43. Day2.12:00『ながいタイプの魔王様』
『只今よりお昼の休憩時間といたします。進出者の皆様は、十三時までに会場へお戻り戴けますよう、お願い申し上げます。繰り返します。只今より――』
アナウンスが響き、今日の午前の部は幕を下ろした。
『すごいよね。私達どっちも勝ち残るなんて』
『こちらはもうボスひとりで勝ってるようなものですよ。クレイグとメイさんこそ凄いです』
シャフが翼爪でポリポリと頬を掻く。
シャフとナイトホーンも私達と同様、次の試合へと進出していた。
『【(株)AEHアビス・メイズ公式ボス部隊A】ってひとと【B】ってひとが残ってるね。あとは、なんか【ヴァルグレイ所属】みたいなひととか』
端末を操作しながら呟く。
企業勤めの選手や、プロスポーツチーム所属の選手……ここまで来ると、勝ち残りの魔物達は錚々たる顔ぶればかりであった。
『なんか我らだけ浮いてるよね』
ナイトホーンが面白そうに笑う。
他の進出者が仰々しい肩書きを並べる中、ナイトホーンの【6,103 冥闇の翼】や私達の【22,676 Crawling Nightmare】だけが、素人感丸出しでどこか間が抜けているように見えた。
そして意外にも、サーペントさんも勝ち残っていた。
本人は『たまたまですよ』と苦笑いしていたものの、ソロ出場である彼が、本当に『たまたま』……相性や運だけでここまで来られるとも思えなかった。
『あと、個人は【41 Versus Dimber】……』
画面を見て、私は少し顔をしかめた。
進出者のトーナメント表、その一番左。
例の危険なベヒーモスが、勝ち上がって来ていた。
『そいつ、旧魔王軍の退役なんだって?』
ナイトホーンがぐいと画面を覗きこむ。
『うん。ナイトホーンは知ってる?』
『全然。魔王軍って大きかったからなあ』
そう言うと、彼はふと会場の時計に目を遣って慌て始めた。
『やば、早くごはん買いに行かなきゃ。他探すのめんどいし、今日もセレスでいいよね?』
『いいですよボス』
『今日はわたくしがボスと行ってきますよ。ふたりとも選んで下さい』
『ごめんねナイトホーン。二日連続で行かせちゃって』
『別にいいよ、我が飛んでった方が絶対早いし。その代わりお前は午後勝つよーに』
ナイトホーンはビシィと翼爪で私を指す。私は『がんばるよ』と笑った。
『俺は昨日とおんなじの。セレスティアルバーガーのレギュラーサイズ、オニオンスライス抜きで』
『私はフルーツバーガー、レギュラーサイズで』
『おっ、メイさんも今日はフルーツですか?』
『私も今日はフルーツバット強化週間だから』
『メイさん、バットじゃないではないですか……』
そんな何もないやり取りも程ほどに、ナイトホーンとシャフは買い出しへと飛び立って行った。私とクレイグは留守番だ。ちなみにサーペントさんは今日も休憩に入るや否や、そそくさとすぐに何処かへ行ってしまっていた。いつも、どこに行ってるんだろう。
『クレイグってさ、爪綺麗だよね』
『ん?』
隣でくぁ~……っと欠伸をする人狼。私はふと、その手元が気になった。人間の男性と比べてスラッとした手から伸びる鋭く黒い爪は、まるで美しい黒曜石のように見えた。
『当たり前だろ。爪は俺の武器だからよ。手入れは欠かしてねえよ』
得意げにふふんと鼻を鳴らす。
『ネイルしたら中々映えるんじゃない?』
『んあ、ネイル?』
個人的な話だが、私は中学の頃に少しだけネイルの練習をしていた時期があった。別にネイリストを目指していた訳じゃないけれど、趣味のセルフネイルが高じて、友達にネイルをしてあげる程度の技術は持っていた。
そのせいもあって、私はクレイグのこの爪にネイルを施すなら、どういう方向性で行こうかと物思いに耽っていた。黒がベースだから、白やピンクでお花のペイントをしたら可愛いかも。
『ネイルってアレだろ。爪に色塗るヤツ』
『ん、知ってんの?』
『人間の街に行った時さ、道端で爪に絵を描いてるヤツがいてよ。話を聞いたことあんだよ』
『どうだった?』
『話聞く前になんかすげえニオイだったから逃げた』
『ウケる』
マニキュアとかスカルプとか、この世の終わりのようなニオイするからねえ。
『俺さ、普段血とか爪に付いたりすると舐めて取るじゃん?』
『グルーミングってやつ?』
『そのぶるーミングってのは知らねえけどさ、爪にそれ塗ると舐めた時にやべえんだと』
『んまあシンナーだからねえ』
『だからネイルは俺には無理って言われた』
『誰に?』
『ボスに』
まさかのナイトホーン。なんでアイツがネイル詳しいんだよ。
『メアリーさん』
そんなことを話していると、今日も背後から声を掛けられた。
昨日と同じ、ファーシルさんの中性的な声。
『ファーシルさん』
振り返ると、そこには外套を羽織った彼の姿。
だが……見たところ、昨日『何とか引っ張ってくる』と言っていた連れのひとは、今日も姿が見えなかった。
『メアリーさん、凄いですね。魔術を覚えたてでここまで勝ち残るとは』
『いえいえ……、私じゃなくて、ペアのひとが頑張ってくれているんです』
『んまあな』
私の謙遜に、クレイグがドヤで重ねてくる。今回はシード姿ではなく、オリジナル・クレイグ姿でのドヤ。
『その、ファーシルさん。連れのお母様は』
『おりますよ』
私の問いに、ファーシルさんはさらりと答えた。
『立場上、人前に出ると騒ぎになってしまいますので……今は姿を消しておりますが、ちゃんとこちらに』
翼を頭上へ伸ばし、彼はぺたぺたとパントマイムのように『見えない何か』を触るような仕草をした。
『ですので、よろしければ少し人目の付きにくい場所へ移動させて貰えませんか。すみません、人狼の方。五分ほどメイさんをお借りしても?』
『あ、うっす……』
クレイグは全く話に付いてこられなかった。
状況を飲み込めないまま、彼はとりあえず承諾する。
『では、メイさん。私の翼に触れてください』
そう言うとファーシルさんは外套の中からにゅっと真っ黒の片翼を差し出してきた。もう片翼は依然として頭上の存在に触れている。
私が彼の翼を握ると、ファーシルさんは『お願いします、魔王様』と声を発する。すると突然、視界が揺れ始め……いつの間にか、室内に立っていた。
『メイ……!』
声を掛けられる。振り向くと、そこには純白の鱗を持つ麒麟――ユキちゃんがいた。
『ファーシルも。あなたがどうしてメイと』
『久しいな、ミゼル』
ユキちゃんが驚きの表情を浮かべる。突然、私の背後から低い女性の声が響いた。
見ると、背後の空間がみるみる黒く染まっていき――やがて、巨大な存在が姿を現す。
しなやかに伸びるそのながい胴体は宝石のような純黒の鱗に覆われており、光を取り込みながらも美しく淡い艶を放っていた。頭部には二本の長い角が後方へと湾曲し、背に生える鬣と一対の細長い髭がゆらゆらと揺れ動いている。
その魔物……黒龍のその瞳は、ユキちゃんと同じ深い紫色をしていた。
『御母、様……』
『その呼び名は辞めてくれと言った筈だろう』
『ああ、そうでした。初代様』
気高い声。私は彼女が女性だと、すぐに分かった。
『初代様、どうしてここに?』
『そこのファーシルに運動をしろと怒られてな』
『魔王様があの洞窟にずっと引き篭っているのが悪いのですよ』
やれやれといった様子で黒龍に軽口を叩くファーシルさん。
『その、初代様って……』
その呟きに、黒龍は紫色の瞳を私に移した。
『……こうして顔を合わせるのは初めてだな。私はセフィリア・ヴァーレイン・ドラス・エリノア……その、済まない。覚え辛いか』
彼女はそう言うと、どこか気まずそうな様子で目線を逸らしてしまう。
『セフィリア……』
私は小声でそう呟いたが、この場の誰もそれを気に留めなかった。
『メアリー・フェリシア……幼い頃のお前の話は、度々ミゼルから聴いていたよ。兼ねてより我が子達と仲良くしてくれて、感謝している』
『い、いえ! こちらこそ……』
目の前の龍は、目の前の小さな存在に頭を下げる。こんな上位存在のようなひとに深々と頭を下げられ私は面食らってしまったが、相手よりも深くお辞儀で返すことでチャラにした。
……チャラに出来たことにする。
『私は初代魔王……魔物達の、「創造主」だ』
『……ここからは、私がご説明しますね』
彼女の話を引き継ぐような形で、ユキちゃんが話し始める。
『今までお伝えしておりませんでしたが、私は「始祖の哺乳類」の魔物……索冥のミゼルです』
『始祖の哺乳類?』
『ええ。そこにおられるファーシルと同じ、御母様より創られた……原初の魔物なのです』
『原初……』
『そしてそちらの、セフィリア御母様は。……命を、自由に生み出すことができる方なのです』
いろいろと話が大きすぎて、もはや付いていけなかった。ユキちゃんが実はプライマル・マムルという原初の魔物で。そして初代魔王の黒龍・セフィリアさんは、『命を創る存在』で。
『メアリー』
頭を抱える私は、ふいに背後から声を掛けられた。見るとセフィリアさんが不安そうな面持ちで、こちらを見下ろしている。
『お前の置かれた境遇についてはファーシルから聞いているよ。何か困り事があれば私も手を貸そう。だから、お前は────』
『初代様』
理由は分からない。だが、このひとは人智を超える絶対的な上位者であるにもかかわらず、先程から初対面である筈の私に何故かすごく遠慮というか……気を遣っているように思える。
そんな彼女の様子を見かねたのか、ユキちゃんが言葉を遮った。
『メイはきっと大丈夫ですよ。この子は、とても良い子ですから』
『ミゼル。まるであの子が……良い子ではなかったかのような、そのような言い方は……』
『失礼しました。……彼も魔物思いの、よい子でしたよ』
話に全く付いていけなかった。
だが、それを聞くのはヤボだと思って、私は黙って話を聞いていた。
『メアリー。一つ、聞いてもよいか?』
『はい。何でしょうか?』
『お前は何のために、戦っているのだ?』
深い紫色の瞳が、まっすぐと私を射貫く。
『……私のせいで、もう大切なひとを失いたくないからです。ユキちゃんや、魔物のみんなとの、平和な暮らしを守りたいから』
『……そうか』
私は彼女の目を見据えて答えた。
すると彼女は相槌を交わし……先を続ける。
『……ならば、仮に。仮にだ。ミゼルや魔物達を守るために、人間達と対立しなければならないとしたら。……お前なら、どうする?』
黒龍が静かに問う。
空気が張りつめた。
『魔王様』
『……すまない、意地の悪い質問だったな。忘れてくれ』
だが、私がその問いに答える前にファーシルさんに割り込まれ、セフィリアさんは頭を振って俯いてしまう。
『…………説得する。と、思います。人間達を。』
それでも私は、彼女の問いに答えた。
魔物の皆を守りたい。でも、人間達とも争いたくない。
私は、私達が共に歩む道を、探していきたいから。
『……そうか』
ぽつりと呟く。
彼女の黒い鬣は、夜空になびく黒煙のように静かに揺れていた。
※注意事項
第六話でも白虎のひとが聞き返しておりましたが、第一話でメイの前に現れた『黒竜』と、初代魔王・セフィリアさんの『黒龍』は別種となります。黒竜はいわゆる一般的なドラゴン。黒龍はながいタイプのほうです。
お読みくださりありがとうございました。
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