45. Day2.14:00 R12『(株)のタイプのサーペントさん①』
『第十二回戦を始めます。進出者の皆様は、闘技場に登壇してください。繰り返します。十二回戦の進出者の皆様は――』
『よろしくお願いします』
闘技場に登壇した対戦相手の魔物は深々と頭を下げた。
対戦相手は【20,484 (株)AEHアビス・メイズ公式ボス部隊B】というチーム。部隊というが、実際には一頭の巨大蛇の魔物だった。
彼の鱗は黒紫に染まり、光を吸い込むように鈍く輝いている。その頭部には骨の稜線が走っていて、黄色の双眸が穏やかにこちらを捉えた。
(大きい……!)
それが最初の感想だった。
幼い頃から蛇の魔物と暮らしていた私にとって、蛇は最も恐怖心の薄い魔物である。だから商蛇のサーペントさんのように、人の胴回りほどの太さの蛇なら見慣れていた。
だが――目の前の蛇は、胴回りだけで私の身長ほどもある。まさに巨大蛇だった。
『すげえ、奈落蛇ヴァルダーンじゃん』
その姿を見たクレイグが、目を輝かせながら言った。
「シード、知ってるの?」
『超有名じゃねえか。アビス・メイズの三層フロアボスだよ』
「ごめん。まず、アビス・メイズが分かんないわ……」
『え、嘘だろお前……』
クレイグにドン引きされた。
なに、そんな有名なのそれ?
そう思っていると、大蛇の相手のひとが礼儀正しい口調で説明をしてくれた。
「アビス・メイズはわたくし達AEH社の運営する『ダンジョン探索型・冒険者ロールプレイ』テーマパークの名前ですよ」
『ダンジョン攻略する勇者になれんだよ。宝を探したり、ヴァルダーンみてえな大きいボスと戦ったりよ――』
「あくまで安心・安全の保障のもと……ですね。あなたのような人間の冒険者様も多くいらっしゃいますよ」
ヴァルダーンさんがそのいかつい見た目とは裏腹に、穏やかに微笑む。
するとクレイグはそれに続くように、ジト目でツッコミを入れた。
『AEHって、例のアビセンの会社なんだよ。この国の一番大きな企業だからな? すんません、この馬鹿が失礼を』
「ご、ごめんなさい……」
「いえいえ。興味があればぜひ、迷宮でお待ちしておりますよ」
苦笑いで、大蛇のひとに気を遣った返答をされてしまった。
クレイグに貶されるのは若干不服であったが、相手のその姿勢にちょっと申し訳なさが出てしまう。
(……あれ?)
しかしここで、私は一つ違和感に気が付いた。
いや、それは今まであまりにも自然な会話過ぎたせいで、今更気が付いたというべきだろうか。
(――このひと、普通に喋ってる?)
人語で会話をしている。
今までの相手は、人語を解さない魔物達が相手だった。
だから人語で作戦会議をして、相手に気づかれずに試合を優位に運べていたのだ。
だが、このひとが人語を解すると言うことは……その戦略が、通用しないということになる。
『ヴァルダーン、なんかメイズ内とキャラ違うっすね』
『ああ、あれはロールプレイとしての性格なので……。イメージを壊してしまったら申し訳ありません』
クレイグが談笑する。
私はそんな彼に、緊迫した様子でそっと相談する。
「クレイグ、どうしよう……」
『んあ、何が??』
……しかしコイツは、今の状況に何も危機感を持っていなかった。
「人語。このひと人語が分かってるよ」
『当たり前だろ。アビス・メイズの客には人間もいるんだからよ』
何を言ってるんだコイツという表情で返される。
ダメだコイツ。作戦会議が出来ないことを理解していない。
『――ところで』
そんな様子で私がヤキモキしていると、ふいにヴァルダーンさんがこちらに話し掛けてきた。
『そちらのトカゲビトの方は、もしかするとご存じかもしれませんが……わたくし、アビス・メイズのフロアボスを任されております「奈落蛇ヴァルダーン」というキャラクターは、目が退化していて、振動と熱で獲物を探す設定となっております。……それに、言葉遣いも今と違って、独特なものですしね』
そう言うと、彼は眼を閉じて、シュルシュルと舌を出し入れする。
『もし、よろしければこの試合も……「奈落蛇ヴァルダーン」として。ロールプレイをさせて戴きますが、如何しますか?』
『え、マジっすか!! お願いします!!』
クレイグが食い気味で応える。
『でもそれって、ヴァルダーンさんが不利になるんじゃ……?』
私は尋ねた。自ら五感のうち、視覚を制限するという話だ。そんな自ら不利になるようなことをする必要があるのか。
『ええ。実際、不利だとは思います。ただ、わたくし達がこの大会に参加した目的は、飽くまでアビス・メイズの宣伝としての企業活動ですので……。枠を外れてわたくし自身の強さを証明したところで、何の意味もないのですよ』
なるほど。
企業勤めのひとって、いろいろ大変なんだね。
◆ ◆ ◆
『それでは第十二回戦……始め!!』
試合開始の宣言を受けると、ヴァルダーンさんは静かに目を閉じ、口から紫色の霧を放ち始めた。
『……愚かなる深淵の侵入者よ』
威厳のある声。先ほどまでとは全く異なっていた。
口から放たれる瘴気のような霧は地を這い、吸い込んだ私の視界がじんわりと霞む。
心なしか、風邪をひいた時のように。
動悸が早く、身体が熱くなっているような気もする――
(なに、これ……? 本物の毒、じゃないよね……?)
『奈落に呑まれ、絶望するがよい――』
『すげえ! 本物じゃん!!』
しかしそんな私の不安もどこ吹く風で、クレイグはテンションMAXでキラキラと目を輝かせる。いや、今さら偽物なわけないでしょ。とツッコむような元気も、得体のしれない霧によって、私の身体から失われていた。
『よっしゃ、行くぞ奈落蛇!!』
そして――シード姿のクレイグは槍を手に取り、奈落蛇へと駆け出した。
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