14. 水辺の街の静かな祈り
エリノア国、臨海都市リートゥース。
泉の村を出発し、数刻も経たず街へと到着した私達は、並んで市内の大通りを歩いていた。
東側が壮大な海に開かれているこの都市は、通りを歩く私達に潮の香りを届けた。石造りの道路には水辺を好む魔物達が行き交って、彼らの鱗が日差しを浴びてキラキラと光を放っている。街の様子は活気に満ち溢れるというより、水と魔物が共生する町の穏やかな息遣いを感じられるという方がただしいと思った。
通りには元来半水棲の魔物であるトカゲビトの姿もたくさん見える。身長ほどの大きな魚を担いで運ぶひとともすれ違ったし、砂浜でじっと日向ぼっこをしているひと達もいた。
『俺さ、リートゥース市って初めて来たわ』
『わたくしは初等学校の遠足で一度だけ来ましたよ』
『いいな……俺なんて地元のドッグランだったのに……』
クレイグが耳と尻尾をぺたんと下ろし、しょぼくれイグになってしまった。
分かるよクレイグ。遠足って地域によってめっちゃ格差あるんだよね。私もガルデニアにお弁当を持ってピクニックだったよ。真新しさも何もあったもんじゃない。
『なあ、あれって』
『シエラ様じゃね?』
『嘘、シエラ様? 何かの撮影かしら』
すれ違う魔物達がフィーネさんの姿を見てざわつき始めている。
でも撮影って。有名人ではあるけど芸能人じゃあるまいし。
『シードさん、案内をお願いできますか』
『分かった……』
フィーネさんは気にせずシードに道案内を促す。
大丈夫?これ、シードん家まで野次馬付いてこない?
◆ ◆ ◆
大通りを一本外れた路地に入ると、街のざわめきがフッと一気に遠のいた。並ぶ家々は低く、石材を積み上げた平屋が中心のようだ。庭先のプランターに植えられた水草たちが風に揺れ、どの家の屋根も鱗を持つ主のような美しい曲線を持っている。シードの家もまた、ひかえめな芝生の庭と、丸みを帯びたフォルムの格子窓を携えていて、どこか水辺の巣穴のような印象を受けた。
『あ、シードだー!』
『シード兄ぃー!』
家の外では小さなトカゲビト達が遊んでいた。
彼らはシードの姿を認めると、とてとてと走って来る。
子供のトカゲビトって初めて見たけど、なにこれめっちゃ可愛すぎる。
『あれー、シードじゃん』
『シャル姉』
シードがいつものようなダウナーな表情で子供たちを持ち上げて遊んでいると、家の中からエプロン姿の大人のトカゲビトが出てきた。薄い水色……ターコイズブルーを少し薄めたような綺麗な鱗だ。
『丁度良かった。シード、みりん買ってきて。丁度切れちゃって。みりん』
『えぇ……シャル姉自分で行って来いよ』
『鍋掛けてんの。自分じゃ行けないっしょ? ……と言うかあんた、どした?』
その後、フィーネさんが挨拶を交わし、シャル姉と呼ばれるトカゲビトと家の中に入った。私達と外で遊んでいた子供達もぞろぞろと続く。
ちなみにシードだけはみりんを買いに行った。
『ちょっとすみません、鍋を掛けていて……』
居間に全員が通されると、シャル姉さんは部屋を出ていった。
子供達は『なにもしない時間』が耐えられなかったのか、すぐに飽きて外へ飛び出していく。これから大切な話をするところなのだが、こう言う点においては無知な子供に何も罪はない。
私やクレイグ、シャフらも腕を引かれ強制連行される。さすがはトカゲビト、子供でもそれなりに力が強い。非力なシャフじゃ俎上の鯉だろうな。
『ねえ人間ー。みりんって十回言って』
可愛い。十回クイズ、私も昔良くやったな。
『みりんみりんみりん……』
『鼻のながいどうぶつは?』
『キリン……』
『ぶっぶー、ゾウでした~!』
超かわ。
『この~~!』
くすぐりを入れると小さな身体がよじれて、キャッキャッとくすぐったがる。冷血生物としてのひんやりとした鱗の感触と腕の中の無邪気な笑いがほんの少し、この世界の怖さを忘れさせてくれた。 やがてその様子を見ていた別の子供達もとてとてと近づいてくる。その目にあるのはいずれも『我こそが次ぞ』という渇望だった。
『あ~、ボクも~~!!』
子供達の元いた場所には、ぐったりと翼を広げ地にひれ伏す謎の黒い物体がひとつ。これは見なかったことにしておこう。
『鼻のながいどーぶつは?』
『みりん』
片やこっちではクレイグが即答してる。
答えがキリンですらない。
『おまえら何してんの』
そうこうしている内に、シードがみりん片手に戻ってきた。
はえーなこいつ。向かいの家がみりん専門店なのかってレベルだ。
『メアリーさん、少し宜しいですか』
そんなシード帰還の丁度のタイミングで、家のリビングに面した窓がカーテンの合間からスッと開き、フィーネさんの涼やかな声が届いた。
子供達の相手はクレイグと謎の黒い物体に任せて、私はシードと居間に戻る。家の中に入ると、空気の重さがわずかに変わった気がした。外のざわめきが遠くなり、私はここに来た本来の目的を見据えて気持ちを改める。
『シュガルドさんの件、シャルトさんにお伝えしました』
居間は沈黙に包まれていた。時が止まっているのではと錯覚するほど張り詰めた空気の中、台所から届く煮魚の美味しそうな香りだけが場違いにも部屋全体に染み渡っていて、この時の中で唯一動いているように感じられた。椅子に座るシャル姉……シャルト・ソーリアさんはエプロン姿のままテーブル中央に置かれたお菓子のバスケットを見つめている。まるで、そこに行ってしまった何かが帰ってくるのを、ただひたすら待ち続けているかのように。
『貴方が……』
シャルトさんが顔を上げた。透き通る深い水色の瞳が私を見据える。
『ガル兄……シュガルドのご友人の』
『メアリー・フェリシアと言います』
『此度は兄がお世話になりました』
シャルトさんが胸の前で手を組み頭を下げた。
人の国でのお辞儀に相当する、エリノア国では主流の作法だ。
『兄は人間の町で上手くやれていましたか』
『はい、シュガルドさんはよく魚を取って来てくれて、ご近所さんにおすそ分けしてくれたり、捌き方や美味しい食べ方を教えてくれたりしたんですよ』
『ふふ、兄は魚が大の好物でしたから。あたしも魚の獲り方をみっちり叩き込まれました』
生前の思い出を語り合う行為。それこそが亡くなったひとを偲び、想い出という形で存在を現世に繋ぎ止められる行為だ。
『ねえ、シード』
シャルトさんが依然としてみりんを持ったまま突っ立っているシードに向かって話しかける。
『お願い、もう危ないことはしないで。ガル兄だけじゃなくあんたまで居なくなったら、あたし……! やっと戦争が終わって、あの子達も安心して暮らせるようになったんだから』
家の外で人狼と一緒にコウモリを使って遊ぶ子供たち。
それを見つめる彼女の目は、どこか憂いを含んでいた。
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
メイ『今回のゲストはトカゲビトのシャルトさんです』
シャルト『シャルト・ソーリa――』
子供達『おねーちゃん、ボクも次お話ししたい』
シャルト『よろしくおねg――』
子供達『今日はあの黒いばさばさいないの?』
シャルト『ねえ、ちゃんと静かにするっておうちで約束したでしょ?』
メイ『あはは……』
シャルト『あたしはソーリアの長女で、ガル兄の一つ下なんだ』
メイ『シュガルドさんが人間の国に出稼ぎに出る間、シャルトさんが家の世話をしていたんですよね』
シャルト『エリノア国ってあまり雇用がなくて、稼ごうとするとどうしても人の国に出るしかないの。だからガル兄と色々話して決めたんだ』
シャルト『ちなみにシードも人の国に出稼ぎに行くって言って家を飛び出したのよ』
メイ『出稼ぎって、まさかアレのこと……?』
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