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11. 暗影蠢く森で【2】

 しばらく逃走を続け、私とシャフは大樹の陰で荒い息を整えていた。

 木々の葉の擦れる音が、ザワザワと不穏なリズムでこちらへ迫ってくるように思えた。得体の知れない存在に追われることが、こんなに恐ろしいなんて。

 休んでは居られない。影はすぐそこまで来ているかもしれないから。


 どうしてあの時、光の矢は力を出せなかったのか?

 サーペントさんは、紋様魔晶石は使用者の魔力を変換して取り出す石と言っていた。人間の私はそもそも魔術を行使できない、とも。

 いや、それでも私は光の矢を撃てましたけど……と言うことは置いておいて、彼の言う通りであるとするなら、もしかすると私は今『使用者の魔力』と言うものが切れている状態なんじゃないだろうか? 自覚症状が無いから、あまり分からないけど。


 私はビクビクと怯えるシャフに声を掛ける。


『ねえ』


『ヒャァーー!!!!?? ……ビックリさせないでください!』


 コイツ、すんごい声出した……。

 そんなに驚かなくても。こっちまでビックリしたよ。


『ご、ごめん……』


 私はなるべくシャフを刺激しないように、可能な限り穏やかに話しかける。


『シャフ。私じゃ駄目だったみたい。今、みんなを救えるのは貴方しかいないの』

『わ、わたくしでも無理ですよ!! あのシードやクレイグだって勝てなかったのに!! メイさんも分かるでしょ! わたくしはふたりのように、腕っぷしだって強くないのですから!!』


『でも、貴方は――』

『無理です!! どうせこのままわたくし達は殺されちゃうんですよ!!』


 ――ああ、もう駄目だ。じれったい。


『がっ……!?』


 私は勢いよく彼の軽い身体を押し倒すと、ペラペラと止むことのない口に自らの腕の背を咬ませて押しつけた。


『む、むぐ……』

『お願い……、落ち着いてよく聞いて……頼むから』


 行動とは裏腹に、穏やかに諭すように話しかける。

 腕に広がるジンとした熱い感覚。彼の鋭利な牙がプツリと音を立てて軽々と私の皮膚を突き破り、熱い液体が口内に滴り落ちる。


 ヴァンパイアバットの唾液には、獲物の血液の凝固を阻害する作用があるという。私の血はポタリポタリと滴り落ち、身をよじる彼の口の端からも伝っている。止まらぬその出血に、いよいよ彼の顔も青褪め始めた。


『分かった……?』


 問い掛けに、シャフは真っ青になりながらもコクコクと顔を縦に振る。

 それを見て、私はようやく腕を彼の口から離した。



『ぅぇ…ものすごく変な味の血でした……』



 開口一番にそれか。


 もしかしてさっきまで青褪めてたのも、私の出血を案じてじゃなく単に血がマズかったからか。よし、こいつは後でシメよう。


『その、メイさん。止血は』

『うん、大丈夫。薬と絆創膏は持ってきてるよ』


 父の作っていた外傷の治療薬。事件の起こる前まで、オルトでそこそこ有名だった高品質の薬だ。

 きっと、この薬ならこれくらいの傷はすぐに治る。……うん、たぶん治る。



『シャフ、さっき貴方は腕っぷしが強くないって言ったでしょ』


 私は絆創膏で傷口を塞ぐと、ポケットからファーシルさんの『お守り』を取り出して言った。


『でも、貴方には魔術がある』



  ◆  ◆  ◆


『ウオリャァアあぁーー!!!!!』


 シャフが甲高い声を挙げながら、『お守り』を使って影の魔物に光の矢を放つ。

 矢は影の腹部に命中すると、奴の腹部が消し飛んだ。


「よし、効いてる……!」


 物理攻撃は効かないが、光の魔術ではダメージを与えられる。


『……』


 影の魔物は穴の開いた腹部をチラリと見ると、そのまま何事も無かったかのように私たちにゆっくりと接近してくる。その間に、腹部はすぐ再生してしまった。


 やはり駄目か。矢で命中箇所の影を消し飛ばしても、致命的なダメージを与えられなければすぐに再生してしまう。中途半端な攻撃では結局ジリ貧だ。

 延々と再生されてしまっては、いずれシャフの魔力が尽きてしまうのが先であるだろう。何か、次の打開策は。例えばシャフの魔力を底上げできるような、そんな逆転の一手は無いのか。

 


『コンチクショォぉぁあーーー!!!』


 だが、シャフは違った。

 半ばヤケクソになりながら、影の再生よりも早く、光の矢の乱射を叩き込む。

 ヴァンパイアバットは魔術に非常に長けた種族だ。魔物(まも)ノートにもそう書いてある。


『ギュアアァァエェェエエ!!!!!』


 辺りに響くおぞましい声。この世のものとは思えぬ形容しがたいその声は、魔物の断末魔だろうか。影はもはやズタボロの布のようなグロテスクな姿で原型を留めておらず、次々と光の矢に焼き払われていく。


 そして最後の一片が焼き払われると、遂に影は消滅した。



「や、やった……!」


 辺りに訪れる静寂。

 シャフの魔術の猛攻で、影の魔物を倒したのだ。


『やった、やったよ、シャフ!!』

『ぶヘぇ……』


 勢いよく抱きついた私は、潰れそうな彼の声もお構いなしに喜びの声を上げた。緊張の糸が一気に解け、シャフと共に勝利の余韻に浸る。結局、ゴリ押しが正解だったんだ。


『で、ですが、メイさん……』


 私の抱擁から辛うじて抜け出したシャフは、不安な面持ちで言った。


『クレイグとシードは、どこへ行ったのです……?』




 次の瞬間、私の身体は横からの突風に吹き飛ばされていた。

 下が柔らかい土であるために怪我はしなかったものの、突然の出来事に受け身も取れず勢いよくゴロゴロと転がってしまう。

 風魔術。これは、ヴァンパイアバットが本来得意とする魔術属性だ。


『ヒャアァーー!!!!!

 お願いします、許してくださいぃ!!!』


 シャフの声。

 ふらつく頭で次に認知できたのは、涙を浮かべながら絶叫するシャフの姿だった。


 さっきまで私と抱き合い、喜び合っていたあの場所で────


 十体以上の影の魔物がシャフを囲み、その身を取り込んでいた。



「シャフ!!!」


 私は思わず声を挙げる。

 その声に影の数体が、血のように赤い目をゆっくりとこちらに向けた。


「だ……駄目です!! 逃げ……!!!」


 地面のコウモリは瞬時に飛び立つことができない。だからシャフは咄嗟の判断で、私だけを逃がしてくれたのだ。

 『お守り』は襲われた際に取り落としてしまったのか、彼の足元に転がっている。そして、丸腰の私ではこの状況を打開することもできない。彼にもそれが分かっていたのだろう。

 

「シャフ!! 絶対、助けるから!!!」


 私は彼に言い残すと、たった一人で踵を返した。

 この状況を打破できる唯一のカード。



 フィーネさんの待つ泉へと。



 …………

 ……


「一時……約………………」


 メイが逃げ去った後。

 シャフは身体を取り込まれながらも、力を振り絞り最後の魔術を行使する。

 そして、遠方の森の地面に、ひっそりと魔方陣が出現した。


「おね……が…………」


 そしてシャフの身体は、完全に影に飲み込まれた。



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