41. Day2.11:00 R10『ゲーミングドラゴニュート①』
書き終わってから気付いた。メイが空気。
「よっしゃメイ、もう万全か?」
「うん、大丈夫。次も相性が良ければいいんだけどね」
私達は観客席で魔力を回復しながら、次の試合に向けて静かに準備を整える。
ここまで戦ってきて、私達には自分なりの『勝ち筋』が見えていた。
まず、最も得意なのは魔術タイプ。強化したクレイグの素早さで、魔術の発動前に叩き潰してしまえばいい。第九回戦の不死王と亡者もこのタイプだった。
次に、力の強い大型タイプ。第七回戦の鷲獅子のような相手だ。それらはクレイグの底上げされたスピードで翻弄し、じわじわと削る。
最後にスピードタイプ。クレイグと同系統の相手だ。それらはクレイグが拘束して、私がクレイグごと……『やる』。
『クレイグ、次の相手なんだけどさ』
『ん?』
端末を操作しながら、私は画面を見せた。
『なんだ?』
『これ。見てよ』
【23,533 びく太(アビセンRTA勢)】
『変な名前だな』
『アビセンRTAってのも何だろうね』
素朴な疑問を投げる。するとクレイグは当然のように答えた。
『深淵の抱擁だろ。RTAは普通にRTAじゃん?』
『いや深淵の抱擁もRTAも分からんけど』
『嘘だろ? お前ゲームやんねえの?』
その後クレイグから教わったことだが、『深淵の抱擁』は最近発売された超高難易度アクションの死にゲーのことらしい。そしてRTAとはゲームをどれだけ早くクリアできるかを競うスポーツのこと。
『ああ……』
思い出した。そのゲームってアレだ。おととい、広報課で竜人のひとがやってたアレ。
◆ ◆ ◆
『あれ、貴方は確か……』
『ん? ああ、お前アリアの……』
アリーナで対峙した相手は、やはり想像通りの魔物であった。
赤茶色の鱗を持つ、身体ほど大きな剣を背負った竜人。
名前は確か──
『ヴィクターさん』
『おう』
『ん、お前知り合いなん?』
『まあ、魔王城でたまたまね』
なるほど、ヴィクターだからびく太ってHNなのね。
いい響きだねびく太。なんか口に出したくなる。
『お前すげえよな。人間でここまで勝ち上がってんのか』
『いえいえ、こっちのひとのおかげですよ』
『んまあな』
シード姿のクレイグがドヤる。
本物のシードがクレイグと逆というか、こんなにドヤるようなタイプじゃないから最初は違和感しかなかったけど、昨日からメイド・イン・クレイグのシードと一緒にいすぎたせいで、こっちが本物なんじゃないかと錯覚し始めている。
ダメだこれ。早く本物のシード成分を補給しないと。
『だけどお前はいいけどよ、人間相手にすんのって、ちょっと気が引けちまうんだよな……』
ヴィクターさんは困ったように腕を組む。
平和条約を結んだ人間が相手なのだ。軍人でもない一般魔物であれば、きっとそれが普通の感覚なのだろう。
『あっ。一応私は今、人狼の変身中って体で通してるから、それはナイショでお願いします』
『ええ、なんだよそれ……』
『いろいろ事情がありまして』
『なーんか変なことに首突っ込んでるよな、お前……』
呆れたように頬を掻くヴィクターさん。
『……ところで』
そんな会話に、クレイグがウキウキとした様子で割って入った。
『アビセンのRTAって自己ベどれくらいなんすか?』
『お。貴様も闇に魅入られし深淵の旅人か?』
『深淵の祝福あらんことを』
『祝福あらんことを』
なんか盛り上がってるけど。
そのままクレイグとヴィクターさんがどっぷりとアビセン談義を繰り広げ始める中、私だけは完全に置いて行かれてしまった。
「おいメイ、あいつやべえぞ。ガチ勢だ」
「そう……」
男子ってそう言うの好きだよね。人も魔物も。私にゃよー分からん世界よ。
このまま永遠に試合が始められないと思われたのだろう。少しだけイライラした審判員に促されて私たちはやっと所定の位置につくと、高らかに合図が発せられた。
『それでは第十回戦……始め!!』
…………
……
『あら、メイちゃん?』
試合が始まった。
広報課の課長、悪魔のナターシャさんは端末を見て驚く。
『ヴィクターかぁ……』
『残念だけど、メイちゃんじゃヴィクターには勝てないかねぇ』
ヴィクター・ハント。
知らぬものはいない、魔王軍の第六軍団長、剣聖と称された竜人コーネリアス・ハントの弟。
彼も兄と同じく魔王軍での活躍が大いに期待されていたのだが、本人が根っからのゲーマーであり、ゲームができないと言う理由で入軍を簡単に断った。
そして今は魔王庁広報課にて広報誌のゲーム・エンタメ部門を担当するという、異色の経歴を持つ魔物だった。
…………
……
「くっそ……なんで当たんねえんだ!!」
クレイグが槍を振り回し、焦りの声を挙げる。
ヴィクターを捉えられない。彼は特大剣を持ちながらも身軽に回避を行い、まるでこちらの行動を、すべて先読みされているかのようだった――
「喰らえ――!!」
回避後の一瞬の間を読んで、クレイグは手にした斧槍を振り払う。
ガァン……!
だが、攻撃はヴィクターの特大剣に弾かれた。
得物同士の交錯する甲高い金属音が響く。
「くっ……!!」
全力の攻撃だ。武器を弾かれた反動で、クレイグは後ろへのけぞる。
『…………』
ヴィクターはその一瞬を見逃さなかった。
特大剣が炎を纏う。そして一息に飛び掛かりながら、クレイグに向かって思い切り振り下ろした。
「うぉっ……!」
クレイグは横に跳んで緊急回避を行う。
攻撃後の僅かな隙。それを的確に突いて来たのだ――
ドォォン……!
轟音と共に、闘技場の床に大きな亀裂が入る。
地面をも砕く強力な一撃だった。
パラ……パラ……
舞い上がった床の破片が宙に舞う。
『さすが。まあ旅人なら、この技は回避するよな』
試合中、ヴィクターさんが初めて声を発した。
『……だけどお前さ、なんか戦い方がトカゲビトっぽくないよな。槍右手で振ってるし、回避重視の所とかもよ』
『あぁ、そうかよ』
彼は冷静だった。
地面に突き刺さる大剣を引き抜きながら、後ろに待機する私に目を遣る。
『そっちの人間。じゃなくて今は人狼って話だったな。お前は何してんの? 遠慮してんなら、別に俺は二対一でも構わないけど』
嫌味ではない。
彼は、本気でそう思っている。
それだけ自分の立ち回りに、自信があるのだ――
…………
……
『……ヴィクターは』
あらゆるゲームの最速クリア記録を持つヴィクター。
部下の試合を観戦しながら、ナターシャさんは静かに呟いた。
『ゲームで最適な立ち回りを学び、それを実践できるだけの身体能力がある』
眼鏡の奥を光らせる。
映像の中で、竜人がトカゲビトの攻撃を軽々といなしていた。
『そして、戦闘の才能だけなら……軍団長の、兄をも超える』
…………
……
(この戦い方、まるで――)
クレイグは違和感に気づく。
深淵の抱擁。これはその動きだ。
たかがゲームと言われればそれまでだろう。
だが、史上最高難易度と名高いアクションゲームのアビセンだ。現実世界で、その動きを上回る相手はいない――彼の動きは、そう物語っているかのようだった。
(……なら、迂闊に飛び込めねえよな)
相手の攻撃の届かないギリギリの間合い。
相手の攻撃後の隙を突くような反撃。それがアビセンの基本だ。
不用意に攻めれば、逆にこちらが不利になる。
互いに武器を構え、じりじりと機を伺う。
まるでこの闘技場だけ、アビセンの世界に放り込まれたようだった。
(こいつの動きが、アビセンの模倣であるならよ──)
クレイグは思考する。
実は、アビセンのRTA動画は見たことがあった。
ヤツの持つ特大剣。炎を纏わせ、飛び掛かりながら振り下ろす剣技。
先ほど放ったその高重量の攻撃は、アビセン内の技だった。
それも、RTAでは定番の剣技。
まともに喰らえば一堪りもない、DPSの高い技。
しかし、高威力な技である以上、行動の後には大きな隙――体勢を建て直すための時間が生じる。
ならば――そこを突くしかない。
ブォン……!
ヴィクターが剣を振るう。違う、この攻撃じゃない。
あの技は、上級者が下手に乱発するようなものではない。
そう、あの技を使うタイミングは――
「おらァ!!」
ガキィン!!
クレイグは槍を振り、剣に弾かせる。
第二回戦で見せた、槍を飛ばされる『フリ』だ。
カラン……カランカラン……
クレイグの斧槍が転がる。クレイグは呆然と立つ『フリ』をする。
そう。そのタイミングは、こちらが大きな隙を見せた時――
『喰らえぇ!!』
ヴィクターの剣が炎を纏い、振り下ろす。
ドォォン……!
大きな衝撃を与え、地面を割る。シード……もといシード姿のクレイグは、高く跳躍して回避した。
『なっ……!?』
ヴィクターが驚きの声を挙げる。
(よし、捉えた──!)
クレイグは拳を構える。攻撃後の隙を突いた、無防備な脳天への一撃。
だが、その拳がヴィクターを捉える前、……竜人は楽しそうに口角を上げた。
『さすが旅人、分かってる。対人ならそこ狙うよな、普通』
ヴィクターの黄色の瞳が鋭く光る。魔術の行使だ。
『アビセンの旅人ってよ』
次の瞬間、ヴィクターの周囲に炎の障壁が展開する。
『剣技の隙を魔術で埋めらんないの、イケてないよな』
「クレイグ!!」
私は叫ぶ。
ヴィクターとクレイグは、業火の障壁の中に飲み込まれた。
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