15. バケモノ
『んああぁ!! があああああああ!!!』
『クレイグ、元気出してくださいよ……』
その白毛の人狼は、シード家を出るや否や石畳の上で体を左右にねじり、ゴロンゴロンと派手に地面をのた打ち回っていた。その様子を見てぼんやりと、昔近所で可愛がっていた犬もこうして仰向けになってグネグネしてたなと思ってしまったのは内緒だ。街の喧騒の中、すれ違う魔物たちは目を逸らしながらもその狼を視界の端に入れて、奴の動向を気にしていた。
『ずっと楽しみにしてたのに!! アオーン!!!』
哀しみの遠吠え。何処からともなくワオーンと見ず知らずの住民の遠吠えが呼応してくる。
今、この場にはクレイグにシャフ、そしてフィーネさん。シードがいない。それこそが全ての原因であった。
ソーリア家の訪問を済ませ、フィーネさんと私の次の目的地は魔王城だった。失踪したカノンちゃんの血縁者が魔王城に勤めていることを彼は事前に調べ上げており、元々はソーリア家と同様、親族へカノンちゃんの訃報を伝える予定であった。だが、彼女の墓が見当たらないという私の言葉で事態が急変。情報の聞き込みへと目的が変わった。
そして三馬鹿トリオは、そんな私達に王都まで同伴するつもりだったらしい。彼らの目的は明日に王都内で開催される『フォールターナ杯』とやらに出場するため。
フォールターナ杯。聞くところによると、年に一度の闘技大会らしい。エリノア国ではこの時期に毎年開かれるお祭りのようなもので、結構大きなイベントなんだとか。
魔物は闘争本能の強い生き物である。それが転じて、彼らには戦闘を単なる力比べではなく、自己表現や美学の追求とする文化がある。そのため純粋にその力を競い合うフォールターナ杯は、単なる闘技大会の枠組みに収まらず、魔物たちの誇りや価値観を象徴する重要なイベントとなっているとか。人間の私にはまだその感覚がよく分からないけれど、クレイグがあそこまで悔しがる理由くらいは分かる気がした。
とは言うものの、戦闘は互いを傷付け合う行為。その身を危険に晒すことに変わりはなく、それを快く思わない魔物も一定数いることもまた事実である。
そしてその『危険な行為』を、――今しがた姉に禁じられた魔物がいた。
『メイ、お前代わりに出ろよ。頼むって』
『えー……やだよ、怖いじゃん……』
翠鱗のトカゲビト、シード・ソーリア。彼はシャル姉に軟禁……という言い方はよくはないが、家族としての安全を守るために自宅での生活を余儀なくされ、大会の参加が出来なくなってしまったのだ。
『何が怖ぇだよ、バカみてーに強ぇ癖によ。お前最初に会った時、魔術でシードとシャフぶっ飛ばしたって聞いたぞ』
『あの女は間違いなく人外のバケモノでしたねぇ』
コウモリは翼を組んでうんうんと頷く。
クソコウモリにビンタ一発。制裁。
『ほらァーー!! やっぱバケモノですよアイツ!!! シエラ様、やっちゃって下さい!!』
クソコウモリが涙目になりながらフィーネさんの陰に隠れる。権威者に巻かれよってからに。フィーネさんも苦笑いだ。
『そのメアリーさんの魔術……とは何のことなのでしょう?』
フィーネさんが尋ねる。本来人間の扱うことの出来ない魔術を私が行使したと言う人狼の口振りが気になったようだ。
ひけらかすつもりもなかったので彼には伝えていなかったのだが、特に隠す理由もない。──まあ、クレイグはともかく、シャフやシードも普通に見てるもんね。
『これのことです。これを使って、私は光の魔術を使えたのです』
ポケットから魔晶石を取り出す。今後野盗コンビに狙われそうだったので、紋様入りの希少性については黙っておいた。
『ふんだ! 後でボスがそれ奪ってボコってくれるって言ってましたよ。精々束の間の平和を噛み締めておくことですね!!』
シャフがフィーネさんの陰で口を尖らせる。影の魔物との戦いでちょっとは見直してたのに。やっぱりコイツは小物だ。
『それは、魔晶石ですか? メアリーさんには使えない筈じゃ……』
『だから人間じゃなくバケモノなんだろコイツ』
オオカミは腕を組んでうんうんと頷く。
クソオオカミにビンタ一発。制裁。……しようとしたが腕を掴まれた。
『闘争心の塊じゃねえか。出ようぜ大会』
クレイグがニヤつきながら言う。コイツ、後で寝てる間に鼻にアロマオイル塗りたくってやる。
『一応、これが次の大会の案内です』
フィーネさんが毛皮の中から一枚のビラを取り出した。毛皮のどこに仕舞う場所があるのやら、何もないところからモノを出現するマジックのような器用さだ。そんな気を遣って貰わんでも、別に大会出たくないんだけどね私。
渡されたビラに目を通す。ふーん、国軍主催の大会なんだね。――参加条件は……と。
おっ、見つけた。すまないねクレイグ、私の『勝ち』だ。
『あー、私出られないな。だってエリノア国に住民票無いし~』
ヒラヒラとビラを揺らす。たぶん、したり顔になってると思う。
大会の参加条件は、『エリノア国に住民票を持ち、魔王庁防衛部(エリノア国軍)に所属していない男女一名または二名』とあった。無論、ノース国オルト村に本住所を持つ私はエリノア国の住民票など持っていよう筈もない。
『残念だなー! 大会出たかったんだけどな~!!』
ここぞとばかりにクレイグを煽る。ぐぬぬと牙を剥き悔しがる人狼。
バケモノ呼ばわりのお返しじゃい。超気持ちいい。
『ありますよ、住民票』
『ふぁ!!?』
人狼との非常にハイレベルな心理戦を制し最高に晴れやかな気分であった矢先、フィーネさんがとんでもないことを言い出した。
『メアリーさんはオルトの住居が利用できない状態だったため、今はノース国王との合意で難民保護の国際法を適用し、一時的に魔王城に本住所を移しているのです』
味方だと信じていたフィーネさんに、突然後ろからツノでぶっ刺されたような気分だった。ありがとうユキちゃん。でも、今に限ってはどうしてこうなった。魔王城が本住所ってどんだけVIP待遇なの私。
恐る恐る人狼の方を振り向く。ヤツはニヤニヤしながらスマホを持っていた。犬耳の付いたスマホケース。右耳の部分には肉球の模様が付いていて、その無駄な装飾の細かさに無性に腹立たしさが湧く。
『うっし、じゃあお前シードの代わりな。連絡先教えろ』
『はぁ? いやだし――――』
『何言ってんだよ。良かったじゃねえか。お前大会出たかったんだろ?』
人狼とのしょうもない心理戦に敗北し、私の気分は急斜面を転がり落ちるように沈んでいた。
ああ、シード。トリオ唯一の良心だった貴方がこんなドデカい置き土産を残してくれるなんて。
◆ ◆ ◆
エリノア国の王都ヴァーレイン市に到着したのは午後になってからだった。
私とフィーネさんは二馬鹿コンビと別れ、魔王城の人事課に来ていた。カノンちゃんの親族についてフィーネさんが課の職員に詳細を調べてもらっている間、私は後ろで他の職員の魔物達を眺める。
(色んな魔物がいるな……)
外国を訪れていながら『外国人が沢山いる!』と言うような、なんとも当たり前の感想を抱きながらも、私は書類を手にせわしなく歩き回る魔王城の職員達を観察していた。
(あの仔はケットシー、あっちの宝石の仔はカーバンクルかな)
その身体的特徴を『魔物ノート』の情報に当て嵌めていく。ユキちゃんに話を聞き想像を膨らませていただけの存在達が、答え合わせをするかのように目の前にいる。耳の尖った者、宝石を額に宿す者、二足歩行で歩く猫……。 魔物ノートに想い描いていた彼らの姿を思い出し、目の前の『本物』と照らし合わせる。
『お待たせしました』
職員のエルフの女性と話していたフィーネさんがこちらを振り返る。エルフはこちらに微笑み掛けると、直ぐに自分の仕事に戻っていった。
『カノン・ノアーノさんの姉アリアさんは、三階の広報課にいらっしゃるそうです』
そして、ついに掴んだ。失踪したカノンちゃんに繋がる糸を。
事件の真相に、繋がる糸を。
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