32. Day1.12:00『お昼休憩』
『只今から一時間、お昼の休憩時間といたします。十三時の第三回戦開始までには会場へお戻り戴けますよう、お願い申し上げます。繰り返します。只今より――』
Maery F.【勝ってるよ。シャフも私達も】
トークスアプリ【打倒フォールターナ部】のグループチャットで、シードに現況を報告する。
Seede S.【おーいいね】
Seede S.【あんまり無理しないでがんばってね、メイ】
シードからはすぐに返信がついた。自分も大会に出たかっただろうに、どこまでいいヤツなのコイツ。
『なあ、飯買って来よーぜ』
『あっちにセレスの出店あったよ。あそこなら我の顔で優先してもらえるかも』
『おお、さすがですボス! じゃあ俺と行きましょ。お前らはメニュー選んで』
彼らの指示に従うまま、私はフィッシュフライバーガー、シャフはフルーツバーガーをリクエストすると、クレイグは『分かった』とだけ言って、サーペントさんへと向き直った。
『ヘビの兄ちゃんも何か要ります? ついでに何か買ってきますよ』
『ありがとうございます。ですがワタシは大丈夫です。少し別件がございまして』
サーペントさんの言葉にクレイグは『へい』と答えると、そのまま『んじゃ行ってくるわ』とナイトホーンに掴まって、飛び立っていった。
『すみません、少しだけ外しますね。休憩中に戻って来られるか分かりませんので、魔力薬の在庫を人数分置いておきます。ご自由にお使いくださいね。ただ、使われた分は後でご請求させて戴きますが』
『うん、わかった。またねヘビさん』
『ええ、また』と返し、サーペントさんはずるずると何処かへ行ってしまった。
観客席には私とシャフだけが残される。
『シャフってさ。果物も食べるんだね』
『一時期フルーツバット強化月間をしてたくらいには食べますねぇ』
『うける、なにそれ』
『三食フルーツを食べる縛りです。ノース国のヒューリア(※王都)って場所においしいフルーツサンドのおみせがあるのでオススメでしたよ。サンドと言っておきながら、イチゴが挟まりきらずに山のように積み上がってるヤツ』
『あ、その店知ってる。スゴく話題になってるし、一度行ってみたいんだよね』
『ふふーん、わたくしはもう三回行ってますよ。メイさんなんかよりもわたくしの方が人間のトレンドに乗れてますねぇ』
コイツは相変わらずだ。
『メイさんのほうのフィッシュフライバーガーは、いっつもセレスでシードが頼んでるヤツと同じなんですよ。もしかして知っててシードに被せてました?』
『いや知らんわ』
そんな中身があるのか無いのか分からない会話をコウモリと繰り広げていたところ、観客席の人混みを縫って、私達の元へと向かってくるひとりの影があった。
『メアリーさん』
『えっ……?』
それはフード付きの外套を羽織ったひとであった。身長は私よりも高く、二メートル弱はあるだろうか。魔物達に私のことを知る者は少ない。それなのに不意に自分の名前を呼びかけられ、私の心臓はどきっと跳ねた。
『こんにちはメアリーさん、お元気そうで何よりです。まさか魔物の皆様に交ざってバトルなさるまでとは思いませんでしたが』
どこかで聞いた中性的な声。
羽織った外套により顔を見られないものの、フードからにゅっと飛び出した鼻先と、話すたびに口元から覗く鋭い二本の牙が、その者が人外であることを示していた。
『えっと、どなたで――』
そう言い掛けて、私はその声が自身の記憶の中のとある者にピタリと当てはまることに気が付いた。そうだ、このひとは――
『ファーシル、さん……?』
心臓が高鳴った。
ファーシル・エルダ。ガルデニアの洞窟で私を助けてくれた命の恩人の声だ。まさか、こんな所で再開できるなんて。夢にも思っていなかった。
『いけませんね。私のことはお忘れ下さいと──』
『ファーシルさん……!!』
私は周囲の目も気にせず、思わず彼に抱き付いてしまった。
『おっとと……』
ファーシルさんは困った様子で私を受け止める。
外套の上からでも、彼の身体はふかふかの毛皮で覆われているのが分かった。ああ。このひと、やっぱりコウモリの魔物だ。
『ファーシルさん、どうしてここに?』
『連れと一緒に大会を観に来たのです。メアリーさんのことをお話ししたら、とても心配されておりましたよ』
そう言うものの、見たところ彼の言う『連れ』のひとは周りにいなかった。きっと知り合いの知り合いという立場なので遠慮をして、一時的に外してくれているのだろうなと勝手に解釈をした。
『あの、この石、本当にありがとうございました。あれから何度も使う機会があって、そのたびに命を救われていますよ』
『え……?』
変な反応だった。私は紫色に輝く魔晶石を手に持ったまま、私、変なことを言ったかなと、一瞬だけ思考が停止してしまった。
『えっ……?』
『あ、いえ……そんなに危ない目に遭われていたのですね、と……。お渡ししたときは、精々この先一度使うか使わないかの程度だと思っておりましたのに』
『あんまりたくさん使うのってマズイのですか?』
『いえ、むしろそのほうが連れも喜ぶと思いますよ。じつは、その石は元々あの方がアナタの身を案じてご用意されたものですから』
再び連れについての言及があった。彼が『あの方』と表現しているということは、そのひとはファーシルさんの友達と言うよりかは、上司やボスと言ったような偉い立場のひとなのだろうと思った。
『えっと、その連れの方と言うのは……』
『そのですね……』
私のその言葉に、彼は少しばつが悪そうな様子で続ける。
『実はアナタとの正しい接し方が分からないと仰って、何処かへ雲隠れしてしまわれました。会場までは一緒に来ていたのですがね』
ファーシルさんはフードの中でやれやれとかぶりを振った。
え、なにそれ。
『正しい接し方って……』
『ええ、あの方は人間には慣れていないもので……。昔、色々と事情がありましてね』
事情と言うのは分からなかった。でも、その口ぶりからすると、彼の連れも魔物なのだろうと私は思った。
『その方もファーシルさんと同じ、エルダ……の魔物なのですか?』
『あれ。どうして私がエルダとご存じなのですか? 私、以前に申し上げておりましたっけ?』
『初対面の時に苗字まで教えて頂きましたよ』
『ああ、そうでしたか。失礼いたしました』
ファーシルさんは少し間をおいて言った。
『あの方はエルダではありませんよ。私達エルダの、母親です』
『母親・・・・・・』
私は復唱した。もちろん、母親の言葉の意味は知っている。
だが、今回に限っては、私にはその意味が理解できなかった。
『でも、エルダの魔物は、玄武のローミアさんとか、ユキ……ミゼル様もそうだったって』
『ええ、そうですよ。みなあの方のもと生まれましたから』
『でも、種族が全然違うんじゃ……』
『我々の生まれは少し特殊ですからね』
彼はそう言うと、上空を少し仰ぎ見て、数歩小さく後ろへ下がる。
そして私の疑問を残したまま、別れの挨拶を始めてしまった。
『それでは明日も勝ち残っておられましたら、またご挨拶に伺いますね。今度はなんとか魔王様も無理やり引っ張ってまいりますので』
『魔王様?』
『ああ、すみません……その母親のことですよ。現代魔王ミゼル様とは別の魔王様です』
ではまた、とファーシルさんが締めくくり、くるっと振り返る。
すると、私の後ろで今までその様子を眺めていたシャフが、わなわなと震えながら裏返った声を発した。
『……あのぉ! ファーシルさまって始祖の蝙蝠ですよね!!』
『アナタは』
『シャフネル・リントって言います!!』
その声にファーシルさんは再度こちらに向き直ると、私の後ろで興奮冷めやらぬシャフに声を投げた。
『ヴァンパイアバットの子ですか。遠いルーツを辿れば私の子ですね』
『すごいです! 初めてお姿を拝見しましたぁ!! かっこいいですー!!』
その言葉を最後に、テンションの爆発したシャフはファーシルさんと高周波の声でキュイキュイと会話を始めてしまった。
もちろん私の耳では聞き取ることが出来ないため、私だけ置いてけぼりを喰らってしまったような感じがする。
私はナイトホーンとクレイグが昼食を買って戻って来るまでの間、そんな彼らの様子を眺めることしかできなかった。
お読みくださりありがとうございました。
お気に召しましたら評価やブックマークなどをいただけますととても励みになります。




