37. 翼を向けた先
『衛兵さん、お疲れさまです。戻りました』
二十時を少し過ぎた頃。ナイトホーンに魔王城まで運んで貰った私は、迎賓の間の前に佇む石像鬼へと声を掛けていた。
闘技大会の会場で広報課のナターシャさんから伝言を受けていた。『落ち着いてから、部屋の前の彼に声を掛けるように』と。
『お帰りなさいませ、メイ様。大会お疲れさまでした。如何でしたか』
『なんとか最後まで勝ち残れました』
『おお、それは凄い。メイ様は武術の心得をお持ちで?』
『あはは、ペアのひとが凄かっただけですよ』
石像鬼の衛兵さんは、石の姿のままでも不思議と表情豊かに見える。そんな彼と他愛のない雑談を交わしながらも、……私は内心でビビり散らかしていた。迎賓の間や洗面台の使い方で怒られるのでは……と、ずっと気になっていたからだ。
『そ、それで。どうしたんですか? 衛兵さんに話し掛けてくれって』
『ああ……実は、魔王補佐の方から下命を受けております。メイ様が戻られたら、知らせるようにと』
『フィーネさんですか?』
『おや、ご存じなのですか? ええ、確かにシエラ様からの御用命です』
え。私の洗面台の件で、そんな大ごとになってるの?
フィーネ・シエラさんは魔王の第一補佐官、エリノア国ナンバー2の天禄獣だ。高位の職位にありながら、オルト村襲撃後の復興に精を尽くしてくれた、私にとっての恩人である。ガーゴイルの彼は『失礼します』と石像の姿を解くと、相変わらずどこからともなくスマホを取り出して、電話を掛けた。
『まもなく、シエラ様がお迎えに上がるようです』
『あの……私、何かやっちゃいました?』
『さあ……。私も、詳しい話までは……』
そうしてフィーネさんがやってくるまでの十分間、私は気が気ではなかった。
『お待たせ致しました、メアリーさん』
白いツノと翼を持った、美しいシカの魔物が現れる。彼がフィーネさんだ。……相変わらず、彼か彼女かまだ分かってないけれど。
『お久しぶりです、フィーネさん』
『ええ、お元気そうで』
彼は涼やかに微笑む。
『早速ですが、玉座の間でミゼル様がお呼びです』
『え、ユキちゃんが……?』
魔王からの直々の呼び出し。衛兵さんもそれは想定外だったようで、私の隣で少しだけ動揺していた。
『あの、何かあったんですか?』
『……カノン・ノアーノさんの未来視を行いました』
想定していなかった。その言葉に、ふいに心臓がどきっと跳ねた。
オルト村のハルピュイア、姿を消した親友のカノンちゃん。彼女の未来視が行われたのだ。
それきりの静寂。衛兵さんはその言葉だけでは話の内容を理解をしていない筈だったが、場の空気を察して、黙っていた。
『……どう、でしたか?』
勇気を振り絞って尋ねる。
その声が震えていたのが、自分でも分かった。
『……すみません、この場では』
彼も振り絞るように声を発し、くるりと背を向ける。付いて来いと言うことなのだろう。
今日は休日。魔王庁の職員達は不在で、城内はがらんとしていた。
昨日、人事課や広報課を訪れた時とは全く別の場所のように感じる。
だが、玉座の間へ向かうまでの城内がそんな不気味な様相に包まれていたのは、……カノンちゃんの安否への不安が、そうさせていたのかもしれない。
◆ ◆ ◆
『ミゼル様。メアリー様をお連れしました』
『ありがとうございます、フィーネ』
再び訪れた玉座の間。そこにはユキちゃんと、九尾の妖狐リーファさんがいた。
玉座の段下にはいつぞやの大きな陸亀のひともいる。名前は忘れてしまったが、彼もかつての幹部会議に出席していた、……ユキちゃんと同じ、エルダの魔物だった筈だ。
『メイ。急にお呼びしてごめんなさいね』
『ううん……大丈夫、です』
エリノア国幹部が集う場だ。一応、私もユキちゃんに敬語で話す。
『実は、今日の午後、カノン・ノアーノさんの未来視を行いました』
ここまでは、フィーネさんから既に聞いている。
『それで、結果は──』
『……メイ。貴方は』
私の質問を遮るように、彼女は私に言葉を投げる。その深い紫色の瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。
『真実を受け入れる覚悟が、おありですか?』
時に真実は、知らぬ方が幸福であったと思える程、残酷なものさえある──
昨日のリーファさんの言葉を思い出す。
決意が揺らぐ。昨日、リーファさんの前で、覚悟を決めたはずなのに。
『……これは強制ではありません。まだあなたは子供なのです。この汚れた世界に足を踏み入れる必要なんて、どこにも────』
『……いえ』
でも、逃げたくない。私から全てを奪った真実から。
私は彼女の言葉を遮り、震える声で伝えた。
『……教えて、下さい。カノンちゃんの、未来を』
怖い。だけど、逃げてやるものか。
村の皆のために、カノンちゃんのために。私が、立ち向かうんだ。
『……リーファ』
ユキちゃんは短く息を飲むと、リーファさんに目を遣る。
リーファさんは何も言わなかったが、どこかやりきれない様子で、手に持つ一枚の羽毛にフッと息を吹き掛けた。
ボッと羽毛が青白い狐火に包まれて拡がる。
しばらくして、その中央にぼんやりと映像が映し出された。
カノンちゃんの未来の視線。映像だけで、音声はない。
『…………』
そこに映し出されていたのは、一人の人間の少年だった。顔立ちから、ノースの国民だろう。彼は力なくへたり込み、地面に目を落としている。その服はボロボロに裂け、血の滲んだ皮膚が露出していた。
彼女の視界がぶるぶると震える。
私の知るカノンちゃんなら、こんな危険な状態の人を放っておく筈がない。それなのに、未来視の中の彼女は、……助けようとしなかった。
『カノン、ちゃん……』
親友の名を呟く。そんなことをしても、未来の彼女には届かないのに。
視界の端に桃色の羽毛が映る。見間違える筈もない、カノンちゃんの翼だ。彼女は目の前の少年に向けて、……翼を構えた。
『だ、ダメ……!』
思わず叫ぶ。彼女の狙いは、すぐに分かった。
魔術の行使。私も今日の大会で、同じように強化魔術を使っていたから。
でも、私とは違う。カノンちゃんの魔術は風だ。
よく知っている。遠くの木になった果物を、……鎌鼬の魔術で、遠隔で落として見せてくれたこともあったから。
『そんな、やめて……!』
彼女の翼がぶるぶる震えている。
『カノンちゃん──!』
そして、次の瞬間。
放たれた風の鎌鼬が、目の前の少年をバラバラに引き裂いた。
『…………』
狐火がシュボッと燃え尽きる。
映像はそこで途切れた。
『……狐火がすぐに燃え拡がらなんだ。これは、少し先の未来じゃ。五日後やも知れぬし、来週やも知れぬ』
リーファさんが呟く。
『メイ、分かりましたか? ……あの場には、もうひとりおりました』
ユキちゃんが玉座を降り、前肢でそっと私を支えてくれる。
彼女の震える視界。一瞬、それが横に動いた。
そこに映ったのは、くすんだ緑色の巨大な影。
大きな鱗で覆われた、竜のような何者かがそこには在った――
『……リーファ、さん。教えて下さい』
私は顔を上げる。
『何じゃ』
『リーファさんの未来視は、……阻止、できますか』
カノンちゃんは絶対にそんなことをするひとじゃない。それは、私がよく知っている。きっと、もうひとりの奴に……強制されたんだ。
『……ぬし』
その問いに、彼女はかぶりを振って応えた。
『其の問いの答えは「可」じゃ。じゃがの』
リーファさんが諭すように続ける。
『其れを、ぬしがする必要が何処にある……。魔王殿の想いを……無下にするでない』
『なら、僕が一緒に行けばどうかな~』
突然響く声。これまで黙っていた陸亀のひとが、口を開いた。
『……ローミア』
『だってこれ、ノース国でしょ。僕はちょうど駐在中だし、僕ならメイちゃんも護れると思うよ~』
体格に似合わず可愛らしい声。のんびりとした口調で話す彼。
しかしその視線には、恐怖に押し潰されそうな私をそっと包み込むような、穏やかで揺るぎない支えがあった。
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
メイ『久々の舞台裏、今回のゲストはローミアさんです』
ローミア『ローミア・エルダ。玄武の魔物だよ~』
メイ『玄武のローミアさんは第六話の幹部会議での初登場以来、久々の登場ですね』
ローミア『幹部会議に出てた四神の中では、僕は二番目。青龍ラフィーの次に生まれたんだ~。まあ、ベリミアと一緒に生まれたから、三番目かもしれないけどね』
メイ『四神の他の皆さんが再登場するのは、いつになるやら……。ローミアさんはその陸亀の見た目通り、味方の負傷を抑える「守護魔術」を使えるんですよね』
ローミア『実際には負傷を抑えるというより、味方の耐性を上げてるんだよ~。だからメイちゃんの強化魔術に近いよね』
メイ『そんな、私なんてまだまだです……! 闘技大会の闘技場でも、ローミアさんの魔術のおかげで、これまで命を落としたひとは誰もいないとか』
ローミア『大勢のひとに同時に魔術を掛けるのは大変だよ~。でも、皆が安心して戦ってくれるのなら、僕も嬉しいんだ。明日も、頑張らないとね』
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