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31. Day1.11:30 R2-2『クロウルじゃね』

『それクロナイのパーカーじゃん』

『ん?』

『俺らも持ってるよ。クロナイのライブT』


 第二回戦第二試合。対戦相手の魔物の最初の発言はそれだった。

 ふたりのトカゲビト。どちらもシードに比べると若干小柄だ。


 世界的なバンド、【The Crawling Nightmare】。どうやらこのトカゲビト達もファンであるようだ。このままファン同士の親睦の深め合いが始まる──そう思っていたのだが、クレイグの反応は意外にも冷ややかなものだった。


『あのさ、クロナイじゃなくてクロウルじゃね?』

『は? クロウル?』

『当たり前だろ』

『いやクロナイだろ。なんだよクロウルって水泳かよ』

『はぁ?』


 わりとどうでもいい。


「おいメイ、あのクソ野郎絶対ぇぶっ倒すぞ」

「うん……」

「最初から強化しといてくれ」


 シード姿のクレイグが怒り心頭でささやく。もはや私の事もメイと呼ぶのがデフォになってるのはもうツッコまない。


 私は身体強化の祈りを捧げる。だが、正直私も『クロウリング・ナイトメア』を略せと言われたら『クロナイ』になりそうだなと思ってしまったのは内緒にしておいた。……いや、だって。みんなそう思うでしょ。



『それでは第二回戦第二試合……始め!!』



『ん、お前は戦わねえの?』


 試合開始早々そそくさと後ろへ退く私を見て、トカゲビトの片割れが不思議そうに尋ねてくる。


『ああ。戦わねえよ』

『二対一になんぞ? マジでいいのか?』


『ぐだぐだ言ってんなよ』


 ガキィィン……!


『……っ』

『お前らは俺だけで充分ってことなんだよ』


 シード姿のクレイグが斧槍を薙ぎ払う。

 トカゲビトは槍で防いだが、数歩横へヨロヨロとよろめいた。


『すっげーチカラ……手ぇ痺れたわ』

『当たり前だろ。俺がお前らに負けっかよ』


 クレイグが挑発を入れる。ライカンスロープはトカゲビトには力で及ばない。だが、今は私の身体強化の祈りで、それに匹敵するほどの力を得ているようだった。


『つーかお前、なんで右手なんだよ。やりづれぇな』

『「うのう」が発達してねえからだよ』


 クレイグは右手で槍を振り回して応戦する。

 トカゲビトは全員が左利きだ。彼らは今まで『右利きのトカゲビト』と戦闘をした経験がなかったのだろう。


『……でも、なんつーかさ』


 トカゲビトはそう言うと、正面から突きを放つ。

 クレイグはサイドステップで躱した。


『お前、槍使うの慣れてねえだろ。力任せに振ってるしよ。槍の立ち回りも分かってねえ』


 嘲るように言い放つと、トカゲビトは大きく槍を振りかぶった。

 クレイグは反射的に後ろへ下がる。だが、その後の反応が遅れた。


『ほらな。やっぱそうだろ』


 その振りかぶりは囮だった。

 トカゲビトは重心を低く落とし、一息に踏み込むと槍を地面スレスレに滑らせるように横へ払う。

 クレイグの足元を狙った、『崩し』だ。


「っと……!」


 クレイグは咄嗟に跳んで避ける。だが、着地の瞬間にもう一頭が突きを重ねて来た。

 槍の間合いを知らない者が、最も嫌う連携攻撃。


 ブシュッ……!


「っ()え……」


 なんとか身をよじって直撃を避けるが、突きはクレイグの脇腹をかすめる。黒のパーカーが破れ、露出した皮膚から血が滲む。


『槍持ってんのによ。避けるだけでなんで使わねえんだよ、お前』


 トカゲビトはそこに勝機を見つけたと言わんばかりにもう一頭へ合図を送り、二方向から挟み込むように動いた。



 クレイグが押されている。

 そう悟った瞬間、私は慌てて記憶を巡らせていた。何でもいい。魔物(まも)ノートの中に、何か役に立つ情報は無かったか……。


 見開き四ページのリザードフォークの魔物(まも)ノート。

 だがその内容は、「日向ぼっこ(バスキング)中は口を開ける」とか、「水の中で十分以上も息を止められる」とか、日常の習性ばかりだ。駄目だ。こんなのじゃ助けにならない。かつてオルトのソーリアさんが、幼い私に戦闘指南などする筈もなかったように。この戦闘で使える弱点など、ノートのどこにも書いていなかった。


「シード、ごめん……。魔物(まも)ノートじゃ、トカゲビトの弱点は分からないの……」


 私は弱々しく告げた。

 クレイグはこんなに頑張っているのに。私が肝心な時に、何の力にもなれない。



「要らねえよ」



 その言葉にこちらを振り返ることもなく、シード姿のクレイグは短く答えた。

 それは諦めではない。荒れた息を整えながらも、彼の『金色』の瞳には静かな闘志が燃え続けていた。



「……俺が、あいつ(シード)とどんだけ戦ってきたと思ってんだ」



『まだやんのかよ。もうお前の動きは――――』

「ッラァ!!」


 ガキィン!


『っ……!!』


 大きな金属音。クレイグがすべての力を籠め、斧槍を振り抜いたのだ。

 そして得物が交錯すると、火花が散り――――武器が明後日の方向へ大きく弾け飛んだ。


『っ()えぇ……この馬鹿力がよ』


 カラン……カランカラン……



 主を失った槍は、遥か遠くで音を立てて地に落ちる。



『……だがよ──』



 クレイグはその場に立ち尽くす。

 ……その武器を失ったのは、シード(クレイグ)だった。


「シード!!」

『──そんな正面からの攻撃、受けきれねえことはねえんだよ』


 勝ち誇った様子で宣言をするトカゲビト。


『お前の握力も限界だったんだろ。槍を失ったら負けなんだよ!』


 トカゲビトは勝利を確認した様子で言うと、力強く踏み込み、武器を持たぬクレイグに容赦なく突きを放つ。

 その時、クレイグが微かに口角を吊り上げたことに、背後の私は気付かなかった。



「……やっぱ俺は最初っから――――」



 クレイグがぽつりと呟く。

 彼は放たれる槍の一撃をギリギリの所で横に躱すと、……その柄を掴んで動きを止めた。


『うおっ……!?』


 そして、トカゲビトを力任せに槍ごともう一頭のもとへと投げ飛ばす。



「――――肉弾戦(こっち)の方が性に合ってんだよ」


 ドガッ……!


『ぐっ……!』


 トカゲビト同士の身体が勢い良くぶつかり合う。

 肉弾戦。それは、ライカンスロープが本来最も得意とする戦闘スタイルだった。


『次、行くぞ』


 シードはトカゲビトの姿に似つかぬ前傾姿勢で低く構えると、一気に地を蹴り距離を詰める。


『くっ……この野郎!!』


 パァン……!!


 焦りに任せて突きを行うトカゲビト。クレイグはその一撃を最小限の動きで避けて間合いにもぐり込むと、持ち()の近くを外側へ平手打ちで大きく弾き飛ばした。


 カランカランカラン……


『は……?』


 トカゲビトの槍が弾け飛ぶ。


『甘ぇな。あいつ(シード)なら落としてねえぞ、こんなん』


 そのままクレイグは相手の腹に拳の一撃を叩き込んだ。


『が……ァ……っ!!』


 槍は長い分、手元の小さなブレが穂先で何倍にも膨れ上がる。

 クレイグの平手が柄の根元を外側へ弾いた瞬間、その穂先は大きく回転し、槍全体が持ち主の握りをこじ開ける方向へと大きくねじれた。

 狙いは腕の腱が伸び切る、槍の保持力がもっとも不安定になる瞬間。クレイグはその一瞬を見逃さなかった。


『お前、言ってたじゃねえか』


 息吐く間も与えず足払いで体制を崩すクレイグ。

 トカゲビトは槍を弾かれた動揺から回避が間に合わず転倒する。



『槍を失ったら負けなんだっけか?』


 クレイグはそのまま相手の顔面を思い切り殴りつけた。


 ドゴォッ!!


『ごァ……っ!!』


 辺りに大きな打撃音が響く。クレイグは殴打の猛攻を続けた。

 

『お、お前、早く退()けよ! さっさと離れて立て直せ!!』


 たまらずもう一頭のリザードフォークの焦りの怒号が飛ぶ。クレイグはもう一頭のトカゲビトを盾のように立ち回り、攻撃の動線を切っているのだ。


『大振りな槍なんかで二人で出るからこうなんだろ』


 数の不利を物ともしない立ち回り。

 それがライカンスロープとしての天性の戦闘センスであった。


『さあ、あとはお前ひとりだな』


 トカゲビトを殴り倒し、立ち上がったクレイグはもう一頭へと鋭い視線を向ける。

 数的優位を覆されたトカゲビトは、一転して恐怖に顔が歪んでいった。


  ◆  ◆  ◆


『勝者、【Crawling Nightmare】!』


 審判員の宣言により、私達の第二試合が幕を閉じた。


「ごめんねクレイグ、私がもっと役に立っていれば」


 観客席へと戻るその途中、クレイグの脇腹の傷を見ながら私は彼に伝える。


「お前さ、そういう謝んのとかやめようぜ」


 クレイグはべしっと私の背中をたたいた。


『どうせ観客席に戻れば魔王様の魔術で治るんだしよ。それに、そもそもお前の強化のお陰で勝ってんだよ。自信持とうぜ』


 その言葉に、私は心が熱くなった。

 世界の認識から存在を消されてしまったこの私でも、クレイグが認めてくれている。それだけで、もう充分だとすら思えた。

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