皆様は――』
「……シャフ、いくよ」
アナウンスが響く。
我は不安そうな面持ちのシャフを咥えると、飛び立とうと翼を拡げる。
「…………ナイトホーン」
その翼が、メイにぎゅっと掴まれた。
「なんだよ」
「お願い、勝って……無事でいて」
……その声は、少し震えていた。
「……どうかな。約束はできないけど」
我は顔を背ける。根拠のない約束はできない。
「それより、お前も試合に集中しなよ? クレイグに迷惑かけたら後でボコるかんな」
そんな冗談を挟みながらも、我の心の中に、一位の飛竜種としての闘志が静かに宿った。
……我だって、負ける気で勝負の舞台に立つ筈が無いだろ。
◆ ◆ ◆
登壇した闘技場の空気は張り詰めていた。
観衆のざわめきが遠のく中、一頭の魔物が対向からやってくる。
『一位種……』
低く呟く声。
全長六~七メートルの巨体、分厚い筋肉、二本の角。
奴が地を踏むたび、床石が低く震えていた。
『……お前、退役軍人なんだってな』
『なぜ、それを知っている?』
『知り合いから聞いただけだよ』
我は鋭い目で睨む。
『お前、なんで軍を抜けた?』
『今の魔王が腰抜けだからだ。……共存などとふざけたことを抜かし、合法的に人間共を殺せなくなった』
『そっか』
とことん虫唾が走った。
我が軍を抜けた理由は――その真逆だというのに。
『お前の魔力、……只者じゃないよな』
ヴェルサスは一目で我の力を見極めたらしい。
その茶色の瞳が、好奇の色に染まる。
『それでは第十三回戦……始め!!』
審判の高らかな声が響く。
同時に、空気が歪んだ。
ヴェルサスがこちらに角を向け、地を蹴った。
突進。単純な攻撃だった。
だが――その巨体に似合わぬ俊敏さ。
奴の四肢と角には、厚い魔力が纏われていた。
『シャフ、飛べ!!』
慌てて指示を出す。
我らが飛翔し回避をすると、我らが元々立っていた地面が、一瞬でヴェルサスに粉砕されていた。
『お前は空に留まって我を援護しろ!』
『わ、分かりました……!』
シャフネルはそう言うと、挟撃のために我から離れる。
この戦闘、空からの攻撃が基本となるだろう――
『当然だよな。俺が飛べないから、お前らは空へ逃げる――』
ヴェルサスはそう言うと、空を仰ぎ見た。
そしてその両の拳が……茶色の魔力に覆われる。
『シャフ!!』
我は叫んだ。
嫌な『予感』が走り、シャフネルのもとへ羽を切る。
次の瞬間、――ヴェルサスが、大きく跳躍していた。
数十メートルの高さへの、大きな飛翔。
『え……?』
シャフネルは反応できなかった。
我は慌てて後脚でシャフを掴む。
『が……ぁっ……!』
その瞬間。魔力を纏った拳が、我の腹を捉えた。
メキッと、何処かの骨が砕ける音がする。
ドォォン……!
そのまま地面へと墜落する。
その途中で、我はシャフを手放してしまった。
『ぅ……がは……っ……』
『…………』
地に這いつくばりながら、我は痛みに悶える。
しかしヴェルサスは好機にも拘わらずその場に立ち尽くし、無防備な我に追撃を与えることは無かった。
『お前、何の……真似、だ』
『……おい、お前』
我の言葉に応えず、ヴェルサスは横を向く。
視線の先には、べちゃりと地面に墜ちたシャフネルがいた。
『お前だよ。そっちの小っこいの』
『わ、わたくし、ですか……?』
『そうだよ、他に誰がいんだよ』
震えながら立ち上がるシャフネル。
そんなシャフネルに対して、ベヒーモスは淡々と言い放った。
『お前、もうこの試合に入って来んな』
『え……?』
『……何、勝手に決めてん……だよお前』
我はふらふらと立ち上がる。
地に墜ちた衝撃で、右翼を少し傷めてしまったようだ。
『分かんねえのかよ。アイツは「邪魔」だろ。お前にとっても』
ヴェルサスがこちらを見る。
『お前、アイツを守ったろ。俺がおんなじ攻撃すりゃ、お前も不利だろうしよ。何なら――』
ヴェルサスの四肢が魔力に包まれる。
そして、奴の姿が消えた。
『ヒャああぁ……!』
『シャフ!』
シャフネルの悲鳴。
次の瞬間――シャフネルが奴の手に捕らえられていた。
『……俺がコイツを人質に取りゃ、今からお前を一方的に殴ることもできるんだぜ?』
そう言って、ヴェルサスはポイっとシャフネルを放り捨てる。
『俺は、お前みたいな強え奴をぶちのめしたいんだよ。……それなのに、お前にこんなハンデがあっちゃ勿体ねえだろ』
『シャフは……ハンデ、なんかじゃ……』
『ああ。断ってもいいが――』
ドガァッ……ッ!
魔力を纏った拳が、シャフネルの目の前に叩き付けられた。
『ひっ……!』
『――断った瞬間に、コイツを叩き潰す』
その声は低く、冷たかった。
シャフネルは震え、我は牙を噛み締める。
『……クソ野郎が』
『クソ野郎? 違ぇだろ。俺は「強ぇ奴と戦いたい」だけだ。弱いのが混ざってると邪魔なんだよ』
ヴェルサスの瞳が、獲物を見据える獣のそれに変わる。
『さあ、どうする? 一位種』
『……シャフ、下がれ』
我はシャフネルに合図を送った。
シャフネルはおびえた様子で、すごすごと後退した。
『良かったな。俺が卑怯者だったら、あの雑魚を人質にしてお前をぶん殴ってた所だった』
『黙れ』
翼を広げ、我は地を蹴った。
痛む腹を押さえながらも、空へと舞い上がる。
『行くぞ、一位種』
ヴェルサスが跳んだ。
反動で床石が砕け、巨体が空へ迫る。
(また跳ぶか……!)
我は急旋回し、ヴェルサスの拳を紙一重で避ける。
拳が空を裂き、風が頬を掠めた。
『お前、結構速ぇじゃねえか』
我は翼を強く羽ばたかせ、闇魔力を練る。
『喰らえ!!』
闇の刃。我の魔力を織り込んだ風圧が、刃となってヴェルサスへ叩きつけられる。
だが――
『効かねえな!!』
ヴェルサスは腕を前面に組み防御する。
我の刃に腕は引き裂かれ、出血する――しかし、奴はそのまま構わず拳を振り抜いた。
ドガァッ!!
『ぐぁっ……!』
空中で殴られ、我は大きく弾き飛ばされる。
翼が痺れ、視界が揺れる。
(……こいつの拳、重い……)
翼がズキズキと傷む。
しかし、ここで墜ちるわけにはいかない。
我は空中で体勢を立て直し、再びヴェルサスへ向かう。
『オラアァ!!』
ヴェルサスが再び跳躍し、拳を振り上げる。
その拳には、魔力が練り込まれている――
(攻撃しても、構わず突っ込んでくるのなら……)
パシッ……!
我は放たれた殴打を見切って腕を後脚で掴むと、そのまま奴を同方向へ受け流した。
『うおっ……!?』
空中でバランスを崩すベヒーモス。
愚か者が。飛べない小虫風情が、飛竜に空中で戦いを挑もうとは――
ドオォォン……!
『ぐああっ……!!』
無防備な背に放った闇のブレス。
奴は闇の炎に焼かれ、地上へと落ちていった。
『やる、じゃねえか……!』
ヴェルサスの頭から血が流れる。
だが、奴は笑っていた。
『そうだよ……こういう戦いがしたかったんだよなぁ!!』
奴の魔力がさらに膨れ上がる。
ドッと溢れ出る膨大な魔力に床石が震え、ガタガタと音を立てた。
(……まだこんなに余力があんのかよこいつ)
我も、負けじと闇魔力を高める。
翼が闇の奔流を纏い、周囲の空気が震えた。
『行くぞ、一位種!!』
『来いよ、ベヒーモス!!』
そして、我とヴェルサスは、互いに正面からぶつかった。
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