23. Day1.6:00
霊山ガルデニアの洞窟。
かつて一人の少女が落下し、辛くも一命を取り留めた暗闇の中。
そこに棲むコウモリの魔物は、静かに佇みただ一点を見詰めていた。
『……まだ、あの人間のことが気になっておられるのですか? 魔王様……』
コウモリは声を発する。その声の先には、ただ暗澹とした暗闇が拡がるのみ。だが、反響定位を行うコウモリ属の魔物である彼は、そこにもうひとりの巨大な同居人が居ることを理解していた。魔王と呼ばれた存在は声を発しなかったが、それを見たコウモリはやれやれと言った様子で続ける。
『ならば、様子を御覧になってきたら如何です。アナタであってもたまには運動をなさらないと御身体に毒ですよ。なんせあの子は三人目でしょう。慎重になるお気持ちも分かりますが、もう少しくらい干渉してあげても宜しいでしょうに』
コウモリが呼び掛けると、洞内の冷えた空気がわずかに揺れた。そこに在る巨大な何かが、身体の向きを変えたのだ。
『ファーシル』
静かな洞内に響く声。低く、それでいてどこか女性的な凛々しさを持ったその声は、それを聞く者に芯の強く気高い印象を与えることであろうが、遠慮がちに投げ掛けられた言葉は彼女の声質との間に幾ばくかのギャップを与えていた。
『なんでしょう?』
『私は運動不足なのか?』
『運動不足でしょう』
『……そうか』
キッパリとしたコウモリの物言いに、その声は若干のトーンが下がる。
『なぜショックを受けているのです。少なくとも私が生を受けてからの間、アナタがこの洞を離れるところは数える程しか見ておりません。どうあっても否定されることなど無いと分かっておりましたでしょうに』
『……そうか』
声の主は気落ちした様子で同じ言葉を繰り返す。
ファーシルはふぅと息を吐くと、暗闇に向かって言葉を続けた。
『ならば、私と御一緒に様子を見に行かれますか? ミゼル様の寵愛なされた人間……メアリー・フェリシアの所まで』
◆ ◆ ◆
午前六時。
特訓の疲労で泥のように眠っていた私は、Craig W.とか言うヤツのスタンプ爆撃の通知音により無理矢理叩き起こされた。なんとも最悪な目覚めである。
大会は七時半から受付開始で九時に第一試合の開始となるが、魔王城から会場のエリノア国立闘技場までは魔物タクシー『ペガサス・エクスプレス』で五分も掛からない。こんなに早く起きる必要は無かった筈なのに。
Maery F.【おはよ】
打倒フォールターナ部に返信しておいた。ちゃんと目覚めたことのアピールだ。
Craig W.【お、メイ起きたな】
Craig W.【今日はがんばろうぜ】
Craig W.【ペガエクさ、今日めっちゃ並ぶから気を付けろよ】
クレイグが連投で返してくる。きっと、凄くワクワクしてるんだろうな。
相棒がここまでやる気になっている手前、ペアの私が負けてもいいやで臨むのは失礼だ。私も、出場するからには出来る限りの力を出し切るつもりで頑張ろう。そう思った。
Sephiria N.【最悪ペガエク乗れなくても我が運ぶよ】
Sephiria N.【こっちをヒで呼んでくれれば】
前々から思ってたんだけど、ナイトホーンって凄く手下想いだよね。最初に会ったときも、差し入れ買って来てたり戦いを見守ってたりしてたし。あの頃は敵だったけどさ。
Seede S.【メイもがんばってね】
Seede S.【応援してるよ】
Maery F.【ありがとシード、頑張る】
Schaffner L.【まあ、わたくし達と当たったらボスにボコって貰いますけどねぇ】
Maery F.【じゃあその前にシャフボコるから】
Craig W.【いいじゃん笑 やってやろーぜ】
Sephiria N.【おいー! シャフいじめんなー!!】
その後もトークスで野郎どもがやいのやいの不毛な会話を続ける中、私は部屋に備え付けの洗面台で顔を洗い、寝癖を整えていた。
『メイ様、お早うございます。七時にモーニングコールを差し上げる予定でしたが、今は六時二十分、お早いお目覚めですね』
部屋の空気を入れ換えるべく窓と扉を開ける。すると扉のすぐ外に待機していた警備の石像鬼に声を掛けられた。
『おはようございます。ええ、友達に起こされちゃったので』
『朝食は七時を予定しておりまして、準備までもう少しお待ち戴きます。どうされますか?』
『じゃあ、少しだけお話に付き合ってくださいませんか?』
『お話、ですか?⠀ええ、私などで宜しければ』
ガーゴイルの彼はそう言うと、石像の姿を解いて、こちらに向き直してくれた。
『衛兵さん、昨日のお昼頃からずっとここにいますよね。お休みせず大丈夫なんですか?』
『平時は石像の姿になっておりますから大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます』
『石像の間、ガーゴイルの方は疲れないんですね』
『ガーゴイル……』
『えっ……?』
『あっ、いえ……申し訳ありません、お気になさらず。なんでございますか?』
いやいや。そんなタイミングで変に復唱されると、逆に気になっちゃうよ。
もしかしてこのひと、まさかのガーゴイルではなかったオチならどうしよう。凄く失礼じゃん。
『あの、もしかして、衛兵さんってガーゴイルじゃ無かったりします……?』
『いえいえ、合っておりますよ。すみません、先程はすごく細かなところで、少しだけ不思議に思ってしまったもので』
衛兵さんは続ける。
『私どもの種族、石像鬼は……最初を強くガーゴイルと呼ばれることが多いのですが、メイ様は先程ガーゴイルとおっしゃいましたよね』
『あっ、ごめんなさい!⠀失礼しました』
『ああ、いえ!⠀そうではなく……不思議だったのは、メイ様のように呼ばれる方を、もうひとり存じているので』
『それって』
『魔王陛下です』
まあそうだよなと思った。だって、私はユキちゃんから魔物を教わったんだもの。
◆ ◆ ◆
その後朝食として用意されたパンと野菜スープ、卵の炒め物たちを一瞬で平らげた私は、食堂に向かったその足でそのまま会場へと向かっていた。クレイグから『ペガエク』が混むとの情報を貰っていたので、余裕をもって出ておきたかったからだ。
結果から言うと、ペガエクの配車(配馬?)まで二十分を要した。待たせてスマヌと到着したペガサスには頭をぐいんぐいんとヘドバンのごとく振って平謝りされてしまったが、そのあと聞いた話ではこの日は年間でも飛び抜けて利用者の多い日であり、さらに今年は去年よりいっそう数が『ヤバい』とのことだった。そう言う彼自身も今日は朝の五時から休み無く働きづめとのことで、企業勤めをしたことのない私はこれがブラック会社なのかと戦慄した。
彼を少しだけ気の毒に思ってしまったので、私は魔術調整の練習がてら『身体強化』の魔術を彼に掛けてあげると、彼は翼をはためかせて『身体が軽くなった! フルルル!』と大喜びしていた。喜んでもらえたなら良かったよ。
『よっす』
『にょっす』
『おはようございます』
会場へ来た私は、すぐさま既に会場に来ていたクレイグ、シャフ、ナイトホーンと合流した。まだ八時前なのに、ヤツらも大概のヤル気勢だ。聞くとこれから当日エントリーとやらをする必要があり、去年はそれに物凄く並ばされて鬱陶しかったため、今年は早く来てみたらしい。
『んまあメイ、お前は適当にその辺で待ってな』
⠀クレイグはそう言うと、全身が淡く白い光に包まれる。
『俺はシードの姿でも並ばなきゃなんないからさ。時間掛かるし』
⠀光が晴れると、そこには翠鱗のトカゲビト、シード・ソーリアが立っていた。初めて生で見るライカンスロープの変身能力。クレイグは光属性の魔術の使い手だと言っていたが、光を操って別の姿に擬態しているのであれば、声までそっくりに模写出来ているのはどういう仕組みなのだろう。
『何処に居よう?⠀受付の前だとジャマっぽいよ』
『何処でも良いぞ。匂いで分かるからよ』
『分かった。じゃあ適当にうろついてるね』
⠀そうして歩き出そうとした私の肩を、シード姿のクレイグに後ろからガシッと掴まれる。
『なにさ』
『……なるべくひとの多い所にいろよ?⠀反人派、その辺にいるかもしんねぇからさ』
⠀いつになく真剣な声だった。
『……わかった、ありがと』
◆ ◆ ◆
⠀さすがはお祭りのような国の一大イベントだ。あらゆるところに出店が立ち並んでいて、まだ八時をちょっと過ぎた頃だというにもかかわらず、既にワイワイと活気づいていた。
「あ」
屋台を見ながらアリーナの方へと向かっていると、魔王庁広報課の面々が向こうから歩いてきた。熱烈歓迎犬のブレアーがダダダッと真っ先に駆け寄ってくる。
「あうん」
屋外だから気を遣ってなのか、ブレアーは今度は飛び付いて来ずに、私の周りをぐるりと一周回って身体を預けてくる。小型犬であれば足元をぐるぐると回られるのは愛らしいが、ブレアーは四足で立っていても私の胸ほどまで高さのある超大型犬だ。その巨体にぐるぐる回られると、可愛さよりもギリ圧迫感が勝つ。
私は両手を使ってブレアーの顔をわしゃわしゃと撫でてやると、テンションぶち上がりのヤツはヒューンと言うどこから出しているのかも分からぬような甲高いカスれた鳴き声を挙げて広報課の皆の元まで全力ダッシュで戻っていった。
⠀犬って他の犬の匂いが気になるモノだと思ってたけど。彼らの業界では人狼ってノーカウントなのね。ブレアー全然気にしてなかったし。
『おはようメアリーちゃん。また会ったわね』
⠀広報課の課長、悪魔のナターシャさんはノース国の有名な電機メーカーのロゴが入ったカメラを首から提げていた。レンズの部分がにょーんと不格好な大砲のように伸びているのは、一眼レフ?⠀なんとかレンズ? って言うんだっけ?
『メアリーちゃんは観戦? ウチの課からはヘルハウンド組とヴィクターがソロで参加するから、よかったら応援してあげてね』
『編集長、本当に十勝したらRTAの邪魔するの辞めてくれるんですよね??』
『ふふーん、どうかしらね』
⠀赤鱗のドラゴニュートがナターシャさんに突っかかっている。彼が確かヴィクターさん。昨日フィーネさんと広報課へ話を聞きに行った時、後ろのテレビで死にゲーをプレイしてたひとだ。自分の身長ほどもある特大の剣を背負っていて、当時彼がプレイしていたゲーム内の主人公にそっくりという印象を持った。
『あの、それが……私も出ることになっちゃったんです』
『えっ、すごいじゃない! ……広報誌用に写真、撮ってもいい? フレーズはこうね。人魔友好の証、人間の女の子が闘技大会に出場!!』
ナターシャさんがメガネの奥を光らせてガッツポーズをキメる。
『えっと、それは微妙かも……』
だって私、一応人間じゃなくシードって体で出るわけだし……
『と、ところで。ナターシャさんは出ないのですか?』
写真を撮られるのはイヤだったので、すぐに私は話題をすり替えた。
私の知る限り、悪魔は魔術の腕に非常に長けた強力な魔物だ。ナターシャさんが出場すれば、きっと好成績を残すことであろう。
『んー、出たい気もあるけど、私は毎年、雑誌に載せる大会の様子を撮らなきゃだからねぇ。「えり通」の闘技大会特別号、スッゴく人気なんだよ』
『それに編集長、デスクワークで足腰弱ってそうですもんね~』
『ふんッ!!!』
『ぐわぁぁぁ!!!!』
ナターシャさんがひづめの足を踏み鳴らし、衝撃波がハルピュイアのアリアさんを襲う。
アリアさん、すぐ余計なこと言うんだから……
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