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色が消える街で、私はキミと世界を取り戻す 〜セブンコア、色を紡ぐ者たち〜  作者: 乾為天女


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30/30

第30話「色を選ぶ明日」

 六月十日、夕方五時。雲の切れ間から黄金色の陽が射し、丘の上の公園があたたかく染まっていた。

 あの夜から一日──街に“色”が戻っても、人の心がすぐに元通りになるわけではない。でも、千彩市の空気は確かに変わっていた。何かを乗り越えた者だけが持つ、静かな誇りと、やわらかな希望。その中心に、七人の中学生の姿があった。

 芝生に囲まれた広場。その中央に設置された真新しいモニュメントは、七つの花びらをもつガラスの球体だ。透明な本体の内側から、淡く七色の光が脈打っていた。昼と夜の境目にだけ浮かび上がる、奇跡のような輝き──それは〈心色モニュメント〉と名づけられた。

 除幕式を前に、報道カメラが何台も並び、地域の人たちが色とりどりの服を着て集まってくる。笑顔。ざわめき。風に混じる、アイスクリームや焼きとうもろこしの匂い。

 つい三日前まで、すべてが無彩だったなんて、とても信じられなかった。

「緊張してる? 日葵」

 隣から小さな声がした。香穂が、リネンのワンピースの裾を握りしめながら笑っている。

「うん。めちゃくちゃ緊張してる。でも……今日は、ちゃんと“言う”って決めたから」

 日葵は頷いた。小さな手をギュッと握りしめている。ステージ脇の壇上には、既に他の仲間たちも揃っていた。

 泰雅は爽やかなブルーのジャケット姿で、控えめに街全体を見渡している。虎太郎はスピーチ前の練習をしながら、そわそわ落ち着かない。優奈は背筋を伸ばして、まっすぐ前を見ている。理絵はモニュメントの光の具合を最後までチェックし、玲央は空の変化を観察していた。一真は全員分のスピーチ原稿を持参していたが、「使わなくても大丈夫だ」と控室にそっと置いてきた。

「じゃあ、始めます!」

 司会の女性がマイクを握ると、会場にやわらかな拍手が広がった。

「本日はお忙しい中、千彩市復興祈念モニュメント除幕式にご参加いただき、誠にありがとうございます。さて、皆さまもご存じの通り、街は今──再び色と鼓動を取り戻しつつあります。その象徴として、本日、ここに……」

 壇上のモニュメントの白布がゆっくりと外された。

 光が、広がった。透明なガラス球の中心から、七色の花びらが舞い上がるように発光し、空のグラデーションに溶け込んでいく。

 わぁ──と声が上がり、どこかからシャボン玉が飛んできた。

 子どもたちが走り、年配の夫婦が見つめ合い、誰かがスマホを空にかざす。世界が、再び“色”を肯定する。そんな瞬間だった。

「では続いて、このモニュメントの名前と、意図を考案した千彩市立第二中学校の生徒代表から、スピーチをいただきます。拍手でお迎えください」

 場内がいっせいに注目する。日葵はマイクの前へと歩を進めた。ふらり、と一瞬、足元がふらつく。けれど、足裏の芝の感触が支えてくれた。そっと視線を上げると、空にひとすじ、虹の前触れのような光が伸びていた。

「えっと、こんにちは。中学二年生の、日葵です」

 少しだけ間を空けて、日葵はつづける。

「この街の色が消えて、私は“自分の短所しか見えない”って、ずっと思ってました。ドジだし、うるさいし、空気読めないって言われるし。……でも。そんな私が、あるとき“光”を使えるようになったんです」

 小さくどよめく観客たち。けれど、それを否定するような空気ではない。

 ここに集まっているのは、“あの異変”を目にした人々。あのときの“光”に、心を動かされた誰かたち。

「街から“色”が消えて、人の感情も薄くなって。みんな、どうしていいかわからなくて……。でも、私は見たんです。ひとりひとりが、それでも懸命に前に進もうとする姿を」

 泰雅の広い視野、玲央の静かな信念。優奈の地道な努力、虎太郎の真っ直ぐな直感。香穂のやわらかさ、理絵の芯の強さ、一真の誠実さ。みんなの“色”を思い出すだけで、胸が熱くなる。

「私は、そんな仲間たちに出会って、自分の“短所”を、ちょっとだけ好きになれました。短所は……見方を変えたら、きっと“第ゼロ色”なんです。最初からある、私たちだけの色。足りないところがあるから、支え合える。足りない色があるから、混ざって、七色になる」

 会場が、静まり返る。風がそっと吹き抜け、どこかでシャッター音が響く。


 そのとき、客席のほうでひとりの子どもが手を挙げた。

 最前列に座っていた小学一年生くらいの男の子で、服のすそを握りしめながら、おそるおそる、けれどはっきりと声を出した。

「ねえ、お姉ちゃん……色って、消えちゃうの?」

 会場が、ふっと静かになる。

 日葵はほんの一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく笑った。

「ううん。色はね、“隠れちゃう”だけなんだと思う。心がぎゅーって苦しくなると、自分でも見えなくなっちゃう。でも、ちゃんと“ある”の。誰の中にも」

 男の子の手を握る母親が、小さく頷いた。客席の大人たちが目元をおさえる姿も見えた。

 日葵はマイクの前に戻り、深く息を吸った。そして、最後の言葉を、空に向けて宣言する。

「このモニュメントは、そんな“隠れた色”を思い出すための場所です。今日の空の色、風のにおい、大事な人の声。全部、あなたの心のどこかに残って、いつか、光になる。だから──どうか、色を“選ぶ明日”を、忘れないでください」

 その瞬間だった。

 モニュメントの中心が脈打ち、夕陽と共鳴するように、空へと七色の光が走った。

 ゆっくりと、音もなく、上空に弧を描くように、二重の虹が現れた。

「……ダブルレインボー……!」

 小さな声がもれ、観客から歓声があがる。スマホを構える人、目を丸くして見上げる人、手を合わせて祈るように光を見つめる人。

 そのすべてが、色と共鳴していた。

「きれい……」

 香穂が、ふわっとつぶやく。

 日葵はその隣で、ようやく肩の力を抜いた。大きく、大きく、深呼吸をして、顔を上げた。

「──ありがとう」

 誰にともなく呟いたその声は、風に乗って空へと舞っていった。

 壇上に戻ってきた仲間たちが、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。

 虎太郎は目を真っ赤にして「なんか知らんけど、めっちゃ泣いた!」と叫び、

 玲央はその横で、ぽつりと「……それが普通だと思う」と頷いた。

「これで、ほんとに全部終わったんだな」

 一真がつぶやいた。

「ううん、終わりじゃなくて、“始まり”じゃない?」と、理絵が言い返す。

 優奈が、「……始まり、か」と小さく復唱した。

 ──そうだ。

 “無彩核”も、もう存在しない。陰彩主は、宵紫という新たな色となって街と調和した。

 これからは、自分たちの選んだ“色”で、街を描いていく番なのだ。

「なあ、せっかくだし最後に、全員で記念写真撮らない?」と泰雅が提案した。

 皆が一斉にうなずくと、通りかかったカメラマンに声をかけ、モニュメントを背景に円陣を組んだ。

「はい、じゃあ、いきますよー! せーの──」

「「「「せーのっ! セブンコア、七色記念っ!!」」」」

 シャッター音が響く。

 その瞬間、モニュメントの内側からまるで応えるように七色の光が花びらのように舞い、風が彼らを包んだ。

 ──きっと、この瞬間の光は、

  心の中で、ずっと消えない。



 その夜、丘のふもとの公園に戻った日葵たちは、誰からともなく、静かに腰をおろした。

 空にはもう、二重の虹はなかった。けれど──

「星が、ちゃんと瞬いてる」

 玲央の小さな声に、皆が空を見上げる。

 虹が消えたあとの空は、どこかすがすがしく、澄んでいた。

 目を凝らすと、小さな星が、ゆっくりと、でも確かに、またたいていた。

 まるで、「これからも色は続いていくよ」と言ってくれているようだった。

「……ねえ、さ」

 日葵が口を開く。

「わたし、昔から自分の“短所”ばっかりに目がいってて。泣き虫だし、うっかりだし、失敗ばっかりで──」

 ぽつぽつとこぼすように、けれどその声は晴れやかだった。

「でもさ。そういうのも含めて、“私”なんだよね。だって、そのおかげで出会えた。こうして、みんなと一緒に、虹を取り戻せたんだもん」

 隣で香穂がそっと、日葵の手を握った。

 理絵が「ようやく気づいたね」と呟き、虎太郎が「おせーよ!」とツッコミを入れ、

 一真が「でもそれが“答え”だったんだと思う」と真面目に返す。

「……私、これからも、失敗するかもしれない。でも、もう怖くない。だって“色”って、そういうことなんでしょ」

 日葵の頬に、風がやさしく吹いた。

 木々の葉がざわめき、誰かが小さく鼻をすする音がした。

 優奈の目尻に光るものを見て、日葵はふふっと笑った。

「みんな、ありがとう。ほんとに、ありがとう。大好き──!」

 その言葉に、誰もがうなずいた。

 もう“無彩”の恐怖も、“陰彩”の不安もない。

 あるのは、確かに選んだ、それぞれの“色”。

 自分の短所も、失敗も、不安も。

 すべて抱きしめて、歩いていく。

 だってそれが──

「わたしたちの、“光譜”だから」

 七人と一匹が見上げた空には、もう虹も花火もなかったけれど、

 誰の目にも、心には、確かに、七色が揺れていた。

 明日へとつづくその光を、信じて。

──

【完】


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