36. 血牙の宴
食事中に見ない方がいいかもしれません!!!!!!!!!
わたしは食事中にこれを書いています。
ナイトホーンに連れられ辿り着いた肉料理レストラン『ブラッディファング・フィースト』は、既に大会を終えた魔物達で大賑わいであった。店名がなんとも物騒であるのだが、肉食魔物が経営する肉食魔物のためのレストランであるこの店は、エリノア国内でチェーン展開された有名店なのだそうだ。
『四名様、こちらへどうぞ』
待ち時間なくラミアー属の店員のひとがやってきて、がやがやと騒がしい店内を奥へ通される。
案内された場所は人間の国のファミレスと同じような四人掛けのテーブル席であったが、どう見てもナイトホーンが座れるサイズではなかった。
『ナイトホーンってどう座んのこれ?』
『座んないよ』
ヤツはそう言うと、テーブル横スペースの地面に伏せた。
『我はここ。大型種向けに床の食事スペースがあるんよ』
『あ、そうなん』
『うん』
そうして翼を畳み、器用にコンパクトサイズに収まるナイトホーンを眺めていた私は、テーブルのはす向かいに座るクレイグからスッと冊子を差し出されて、そちらに視線を戻した。
『ほい、これメニューな』
『う……』
クレイグからメニューを受け取り、中を覗き見る。
即座に目に入ってきたのは、血の滴るグロテスクな生肉の写真であった。
『我は「ブラッディファング・バイト」のタイタンサイズね』
『あ、俺も同じやつで。レギュラーサイズ』
肉食獣どもは即座にその生肉のメニューを、冊子も見ずに選んでいた。さてはコイツら常連だな。
大丈夫かな私。周りのヤツらが血の滴る生肉を食べている中、……言い方は悪いが、気持ち悪くならないだろうか。
『メイさんは何にするんですか?』
『どうしよう。シャフもお肉食べないから悩むんじゃない?』
『あ、いえ。わたくしは決まっています。こう見えて実は吸血コウモリなんで』
シャフはメニューを指し示す。『クリムゾン・ドロップ』と記載されたメニューは、『採取から提供までわずか数分。香りと濃度にこだわり抜いた、極上の生き血』……そっか、あんたも『そっち側』だったね。
『人間用に、血抜きした後の肉もあるぞ。後ろの方のページ』
クレイグに言われ、ペラペラとメニュー冊子をめくる。『クリーンファング・バイト』と呼ばれるメニューセクターに、私達が普段食べているようなステーキの写真が載っていた。説明文は『新鮮さを残しながらも、丁寧に血抜きを施した当店自慢の定番ステーキ。肉本来の旨味をお楽しみ戴くため、香草と火入れだけで仕上げております』……うん、これだな。
私は『クリーンファング・バイト』のレディースサイズを注文した。
やっぱりみんな、人間の食文化と違うんだな。今になって、そんな当たり前のことをしみじみと感じる。
料理が届くまでの間、今日の闘技大会について語らっていた。
シャフ達の対戦相手の魔物達のことに、私たちの対戦相手のこと。そして、最終戦の鷲獅子のこと――
『あのグリフォン、強かったよな』
『ボスみたいに、もともと魔王軍にいたひとなんじゃないですか?』
『我の頃には居なかったよ、あんなひと。素で強かっただけなんじゃない? グリフォンって二位種だし』
ナイトホーンはそう言うと、ふとクレイグの方にジト目を向けた。
『でもさ。風圧に負けるなんて甘いね、クレイグ。あとで鍛えなおしてやるよ』
『えええ! 勘弁してくださいー!!』
『さっきもどっかで風圧の話になったよね』とナイトホーン。私があんたの背中に乗って運んでもらう提案をした時だよね、それ。そう伝えると、飛竜は『ああ』と思い出し、『じゃあクレイグは次から背中ね』と事実上の死刑宣告を受けていた。
そんな喧騒の中、鉄板の焼ける音が耳に入り、私たちの視線は自然とそちらに流れた。店員の大鬼が料理を運んでくる。
『お待たせしました。ご注文のブラッディファング・バイトと――』
『おー、うまそう』
左手に持っている鉄板の上でバチバチと焼ける美しい茶色の肉塊が私。右手の赤黒い肉塊がクレイグのメニューだ。オルト村のお店でふだん私が見ていた肉は、ピンク色の身と白い脂のサシの乗った、綺麗な見た目をしていた。でも、いまクレイグの前に差し出された生肉は、全体が赤黒い見た目をしていて、ところどころから肉汁のように赤い血が溢れ出ている。
一瞬、クレイグに渡される生肉が私の前を通った時、血の匂いが鼻腔を刺激して『これやばいかも』と思ってしまったが、クレイグの前に渡された後は、匂いは全く気にならなくなっていた。店側の排気の効果なのだろうか。
これならばなんとか食べられそう。そうしてホッと胸を撫で下ろしていた私は、ふとナイトホーンに視線を向ける。浅はかだった。クレイグの生肉なんて些細な問題ですらない。そんな光景が広がっていた。
二頭のオーガが、黄金色の目を輝かせる飛竜の目の前に、血の滴る、山のような肉塊をちょうど置いているところだった。
『え。そんなに食べるの?』
『これでも抑えてるほうだよ』
『それ何キロ?』
『四~五十くらいだと思うけど』
それ、私の体重くらいじゃん。とは言わないで置いた。『じゃあお前も食いきれるね』……とか思われたら嫌だったし。
人魔戦争の頃、ワイバーンは人間も捕食対象としていたと聞く。真偽は分からなかったけど、今、目の前でそんな光景を見せつけられたら……と、ちょっと信憑性が増してしまう。
『んまあ、食おうぜ。メイのも冷めちまうしよ』
クレイグが提案する。だがその視線は目の前の生肉に向けられていて、ハッハッと息が短くなっている。よだれも少し出てるよ。どう見ても自分が早く食べたいだけだ。
『いただきます』
私達は食事を始めた。クレイグは皿に直接口をつけて豪快に肉をほおばっている。今日の最後の試合で血が減っちゃったから、いっぱい食べて回復しないとね。シャフはグラスに注がれた真っ赤な液体を傾けながら、上気した様子で喉へと流し込んでいる。……え、それ赤ワインじゃないよね?
『あ、そうだ、ナイトホーン。昨日のお金を返さないと』
『ん……?』
私はガツガツと床に置かれた生肉にがっつくナイトホーンに声を掛ける。
飛竜は首を上げてこちらを見る。その口元は真っ赤な鮮血に染まっていて、思わず『ひっ……』と短く声を挙げた。本能的な恐怖。あんたが知り合いじゃなかったら、一生トラウマになってたかも。
『何のお金?』
『え、えっと。魔力の回復薬の。公園の』
『ああ、別にいいよ』
ワイバーンはペロリと口の周りの血を舐め取ると、先を続けた。
『お前のおかげでクレイグも勝ってるわけだし。それくらいはね』
『あ、ありがと……』
口では優しいけれど、皆の『魔物的な姿』に慣れるのはもう少し掛かるかも、とひそかに思った。
小さく息をついた私は、せっかくナイトホーンと話をしたんだしと、ふと前から気になっていたことを聞いてみる。
『ナイトホーンってさ。なんでナイトホーンって名乗ってるの?』
『え。どういうこと?』
『だって、苗字なんだよね。それ』
『そうだけど』
彼は少しだけ黙った。だが、まあいいやと小さく呟くと、私を見据えてその問いに答えてくれた。
『ちっちゃい頃の名残かな。我ってさ、むかしは自分の名前が好きじゃなかったんだよ』
『あ、そうなの……?』
『うん』
『ごめんね。嫌なことを聞いちゃって』
どうしよう。これ、センシティブな話題だったのね。
そう申し訳なく思っていると、彼は『でも昔の話だからね。今は気にしてないよ』と笑ってフォローを入れてくれた。
『我ら飛竜ってね、子供に強い名前を付けるんだ』
『そうなんだ』
『それで我もセフィリアって名付けられたんだけどさ。 知ってる? 我ら竜の始祖である、初代の魔王様の名前なんだけど』
『うん、知ってる』
実は、今日の大会で、サーペントさんに教えて貰ったから。
『でも、魔王様と同じ名前なら光栄なんじゃ』
『いや、そんなわけないじゃん』
ナイトホーンはそう言うと、翼を挙げてぷんぷんと怒り始めた。
『だって……セフィリアって女の名前なんだよ! 初代様が女だったから! 我は男なのに!!』
バシバシと尻尾が地面を叩く。
一位種の強大な飛竜でも、意外とそういう細かいところ気にするタイプなのね、こいつ。外国人の私じゃ、セフィリアって名前が女性名かどうかも分かんないのに。
……んまあ、でも、コンプレックスってそういうものだよね。
『でも最近セフィリアって、結構男にもいないっすか? 俺が初等学校の頃、二人いましたよ男のセフィリア』
まあ、女は十人くらいいたけど、とクレイグが締める。クレイグ。それは余計な一言だぞ。飛竜はずーんと頭を下げる。
『ダメですよボス。これからはじぇんだーレスの時代なんですから』
『なにじぇんだーレスって』
『女の名前って決めつけはよくないねってことです』
『我、古い時代の魔物なのかな……』
しゅんとしょぼくれるワイバーン。それを横目に、私は静かに思った。
魔物も人間も、悩む理由なんて案外似たようなものだ。
それならいつか、きっと。
私達は、きっと分かり合えるのだと。
お読みくださりありがとうございました。
お気に召しましたら評価やブックマークなどをいただけますととても励みになります。




