46. Day2.14:00 R12『(株)のタイプのサーペントさん②』
『っしゃああ! 喰らいやがれ!!』
トカゲビトが宙を駆ける。
クレイグは今までの試合とは少し違って、どこか興奮に火照った様子で、楽しそうに戦っていた。
ブシュッ……
『……っ』
クレイグの槍が奈落蛇の鱗を裂く。
私の魔術で底上げされたクレイグの力は、辛うじてヴァルダーンさんにダメージを与えられるようだ。
『……深淵の侵入者よ。我が鱗、傷を付けた罪は重いぞ……』
そう言うと、巨大蛇はぐいっと鎌首をもたげる。
「クレイグ! 避けて!!」
『さあ、奈落の糧となるがいい──』
巨大蛇がガバッと大口を開き、噛み付きを放つ。
クレイグはそれを横に跳んで躱した。
「あ、そうだ」
跳躍をしながら、クレイグが思い出したようにこちらを振り返る。
「奈落蛇の瘴気は吸ったら死ぬから。気を付けろよ」
「はあ!?」
今さら言うな。
そんな命に関わるようなこと。
「う……」
それを聞いて、なんか急に目眩がしてきた。
もうこの瘴気、思いっきり吸っちゃってるし。
逆プラシーボって奴じゃんこれ。
「……あ」
そんな私達のやり取りを聞いていた巨大蛇はそう呟くと、目を瞑りながらも器用に私の方へと振り向いた。
「この闘技場では、我の瘴気に致死性は無い……ありま、せん。大丈夫です」
ヴァルダーンさんが気を遣って、人語でそう伝えてくれる。役作りを優先するか業務連絡を優先するか迷って、中途半端な感じになっていた。
つーか嘘じゃん。死ぬかと思ったじゃんよ。
「ビックリさせないでよシード、嘘じゃん」
「嘘じゃねえよ、迷宮ん中じゃそうなんだよ」
「違うって本人が言ってんじゃん」
「知らねえよ。ローミア様の魔術で毒が無効化されてるだけだろーが」
「…………」
そうして私達がギャーギャー言い争いを始めていると、その様子を黙って聞いていた奈落蛇が、大きな尻尾を地面へと叩き落とした。
ドオォォン!!
「……貴様らに、仲間割れをする余裕があるのか……?」
殺気立つオーラ。
要するに、喧嘩はやめろとのことなのだろう。
「はい、スミマセンでした……」
恐ろしいボスモンスターになりきっていても、さすがは一流企業勤めのオトナだ。私達コドモの喧嘩の仲裁はさりげなくやってくれる。
「でも、致死毒じゃないにしても、なんか気分悪いし、熱っぽいよ私……」
無意識に呼吸が荒くなる。
ダメだ。何もしてないのに、頭もぼーっと熱い────
「…………」
そんな私の方へと顔を向けながら、舌をシュルシュルと動かす奈落蛇。
「おいメイ、何してんだよ! お前もさっさと攻撃しろ!!」
クレイグは奈落蛇の周りを走りながら隙を伺う。だがヴァルダーンさんがとぐろを巻き、全方位からの攻撃に備えていることで、ヤツは攻めあぐねているようだった。
「……愚かな人間よ、貴様の生命も限界のようだな」
奈落蛇はクレイグを無視して、ゆっくりと、しかし一直線にこちらに近付いて来た。目を瞑っている筈なのに。ヴァルダーンさんは、どうして私の居場所が──
「熱……」
私はぽつりと呟いた。
そうだ。このひとは……
「おい、てめえの相手は俺だ! 無視すんじゃねえよ!!」
隙を見せない奈落蛇に我慢の限界を迎えたのだろう。クレイグは槍を構えて、無謀にも巨大な身体へと飛び掛かる。
「愚かな……!」
バシィ……!!
「ぐっ……!」
しかし愚直な攻撃だ。大蛇はクレイグへ振り向くと、丸太のような尻尾で弾き飛ばす。クレイグは槍で防いだものの、空中での強力な衝撃に、後方へ大きく吹っ飛ばされてしまう。
「さあ、これで邪魔者は居なくなった」
巨大蛇は私へと向き直る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
私は魔晶石を取り出す。
そう、私の狙いが正しければ──
「人間よ、深淵の闇に────」
ビシュゥッ!!
「な……っ……!?」
光の矢。私は魔晶石に祈った。
放たれた微少なそれは、周囲の地面に着弾する。
ドォォン……!
「そんな……人間が、魔術を……!?」
ヴァルダーンさんが一瞬ロールプレイを忘れ、驚きの声を挙げる。
私はそのまま複数の光の矢を立て続けに放ち、周囲の地面へと撃ち込んだ。
「お、おい、メイ! 全然当たってねえぞ!!」
「……いや」
ポツリと呟く。
当たり前だ。当ててないんだから。
「……これで、いい」
「な、なんだ、これは……!?」
巨大蛇は、見るからに狼狽えていた。
目の前の私を差し置いて、キョロキョロと周囲を見回している。
『……ワタシは、体温でメイちゃんを捜せる』
『何……?』
魔物ノート。かつて私が書き上げた魔物の生態書だ。その中には──商蛇サーペントさんの情報もあった。
目を瞑っていても関係が無かった。蛇は鼻先で熱を関知して、周囲の環境を把握する。それが、『より優れた目』になるのだから。
「……だから貴方は瘴気を撒いたんだ。致死性が無いにも関わらず……私達の体温を上げるために」
だから私は、光の矢を地面に放った。
光は熱を伴う。光で地面を熱し、熱源探知をかく乱するために――
「だ……だが! 喋ったら意味がないだろう!! 貴様の位置は、捉えて────」
ヴァルダーンさんは焦り、ずるずるとこちらに向かってくる。
当たり前だ。喋れば位置がばれる。
でも、それでいいんだ。
「…………」
大蛇の背後から、槍を構えたトカゲビトが音もなく迫る。
クレイグは槍を振りかぶり、大きく跳躍した。
『覚悟するがいい──!』
巨大蛇は尻尾を振り上げる。
そう、位置はわざとばらしたんだ。だって私は、囮なのだから──
ザシュッ……!!
『ぐっ……あああぁァっ……!!』
無防備な頭部への、渾身の脳天割り。
それは完璧に捉え、巨大蛇は大きくのけ反った。
『やったか……!?』
クレイグは着地すると、大蛇を見上げる。
その一撃に、手応えを感じていたのだろう。
『ハァ……ハァ……貴、様……!』
頭部から血を流し、荒い息を整える奈落蛇。
だが――彼が、地に伏すことは無かった。
『くそっ、まだかよ……!!』
クレイグはギリッと歯を噛み締めて、一旦距離を取る。
『なるほど、熱に紛れるか……』
ヴァルダーンさんは呟いた。
大丈夫だ。この方法で、彼は私達の位置が分からない。
光を地面に放つ。このまま居場所を隠匿し続ければ――
『……貴様は、そこだ』
そう冷たく言い放つと、大蛇は巨大な尾をクレイグに振り下ろした。
ドオォォン!!
「シード!!」
砂煙が舞い上がり、クレイグの姿が一瞬見えなくなる。
奈落蛇はクレイグを攻撃した。
目の前の私を無視して、距離を取っていたクレイグを――
『くそっ……! っぶねぇな……!』
砂塵が晴れる。クレイグはどうにか回避したようだ。
(……そうか、これって────)
ヴァルダーンさんは、迷いなく『動いている方』を狙った。
私が動かなかったから、目の前にいても気づかれなかったんだ。
コトン……
私は地面の破片を拾い上げると、遠くへ投げる。
すると奈落蛇は音のした方向へとピクリと顔を向けた。
(……やっぱり。今度は地面の振動で探してるんだ)
蛇は、地面の揺れを過敏に感じ取る。
なら、今度は――
「クレイグ、動かないで!」
私はクレイグに叫んだ。
『はあ!? 動かなかったら攻撃できねえだろ!!』
「でも動いたら、振動でまた位置がバレる!」
『いや馬鹿か! 声でバレてんだろもう!!』
あ、確かに。
熱と振動だけで隠れられると思ったけど、さっきも声でバレてたじゃん。
まずい、こんな初歩的なところでミスをした。
すると次に狙われるのは、目の前にいる、この私――
慌てて見上げると、巨大蛇の体がわずかに沈み……頭が後ろへ引かれるところだった。
(噛みつき……!)
『奈落に沈め……侵入者よ』
私は真横に大きく跳ぶ。
ガバァッ!!
一拍の後、ヴァルダーンさんの顎が、私のいた場所を地面ごと噛み砕いた。
『……貴様、何故躱せた……?』
奈落蛇は地面の破片を吐き棄てる。
「蛇は……噛み付く前に、必ず頭を引く。その角度で……どっちに来るか分かるんだよ」
『……なるほど。貴様、蛇の生態に通じているのか』
「仲のいいヘビさんがいるからね……!」
そう。蛇の生態はサーペントさんに色々聞いていた。
だから……蛇の弱点も知っている。
『……さあ。ならば次は、どう動く……?』
ヴァルダーンさんがシュルシュルと舌を動かし、再び狩りの体勢に入る。
「奈落蛇。……私は、ここだよ」
私は彼に告げる。
そして――隠れることもせず、ドンと地面を踏み鳴らした。
「お、おい、メイ……!」
クレイグが慌てて制止する。だが私は怯まない。
……手の中で、魔晶石をギュッと握りしめた。
「……気でも触れたか、侵入者よ。自ら居場所を伝えるとは」
ヴァルダーンさんはゆっくりとこちらに振り向く。
そして私を狙い澄まして、──鎌首をもたげた。
(来る……!)
『奈落の糧となれ……侵入者よ!!』
ガバァっと、巨大な顎が再び私へ迫る。
そう、狙っていたのはこの一瞬――
「……今っ!!」
私は光の矢を、……ヴァルダーンさんの『開いた口の奥』へと叩きつけた。
ビシュゥゥ……ッ!!
『……っ……!?』
ズバァァン!!
光が喉奥で炸裂し、内部から熱が駆け上がる。
『ぐ……ああああああああああァ!!』
響く咆哮。
口内を焼かれたヴァルダーンさんの巨体が、大きくのけ反った。
蛇の最大の弱点、それは口の中。
皮膚が薄く、粘膜で守られているだけの、最も軟らかい場所――
「クレイグ!! 今!!」
『おっしゃあああァ!!』
私の合図と共にクレイグが跳躍し、……力任せに、無防備になった頭へと槍を突き立てた。
ザシュッ!!
『――――ッ!!』
ズゥゥゥン……
声も上げず、巨大蛇は崩れ落ちる。
『……お見事でした。口内を狙うとは……完全に、想定外でした』
ヴァルダーンさんは、苦しげに息を整えながらも、穏やかな声で笑った。
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