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第9話「七色チーム結成会議」

 放課後の旧音楽室は、今では誰も使っていないせいか、薄く埃の匂いがした。でも、窓から差し込む斜陽が長く床を照らしていて、その光だけはやけにくっきりと、生きているようだった。

 「この部屋、なんか懐かしいな。まだ一年生の頃、合唱練習で使った気がする」

 日葵がぽつりとつぶやくと、隣に立つ泰雅が頷いた。

 「使われなくなって久しいけど、窓の位置も遮音も完璧だ。会議には最適だろ?」

 「うん……なんか、秘密基地みたい」

 「そのつもりだよ。ここが〈セブンコア〉の拠点になる」

 言い切るように言った泰雅の声に、ちょうどそのとき、バタンと扉が開いた。

 「うおっ、秘密会議ってマジだったの!?」

 ドタドタと駆け込んできたのは虎太郎だった。後ろから、ゆっくりと歩いてきた玲央が、無言のまま扉を閉める。

 さらに、競技ジャージのままの優奈、トートバッグを抱えた理絵、スケッチブックを片手にした香穂、そして最後に、一真が手提げ鞄を肩に引っ掛けて入ってきた。

 「全員、揃ったな」

 泰雅が頷き、黒板の前に立つと、日葵は自然とその隣に座った。今や自分は、泰雅がこの〈セブンコア〉を作ろうとしている理由を、一番近くで知っていると思う。

 「……よし。今日からこの7人で、千彩市の“色”を取り戻すためのチームを組む。名前は〈セブンコア〉。それぞれの心の“核”が色として戦力になる。それを束ねるんだ」

 泰雅の言葉に、空気が静まり返る。

 香穂は手のひらに絵筆を転がし、虎太郎は視線を宙に泳がせた。玲央は何も言わずに腕を組み、優奈は真っ直ぐに泰雅を見つめていた。

 理絵が、ぽつりと口を開く。

 「……それってつまり、あたしたち全員、あの“光”を扱えるようになるってこと?」

 「扱えるようになるというより……心にある色が、外に出るようになる。それを、日葵が光譜術で“可視化”できる」

 「わたしが……?」

 日葵が思わず自分を指差すと、泰雅は微笑んだ。

 「今のところ、光を出せるのは君だけだ。でも、俺たちの心の色が強くなれば、君を通して世界に示せる。つまり、君がこのチームの中心だ」

 「ちょ、ちょっと待って! あたし、そんなに大した人じゃ――」

 「大したかどうかは関係ない」

 ピシャリと声が入ったのは、玲央だった。腕を組んだまま、淡々とした声で続ける。

 「誰かがやるしかないなら、たまたまできる人がやる。それだけだ。日葵が自分の力を無理に誇る必要はない。でも、拒否するのも違う」

 玲央の言葉に、香穂が小さくうなずいた。

 「……色って、目に見えなくなっても、どこかには残ってるんだよ。光じゃなくても、においとか、手ざわりとか、音にも……でも、それを形にできる日葵ちゃんの力は、すごく、うらやましいと思う」

 ぽつりと言ったその声に、何かが通じたように、優奈が立ち上がった。

 「……やるべきことがあるなら、やる」

 「だよなー、うんうん! てか、俺さ、あの光すっごい感動したんだよな! 俺の直感が言ってる、これ、でっかいことになるぞって!」

 虎太郎が勢いよく両手を広げる。理絵がやれやれと肩をすくめながらも、鞄から真っ赤な唐辛子味のスナックを取り出した。

 「とりあえず、話は聞くよ。おもしろそうな匂いはしてるから」

 全員の視線が、やがて一真に集まった。彼は何も言わずに、静かにノートPCを起動していた。

 「仮にこの“光”が可視化できるエネルギーだとしたら……感情と色彩との相関、そして都市規模での広がり方について仮説がある」

 「おおー、さすが一真くん!」

 日葵が思わず声を上げると、一真はわずかにうなずいた。

 「ただし、その仮説の検証にはデータが必要だ。できるだけ多くの色を集める必要がある。そのためのチームというなら、賛成する」

 「ありがとう、一真」

 泰雅の声に、教室に柔らかい空気が満ちた。そのとき――。

 バチッ。

 突然、窓の外で稲妻が走った。

 次の瞬間、黒板がギシ、と揺れる。蛍光灯が一瞬だけ点滅し、部屋の空気がピリッと引き締まる。

 「っ、今の……」

 日葵が振り返ると、廊下の奥、ガラス窓の外――そこに、なにか黒いものがよぎった。液体のような、影のような、粘り気のある“何か”。

 「陰彩だ。もう、俺たちの動きを察知してる」

 泰雅が声を低くして言った。

 「……初の実戦になる。全員、準備はいいか?」

 日葵は、深く息を吸った。心の中で、自分の弱さがざわめいていた。「できるの?」「失敗したら?」「わたしなんかが」――でも。

 「ううん、やる。やるよ。だって……この色を、みんなで守りたいから!」

 その瞬間、旧音楽室の窓から、一筋の光が走った。




 音もなく、旧音楽室の窓ガラスが揺れた。吹き抜けた風は色を持たず、ただ“冷たい”としか言えない感触を空間に置いていく。廊下の奥に残された黒い残像は、すぐに掻き消えるように溶けた。

 「来るぞ。外からだ、裏の体育倉庫側……!」

 泰雅がすぐに机の上の地図を広げ、指で指し示す。裏手の窓に走り寄った玲央がカーテンを開け、観察用の携帯望遠レンズを装着する。

 「ひとつ、いや……ふたつ。影のような塊が這ってる。建物の壁を、這いながら、ぐるっと回り込んでるみたいだ」

 「うそでしょ……あれ、校庭のときのより大きくない?」

 日葵が声を震わせながらも、身を乗り出す。ガラス越しに見えるその“影”は、まるで水墨を滲ませたような形で、コンクリートの壁に染み込みながら進んでいた。

 「けど、怖がってるヒマない!」

 虎太郎が叫び、机の下からモップを取り出すと、構えるようにそれを持ち上げた。

 「武器がないからって黙ってやられる気、俺はないからな!」

 「……虎太郎くん、それ、掃除用具だよ」

 理絵が冷静に突っ込んだが、口元がほんの少しだけ緩んでいる。

 「でも、気持ちはわかる。あれが入ってきたら、次は色だけじゃなくて、感情そのものを奪われる」

 「そう。やられる前に、“色”で対抗する」

 泰雅が黒板にチョークで書き始めた。「戦闘構成案」と書かれたその下に、七人の名前が縦に並ぶ。

 「日葵が中心。光を出せる唯一の存在。玲央と一真は観測と分析。優奈と虎太郎が即応と機動。理絵と香穂は支援……」

 「支援って?」

 香穂が不安げに尋ねると、泰雅は地図の横に貼った感情グラフを示した。

 「感情が揺れ動くと、色は濃くなる。その変化を捉えて、日葵の力の源にする。絵を描くことも、香りも、味覚も……色の“元”になる感覚を引き出せるのは君たちの役割だ」

 「……なるほど、そういうことか」

 一真が小声で言いながら、手元のPCに回路図のようなフローを描き出した。

 「感覚入力→心象処理→色変換→光出力……日葵が変換装置みたいなものだとしたら、我々は“燃料”を供給する必要があるということか」

 「待って、それって……感情を使うってこと?」

 日葵が戸惑ったように言うと、玲央が視線を落とさずに答えた。

 「そう。怒りも悲しみも、喜びも、すべてが“色”になる。負の感情も含めて」

 「そんな……でも、怖いよ。あたし、まだ自分の光だってコントロールできないのに……!」

 震えそうになる声を堪えるように、日葵は手を握りしめた。誰かのために、と思えば思うほど、心の奥に潜む「できなかったら」という怖さが顔を出す。

 そんな彼女の肩に、すっと手が置かれた。

 優奈だった。

 「……大丈夫」

 たった一言。それだけだった。でも、彼女のまっすぐな瞳が、“覚悟”を表していた。

 「私たちがいる。私たちの色を、信じて」

 「……!」

 その言葉が、日葵の胸の奥に届く。ぽつん、と灯るように、薄い光が指先にともった。

 「見える……みんなの色が」

 「じゃあ、やってみせろよ! 俺らの“初陣”ってやつ!」

 虎太郎が両手で窓を開け放ち、冷気とともに黒い“影”が入り込んでくる。まるで風のように流れ込んだそれは、床を滑り、椅子を倒し、ピアノの脚にまとわりついて止まった。

 「やばい、来るよ――!」

 玲央が叫ぶ。

 「いけ、日葵! 桃色、出せ!」

 「うん、やってみる……!」

 心を開け。自分の感情じゃない。みんなの色を、信じて。

 日葵は右手を胸に、左手を掲げる。

 すると――。

 パァッ――!

 桃色の光が、旧音楽室に広がった。



 

 旧音楽室に射し込む西陽は、まるでどこかの舞台照明のように、窓ガラス越しに金色の埃をきらめかせていた。だがその神聖な雰囲気とは裏腹に、室内にいた八人の中学生たちは、ひとつのテーブルを囲んで押し黙っていた。

 話の中心にいたのは、副会長の泰雅。そしてその右隣には、緊張しながらも真っ直ぐな瞳で彼を見つめる日葵。その背後には、玲央・優奈・虎太郎・香穂・理絵・一真の六人が、並ぶように立っていた。

「じゃあ、これから“結成会議”ってことでいいのか?」

 先に口を開いたのは虎太郎だった。動揺気味に首をかきながら、でもどこか楽しげに。

「なんかこう……決めごととかある? ドレスコードとか、バトルネーム的な?」

「必要ない」

 玲央の即答だった。声に抑揚はないが、場を鎮めるような威力がある。虎太郎は口をへの字にして、「……マジかぁ」と小さく呟いた。

「まずは、今わかってることの共有から始めようか」

 泰雅が一歩前に出ると、古びた黒板に地図を貼り出した。市内の航空写真だ。商店街、小学校、駅前広場――その各所に、赤い付箋が貼られていた。

「これは、過去七日間に“色の消失”が起きた地点だ。時間帯はバラバラだけど、どの場所も“無彩化”がじわじわ拡大してる。放っておけば、市全体が灰色になるのは時間の問題だ」

 黒板に並ぶ赤いマークを見て、日葵は唇を噛んだ。自分が桜を救った校庭も、そのうちのひとつだった。

「ねえ、それって――やっぱり、“陰彩”の仕業なんだよね?」

 香穂がぽつりと口にした言葉に、全員が頷く。

「その“陰彩”って、目に見えるんだよね?」

 一真が割り込んだ。腕を組み、顎に指をあてる。

「もしそれが視認可能なら、映像記録があれば解析もできる。波長、色素、物質干渉……何でも試せるはずだ」

「でも、あたしが見たときは――」

 日葵が思い出すように眉を寄せる。

「もやもやしてて、黒いけど、光に触れたら……逃げていった気がする」

「反光性……光に反応してる……?」

 一真がぶつぶつと何かを計算し始めた。

 そのとき――旧音楽室の壁が、ふいに“ぴしり”と音を立てた。

「……今の、何の音?」

 理絵が目を細め、窓の外に目をやる。そこには……何も見えなかった。

 だが、泰雅の指先が震えた。

「……来るぞ。油断するな!」

 その言葉と同時に、旧音楽室の壁面から、まるで墨をこぼしたような“黒”が滲み出した。それは人の形にも見えたし、ただの染みのようにも見えた。

 誰かが息を呑んだ。

 日葵の胸がきゅっと縮まる。

「陰彩……っ!」

 その黒は、まるで空気を裂くようにスライドしながら、音楽室の中央へ向かってじわじわとにじり寄ってくる。温度が一気に下がったように、肌に粟立つ寒気が走った。

「香穂、色を感じ取って!」

 泰雅の指示に、香穂は目を閉じて頷く。

「……うん。すごく、濁ってる。でも……どこか、寂しそうな感じもする」

「それ、敵に同情してる場合じゃないって!」

 虎太郎が叫んだが、その手は震えていた。

 日葵は咄嗟に前へ出た。けれど、光を出そうとした瞬間――

 “桃色の光”が、指先でぶれてしまった。

(だめ……うまく集中できない……!)

 そのとき、優奈が一歩前へ出た。何も言わず、ただ視線で「任せろ」と伝えてくる。

 彼女の靴が床を蹴ると同時に、日葵の背中が少しだけ温かくなった。優奈の動きに励まされたように、日葵の心に再び“光”が点る。

「もう一度……っ!」

 日葵の掌から、ふたたび“桃色の光”がほとばしった。それは陰彩の“染み”をかすめ、煙のようにそれを散らした。

「……効いてる! やっぱり光で追い払える!」

 泰雅の声に、玲央が即座に反応した。

「なら、次は“連携”だ。日葵だけじゃなく、全員の色を合わせる。俺たち七人の“光”で!」


 足音が止んだ。

 音楽室のドアが、まるで重たくなった空気をかきわけるように、ぎぃ、と軋んだ音を立てる。

 ゆっくりと開いた扉の向こうに立っていたのは――玲央だった。

 白いヘッドホンを首にかけ、静かに中へ入ってくるその姿は、どこか神殿の巫女のような荘厳さを帯びていた。だが、それは彼の“沈黙”ゆえではない。

 玲央の目には、はっきりと「決意」の色が宿っていた。

「……来たのか、玲央」

 泰雅が言う。声は低く、だが歓迎を込めていた。

「おそかったー!」

「でも、よかったぁ……」

 虎太郎と香穂が次いで声を重ね、優奈は無言で頷き、理絵は「ま、来るとは思ってた」とそっぽを向いたまま口の端だけで笑った。

 玲央は何も言わず、一歩、また一歩と歩を進める。そして、日葵の正面で立ち止まった。

 日葵はどこか緊張していた。彼女の中で、玲央はまだ少し「読めない」存在だった。感情をあまり表に出さない彼が、今、何を思ってここにいるのか。

 だけど、次の瞬間。

「……七人、か」

 玲央の口が開いた。

 全員が、驚きと同時に、空気がピンと張り詰めるのを感じた。彼の言葉は、いつもよりほんの少しだけ、熱を含んでいた。

「揃ったな」

 泰雅が言った。そして、静かに一枚の紙を音楽室の中央のテーブルに広げた。

 それは、街の地図。しかも通常のものではない。泰雅が数日かけて情報を集め、自ら色分けして整理した特製のマップだった。

 地図には、色が消失した場所が赤、異常な霧が発生した地点が青、目撃情報があった箇所は黄色と、それぞれに分類されていた。

「これが、千彩市の“現状”だ」

 泰雅は、一本のペンライトを点け、地図の上に置いた。

「このままじゃ、あと一か月で街の六割が無彩化される可能性がある。これは一真が数式モデルで弾き出した結果だけど、誤差は少ない」

「じゃあ、そんなに時間が……」

 日葵が口を押さえる。彼女の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 理絵が腕を組み、鋭く切り込む。

「つまり、それまでに“無彩核”ってやつを止めないと、街全体が白黒になるってことね」

「そうだ」

 泰雅がうなずき、そして地図の横に新たな一枚の紙を置いた。

 それは、見慣れないマークが書かれた円形の図だった。七つの等間隔の区画があり、それぞれに小さなアイコン――炎、水滴、星、植物、羽、音符、そして桃色のハートが描かれている。

「……これは?」

 香穂が小首をかしげる。

「〈セブンコア〉の編成図だ」

 泰雅が言う。

「七人それぞれに、“感情の色”と“得意分野”がある。今までの出来事をもとに、こうして属性的に分類してみた。これはあくまで仮だけど、方針としては悪くないはずだ」

 彼は順番に図を指差しながら、説明を始めた。

「優奈は“決意”の金。ラインを引くように進む姿勢が、このチームの背骨になる」

「虎太郎は“直感”の橙。瞬間的な反応力と柔軟な動きは、予測不可能な状況での突破力になる」

「香穂は“感性”の碧。感情の微細な揺れを捉える力が、他者とのリンクを補助する」

「玲央は“観測”の群青。状況の分析と冷静な視点が、戦略面の土台になる」

「理絵は“烈火”の紅。強い自我と切り込み力で、硬直した空気を打破する突破口だ」

「一真は“理性”の藍。冷静な論理力と計算力で、全体を俯瞰し整える役割を担う」

 そして、最後に。

「日葵は――“希望”の桃。すべての色を繋ぐ、このチームの中心だ」

 日葵は思わず胸に手を当てた。

 まるで、心臓がその言葉を合図にして跳ねたかのように、どくんと鳴った。

(私が、中心……?)

 まだ信じられなかった。自分の短所ばかりに目がいってしまう癖は、今もどこかにこびりついている。

 でも――。

 日葵はそっと仲間たちを見回した。

 優奈が、静かにうなずいてくれる。虎太郎が、安心させるように笑ってくれる。香穂が、小さく親指を立てる。玲央が、目を伏せながらも隣に立っている。理絵が、軽く肩を叩いてくれる。一真が、無言で図を整え直してくれる。

 ――このメンバーなら。

「……うん。やる、私。皆の“色”を、繋げたい」

 そのときだった。

 バン――ッ!

 音楽室の窓が揺れるほどの衝撃音が鳴った。

 同時に、教室の空気がぞわりと冷たくなった。まるで、冬の夜に放り出されたような寒気。

 優奈がいち早く窓際へ走り、カーテンを開ける。

 窓の外に――灰色の渦が浮かんでいた。

 まるで雲のような、もしくは煙のようなそれは、目に見えない恐怖を実体化したかのように教室を包囲しようとしていた。

「来たか……〈陰彩〉だ!」

 泰雅が叫ぶ。


 音楽室の空気が、一瞬で変わった。

 まるで灰色の冬が、春を押しのけて無理やり入り込んできたかのような――そんな重くて冷たい気配。

 教室の窓を押し開けた優奈が言葉を失い、ただ無言で遠くの空を指さした。

 皆の視線が、その指の先に向かう。

 ――空が裂けていた。

 いや、正確には「光」が引き裂かれていた。

 グレーの雲が地表すれすれまで降りてきて、街の空を覆っている。そしてその中心、日葵たちのいる旧音楽室のすぐ外、校舎のグラウンドの真ん中に――黒い影。

「陰彩……」

 日葵の声が、無意識のうちに漏れる。

 それは、かたちを定めていない黒煙のようだった。だが、間違いなく“意志”がある。ぐるぐると旋回しながら、じりじりと近づいてくる。

「おいおい、もう会議終わるまで待ってくれよ……!」

 虎太郎が苦笑するも、声が震えているのがわかった。

「これは……試してるのか?」

 一真が地図を手元に引き寄せ、すぐに視線を動かし始める。

「そうだと思う」

 泰雅が頷く。

「僕ら〈セブンコア〉が動き出したのを感じ取って、反応してきた。しかも最初の一手で、ここを狙ってきたのは――明確な敵意の表れだ」

「狙いは日葵だろ」

 理絵が静かに言った。

「この中で、唯一“感情光”を直接使える子」

「……私が、狙われてる?」

 震える指先を、日葵は無理に組み直す。

 不安だった。自分だけの力じゃ、怖かった。でも。

 机の上の編成図が、ふと視界に入った。七色のアイコン。自分だけじゃない。みんなが、ここにいる。

 日葵はゆっくりと立ち上がった。

「やってみる。……試してみたいの」

「試すって、なにを?」

 香穂が問うと、日葵は手を伸ばした。

 その指先に、淡い光が宿る。桃色の、けれど以前よりもほんの少し強くて、暖かくて、芯のある光。

「“みんなの色”を――合わせる」

 彼女の言葉に、教室の空気がふるえた。

 次の瞬間。

「来るぞッ!!」

 泰雅が叫び、グラウンドにいた陰彩が――跳ねた。

 真っ黒な触手のようなものを幾本も生やし、それをうねらせながら一気に教室の窓を突き破ろうとする。

 だがその直前。

 日葵の両手から、強い光が放たれた。

 ――“桃色のドーム”。

 半透明の光の膜が、音楽室全体を包み込んだ。かつて桜を救ったあのときよりも、格段に広く、強く。

 触手はドームに当たると、じゅう、と音を立てて崩れた。

「よし、やれる!」

 泰雅が叫ぶ。

「セブンコア、展開!」

 仲間たちが一斉に動き出す。

 玲央がすぐさま地形図と方位データをタブレットに起動し、分析開始。

 一真がそれにアルゴリズムを加えて、敵の移動軌道を予測。

 優奈が窓から飛び出し、全力疾走で陰彩の注意を引く。

 虎太郎が直感でタイミングを掴み、避けた先に投石。

 香穂が日葵の肩に手を添え、呼吸を整えさせる。

 理絵が棒を拾い上げ、まっすぐに陰彩の中心を睨みつける。

 ――そして。

「今だっ!」

 日葵の心の中に、7つの光が流れ込んだ気がした。

 優奈の金。虎太郎の橙。香穂の碧。玲央の群青。理絵の紅。一真の藍。

 それらが桃に向かって、束ねられていく。

 彼女の胸元が熱を帯び、光が螺旋を描くように集まる。

「いっけえええええっ!!」

 桃光が解き放たれた。

 今までとは段違いの強さと拡がりを持ったその光は、陰彩の核を直撃する。

 ぎゃあああああ――

 叫びのような音が響き、灰色の影は引き裂かれ、拡散した。

 空の色が、一瞬だけ元の青に戻った。

 旧音楽室に、静寂が戻る。

「……やった、の?」

 日葵の声は、かすれていた。

「……試験戦闘、成功。初勝利だ」

 泰雅が笑った。

 だが全員がわかっていた。これは、あくまで“始まり”に過ぎない。

 ――戦う力があると、証明された。

 そしてこれから、本当の“試練”が来るのだと。

【第9話:七色チーム結成会議/End】


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