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18. 決意の炎に抱かれて

「なるほど……ヘルハウンドによる追跡とは考えましたね」


 その後、ユキちゃんに広報課で決めたカノンちゃん追跡大作戦のことを話した。

 彼女は穏やかな口調でそれを褒めてくれたものの、すぐに目を伏せて何やら考え込んでしまう。


(駄目、なのかな……?)


 ユキちゃんとは長い付き合いだ。その様子を見て私はすぐ、彼女が本当はこの作戦をあまり良くは思っていないのだと気が付いた。


「あ、でもね。大会が終わった後だとニオイが消えちゃわないかってナターシャさんが」


 だから念のため、広報課で提起された懸念事項も話しておく。表面化していた不安因子、それは時間的な制約だった。


「三日後ですと発生から二週間程ですので、その点は問題ないと思いますよ。ヘルハウンド達は鼻がよいですからね。……ただ、(わたくし)が気にしておりますのは――――」


 不測の戦闘。追跡の最中に敵対勢力の迎撃に遭い戦闘が起こり、ヘルハウンドを初めとする全員の身が危険に晒される可能性があるのではないかと彼女は続けた。


 ユキちゃんは全てを言わなかった。でも、その言葉の内包する意味。私はそれを薄々と察してしまった。


(ユキちゃん、カノンちゃんを……)


 迎撃とは敵を待ち伏せて文字通り迎え撃つ行為。その表現を追跡者の私達に対して使うということは、それはユキちゃんが既に……カノンちゃんを敵対勢力の一味であるか、彼らの手の内に落ちたと考えていると言うこと。


 綺麗ごとだけでは済まされず、様々な思惑や陰謀が飛び交うのが政治の世界だ。その前線に身を投じるユキちゃんにとって、物事を懐疑の目で見ることはきっと必要なのだろうと思う。でも、私のよく知る親友のユキちゃんが、同じく親友であったカノンちゃんにそのような目を向けている。それが、ただ悲しかった。



「ですので、先ずは安全な方法を採るようにしましょうね」


 ユキちゃんは私を気遣うように優しく微笑んでそう締めくくると、部屋の扉を開けて、外に待機していた石像鬼(ガーゴイル)へ指示を出した。『リーファを呼びなさい』、と。


 【フォールターナ】・リーファ。ユキちゃんによると、そのひとはエリノア国軍の総軍総司令官、簡単に言えば参謀の職位にある魔物であるそうだ。彼女は平時は占い師であり、国の吉凶やあらゆる物事を見通す慧眼を持っていることから、運命を識る者と冠する【フォールターナ】の尊称で呼ばれているらしい。そんな軍の大層なお偉いさんを、ユキちゃんは命令ひとつで呼び寄せようとしている。流石は魔王様、凄い。



『御呼びかえ、魔王殿……』


 しばらくすると、虚空より女性の声が部屋に響いた。声に振り向くと、部屋の奥の空間で青白い炎がゆらゆらと輪郭を揺らしている。机の端に置かれた一輪挿しが誰も触れていないのにカタカタと音を立てて震えているのは、その者の魔力がそうさせているのだと何故か感じ取ることができた。やがて炎は霧のように解け、その中心には一頭の魔物が佇んでいた。



『おやおや、これは……()い人の子よの』


 現れた魔物は、私の姿を認めると愉しげに眼を細める。

 九尾の妖狐。全身はユキちゃんと同様に美しい白の毛並みに覆われているが、その毛先はほんのりと青みを帯びている。特徴的な長い九つの尾はそのそれぞれが意思を持つが如く、周囲の空気と重力を従えるようにしながらゆらゆらと静かに揺れる。目尻からアイラインを引くかのように生え揃う青い毛並みは、彼女の雰囲気に何処か女性的な妖艶さを醸し出していた。


『リーファ』


 まるで私を品定めするかのように視線を這わせていた彼女は、ユキちゃんの呼びかけによりその琥珀色の眼を魔王に戻した。


『急な召集でしたが感謝します。先日発生したオルトの襲撃事件についてはご存知ですね』

『勿論じゃ』

『その村民であるハルピュイアが、今も行方を眩ませているのです』

『ふむ。それで(わらわ)に、と言う事かの』


 妖狐は少し古風な話し方でユキちゃんと会話を交わす。ユキちゃんが普段から誰にでも敬語を使うタイプの話し方をすることもあって、どちらが上の立場なのか分からなくなってくる。

 白毛の彼女は眼を閉じて少しだけ考える素振りを見せたが、直ぐにユキちゃんの隣に立つ私に向き直ると先を続けた。


『ぬし』


 じっとこちらを見据える。初めの時もそうだったのだが、彼女の瞳に見詰められると何故か得体の知れぬ不気味な感覚に陥ってしまうのはどうしてだろうか。私はその感覚に抵抗するように、心理的に少しだけ身構えてしまった。


『察するに、ぬしも()の生き残りかえ』

『は……はい』


 ノース国とエリノア国の正式な発表では、オルト襲撃事件は『生存者なし』としていた。恐らく彼女の耳にもそう届いた筈であろう。それでも私を生存者と見抜いた彼女は、参謀の名にたがわぬ優れた洞察力の持ち主なのだと思った。


『……すまぬが、この件で(わらわ)から気の利いた言葉は掛けてやれぬ。元来、口が器用な方ではないものでの』


 私の胸の内に張り詰めていた緊張の糸の存在に勘づいたのか、彼女は申し訳なさそうに俯きながら首を振った。


『さて、ぬしは同郷のハルピュイアの行方を追うておると言う。魔王殿も巻き込んでの()の根底の動機は、もはや知人との再会を果たしたいと言う所には置いておらず、ひいてはその先の、事件の真相を暴く所に在ると見る──』


 彼女はピシャリと私の胸中を言い当てる。

 同時に私は、先程から感じていた不気味な感覚の正体に気が付いた。


 これは畏怖だ。占い師だと言う彼女に、こちらの心の内を全て見透かされてしまうのではないかと言うことに対する、無意識のうちの心の防衛反応。


『いやなに……心配は要らぬ。ぬしが相応の覚悟を以て()の道を進むことを決意したのであらば、(わらわ)は助力を惜しまぬことを約束する』


 妖狐はそこまで言うとチラリと一瞬だけユキちゃんに視線をやる。その時ユキちゃんが小さく頷いたことに、私は気が付かなかった。


『じゃが、一つだけ忠告をしよう。真実を知らんとすることは、必ずしも正しき行動とは限らぬ。厄介なことに()れは、時に知らぬ方が幸福であったと、そう思える程残酷なものさえあるでの』


 その声は低く、静かでありながらも力強さを感じさせた。

 彼女の長い尻尾がザワザワと音を立てて不気味に揺れる。それを見た私の心は少しばかりの心の揺らぎと不安を覚えてしまう。


『して、ぬしに問おう。それでもぬしは、真実を追い求める覚悟があるのかえ』


 彼女の琥珀色の瞳がボウっと妖しく光る。魔術の行使だ。


「……っ!」


 その目を見た私は、同時にブワッと全身の毛が一斉によだつような感覚に襲われた。先程までとはまるで比にならぬ、まるで心臓を直接鷲掴みにされているかのような逃げ場のない感覚。視界の端がボヤけ、隣に居る筈のユキちゃんの姿すら遠くに霞んで見える。自分の身体が自分の物でなくなって足元から崩れていくような錯覚に、無意識に息が詰まってしまう。

 その感情の正体は、紛れもない『不安』と『恐怖』であった。


 『はい』と、肯定の二文字を口にするだけで良かった。

 だが、私はその問い掛けに対して、ついに返事をすることが出来なかった。


『いや、なに……すまなんだな、娘よ』


 九尾が眼を伏せてかぶりを振る。すると私を雁字搦めに捕らえていた心の呪縛は嘘のように消え去った。


『今、ぬしに(おそ)れの片鱗を垣間見せた。ぬしの追う真実というものは、今とは比にならぬ程の恐怖や絶望を孕む場合もある。茨の道を進まんとするならば、()の事を知っておいて欲しいのじゃ』


『メイ、大丈夫ですか……?』


 ユキちゃんが私の身体をそっと支えてくれる。冷えきった感覚に覆われていた私は、彼女の心の温もりに触れたことで、ようやくこの世界との接点を取り戻したような心地がした。



『……リーファ、さん』

『うむ』


 ユキちゃんに支えられながら、私は弱々しい声で、なんとか先の言葉を紡いだ。


『……それでも、私……やります。村のみんなの無念を、晴らしたいから――』



 その言葉に、妖狐の尾がひとつ、静かに揺れた。


『……ほう、驚きよの。(わらわ)の術を受けて(なお)、意志を曲げぬか』


 彼女の琥珀色の眼差しが、再び私を試すように射抜いてくる。

 身体が僅かに震える。だが、私は決して目をそらさなかった。



『……いいじゃろう。ぬしの心に宿る決意の炎よ、決して消えること無きように』


 妖狐は静かに頷くと、やがてその瞳はそっと穏やかな視線に戻った。


(わらわ)は運命の炎を灯す者、【フォールターナ】。ぬしが燃え続ける覚悟を持つならば、(わらわ)が導こうぞ』


 その言葉に、私は胸の奥に小さな決意の火が灯るのを感じていた。



 ===================

 ☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)


 メイ『今日のゲストはリーファさんです』


 リーファ『【フォールターナ】・俐華(リーファ)……種は妲己(だっき)じゃ。先代魔王殿の時代より、軍の参謀の役を拝しておる』


 メイ『魔王庁は三代目の魔王・ユキちゃんの時代に人間を倣って設立された機関だから、リーファさんの職位が「魔王庁防衛部(エリノア国軍)・総軍総司令官」となったのは最近の話なんですよね』


 リーファ『最近の肩書は煩雑で困るの。まこと覚えられぬわ』


 メイ『前代魔王の時の肩書は何だったんですか?』


 リーファ『……お』

 メイ『お?』


 リーファ『「おきつね様」……』


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