17. 雪花の約束
カノンちゃん追跡の約束を立て付けて広報課を後にすると、私はフィーネさんに連れられて迎賓の間へと案内された。
美しい赤の絨毯に、高そうな油絵。そして何よりメイクされたふかふかのベッド。そのラグジュアリーな雰囲気は、何れもオルトのような田舎では見たことの無いきわめて洗練された物であった。
『暫くの間、ここをメアリーさんのお部屋と思って御寛ぎ下さいね。何かあれば、部屋の前の石像鬼にお申し付け戴ければ』
後でミゼル様を御呼び致しますねと言い残すと、フィーネさんは部屋を出ていく。
「ふぅー……」
私はベッドに腰を掛けると、深く息を付いた。ここ数日、色々なことがあった。黒竜に襲われて、野盗や飛竜、影の魔物に命を狙われた。そして……村の皆も、当たり前の日常も、全て奪われた。
きっとこれからも私は多くの危険に見舞われるのかもしれない。それでも、この事件の真相だけは。……大切な皆の命を奪った事件の真相だけは、この命に代えても突き止めたかった。
スマホを開く。広報室で見せたまま、チャットアプリ『トークス』のカノンちゃんとの個人チャットを開いたままであった。事件の真相に繋がる唯一の手掛かり、カノンちゃん。依然として、そのメッセージが開封されることはない。
「……ん?」
スマホをぼーっと眺めていると、ピロンと言う着信音と共に『トークス』の新規通知が届いた。それはカノンちゃんではなく、グループチャットへの加入通知。部屋名は【打倒フォールターナ部】。なんぞこれ。
通知を開く。グループチャットには、Craig Wharton、Seede Sauria、Schaffner Lint、Sephiria Nighthawnがメンバーに含まれている。クレイグ、シード、シャフは分かるけど最後のヤツは……セプィリア・ナイトハウン? ああ、オモシロワイバーンのアイツか。
【メイがおれのフリして大会出るの?】
【いや厳しくない?】
ウェスト国の有名なハードロックバンドのCDジャケットをアイコンにしたSeedeが私を援護射撃してくれる。いいぞSeede。キミはいつも私の味方をしてくれるね。
クレイグ・シードペア。闘技大会は事前申込の通り当日に受付をできない場合、参加資格を失い不戦敗となってしまう。
【何とかなんだろ、俺がお前のフリして受付すりゃいいし】
そう言うと、Craigは一枚の写真を投稿する。翡翠色のトカゲビトが舌出しウインクをしながらのメロイックサイン自撮り。これがライカンスロープとしての変身能力なのか。ポーズはおいといて、確かに寸分違わずシードだ。すっご。
──いや凄いんだけど、良く考えたらなんの解決にもなってなくない? 受付はそれでパス出来たとして、本戦はどうするつもりなんよ。私にシードのコスプレしながら槍を振り回せってか。
そんなことを思っていると、コンコンと部屋の扉をノックされる。扉を開けると、そこには白鱗の麒麟が立っていた。
「ユキちゃん」
私はユキちゃんに抱き付いた。精神的にも不安定なこの状況下で、彼女の存在は想像以上に私の心の支えとなっていた。
「魔王のお仕事はもういいの?」
「ええ。残った書類の整理を巻き取るので、メイの下へ行っておやりなさいとフィーネに叱られてしまいまして」
彼女は苦笑いをしながら私の頭を撫でる。ありがとう、フィーネさん。貴方も本当にいい天禄獣だよ。
私とユキちゃんは部屋に入る。五年ぶりの二人きりの団欒だった。
「……メイ、本当に大きくなりましたね」
「昔はユキちゃんの脚の高さくらいしか無かったもんね、私」
「あなたはベッドに座っても宜しいのですよ」
「やだ、ここがいい」
絨毯に伏せて座る彼女の横腹に背中を預けて私も座る。ガルデニアで彼女と話をしていた時はいつもこの形だった。
「ユキちゃん。私のために魔王になってくれてありがとうね」
「いえ、私もメイの望んでいた……魔物と人が手を取り合い暮らす世界を、見てみたくなったものですから」
ユキちゃんは鼻先で私の頭を撫でる。昔と同じ、慈しむような優しい感触。
「それなのに……私は、あなたの大切な人たちを……誰一人として守れなかった」
「そんな……ユキちゃんのせいじゃ、ないよ……」
サーペントさんに元気付けられるまで、私も苦しくて、自分ばかりを責めていた。だからこそ、今の彼女の気持ちが、無念さが痛いほどよく分かる。
だが、大切なのは過去を悔いることではなく、これから何をするかだ。それがきっと私の償いになる。サーペントさんがそう教えてくれたから。
「悪いのは、全部村を襲った奴。だから私がこの手で、絶対に捕まえてやるんだ」
私がそう言うと、頭を撫でる彼女の動きがピタリと止まった。
「…………」
「ユキちゃん?」
「……フィーネから全て報告を受けました。あなたは今、オルトのハルピュイアの行方を追っているのだと」
「うん、そうなんだ。友達のカノン……ノアーノちゃんが、まだ生きてるかもしれない。あの子なら、事件のことを何か知ってるかもしれないから」
「……メイ、御願いがあります」
ユキちゃんの顔を見上げる。葛藤を滲ませた眼で下をじっと見つめたまま、彼女は言葉を紡ぎ続けた。
「あなたは、此度の件から手を引いて下さいませんか」
「え……?」
わけが分からない。自分の両親を奪われた事件から手を引くなど、考えてもみなかった。
私は彼女に寄り掛かるのを辞めると、振り返って正面から彼女を見据える。
「そんな、どうして……?!」
「オルト襲撃の事件、そしてノアーノさんのことは、どちらも私達が責任をもって解決することを約束します。……ですので、あなたにはこれ以上、事件に関わって戴きたくないのです」
「そんなの──!」
理由になっていない。
そんなおかしな話があるか。当事者なのは寧ろ私のほうじゃないか。
私はそう反論をしようとしたが、先にユキちゃんが続けた。
「……言ったでしょう。フィーネから全て報告を受けたと」
そう言う彼女の紫色の瞳には、どこか物悲しい静かな悔恨の色が宿っていた。
「あなたは泉の村で、私やフィーネの手の届かぬ所で魔物に命を狙われた――」
彼女のその言葉に、私はハッと息を呑んだ。彼女は前肢でギュッと私を抱き寄せる。
「事件を追えばこれから先、あなたの身には更なる危険が及ぶことでしょう。その時、私 にあなたを護りきれる保証なんて…………何処にも、ないの……です」
ポタリと顔に水滴が落ちる。見上げると、ユキちゃんの長い睫毛を伝って、大粒の涙が滴り落ちていた。
「ユキちゃん……」
「お願い……メイ。お願い、だから……! あなたまで喪ってしまったら、私は何のために……!!」
それは魔王ミゼルとしてではなく、ユキちゃんとしての純粋な願いだった。
彼女は私を強く抱きしめる。まるで、私と言う存在を確かめるかのように。まるで、吹けば飛んでしまうような小さな存在を、必死に守ろうとするかのように。
私は胸の中で大きな葛藤が渦巻いた。ユキちゃんの私への想いを無下には出来ない。だけど私も……、私の代わりに命を落とした村の皆に報いるためには、ただ守られてるだけじゃ駄目なんだ。
「……ありがとうね、ユキちゃん。ユキちゃんがそこまで大切に想ってくれて、すごく嬉しいよ」
だからこそ、私は彼女の紫色の瞳を真っ直ぐに見つめ、決意を固めて続けた。
「それでも私は、この事件から手を引くことなんてしたくないよ。村の皆のことを、カノンちゃんのことを、何も知らないまま待つだけなんて出来ないから――」
辛いかもしれない。でも、こうして支えてくれるユキちゃんやみんながいる。このまま何も分からずに真実を失ったままでいるほうが、私にとってはもっと怖いから。
「我が儘でごめんね。だけど……私、もっと強くなる。――――だからどうか、私にも協力させて」
「メイ……」
ユキちゃんの瞳が揺れた。彼女は、私がまた傷つくことを恐れている。貴方は私のことを誰よりも、大切に思ってくれているから。
私を守りたいという想いと、私の意思を尊重したいという想い。その背反するせめぎ合いの狭間で、彼女の心が揺れている。
ならば私に出来ることは、自分の想いをただ素直に、打ち明けることだけだった。
「……分かりました。それならば、魔王としてあなたに命じさせてください」
やがてユキちゃんは前肢でもう一度私の頭を撫でると、表情を一変させて言った。
それはユキちゃんではなく魔王ミゼルとして、私の覚悟を受け止める決意だった。
「メアリー・フェリシア。あなたには魔王ミゼル・エリノアの名の下に、オルト襲撃事件の解明に向けた一連の支援活動を命じます。条件は二つ。一つは、飽くまで後方の支援であり、決して単身で無茶はしないこと。そして二つ目は……如何なる時も、必ず生きて私の前に戻って来ること」
その声は、私の覚悟を試すものではなく、私の背中を押すものだった。 彼女は、私の選んだ道を受け入れ、共に歩むことを選んでくれたのだ。
「はい。分かりました、魔王様」
ここに、魔王と少女の間に雪花の約束が交わされた。
◆ ◆ ◆
「ユキちゃん。私、強くなるから。魔晶石の力で、いつかユキちゃんも守れるくらいに」
「魔晶石、ですか?」
「そう。これ」
私はポケットから紋様魔晶石を取り出す。そして祈りを込めると、やはり魔力が回復していないのか、非常に小さな光の矢が放たれた。ふらふらと力無く飛ぶそれは部屋の壁にぶつかると、すぐに消散する。
「あはは……、今は小さいけど、この前魔力が乗った時はスゴかったんだよ。あとで魔術の練習のしかた、教えてほしいな」
こんな矮小な魔術如きでイキり散らかすなとユキちゃんにツッコまれないか心配だったので、先手を打ってフォローを入れておく。私にも戦う力があると安心させようとしたのに、これ逆に心配させちゃったヤツかも。
そんな不安のもとに彼女の表情を窺うと、彼女はその眼を見開き驚きの表情を浮かべていた。いや、こんなショボい魔術でそんな驚かれても、それはそれでリアクションに困るんだけど……
「メイ……。まさか、あなたは……」
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
メイ『今回のゲストは悪魔のナターシャさんです。一話遅れての紹介になっちゃったけどね』
ナターシャ『取材? あたしにかい?』
メイ『形式ばったものじゃないから、簡単に自己紹介していただければ』
ナターシャ『わかったよ。ナターシャ・レヴィ。魔王庁の企画部広報課で、国の広報誌「えりのあ通信」の編集長をしているよ』
メイ『ナターシャさんってほかの魔物のみんなと違って、見た目が人間に近いですよね。きれいなお姉さんって感じ』
ナターシャ『ありがとね。綺麗だなんて課のアホ共には絶対言われないから聞かせてやりたいねえ。だけどこれ、実は本当の姿じゃないんだよ』
メイ『まだ俺は変身を残してる……ってヤツですか?』
ナターシャ『残してるというか、今がその変身中というかね。悪魔の本当の姿は周りをコワがらせちゃうから、仕事中は人間っぽい姿になってるのさ』
メイ『本当の姿、ちょっと見てみたいかも……。でもその「悪魔」って種族、なんかざっくりというか、漠然としていますよね』
ナターシャ『あたしにも悪魔としての真名はあるんだけどねえ。でも、あたしたち悪魔はあまり真名を明かしたくないものなのさ。昔の名残でね』
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