05. 月下の麒麟と雪の記憶
「そんな……どうして……」
オルト村に着く頃には夜になっていた。
数時間前までは活気溢れる生活の音が響いていたはずの場所が、今は一転、冷たい空気に支配されている。
初めの異変は灯りだった。小さな村とは言え、普段であれば夜の帳が降りると人々の生活を彩る温かな光が村中に灯る。ガルデニアの麓からでもそうした『命の灯火』は見られる筈だった。
しかし今は違った。いつもなら見えるはずのその温もりは消え失せ、代わりに冷たく白い光が地面を這うように村を照らしている。瓦礫の隙間から漏れる見慣れぬ照明装置の光は、まるで冷たい白蛇のように細く揺らめいていて、それが救助隊のヘルメットに備えられたヘッドライトの灯りだと気づくまで、私はしばらくの時間を要した。
次の異変はニオイだった。むせ変えるほど濃い鉄錆のような臭い。あまり言いたくは無いが、その臭いの正体については何となく察しが付いた。
その不快な臭いは、村の中心部に近付くにつれ濃くなっていく。村の中心にあるかつての憩いの広場だった場所には、多くの麻袋が整然と並べられていた。その幾つかに付着する赤黒い染みを見て、嫌でもその中身を理解できてしまう。
私は真っ先に両親のことを思った。二人はどこにいるのか?無事なのだろうか? 往来するヘルメットを被った救助作業者、その雑踏の中に二人の姿はない。
(お父さんと、お母さんを捜さなきゃ……!)
焦燥感に駆られる。雑貨屋を営む自宅は、広場を挟んで向こう側だ。
どうかお願い、無事でいて。私は深い絶望の中から一縷の希望を掴み取ろうと、縋るような思いで自宅へ向かった。
◆ ◆ ◆
「あれは……」
自宅前。広場を抜け少し進んだ先、無残にも倒壊した『フェリシア商店』の手前に一頭の魔物が静かに佇んでいた。
身体は純白の鱗に覆われ、揺れる淡紫色の鬣は自ら発光をするかのように、月に照らされ美しく夜を染める。頭部からは二本の鹿角が天を仰ぎ、凛々しさとどこか女性的な美しさを持った龍のような口元からは一対の細長い髭が伸びる。
一般的に麒麟として知られる魔物だ。
その魔物は背後の私たちの存在に気づくと、ゆっくりと歩み寄ってくる。
あの魔物は誰もが知っている。
何故なら────
「魔王、様……」
フィンさんは私の隣で剣と銃を地面に置くと、跪き頭を下げた。魔物による村の襲撃。彼の持つ情報だけでは、目の前にいる魔物の王こそ最大限の警戒をすべき相手であるにも関わらず、彼はそれを全くしようとしなかった。
「およしなさい。頭を上げるのです」
透き通った声。この麒麟のものだ。
「我が同胞による所業、本来頭を下げねばならぬのは此方でしょうに」
麒麟は崩壊した建物に視線を戻す。
その瞳には、どこか悔恨や遣る瀬無さと言った類のものを感じられた。
「オルト壊滅の報を聞き、私が駆け付けた頃には既にこの様相でした。残念ながら、今のところ生存者は……」
反人派の魔物による襲撃、と麒麟は言った。
魔物は人間との共存を善しとする親人派が今や多数を占めるが、中には人間を滅ぼすべき、魔物の生活を豊かにするための道具や奴隷であるべきと言う歪んだ考えを持つ者がいる。
「魔王として人との調和を口にしておきながら、同胞の蛮行一つ止められぬとは……。実に恨めしい気分ですね……」
村の住人には、魔物であるソーリアさんやカノンちゃんもいた。魔物の身でありながら、きっと同胞から村の人々を守るために最期まで戦ってくれたのだろう。彼らはそのようなひと達だった。
「……魔王ミゼル・エリノア陛下。出過ぎた真似とは存じますが、どうか発言の無礼をご容赦下さい」
「ええ、かまいませんよ」
フィンさんは依然として片膝をついた姿勢のまま続ける。その態度には、目の前の魔王に対する全幅の信頼が表れていた。
「我々人間は、魔王陛下が誰よりも人との共生を望まれていることを存じております。此度の件は誠に無念ではございますが……、反人派のテロリズムによるものであればまず恨むべくは彼等の存在であり、陛下おひとりが自責の念を感じられますことは、大変心苦しく存じます……。魔王陛下の崇高なお考えには我々人間も多くの者が支持をしておりますこと、そのことをどうかご理解戴けますよう……」
「痛み入ります。まさか魔王の身を以て、人の子から慰みを戴くことになろうとは……」
魔王は彼に歩み寄る。野盗との戦闘で負った、白い軍服を赤々と染め上げる左肩の怪我を見て、麒麟は眉を顰めた。
「その国章……、ウェスト国軍ですね。隣国ノースの為、あなたも此様な傷を負ってまで……」
麒麟は彼の怪我に前肢を添える。
そしてその蹄を退けると、……傷口はすっかり塞がっていた。
魔物だけが扱える特別な力、魔術。
魔王は癒しの魔術を持っていた。
「さて――」
麒麟はこちらに向き直る。
もう、我慢の限界だった。
私は目の前の魔王に抱き付き、子供のように大声を上げて泣きじゃくった。
その光景を、第三者が見れば大きく非難することであろう。隣国の王に対して、この上無く不敬な行為であると。
だが、彼女は。いや、私達は────
「辛かったですね、メイ……」
魔物を統べる王は、優しく私を受け止めてくれた。
◆ ◆ ◆
魔王ミゼルは霊山ガルデニアの出身だった。
幼い頃のメイは、ガルデニアが遊び場で。
親の目を盗んでは山を登り、よく怒られていた。
そんなある日、メイは一匹の魔物を見付けた。透き通る純白の鱗がまるでガルデニアの山頂に積もる雪のようだと、メイはその魔物を『ユキちゃん』と呼んだ。彼女はいつも同じ場所でメイを待ち、一緒に遊んでは、親が探しに来る頃にいつの間にか傍からいなくなっていた。
メイは彼女が、魔物が大好きだった。
ユキちゃんはとても物知りだった。
メイの何十倍も長く生きている彼女は、ガルデニアの植生のことから魔物のこと、行ったことのない遠い世界のことまで、メイの知らないことを何でも教えてくれた。彼女の話は、幼いメイにとっては未知の冒険の連続そのものだった。
メイの今の野草や魔物の知識は全て彼女から譲り受けた物だ。知れば知るほど、メイは魔物のことが好きになっていく。時にはノートを持って、一日中彼女に魔物を教わっていたこともあった。
ある日幼いメイは、彼女に質問をした。
――どうすれば私達人間は、大好きな魔物達と仲良くできるのか。
当時魔物の国エリノアは、シュオールと言う魔王が統治していた。
魔人と言う種族の魔物であるシュオールは反人派であり、人間を敵視し、武力で支配することを考えていた。
魔物は人の扱えぬ魔術を扱える。両者の力の差は歴然だった。
しかし人は魔物の持たぬ技術で抵抗した。
人の技術より生み出された武具や兵器の数々。これらは魔物に対抗しうる十分な武力を持ち、魔物に対しての脅威となった。
これが人と魔物との戦争、かつての『人魔戦争』の始まりである。
戦争の勃発から六年。誰もが戦争の長期化に辟易し、消耗をしていた頃のこと。
メイがユキちゃんに共存を願った翌日に、彼女はふとガルデニアから居なくなってしまった。
初めは嫌われたのだと思った。人と魔物が仲良くすることなど出来ない。そんな絵空事を願うのは悪い子なんだと。出来れば、もう一度ユキちゃんに会って、そのことを謝りたかった。
しかし数日が経過しても彼女は戻って来ない。もう二度と会えないのだろうか。喪失感に苛まれるメイの下に飛び込んできたのは、魔王シュオール崩御の号外だった。
驚くことに魔王は仇敵国の人間ではなく、同胞である魔物一味の謀反により討ち取られたという。
魔王を討った純白の麒麟は新たな魔王となり、一転して人間との平和条約を提唱した。
◆ ◆ ◆
「メイ。私は魔物と人との対立を終わらせるべく魔王となりました。本来であれば……今のあなたのような、悲しむ者をこれ以上出さぬためにと」
ユキちゃんは右肢で私を抱き寄せた。
その肢は僅かに震えている。
「私の力は、斯くも無力なのですね……」
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
ミゼル『ミゼル・エリノア。索冥です。魔物の国エリノアの第三代魔王として、人との共存の道を模索しております。宜しくお願いしますね』
メイ「ユキちゃんは凄く物知りで、魔物のことを色々教えて貰ったんだよ。例えば麒麟は高い木の葉っぱと果物が大好きで……」
ミゼル「メイ。それは麒麟ではなくキリンではないですか? ……その、ながいタイプの。」
メイ「ないすつっこみ。ながくないタイプのユキちゃんは、キリンの中でも白いうろこを持つ『索冥』という種類の魔物なんだよ」
ミゼル「麒麟とは黄色いうろこの個体のみを指す名前とご存じでしたか? ほかにも青いうろこの『聳孤』、黒いうろこの『甪端』など、様々なタイプのわたくしがいるのですよ」
メイ「『甪端』ってなんか名前かわいいよね」
ミゼル「ろくたん」
メイ「ろくたん」
ミゼル「さて、時系列を整理しましょう。『人魔戦争』は今から十一年前、先代魔王シュオールが引き起こした戦争となります。勃発から六年後である今から五年前、私は先代を討つためガルデニアを離れました。それ以来、今日この日までメイとは一度も会っておりませんでしたが――」
ミゼル「大きくなりましたね、メイ……」
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