22. ワイバーンの試練
『メイと俺で……っすか?』
『お前達ペアを組むんだろ。……だからシードの代わりが務まるかどうか、我が見極めてやるって言ってんだよ』
飛竜の瞳が私達を測るように動く。
『……なんならお前は、あの時の光の力を使っても良いからさ』
ナイトホーンはそのまま視線を私に向ける。
いつもと違う冷たい目。臨戦状態のヤツは、オモシロワイバーンの頃のアイツとは明らかに雰囲気が違っていた。
『……メイ、行けるか? ボス、本気だぜ』
クレイグが小声で尋ねてくる。
その表情はいつになく真剣なものであった。
『……あのね、ナイトホーン』
『何だよ』
『その光の力、できなくなっちゃったみたいなの』
『へ? なんで?』
私は自分の置かれた状況を正直に話した。
今にも戦闘を始めようとしていたワイバーンは、その言葉に毒気を抜かれたように声が裏返る。
『私にも分かんない。だけど、あの時以来、強い魔術が出せなくなっちゃって』
『そんなことある?』
『うん、見てて』
私はそう言うと、魔晶石に祈りを込める。
あの時と同じ。相変わらず、ヒョロヒョロとしたモヤシのような魔術しか出なくなっていた。
放たれた魔術は、空中を二から三メートル程度飛んだところで減衰し、何にも当たることなく霧散した。
『ほんとだ』
『……ふっふっふ。つまり今のメイさんならば恐るるに足らず! 今こそリベンジマッチを────』
『ちょっと魔晶石見せて』
『あ゛あぁーー!!』
その様子を見て、ナイトホーンの足下に隠れてイキり始めていたシャフが、私に歩み寄る飛竜の尻尾にビタンと弾き飛ばされる。もうコイツこんなんばっかりだな。
『はい』
魔晶石を渡す。ヤツは片翼の爪でそれを器用に持つと、空に向かって一発、光の矢を試し撃ちした。
ビシュッ……!!
『おお、すっご』
放たれた矢は綺麗な軌道を描き、一直線に公園の上空へと消えていく。
それを見た飛竜は黄金色の瞳を満足そうに一度細めた後、私の方へと向き直った。
『普通に使えるよこれ』
『あ、うん……』
そう言いながらナイトホーンは魔晶石を差し出す。
実はヤツに石を渡した後、昔シャフが『ボスに魔晶石を奪ってボコって貰いますねぇ』とかなんとか言っていたのを思い出し、このまま石を奪われてボコられるんじゃないかと内心ビビッてしまったのは内緒だ。だが、意外にもヤツは普通に返してくれて、少しだけホッとしていた。
『お前の魔力の問題じゃない? これ飲んで一度、素の状態で魔術撃ってみなよ』
『素の状態?』
『その石を通さない状態。そのほうが普通は効率いいし』
そう言うと、ワイバーンは身に付けていた小柄なポーチを口で開ける。そして中から器用にビンを咥えて取り出すと、それをポイっと無造作に放り投げてきた。ポスッと芝の上に瓶が落ちる。
『なにこの紫の奴』
『魔力の薬。人間の街によく置いてある黒いエナドリみたいな味するよそれ』
エナドリの独特な瓶の輪郭を翼でなぞるように再現するワイバーン。黒いエナドリってわりと最近出たばかりなのに。この飛竜やけに人間の文化に明るいよなとつくづく感心してしまう。
薬の瓶を開けて口をつける。その黒い新製品とやらは知らないけれど、舌の上を通過する薄紫色の液体は確かにエナドリっぽい味だった。飲み過ぎると気持ちが悪くなって、夜に延々眠れなくなるあの独特な味。これ一本全部飲み切って大丈夫なんだろうか。あんまり飲みすぎるとクラッと来そうだけど。
『飲んだよ』
『うん』
『それで、石を使わない魔術ってどうやれば』
『同じだよ。むしろ今まで使ったこと無かったのかよお前』
飛竜は呆れたように言う。
『で、でも、あのメイさんだから何が出てくるか分かりませんよ。またあのバケモノみたいな光線が出てきたら……』
『そんなら我に向かって撃ってみなよ』
『えええ!? ボス、大丈夫なんですか?』
『人間ごときの魔術が我に及ぶ筈ないだろ』
盛大なフラグのようなことを自信満々に言ってのけるワイバーン。
だがそれは、一位種の魔物としての絶対的な自信があるからこその言葉なのだと思った。
『……それにさあ』
ナイトホーンは切れ長の目を細めて再度私を見下ろす。
『あのシードをぶっ飛ばすようなお前の魔術が。……どの程度我に及ぶものなのか、一度見てみたかったんだよね』
クルルとヤツの喉が小さく鳴った。
やはり飛竜、臨戦状態になるとその迫力と恐ろしさが段違いだ。
ナイトホーンは両翼爪を地面に付いて、私の攻撃を真正面から受け切る考えなのだろう。
『いつでも来いよ』
そう言い放つヤツの目の前にポツンと立たされる私。
だが、そんな飛竜の挑発の言葉を受けても、私はアイツに魔術を放てなかった。
『メイ。あんま手ぇ抜かねえ方がいいぞ。ボス、そういうの嫌いだからよ』
クレイグが小声で助言して来る。
違う。
そうじゃない。
手を抜くとか抜かないとか、そんなレベルのことで躊躇ってるんじゃないんだ。
それ以前に私は、あのワイバーンの殺気立った威圧を前にして────立ち向かえる勇気が湧かないんだ。
アイツは私にシードの代わりが務まるかを見極めると言った。
もしも私の魔術がその眼鏡に適わなかったとしたら、……アイツはそのあと私をどうするつもりなのだろうか?
無意識に足が震える。
強くならなきゃいけない。私はもう十七歳、もう他人に甘えて良い歳じゃない。殺された両親に報いるためにも、私は早く大人になって、強くなって。全ての責任を取らなきゃいけない。それなのに私は、こんな知り合いの飛竜にすら臆してしまって。……結局、何も出来ないじゃないか。
『心配すんなって。どんな魔術が出たって、お前は俺のペアなんだよ。絶対ぇに俺が守ってやっから』
ポンと軽く頭を叩かれる。
クレイグ、そういうのは軽々しくやっていいモンじゃ────
そう不満を言いたくなった。でも、今の私にとっては、彼のその行為が強く背中を押してくれた気がした。クレイグはこんな私でも信じて支えてくれる。ならば私も、そんな彼の思いに全力で応えなきゃ。そう思うことができた。
『ありがと、クレイグ』
私は彼に対し少しだけ表情を綻ばせると、そのまま決意を固めて飛竜へと向き直る。
いつの間にか足の震えは止まっていた。
『何が起こっても、しらないから……!』
私は右手を突き出すと、目の前のワイバーンに向けながら強く祈った。
◆ ◆ ◆
『…………』
『……ん?』
一時の静寂。
ナイトホーンは首を上げると、目をパチクリと見開く。
結論として、私の魔術は……何も起こらなかったのだ。
『……あれ、まだ?』
『その……。私的には、使った筈なんだけど……』
『でも、何とも無いん────』
『お、おおおーー!!?』
一拍おいて、突然声をあげるナイトホーン。そして翼をぐるんぐるん回したり、ぴょんぴょんと小刻みにジャンプをしたりし始めた。え、なにこれ。
『すご! なんか凄いよこれ!!』
飛竜はテンション爆上げで嬉しそうに跳びはねる。何が凄いのか全く分からない。はた目では今までのオモシロワイバーンのモードに戻っただけだ。
『ボス、どうしたのです?』
『お前たちもやってみりゃ分かるって! お前、クレイグとシャフにもそれやってみてよ』
ワイバーンはグルグルと喉を鳴らしながら楽しそうに言う。声のトーンは一段階上がり、尻尾もバシバシと芝を叩いている。
何も分からぬ状況の中、私は彼の言われるがままに、クレイグとシャフにも祈りを捧げた。
『ん、何とも無いっすよ?』
『わたくしもです』
『え、なんで!!?』
冷静なふたりと、ひとり騒がしく驚く飛竜。
やがて飛竜は何を思ったのか、ジト目でこちらを疑り始めた。
『もしかしてお前、面倒だからって魔術サボったんだろ』
『サボってないわ』
『じゃあなんで皆なんともないんだよ』
『分かんないよ。ちゃんとあんたと同じふうにやったってば』
『じゃあ、まさかとは思うけどさ』
ワイバーンは続ける。
『さっきの我への一回で、もう魔力使い切ったってこと?』
『あぁ……』
その仮説には確かに説得力があった。泉の村で影の魔物に光の矢を放った時のこと。あの時も言わば『二回目』に魔術を使った場面であり、同様に魔術を放てなかったのだ。
『なに「あぁ」って』
『うん、そうなのかもって』
『まじで? 燃費悪すぎでしょ。魔力調節くらいやんなよ』
『調節……って、できるもんなの?』
『……もしかして最初のシードん時のもさ、フル魔力でぶっ放してたんでしょお前。どうりでアイツが負ける訳だよ』
ナイトホーンはそう言うと、再び腰のポーチをガサゴソと探り、紫色の液体を含んだ瓶をポイっと放り投げてくる。
『まったくさあ、この薬も安くないんだよ?』
『ごめんね、後でお金払うから』
『なら良し』
再度魔力薬を飲み干す。魔力を充分に使った後だからなのか、二本目にも関わらず割とすんなり飲み切ることができた。
『んで、どうやって調節すればいいの?』
『……ふだん感覚でやってるから教えるの難しいよ、それ』
ワイバーンは困ったように仲間に目配せする。
『初等学校では水の出る蛇口をイメージしろとか習うっすよね』
『メイさんは手から魔術を使うので、手のひらに魔術の蛇口があって、栓を閉じて押し出す魔力の量をへらすイメージなんじゃないですか?』
なるほど。分かるような、分からないような。
とりあえず私は元々ファーシルさんへの祈りで魔術を使っていたワケだから、祈りの強さを変えればどうにかなるんだろうか?
(そこまで困っていませんが、助けてください、ファーシルさん……)
決してフザケているわけではない。これまでは命の危機を救ってくれと言うファーシルさんへの強い祈りで魔術を使っていた。その祈りの強さを下げると言うことは、漠然とした祈りでよいのではないかと考えたのだ。
『やってみたよ』
『どう? お前達』
『えっと、どうなってるんが正解なんすか……?』
クレイグは困惑した様子でそう聞き返していたが、一拍の間をおいて、みるみるうちにパアッと表情が明るくなる。
『お、おおおーー!!!』
クレイグは先のナイトホーンと同様に、愉しそうにびょんびょんと跳び跳ね始める。
『すげえ! なんだこれ!!』
『たぶん、我らの運動能力を上げる魔術なんだと思う。魔力も上がってんのかな? なんとなく、玄武のローミアの魔術に似てるよね』
ナイトホーンは冷静に分析する。
『おいメイ、これすげえよ! 明日の闘技大会、これがありゃイケるんじゃねえか!』
クレイグは尻尾をぶんぶん振りながらハイテンションでガバッと私の肩を抱き寄せてくる。
とりあえず、足手まといにはならなそうで良かったのかな……?
『んで、シャフは?』
元気良く走り回るクレイグを尻目に、困惑した様子でただ突っ立っていたシャフネル。ワイバーンはシャフに声を掛けた。
『えっと、わたくしもなんとなく身体が軽くなった気はするのですが、そんな驚くほどじゃあ……』
魔力の調整、やっぱりそんな簡単にはできないのね。
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