24. Day1.8:40『開会セレモニー』
『第五回・フォールターナ杯争奪エリノア国魔術闘技大会の開会をここに宣言する』
妖狐のリーファさんが高らかに宣言すると、会場内がワッと熱気に包まれた。昨日の昼に迎賓の間で会った時以上に、彼女の九本の美しい白尾は日の光を浴びて、神秘的な美しさを醸していた。
『続いて第三代国王、ミゼル・エリノア陛下のお言葉です』
『我が国の誇り高き闘技大会の日を、国民の皆様と迎えられたことを大いなる喜びといたします。…………』
観客席のここからでは何処にいるのかも分からない進行役のアナウンスと共に、アリーナにユキちゃんが登壇する。スクリーンに映し出された彼女の挨拶の様子を眺めていると、私の正面を見知った顔の魔物が横切った。
『あれ、ヘビさん』
「おやメイちゃん、おはようございます。どうもどうも、サーペントですよ」
商蛇のサーペントさんはこちらに気が付くと、いつもの胡散臭い行商スマイルを浮かべながらずるずると這ってやってくる。今日はいつものねずみ色のパーカーじゃなく黒のフード付きローブを着ている。レア服のサーペントさんだ。
『ヘビさん、私エリノア語でだいじょぶだよ』
「ああ、そうでしたね……」
彼はそう言うと、エリノア語で先を続ける。
『メイちゃん、よくワタシがお判りでしたね。いつもと違う服でしたし、他に魔導大蛇も沢山おりましたでしょうに』
彼に言われて、確かにと周囲を見回してみる。
会場には彼と同じ若草色の鱗を持つ者や、ローブやパーカーを着た魔導大蛇も多くいた。中には彼がよく着る衣狼ブランドのねずみ色のパーカーを着ている者もいるようだった。
『そりゃあ分かるよ。ヘビさんと私、どんだけ長い付き合いだと思ってんの』
鱗の色や服の色じゃなく、顔を見れば分かるよ。
サーペントさんは他の蛇と違って、鼻先の部分がシュッとしててニュンッとしてるんだもん。伝われ。
『でも、どうしてヘビの魔物のひとたちってみんなパーカーを着てるの? 今の流行りみたいな?』
感じた素朴な質問をそのまま彼に尋ねる。
『えー……トレンドというより』
その質問に、サーペントさんは困ったように笑った。
『ワタシたちの場合、フードがないと身体の奥のほうに行っちゃうんですよ』
『おいメイ。受付してきたぞ』
そんなことを話していると、後ろからクレイグを初めとする二馬鹿コンビfeat.オモシロワイバーンが戻ってきた。
『おや、メイちゃんも大会に出られるので?』
『うん、成り行きで。ヘビさんは?』
『一応参加登録はしましたが、ワタシはそれよりも沢山お薬を売れればと思いまして』
サーペントさんはベージュ色の大きなカバンを尻尾で揺らしながら言う。カバンの中ではビン同士が触れあうカチャカチャと言う音が鳴っていた。さすがは商蛇、こんな時でも商魂逞しい。
『あれ? だけど確か、この大会って玄武のローミアさんが防御魔術を掛けてくれるから大きな怪我をしない筈じゃ』
『戦いで皆さん魔力を存分に消耗されるので、魔力回復のほうのお薬がたくさん売れるのですよ』
そう言うとサーペントさんはカバンの中から小瓶を取り出して見せた。瓶の中で彼の瞳の色とそっくりの、深い紫色の液体が揺れている。
『うぇー……なんか昨日私が飲んだ奴より……ちょっと飲むの勇気要るかも』
彼には失礼だけど、色味的に一瞬だけ毒かと思ってしまったのは内緒だ。そんな私の反応を見てか、彼は冗談めかして顔をしかめるフリをする。
『いやいや、心外ですねえ。ワタシのなけなしの魔力を搾って作りましたのに。効果テキメンで皆様からの評判もよいのですよ。どうです一本』
そう言うや否や、彼は横からローブを羽織った骸骨のような魔物に『四本下さい』と声を掛けられていた。そのままサーペントさんは商売のため私との会話を強制的に打ち切らなければならなくなり、『ではまた』とだけ伝えて仕事に戻っていった。
『ほらよ、ゼッケンと端末』
次の会話の相手は自然とクレイグになった。ヤツは手に持っていた受付の支給品を私に手渡してくる。
それはゼッケンと小さなスマホサイズの端末であった。ゼッケンには下に小さく【Crawling Nightmare】の文字。上半分は空欄で空いており、払い出されたチーム番号が書き出される仕組みだそうだ。端末のディスプレイには【Crawling Nightmare】【抽選中】と書かれている。デバイスの裏面には例のノース国の一大電機メーカーのロゴが刻まれていて、魔王城のエレベーターやナターシャさんのカメラと言い、ここまで同じメーカーばかりがエリノア国の生活に浸透していると、いよいよユキちゃんとの癒着関係を疑いたくなってくる。
『なんでゼッケンの番号は出てないの?』
『魔物がテキトーだからだよ』
クレイグの回答は非常に飛躍していた。その後の話を要約すると、国の一大イベントであるこの大会には、毎年十数万単位の国民の事前エントリーがあるという。しかしそのうち当日に来場する者はほんの一部に過ぎず、事前にトーナメントを組んでしまうと出場者によって不戦勝の多少で不平等が生じてしまう。そのため事前エントリー者は当日に改めて来場申告を行い、それが締め切られた時点でトーナメントが組まれて番号が確定すると言うのだ。
『――――最後に、勝敗を超えて、この大会がエリノア国の更なる発展と希望の舞台となることを願います』
そうこうしているうちに、ユキちゃんの挨拶が終わってしまった。会場から拍手が湧き起こる。
結局ユキちゃんの挨拶を大して聞けなかったのは、多分サーペントさんと雑談を始めてしまった私の自業自得だ。
『陛下ご挨拶の終了と同時に、参加受付を終了いたしました。本日の出場チーム数は31,766チームとなります。トーナメントの割り振りを行いましたので、お手持ちの端末でエントリー番号をご確認下さい』
三万チームって凄いな。優勝するひとは一体何連勝するんだろう。
『おおー、小っちゃいね我ら』
ナイトホーンが楽しそうに声を挙げる。なにが小っちゃいのかと思い、私はヤツの着けたゼッケンの番号に目を遣る。
【6,103 冥闇の翼】
言うほど小っちゃいか? とは言わないでおいた。
ちなみに『冥闇の翼』とは、シャフとナイトホーンペアのチーム名だ。ナイトホーンの二つ名そのまんま。
『ボス、反対のブロックっすね』
そう言うクレイグのつけるゼッケンにも、エントリー番号が刻まれていた。
【22,676 Crawling Nightmare】
クロウリング・ナイトメア(這い寄る悪夢)。今更だが、これがクレイグとシード(代理で私)が事前に申請していたチーム名だ。シードのトークスアイコンにもなっている、ウェスト国の人気ハードロックバンド【The Crawling Nightmare】の名前そのまんま。でもこれ、勝手に使っちゃって商標とか大丈夫なのかな。
『どうでした?』
サーペントさんがずるずると戻って来る。
『後ろのほうの番号だったみたい。ヘビさんは?』
『そうでしたか。ワタシは薬を売っていてまだ見られていないのですが……』
そう言うと彼はガサゴソとカバンを漁り始めた。おそらく薬を売る間、ゼッケンと端末を中に仕舞っていたのだろう。
「見たところ、大物は少ないようだな」
(――あれ? 人語だ)
そんな彼の様子を眺めていると、不意に人語が聞こえてきた。
振り返ると客席の上の方で、金髪の人間の男が腕を組みながら立っている。
「俺を楽しませられる相手はそう多くないようだ」
「ちょっとエリック、あまり魔物達を刺激しないでよ」
「別にいいだろう。どのみち優勝は俺の物だ」
一緒にいる赤髪の女がなだめるが、その男はあろうことか物凄いビッグマウスを口にする。魔物達のほとんどが人語を解さないから良かったものの、そうでなければ大ヒンシュクだったろうに。
『おい、誰だよあの人間』
『先代魔王様の時代、エリノアに単身乗り込んで魔物をバッサバッサと薙ぎ倒した歴戦の勇者って噂らしいよ?』
『あと、アビスメイズの「真アビ」も余裕で周回してるとか』
『マジかよ。俺、あいつと戦いたくねえよ』
周囲の魔物達がザワザワとざわつき始める。
待って。人間が出るなんて聞いてない。私も戦いたくないんだけど。
そう思って彼のゼッケン番号を見る。
【14,001 閃光の勇者エリック】
よかった、真逆のブロックだ。シャフたちは同じサイドだけど、四ブロック単位では違うから準決勝まで上がらなければふたりも戦うことは無いだろう。
『あっ……』
隣でサーペントさんが声を挙げる。
『ヘビさん、どうしたの?』
『酷い組み合わせですね……』
そう言う彼が尻尾に持つゼッケンを確認する。
【14,002 へびのとぐろ堂(回復薬売ります)】
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