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16. ヘソ天の午後

 そこから私達はエレベーターに乗り三階へ向かった。ドラゴンも利用できる超巨大サイズのエレベーター。……には乗らずに、その隣にある一般サイズの物で上に向かう。ノース国の有名な電機メーカーのロゴが入っており、少しだけ誇らしかった。

 三階へ到着すると、フィーネさんの後を追うように広い廊下を真っ直ぐ進んでいく。道中翼の生えた動物のような彫刻がいくつか置いてあるが、恐らく警備の石像鬼(ガーゴイル)なのだろう。


『広報課はこちらですね』


 目的地はすぐに見つかった。エリノア語(魔物言語)で『企画部広報課』と書かれた扉の隣には、『第五回・フォールターナ杯争奪エリノア国魔術闘技大会』の大きな宣伝用ポスターと、『えりのあ通信 九月号/闘技大会特集』と書かれた雑誌の表紙のようなポスターが貼ってあった。

 フィーネさんは扉の隣のセンサーにツノを当てる。ピッと音が鳴り、がちゃりと扉の錠が開く。なにその機械凄い。


「わぁ……」


 扉に入ると、そこは開放的なオフィスと言った空間だった。間仕切りのないデスクが並び、部屋の一角にはソファーやテレビの置かれた休憩スペースもある。壁際には『えりのあ通信』のバックナンバーが七月号まで色とりどりと並んでいて、そして何に使うのかユキちゃんの等身大パネルがその存在感を示していた。どこか人間の出版社を思わせるような雰囲気が漂っていて、魔物たちが『日常』を営む空間は私たち人間とそこまで大差はないのだという情景に胸が熱くなった。


 休憩スペースのソファーでは二頭の黒い大型犬がうつ伏せで気持ち良さそうに寝ており、テレビでは赤茶色の翼の生えたトカゲビト(ドラゴニュート)がゲームをしている。魔物たちが 『日常』を営む空間とは言ったけども。君らは勤務中じゃないの?


『お疲れ様です。少し宜しいですか』


 フィーネさんは近くの席にいた魔物──ドライアードの女性に話し掛ける。私は後ろで待機だ。



「ん?」


 突然の上役の来訪に明らかな緊張の面持ちでしどろもどろに応対するドライアードの女性を眺めていると、視界の端で黒い塊がのっそりと(うごめ)くのを感じた。

 私は振り向く。すると、先程までソファーに寝ていた筈の大型犬のうち一頭がいつの間にか頭を上げていて、燃え盛る炎のように紅い目でじっとこちらを見つめていた。

 目が合う。そして次の瞬間、私はどきっと心臓が跳ねた。

 黒犬は私と目が合ったことを認めると、一瞬で体をひねって跳ね起きて、ダダダッと猛スピードでこちらに突っ込んで来たからだ。


「うぇっ!?」


 あまりの突然の出来事に一瞬だけ思考が停止した。黒毛の犬はそのスピードにも関わらず紅い目の照準をピタリとこちらに合わせて、三メートルはあろうその大きな身体を跳躍。


 この魔物は知っている。かつてユキちゃんに教わった特徴そのものだ。

 ヘルハウンド。地獄の番犬とも称されるこの魔物は、魔物(まも)ノートによれば、『からだにほのおをまとってたたかう』。


 つまり、炎を纏っていない今は――――


『メアリーさん!』


 突然の出来事に驚き私を庇おうとするフィーネさん。私はそれを片手で制し、飛び掛かる犬の巨体を両腕で受け止めた。

 流石に私の力では大型犬の体重を受け止め切れる筈もなくそのまま押し倒されるが、ヘルハウンドは尻尾を揺らしながら倒れた私の顔を舐め始める。私は下から顎の下や首元をわしゃわしゃと撫でてやると、気を良くした番犬は私の横で仰向けになりグネグネし始めた。ああ、これじゃん。あの時のクレイグの既視感。


『あらら、ゴメンなさいね……』


 そのまま追撃とばかりに熱烈歓迎犬(ヘルハウンド)の胸元を思い切りモフってやっていると、デスクの奥からひとりの女性がやって来た。黒を基調とした服の人間に近い女性。顔立ちがすごく美しいひとだ。頭の大きなヤギのツノと脚のひづめ、そして背中に折り畳まれた黒い翼が生えていなければ、彼女を人間だと思ってしまったことだろう。私は立ち上がり、手を組みながらお辞儀(エリノア式の挨拶)をする。


『ブレアー、その辺にして仕事に戻りなさい』


 彼女は依然としてぐねんぐねんとしているヘルハウンドを見下ろすと、真面目な口調で言い放った。ブレアーと呼ばれた番犬は憩いの時間を邪魔されたと言わんばかりにヘソ天のままヴ~ッと不満げな声を小さく漏らす。


『ふんッ!!!』


「キャンッ!?」


 聞き分けの悪い部下に痺れを切らしたのか、彼女はひづめの脚を勢い良く踏み鳴らす。その勢いは凄まじく衝撃波が部屋の中を駆け抜けると、依然としてヘソ天であったブレアーを襲った。驚いた黒犬はビビって飛び起きると、シュタタとソファーの上で眠るもう一頭の影に隠れてしまう。ああ、このひと怒らせたらダメなやつか……。

 ヤギ娘(仮称)さんはそんな黒犬の様子を見届け小さな溜め息をつくと、フィーネさんに向き直った。


『すみません、お見苦しい所を……。それでシエラ様、本日はどのような御用向きでしょう? それに、こちらの方は……』


 ようやく本題だ。先ほどの衝撃波で倒れた目の前のペン立てからカラカラと音を立てて床に転がり落ちる筆記具たちを横目にフィーネさんは少しばかり動揺しているが、やがて訪問の目的を語った。


『アリア・ノアーノさんと会話をさせて下さい』



  ◆  ◆  ◆


『どうされました? 宰相さまが、直々にわたしなどに……』


 その後部屋のソファー席を占領していた犬達を再度追い払うと、ヤギ娘(仮称)さんとアリアさんとの四人での対話が始まった。逃亡先の安寧の地を再び追い払われそうになったブレアーが見るからに不服そうな顔をしていたが、あらためてヤギ娘さんの衝撃波を見せ付けられ脱兎のごとく逃げ出していった。もう一頭のヘルハウンドは平和に寝ていた所をワケも分からずに急にビビり散らかされたもんだから堪ったもんじゃない。可愛そうに。


 私の隣にフィーネさん、向かいにアリアさん、斜め向かいにヤギ娘さんが座る。ちなみにこのヤギ娘さんは広報課の課長で、悪魔のナターシャさんと言うらしい。


『まさか、国のお金で遊びまわってたこと怒られるんですか!?』

『ちょっとアリア、ひと聞きの悪いこと言わないでよ』

『でもでも、出張許可をくれた編集長も共犯ですからね!!』


 アリアさんはナターシャさんにぷんぷんと怒る。この明朗な感じ、さすが姉妹だ。見た目も相まって本当にカノンちゃんそっくり。


『……その話は是非あとでゆっくりと。ですが今日は別の話でして、ノース国にいらっしゃるカノン・ノアーノさんの安否が、十日ほど前より分からなくなっているのです』


 フィーネさんの言葉に、アリアさんはえっと驚いた様子だった。カノンちゃんと同じ、桃色の綺麗な羽毛。


『トークスも、既読にならなくて……』


 私はスマホのチャットアプリの画面を見せた。友達追加をしているカノンちゃんに何処にいるのかを尋ねた私のメッセージは、開封すらされずに寂しく佇んでいる。その沈黙が、何よりも私の不安を煽っていた。


『ふつーに電話してみりゃ良いんじゃねーの』


 突如、飛び込んでくる男性の声。ナターシャさんの座るソファーの向こう側にいる赤鱗の竜人(ドラゴニュート)が、カチカチとコントローラーを操作しながらこちらの話に応えたのだ。というかこのひと、まだゲームしてたんだ。

 アリアさんはナターシャさんと目配せをすると、スマホを取り出しダイヤルを掛ける。暫く待っていたが、アリアさんは気落ちした様子でスマホをテーブルに置いた。


『……電波が届かないか、電源が入っていないって』


 単にスマホが手元に無いだけであるのか、それとも彼女が……既に電話を受けとることも出来ない状態にあるのか。真実は定かではないが、いずれの場合もあまり状況が良いとは言えないだろう。


『ヴィクター、乗り掛かった舟なら最後まで付き合いなさいよ。次の案は?』


 ナターシャさんがその黒い翼をバサァっと広げると、羽根の先で横から竜人を揺すりながら尋ねる。ヴィクターと呼ばれたドラゴニュートは目を見開きながらカチカチとコントローラーを連打。


『ちょ、今無理っ!』


 デェーンと言う荘厳なBGMと共に、ゲーム画面内の竜人のキャラクターの前に何やら巨大な植物の敵が現れた。これは確か最近エリノア国の企業がノース国企業の協力のもと制作したという、死んで覚える超高難易度アクションゲームとかいうヤツだ。画面の中の竜人は振り回される蔦の攻撃を紙一重の所で巧みに回避し、剣や火球でチクチクと微細なダメージを積み重ねていく。ニブい私には絶対無理なタイプのゲームだ。


『……そうね。後は、本人の匂いを辿ってみるとか』


 ナターシャさんは顎に手を当てて考えを絞り出す。オルトの村には失踪したカノンちゃんの匂いがまだ残っているかもしれず、追跡の余地は大いにあり得ると言うのだ。


『アリア、妹ちゃんの持ち物は?』

『ノンの羽根ならうちにあります。羽ペンの予備として十本くらいむしってたので』

『そうすると……』


 ナターシャさんは部屋の奥に目を向ける。そこにはソファー席から窓際に追いやられた哀れな犬二頭。ヘルハウンド達はユキちゃん等身大パネルの足元でつまらなそうにのっぺりとうつ伏せに寝転がっている。


『スライ、ブレアー、ちょっとこっち来なさい』


 二頭の番犬は呼び掛けの声に不貞腐れた様子で、うつ伏せの姿勢のまま後ろ脚だけを動かしてこちらにやって来る。床のゴミ全部回収しちゃってそう。

 ナターシャさんは集まった黒犬に事情を説明し、カノンちゃん捜索に協力を仰いだ。彼らハウンド種の魔物は、なんと全犬種の中で最も優れた嗅覚を持つ魔物として世間から認知されているらしい。そんな彼らが協力してくれれば、オルトからの足跡を辿ることも現実みを帯びてくる。


「あうん」

「わふん」


 それを聞いた二頭のヘルハウンドは何やらわふわふと話して来る。エリノア語(魔物言語)とも違う特殊言語だ。


『ふたりともフォールターナ杯の後でなら大丈夫です、と』


 フィーネさんが彼らの()()()を翻訳して私に教えてくれた。凄い。あのわふわふしたのってちゃんとした言葉なんだ。クレイグあたりが後で教えてくれないかな。


『大会って明後日までだし、その後となると三日後よね。そんな悠長にしてて大丈夫なの? ニオイって消えちゃわない?』


 確かにナターシャさんの言う通り、もっともな意見だ。しかし当の彼女は依然として後ろの竜人を翼で邪魔している。


『ですが、今からオルトへ向かい、調査を済ませて大会までに王都へ戻ることは、余程の駿馬(しゅんめ)でも無い限り不可能でしょう。明日の大会の彼らの出場を取りやめれば猶予は生まれますが』


 フィーネさんはヘルハウンドの様子を窺う。黒犬達は流石に国の幹部たる天禄(てんろく)には反抗できないのか静かであったが、お座りの姿勢を取りつつもジト目でフィーネさんに無言の請願を行っている。


『そんな訴えるような御顔をされなくても』


 困ったように笑うフィーネさんを例の紅い目でじーっと見つめ続ける地獄の番犬達。


『心配せずとも出場して構いませんよ。追跡の成功を考えると、慌てて動き始めるよりも充分に準備が整ってからの方が良いですからね』


 彼のその言葉に、ぱあっと二匹の犬の表情が一息に晴れる。


『じゃあ決まり。スライとブレアーは大会の後でシエラ様の指示に従うこと。アリアは明日妹ちゃんの羽を持ってきてシエラ様に渡して』


 アリアさんと二頭の番犬は返事をする。快活な返事を聞き届け、ナターシャさんは満足げに立ち上がるとドスッと言う音が響いた。ドスッ……?


『ああああああーー!!!』


 一拍を置いて、後ろのゲーミングドラゴニュートが叫び声を挙げた。見ると地面に突っ伏す画面内の竜人と、GAME OVERの文字。


『ちょっとヴィクター、ビックリさせないでよ』

『編集長が羽でドスドス突っついて来るからでしょ! もうちょっとだったのにー!!』

『ふーん。あたし悪魔だしー?』


 ナターシャさん、敵に回すと厄介なタイプだ。


===================

 ☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)


 メイ『今回のゲストはアリアさんです』


 アリア『アリア・ノアーノ、ハルピュイアです! オルニスロープと呼ばれることもありますよ!』


 メイ『アリアさんはカノンちゃんのお姉さんで、魔王庁の企画部広報課に所属している公務員さんなのですよね』


 アリア『ノンは唯一の妹なんです。昔から人間の暮らしや文化に興味を持っていて、今の魔王様に代わってすぐに人の国に引っ越して行ったのに――』


 メイ『カノンちゃん、きっと見つかりますよ。 アリアさんもそんなカノンちゃんに影響を受けて、魔物向けの情報雑誌で人間の文化を発信しているとか』


 アリア『そうなんです! 相互理解の助けになればと、国の広報誌である「えりのあ通信」で人間達の文化やアクティビティについて記事を書いてるんですよ』


 メイ『今までどんな人間の文化を記事にしたんですか?』


 アリア『映画、遊園地、ゲーセン、カラオケ、ライブ、野外フェス』


 メイ『すごい、ほんとに国のお金で遊んでばっかり』



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