35. Day1.17:55『名を呼ばれて』
『クレイグ、負けないで……!』
第七戦が幕を閉じ、私は運営スタッフと共に急いでクレイグを観客席へと運んでいた。あれから対戦相手のグリフォンのひともフッと気を失ってしまったため、ただひとりどうすればいいか分からずオロオロとテンパっていた私を横目に、スタッフの魔物のひと達は見事な手際で救護対応を進めてくれた。のちに知った話だが、彼らはエリノア国軍の『衛生班』というひと達らしい。
『クレイグ、大丈夫か!!』
アリーナを出ると、シャフとナイトホーンがすぐに出迎えてくれた。飛竜は涙ながらにクレイグだけを翼で抱きかかえて心配をしていたが、一応、私も脇腹に穴が開いたんだけどなと少しだけ不満に思った。まあ、これまでの付き合いの長さを見れば、私よりもクレイグ・ファーストになるのは仕方ないのだろうけど。
観客席に辿り着くと、彼の頭部からの出血は瞬く間に完治した。アリーナ外に展開されている、ユキちゃんの治癒魔術だ。ありがとう、ユキちゃん。あなたのお陰で、私はこれ以上、大切なひとを失わずに済んだみたい。
クレイグは傷がふさがった後もしばらくは気を失ったままであったが、やがて私達が見守るなかガバっとあわてて起き上がった。目覚めるや否や、私に『試合はどうなった!』と尋ねてくる。
『勝ったよ。クレイグのおかげ』
『……ありがとよ、メイ』
私がそう伝えると、クレイグはガバっと私に抱きついた。
おそらく彼は、初めから自分の力だけで勝ったとは思っていなかったのだろう。
『痛いよ。クレイグ』
人狼の抱擁は人間の私には力強いものであったが、私はそのままそれを受け入れた。今日の試合を共に戦い抜いてくれたクレイグが、こうして無事に戻ってきてくれた。……その事実が、何よりも嬉しかった。
『闘技大会一日目のプログラムはすべて終了となりました。皆様、お忘れ物をなさいませんよう今一度ご確認のうえ、お気をつけてお帰りください。繰り返します。闘技大会――』
場内のアナウンスが流れる。どうやら十八時を回ったようだ。
会場の依然冷めやらぬ余韻に包まれていたが、ぱらぱらと周囲のひと達が会場を離れ始めて、次第にその熱気は鳴りを潜めていった。
『たぶんこれ、ペガエク捕まえらんないよ。ひと多すぎ』
ナイトホーンが首を上げて、周囲をぐるりと見渡しながら言う。
『じゃあさ。近くの店で飯食わねえ?』
クレイグが言った。時刻は十八時。確かにちょうどご飯時だ。
『うん、いいよ』
その誘いに私も快諾した。ナターシャさんからの言伝でガーゴイルの衛兵さんに話しかけるように言われてるけど、落ち着いてからでいいとも言われてるしね。
『じゃあ、どこに行きますか?』
『我は肉くいたいな』
『俺も肉~』
お店の選定は私が口を挟む余地すらなく、既に半数からの支持を得ていた肉へと決まった。まあ、私も肉でウェルカムだけどね。
『お前さ。宙吊りか口かどっちがいい?』
突然、ナイトホーンが物騒な二択を迫ってくる。
『え、なにそれ』
『お前を店まで運んでやるんだよ』
『ありがと』
『うん』
でも、善意なぶん申し訳ないけど、どっちも怖いんだけど。
『で、どっち?』
『ごめん、背中に乗せてもらうとかはできない?』
『へ?』
私としてはわりとありがちな提案をしたつもりだったのだが、飛竜はまるで全く想像もしていなかった提案をされたかのように素っ頓狂な声を挙げた。
『背中ってキツくない? 風圧凄いよ。相当な力で踏ん張らないと』
『俺でも無理だから、いつもボスの脚に掴んで貰ってるし』
『わたくしは口に咥えられてます』
『なんかそういう風圧を抑える便利な魔術とかはないの?』
『我の属性、風じゃないからなあ』
『風(属性)のわたくしでも、ボスの風圧じゃ厳しいですねぇ』
『……じゃあ脚で。でも宙吊りじゃなくて、ちゃんと掴んでね? 怖いから』
『あいよ』
ワイバーンは短く応えると、バサァッと翼を拡げた。
『じゃあクレイグが左脚、メイが右脚ね。ほら、こっち来いよ』
ナイトホーンがクルルと喉を鳴らす。地味に、彼が私のことを名前で呼んでくれたのはこれが初めてだった。
昨日の公園で、お前を仲間と認めていないと言われた。でも、今日の大会を通じて、……彼も私を認めてくれてるのだとしたら、いいんだけどな。
『どしたん?』
『あ、いや。大丈夫』
飛竜が不思議そうに尋ねる。私は思考を中断して、彼のもとへ小走りで駆け寄った。
ナイトホーンは私とクレイグを掴み、シャフを咥えると、そのまま日の傾き掛けてきた大空へと飛び立つ。
会場を離れる前、ふとサーペントさんのことを思い出した。
今日の大会でいろいろ世話になったサーペントさんに挨拶をしてから会場を離れようとも思ったが、彼とは第七回戦を終えてから一度も会えなかった。
私は、彼が今日の最終戦に勝ち残ったかどうかも分からなかった。
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