40. Day2.9:00 R8『掴んだ稲妻』
『よろしく』
対戦相手の魔物が短く告げる。
『ああ、よろしく──』
私は挨拶を返す。しかし魔物は返事を待たずに背を向け、試合開始の所定位置まで下がり始めていた。
「んだよあいつ。素っ気ねえな」
シード姿のクレイグが口を尖らせる。
試合相手は、額に一本角を生やした四足獣。縞のない虎やヒョウのような体躯であるが、足元では青白い雷雲のようなモヤが揺れていて、動くたびに白い火花が散っていた。
昨日の試合を勝ち抜いてきた強者だ。その気配だけで、一筋縄では行かぬ相手だと私は息を飲んだ。
「シード、もう強化魔術を掛けておくね」
「ああ、頼む」
私はクレイグに強化の祈りを捧げる。
「あのひとは、たぶん『雷獣』……凄く速い魔物だって聞くから、注意して」
「おうよ。でも平気だろ」
クレイグは軽い口を叩きながらも、闘志に燃える目で鋭く相手を睨み付けていた。
「速さなら、俺も自信あるからよ」
『それでは第八回戦……始め!!』
「来るぞ、メ──」
その瞬間、雷獣の姿が掻き消えた。
空気が裂けるような雷鳴だけを残し、次の瞬間にはクレイグの背後に回り込む。
「っ……!!」
鋭い爪が空気を裂き、クレイグは反射的に身をひねってかわす。だが、強化されたクレイグをもってしても――雷獣の速度は、それを上回っていた。
クレイグの頬に浅い傷が走り、血が飛ぶ。
(なに、これ……!)
思考が追い付かない。
あまりの速さに、私は目で追うことすらできなかった。
「っ痛ぇ……!!」
クレイグが距離を取ろうと後ろへ退く。
しかし雷獣はそれを上回るスピードで迫り、爪撃を重ねてくる。
「てめぇ、いい加減に――!」
ブシュッ……!!
「ぐあっ……!!」
紙一重の所で攻撃を躱し、なんとか槍を振るうクレイグ。
しかし、雷獣の素早さの前では届かない。
逆に攻撃後の隙を突かれ、右脚を大きく裂かれたクレイグはガクンと膝を付いた。
「シード……!!」
私は叫ぶ。
大きく裂けたトカゲビトの大腿からは、ドクドクと鮮血が流れ出ている。
速度勝負は完全に不利だ。それなのに、利き脚をこれ以上傷付けられれば……勝ちの目は、更に薄くなってしまう。
(私が、何とかしなきゃ……!!)
ポーチから魔晶石を取り出した。
私が……クレイグを援護しなきゃ。
作戦は無い。だが、光の矢だ。私の光の矢で、少しでも注意を逸らせば――
そう祈りを捧げようとしたその時、雷獣の視線が私へ向いた。
「メ、メイ、よせ――!」
叫ぶより早く、雷獣が跳んだ。
稲妻のような軌跡を描き、私が気が付いた時には、
――胸元へ、爪が深々と突き刺さっていた。
ブシュッ……
「メイ!!」
生身の人間では反応などできる筈もない。
私の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
ドシャッ……
動けない。
視界が揺れる。
「お、おい、メイ……!」
クレイグの叫びに、雷獣が再び身体を揺らす。
今度はクレイグを仕留めるつもりだ。
「てめえ、よくも……!」
クレイグは怒りに牙を剥く。
だが――雷獣の背後で倒れた私の指先が……わずかに震えたのを、彼は見逃さなかった。
(……まだ、駄目……)
激痛で身体は動かない。でも、闘技場の守護魔術の効果か、意識だけはしっかり保っている。
――声を出さずとも、魔術の行使は心の中でできる。
ならば私は、相手が与えてくれたチャンスを。
倒された振りをして、必ず攻撃を当てられる機を……伺うんだ。
私は倒れた姿勢のまま呼吸を殺し、魔力だけを静かに練り上げていた。
(メイ、お前……)
クレイグは雷獣と対峙しながら、私の『狙い』を嗅ぎ取る。
(……お前、やっぱりイイ根性持ってるよな)
彼の目は、そう言っているように見えた。
クレイグは深く息を吸い、『っしゃあ!』と気合を入れ直す。
速度では勝てない。
ならば――雷獣が攻撃してくる『瞬間』を逆手に取るしかない。
『ほら、来いよ……!』
カランと横へ槍を放り投げ、クレイグは素手で構える。
挑発行為だ。槍を武器とするトカゲビトが、その得物を自ら棄てて構える。
『ここからは、本気の勝負と行こうぜ』
『てめぇ……!』
雷獣の毛が一斉に逆立つ。
バチバチと空気が震え、稲光が走る。
雷獣が地を蹴った。轟音が響き渡る。
鋭い爪が首をかすめ、血が飛ぶ――だが、その瞬間、クレイグは雷獣の首元を捕らえていた。
「捕まえたぜ……!」
雷獣が地を蹴る瞬間、空気が震え、独特の雷音が響く。
雷獣は速い。だが、速すぎるがゆえ……動くたびに雷鳴のような轟音が先に走る。
クレイグはその『音の変化』を頼りに、攻撃の軌道を先読みしていたのだ。
『こ、この野郎、放せ――――』
雷獣が怒りの咆哮を上げる。
黄金色の目が眩く光る。魔術の行使だ。
電撃。放たれた眩い光が、クレイグの全身を焼く。
だが、離さない。
ほんの一瞬でいい。私が魔術を撃つための、時間を作るために――
「メイ! 撃てええェ!!」
翠鱗のトカゲビトが咆哮する。
その声と共に、雷獣はハッと背後を振り返った。
そこにあったのは、確かに倒した筈の人間。
人間は倒れた姿勢のままこちらを狙い、――次の瞬間、巨大な光が溢れた。
「――行けええェ!」
ビシュウッ……!!
私は叫ぶ。放たれた光の矢は、一直線に雷獣へと向かった。
(……だが――!)
雷獣は冷静だった。このトカゲビトは、光の矢の軌道から直前で離脱し、俺ひとりに攻撃を当てる算段だ。
それなら――――
(拘束が解けた瞬間に避ける――それだけだ……!!)
雷獣は静かにタイミングを伺う。
しかし、それは大きな誤算だった。
『て、てめぇ……!?』
放さない。
このトカゲビトは、初めから自分も攻撃を喰らうつもりで――――
雷獣は焦り、身体をひねって抜け出そうとする。
しかし、クレイグは放さなかった。
ドオォォン!!
『ぐあああっ!!』
光の矢がクレイグもろとも雷獣を貫く。
青白い光が散り、雷獣の身体が崩れ落ちた。
「……ク、レイ、グ……」
胸が焼けるように痛む。呼吸のたびに視界が霞む。
でも私は、よろよろと身体を起こした。
クレイグも雷獣も倒れている。
最後に私が立っていれば、私達の勝利だ――
そう思った瞬間だった。
『……ハァ……ハァ……』
低い唸り声が聞こえた。
雷獣が、ゆっくりと身を起こしていた。
『て、めぇ……まだ……』
その身体は光の矢で焼け焦げ、足取りもおぼつかない。
それでも、黄金の瞳は追い込まれた獣の如く、鋭く私を睨みつけていた。
(う、嘘……まだ……)
雷獣はふらつきながらも、こちらへ歩み寄ってくる。
私はもう立つのがやっとで、魔術を撃つ余力もない。
『もう……ゆるさねぇ……』
雷獣の角に雷が集まる。
(私、もう……)
これ以上、何もできない。
私は諦めて目を閉じた――その瞬間。
「よく、やった、メイ……」
背後から影が飛び込んだ。
血まみれの翠鱗のトカゲビトが、雷獣の顔面へ拳を叩き込んだのだ。
ガッ!!
『ぐ…ぁ…っ……!』
雷獣の巨体が揺れ、そのまま崩れ落ちた。
「負けて……らんねぇよな……お前の、根性、によ……」
クレイグは息を荒げながらも、私に笑いかける。
その言葉と共に胸の痛みが限界に達し、私はその場に崩れ落ちた。
『勝者、【Crawling Nightmare】!』
薄れゆく意識のなか、審判員の声だけが遠くで反響していた。
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