12. 暗影蠢く森で【3】
急いでいた。
泉にはフィーネさんがいる。彼ならきっと、打開策を見つけてくれる。
全力疾走。息が切れる。こんなに走ったのはいつ振りだろう。
だが、早くしないとみんなが。私は必死に森の中を走っていた。
それなのに――――
「がおーん!!!」
――野盗トリオのボス、濃紺のワイバーンに行く手を阻まれた。
しかも、人気バーガーチェーン『セレスティアルバーガー』のアルバイトの制服を着ている。
もう一体何なんだよこいつは。名前は忘れたけど、確か二つ名が翼なのになんとかホーンとかそういう感じのヤツだった。
ワイバーンは私の目の前で両翼を拡げると大きな咆哮を挙げ立ち塞がる。
……いや、咆哮じゃないかも。絶対今がおーんって自分で発声してたよ。
暇な時ならそうツッコんでいたかもしれない。でも、今はそれどころじゃない。一分一秒を争う事態なんだよ。私はワイバーンの足元をすり抜けてそのまま走り去る。
「無視された!!?」
後ろでヤツがショックを受けているが気にしている場合じゃない。今はフィーネさんの元へ行くことが先決だ。
「おい! なんで無視すんだよ!!」
ワイバーンはすぐに追い付いてきた。私の進行先に回り込むようにして降り立つと、腰に両翼を当ててぷんぷんと怒り始める。
「それどころじゃないの! 早く泉に行かなきゃ!!」
「泉? 何で?」
「だから説明してる場合じゃないの!!」
そうこうしている間に、私の背後の地面が黒く染まり始める。吸い込まれるかのような混じりけの無い不気味な純黒。それは次第に隆起を始めると、その不定形な姿を、崩れたトカゲビトのような形に形成した。
「もう、追いついて……」
「……誰?」
ワイバーンは状況を飲み込んでいなかった。その間に影のような魔物が二体、三体と増え続け、十数体の影が私とワイバーンを囲む。中には三馬鹿トリオをそれぞれ体内に取り込んでいる者もあった。
「あ゛ーー!! みんなーーー!!!!」
叫ぶワイバーン。どっかで聞いたセリフだな、それ。
「あいつは敵! 泉に行けば皆を助けられるの! あんたも手伝って!!」
私はワイバーンに簡単に状況を説明し、泉へ行くことを促そうとする。
だが――――
「みんな!! 今助けるぞ!!!」
――アイツは聞いちゃいなかった。
ワイバーンはその巨体で大きく飛翔すると、影の魔物のうちシードをとらえている個体に向かって急降下し、今にも蹴り掛かろうとしている。
今は影の魔物の注意が上空のワイバーンに向いている。このまま囮を彼に任せ、私はフィーネさんのもとに向かうということも出来た。でも……
「駄目! 待って!!」
「え!? なんで!?」
私は彼を静止していた。敵との距離スレスレのところで彼の身体は空中に留まる。
「そいつに触っちゃ駄目! クレイグもシードも、そいつには物理的な攻撃が全く効かなかった!!」
「ふーん……?」
ワイバーンが目だけをこちらに向ける。
「それにみんな、コイツに直接触れた途端に身体に引きずり込まれたの! だから、絶対に触っちゃ駄目!!」
「そっか。でも──」
「もう遅いよ」
私は彼を攻撃の直前で静止した。
身体は空中に留まったが、長い尻尾だけは慣性に抗えなかったようだ。
「尻尾が捕まってる。自由に動かせない」
見ると、彼の尻尾は影の中に沈んでいた。
辺りにはバサバサと言うワイバーンの羽音のみが響く。体の前面で尻尾が拘束されているのだ。飛行を続けなければ後ろ向きに倒れてしまうところを、羽ばたきだけで反発しているのだろう。
こいつ結局ただ捕まっただけじゃん。……と言いたい所だが、私がもっと早く伝えるべきだった。半分は私の責任だ。
『…………』
魔物は、そのまま影を伸ばし全身を引きずり込もうとしている。
ワイバーンはその様子を見て目を細めた。
『お前さ』
ワイバーンの金色の瞳が鋭く光る。魔術の行使だ。
『まさかそれで、本気で我に及ぶと思ってるわけ?』
次の瞬間、周囲が暗天に包まれた。まるでこの一帯だけが全く別の次元に切り出され、夜の世界に閉じ込められたかのよう。
そして次に現れた青黒い無数の不気味な何かが、次々と魔物の全身を引き裂いていく。形容するなら死霊、いや、鎌鼬の類いだろうか。
十数体もいた影の魔物は声を上げる間もなく、跡形もなく一瞬で消滅した。
『みんな! 大丈夫か!?』
暗天が晴れる。そこには解放された三馬鹿トリオと、それを必死に翼で揺するワイバーン。こいつ、こんなに……
「おい、そこの生意気な奴」
不意に声を掛けられた。ワイバーンの金の双眸と目が合う。
竜は瞳から感情を読み取る生き物だ。恐怖の念を悟られたくなくば、決して目を合わせてはならない。真偽は定かではないが、ノース国の間には古くからそう言った言い伝えがある。
それなのに。
油断をしていた。黒竜の時と同様……不意にこいつとも目を合わせてしまった。
――敵を一瞬で八つ裂きにした先の光景を目の当たりにして、今や私はこの飛竜に畏れの感情を抱いてしまっているというのに。
「みんな起きないんだよ」
ワイバーンはそんな私の心の内を知ってか知らずか、三馬鹿に視線を戻す。
「我はバイトこっそり抜け出してヒで来ちゃってて、早く戻らないと店長に怒られるからさ。みんなの目が覚めるまで代わりに診といてよ。そしたらお前ボコるの次に会った時にしてやるから」
一位種の魔物としての威厳から、一瞬でいつもの三馬鹿のボスに戻った気がした。
たぶん、大丈夫だ。コイツは私の恐怖とかそういうの全然気づいてない。
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
メイ「ワイバーン。前肢と翼が一体である竜の種族名であり、大空を自由に飛び回り狩りを行うその様子から飛竜とも呼ばれる。その性格は極めて獰猛かつ残虐であり、人魔戦争時には人間も捕食対象としていた」
メイ「……の、筈なんだけど」
ナイトホーン「セフィリア・ナイトホーン、ダークワイバーン! かわいい仲間たちを陰で支える実力者!!」
メイ「このひとは、もはやオモシロヨルトカゲなんですよね」
ナイトホーン「誰がオモシロヨルトカゲだよ!! 我はこう見えて最高位種の魔物なんだかんな!!」
ナイトホーン「こう見えてってなんだよ!!!」
メイ「自分で言った癖に……」
シャフ「メイさんって、なんだかんだでボスと仲いいですよね……」
メイ「なんとかホーン様は、最初に私達を襲った野盗トリオのボスとして登場したよ」
ナイトホーン「ふん、結局みんなお金奪ってないじゃん。だから野盗じゃないし、むしろみんなを一方的にぶっ飛ばしたお前らのほうが悪いと今でも思ってるかんな」
メイ「その時人間の軍人フィンさんが『ドラゴン』と呼んでいたんだけど、実際にはワイバーンとドラゴンは別種で、両方『竜』の種族名なんだ」
ナイトホーン「我等は『ドラゴン』と呼ばれても何とも思わないんだけどさ。ドラゴンのヤツらは『ワイバーン』って呼ばれると怒るんだよね。アイツら我等のことを『腕ナシの劣等種』と思ってんだよ。失礼なヤツらだよね!!」
メイ「その腰に翼を当てて怒るポーズ好きだね。ワイバーンらしくないからやめた方がいいと思うんだけど」
ナイトホーン「なんで我がワイバーンらしさで人間にダメ出しされなきゃなんないんだよ!!」
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