29. Day1.10:30 R1-4『届かなかった願い』
『良くやったぞお前たち!!』
『痛った! ちょ痛いって!』
試合を終えて観客席に戻った私達は、満面の笑みで出迎えるワイバーンにガバッと抱き寄せられていた。痛った、喜びで力加減がムチャクチャになってるこいつ……!
『クレイグのおかげだよ』
『んまあ俺のおかげだな。でもお前の強化魔術もイケてたと思うぜ。敵の弱点も知ってたしよ』
『ん、ありがとクレイグ』
ナイトホーンの拘束からなんとか脱出した私達は互いを褒め合う。
今まで好きで学んできた魔物の知識を活かせる時が来たこと。そして、それを誰かに褒められたこと。私はそれらを素直にうれしいと思った。
『一回戦第四試合を始めます。24,577番から31,766番のチームは、闘技場に登壇してください。繰り返します。24,577番から31,766番の――』
会場にアナウンスが響き渡る。
一回戦第四試合。私の身内には出場者のいないブロックであった。私にとっては、一時のブレークタイムってヤツだ。
すぐ隣で、シャフとナイトホーンは知り合いか誰かの試合を一緒に観戦し始めていた。サーペントさんの姿が見えなかったが、辺りを見回すと客席の上の方で、魔物のひと達を相手に魔力薬の販売にてんやわんやしている。どうやら『へびのとぐろ堂』は繁盛しているようだ。
『ねえ、一つ聞いていい? すごく今更なんだけどさ』
私は手櫛で毛並みをざっと整えているクレイグに声を掛ける。
『何だ? 』
『皆ってさ。なんで人語を喋れるわけ?』
私達の初戦は人語での作戦会議が勝因の一つとなった。
だが、そもそもの話でどうして皆が人語を話せるのだろうと言うことは、今まで聞いたことがなかった。
『んなの勉強したから以外に無くね?』
『そうじゃなくて。そもそもなんで人語を勉強したのかなって』
『別にどうでもいいだろ? そんなん』
クレイグは突き放すように答える。
なによその言い方。
私は彼のその態度に少しだけムッと来てしまって、つい強めの言葉で返してしまった。
『最初に会った時みたいにさ、私達人間を襲ってお金を奪い取るため? たぶん、そうじゃないんでしょ?』
『あのさー。人間』
頭上から声が降りてくる。
どうやらこちらのやりとりが聞こえていたのだろう。
見上げると、今までシャフと観戦をしていた筈のナイトホーンがいつの間にかこちらを見下ろしている。ヤツはどこか溜息を含んだような様子で先の言葉を紡いだ。
『これ以上踏み込んだら囓るよ、頭から。あんまりお前に言っても面白い話じゃないんだよ。分かれよな』
『……なら無理に話さなくてもいいけどさ。でも、聞いてみないと分かんないじゃない、そんなの』
頭を齧られたくはなかったが、私はささやかに抵抗をした。
別にやましい理由が無いなら、人間の言葉を覚えた理由くらい教えてくれたっていいじゃん。
そんな私の反応に、飛竜は黄金色の目を少し伏せる。そして、少しの間の後、まるで平静を装うかのような押し殺した声で、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
『我ってさ、今セレスでバイトしてんだよ。週三で』
『うん。でも、なんで急に……』
『んだけどさ、人間の客は大体我を怖がんだよ。喰われるーとか勝手に言って、勝手に盛り上がってさ』
ワイバーンは目を細める。
何となく、その光景は目に浮かんだ。オルト襲撃の翌日、ノースの王都フィーリアでこいつにインネンを付けられた時のこと。駆けつけた人間の衛兵達は、一位種の飛竜であるこいつを天災の如く恐れていた。……こいつは最大限に譲歩し、謝罪をして撤退してくれたと言うのに。
『そのせいでこの我ですら、今まで何度もバイトクビになって来てんの』
『……ああ』
ここまで来て、やっと繋がった。
ナイトホーンが出会う度に違うバイトの制服を着ていた理由が。
……そして、三馬鹿トリオが人語を覚えた本当の理由が。
『……人間ってさ、勝手なんだよ。表ではいい顔をして共存を振りかざす癖に、裏では我らを化け物扱いして遠ざける』
彼らは、私達人間に歩み寄ろうとしてくれていたのだ。
新代魔王ミゼル・エリノアの意思のままに。
『こいつらだって初めは人との共存を夢見てたんだ。だから一緒に頑張ろうって。みんなして一緒に人語を覚えた』
『ボス、恥ずいですって』
『……それなのに──』
それなのに彼らは、根強く残る種族の壁に。
そして、他でもない私達人間に。
『──私達人間に、拒絶された……』
私が彼の言葉の続きを補完するように言うと、ワイバーンは黄金色の目を少しだけ私から逸らした。
『……今の魔王様は人間との共存を目指してるって言うけど。……多分この先、お前たち人間と本当の意味での共存なんて、我らには出来ないんだよ』
まあ、お前に言ってもしょうがないけどさ。と、ナイトホーンがぽつりと呟く。
その声色には、どこか諦めの感情が滲んでいた。
人と魔物の共存。ユキちゃんの望むそれは、魔王が変わった程度で簡単に叶えられるものではない。その現実を、彼らは私よりずっと前から知っていたのだ。
彼のその言葉が、胸に深く刺さった。私はしばらく言葉を失う。
逃げてはいけない『何か』が、そこにはあるような気がした。
『……ねえ、ナイトホーン』
彼の翼をぎゅっと掴む。ヤツは少し驚いた様子で私に視線を戻した。
『……なんだよ』
『ありがと』
『なんでだよ』
『……なんか、やっと分かった気がするから。私が本当にするべきことが、何なのかを』
反人派への復讐などではない、私が本当にやらなきゃならないこと。
それが、ぼんやりと輪郭を持ち始めたような気がしたから。
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