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42. Day2.11:00 R10『ゲーミングドラゴニュート②』

 闘技場(アリーナ)に燃え盛る炎の障壁。

 クレイグとヴィクターは、その中に包まれていた。


『お前まで中に入ってくんのな』

『知ってんだろ? 「嵐駆け」のやり方と同じだよ』


 『嵐駆けラフル』。深淵の抱擁(アビス・エンブレイス)には、そうした名のボス敵が存在する。縦横無尽に走り回りながら風の魔術で攻撃してくるNPC(ノン・プレイヤー)型の敵であるが、広大なフィールド内での戦闘を強いられるゆえにRTA(タイムアタック)の敵、いわゆる『遅延ボス』と呼ばれている。そこでアビセンのRTA走者は自身とラフルを狭い炎の檻の中に閉じ込めて移動を制限し、強制的にインファイトを強いる戦法を編み出した。


『お前、トカゲビトにしちゃ速すぎるんだよ。だからこうして、移動を制限させてもらった』

『そうかよ』


(これ、やべえよな――)


 クレイグは軽口を叩きながらも、チラリと周囲を見回す。

 四~五メートルほどの広さの炎の壁、炎の檻。

 今までのように大きくステップを踏んでの回避は不可能となった。

 そして攻撃を防ごうにも、槍は既に手放している――


(考えろ――こういう時、俺はどうすればいい……?)


 深淵の抱擁(アビス・エンブレイス)。クレイグはヴィクターのようなRTA勢ではない。対人(PvP)勢だった。本来ヴィクターのような重戦士系の相手に対しては、大きく動き回ってのかく乱が効果的である。だが、今はそれを封じられた。


(他に何か、戦術は無いのか……?)


 思考を巡らせる。プレイヤーの数程あるアビセンの戦術へと。

 そこへ燃え盛る炎の外から、メイの声が聞こえてきた。


「アビセンのことは忘れて! ゲーム以上の行動を取ってきてるから、ゲーム基準の戦略じゃ勝ちようがない!!」


 その言葉にクレイグはハッとする。


『何だ、人語か……?』


 ヴィクターがチラリと横を見て、剣を薙ぎ払う。その一撃を、クレイグは腕を掴んでいなした。

 しかし強化されたクレイグの力ですらやっと互角の竜人(ドラゴニュート)だ。

 すぐに腕を振り払われた。


(ありがとよ……メイ)


 クレイグは体勢を立てなおす。


(なら、どうする――)


 思考を巡らせる。

 いま自分たちがしなければならないことは、相手の『想定』を崩すこと。

 アビセンをはじめとした、ゲームですら想定されていない何か――


「クレイグ、行くよ。よく()()()!!」


 メイの言葉を聞いて、クレイグはすぐにその狙いを理解した。


  ◆  ◆  ◆


『お前、対人慣れしすぎだろ。本当に一般人か……?』


 ヒュン……!


『ありがとよ。次はこっちの番だぜ……!』

『今更そんな正面から――』


 拳を構えて距離を詰めるトカゲビト。

 ヴィクターは剣を構えて上段を防御する。

 ……すると突然、トカゲビトが身体を僅かに右へ傾けた。


『なっ……!?』


 突如、その奥から飛んでくる光線。

 ……いや、光の矢だろうか。

 その微細な魔術攻撃は、無防備なヴィクターの脇腹へと直撃した。


 パシュッ……!



『お前、いま何を……』


 ヒュン……


『何もしてねえよ。()はな』


 トカゲビトは脚へとローキックを入れる。

 ……そして今度は身体を左へ傾けた。


 パシュッ……!


『くっ……』


 再び飛んでくる光の矢。今度はヴィクターの左肩を掠める。

 威力は大したことは無い。

 但しヴィクターにとって、『想定外の攻撃』ほど計算の狂うものは無かった。


『いったい、どんなトリックを使った……?』


 ヴィクターは思考する。だがトリックを見破れない。

 こいつの攻撃ではない。何故ならトカゲビトの魔術属性は水、例外は無いのだから。

 まさか、観客席(ブリーチャー)からの妨害……? いや、そんなことはあり得ない。

 すると、目の前のトカゲビトは口の端を吊り上げた。



『……二対一でも良いって言ったのはお前だろ。もう忘れたのかよ』

『な、に……?』


 ヴィクターは目を見開いた。

 つまり、あの光の矢を放っているのは――


『あの、人間の女……?』


 真っ先に可能性を排除していた。

 人間は、魔術を扱えないのだから。


 ヒュン……


 ヴィクターは頭部への突きを放つ。

 トカゲビトはあろうことか、それを『更に大きく跳んで』躱した。


『あの人間の、攻撃だとしても……!!』


 パシュッ……!


 次の瞬間、足元を這うようにして小さな光の矢がヴィクターに命中する。


『炎の檻で外は見られない、条件は同じの筈だ! それなのに何故お前だけ、外からの攻撃を感知できる……!?』

『さあ、知らねえな――』


 トカゲビトが着地する。

 同時に地を踏みしめ、一息に攻勢に転じた。


 ヒュン……!


 足払い。

 ヴィクターは跳んで回避をする。


『この野郎……!』


 そして落下の勢いのまま頭部へ剣の一撃を与えようと振りかぶると――屈んだヤツの頭の上から、光の矢が飛んでくる。


 パシュッ……!


『くそ……っ!!』


 空中では躱せない。攻撃を諦めて、慌てて剣を構えて矢を防ぐ。

 完全にこちらのペースが狂わされている。ヴィクターは顔を(しか)める。

 すると着地に合わせて、トカゲビトが拳を構えていた――


 ドゴォッ……!


『が……っ……!』


 初めてモロに喰らった、強力な腹への一撃。

 ヴィクターの口から血が零れた。


『休んでる暇ねえぞ』


 ヒュン……!


 そのまま猛攻に転じるトカゲビト。

 その攻撃を剣で防ぎ、トカゲビトが隙を見せる――しかし、反撃のタイミングを待ち合わせていたかのように、奥から光の矢が飛んでくる。


 パシュッ……!


『クソ、また――!』


 ヴィクターの誤算はもう一つあった。

 それは、目の前のトカゲビトの正体が『人狼(ライカンスロープ)』だと知らないこと。優れた聴覚を持つ人狼はメイの放つ光の矢の軌道を、ヒュンという僅かな飛翔音から聞き取ることが出来ていた。


『この、野郎……!!』


 遂に我慢の限界を迎えた。

 竜人は炎の壁を解除する。


『お前えええェェ!!』


 竜人は咆哮すると、怒りに任せて、トカゲビトの奥に佇む人間のもとへ走り出した。


『俺は、負けられないんだよ……!』


 ヴィクターの目は血走っている。


『この十回戦に勝てば、編集長がRTA邪魔すんの辞めてくれるんだからなァァ!!』


 竜人の咆哮が響く。

 だが動機がショボい。


『喰らいやがれ――!!』


 そうしてヴィクターが剣を振り上げ、人間に向かって振り下ろす直前――


『……敵に背中は向けねぇだろ、普通。これはRTAじゃねえんだからよ』


 スピードで、身体強化された人狼(ライカンスロープ)に及ぶ筈もない。

 クレイグは斧槍を拾い上げ、ヴィクターに追い付いていた。


背面致命(バックスタブ)……!』


 そして、クレイグはその斧槍で、ヴィクターの身体を刺し貫いた。

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