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色が消える街で、私はキミと世界を取り戻す 〜セブンコア、色を紡ぐ者たち〜  作者: 乾為天女


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第29話「虹揚花火」

 深夜〇時十五分。

 静まり返った千彩市の空に、最初のひとしずくの“色”が浮かび上がった。

 それはまるで、息を吹き返す心臓のようだった。

 核の中枢から解き放たれた七色の光が、ゆっくりと上空へ舞い上がり、澄んだ夜空に吸い込まれていく。

「……あれ、花火……?」

 誰かがぽつりとつぶやいた。たぶん香穂だ。彼女の声にはまだ震えが残っていたけれど、それ以上に、なにかを信じようとする力がこもっていた。

 空が応えるように、次の瞬間――七色の光が弾けた。

 ドン、と低い衝撃音。

 そして、漆黒の夜空に、まるで虹が咲くようにひとつ、ふたつ、花が開く。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――。

 それらが絶妙に混ざり合い、ときに煌めき、ときに尾を引きながら、頭上に光の大輪を描いていく。

「……わあっ」

 日葵の声が漏れた。心の奥に溜まっていた不安や、戦いのあとの疲労が、一瞬だけふわっと軽くなった気がした。

 それは、見上げるだけで涙が出そうなほど美しかった。

 けれど、それだけではない。

 この花火には、ただの“光”以上の意味がある。そう、これはただの演出じゃない。

「――あれ、ひとりひとりの、心の光だ」

 玲央が言った。冷静な声音なのに、いつもより少しだけ言葉が早い。

「この前、核の鼓動が七色に分かれていったろ? あのとき放たれた感情の断片……それが今、街のみんなの心にリンクしてる」

「リンクって……じゃあ、あの光って……」

 虎太郎が言いかけて、口を開いたまま黙り込む。答えは空が示していた。

 商店街の空に、唐辛子みたいな赤の火花。

 駅前ロータリーの上に、青くてまっすぐな帯状の光。

 海辺の展望台のほうでは、碧緑のオーロラのような軌跡が揺れていた。

「ぜんぶ、誰かの感情なんだ……」

 理絵がぽつりとつぶやいた。

 孤独の赤も、優しさの黄も、不安の藍も、希望の桃も――。この空に咲いた“虹揚花火”は、七人の光譜術だけではなく、街中の人たちの心から立ちのぼったものだった。

 市役所の屋上。

 眠っていたはずの防災放送スピーカーから、誰かの歌声が流れてくる。

「わっ……これ、わたしの声っぽくない!?」

 香穂が目を丸くする。

 たしかにそれは、以前録音していた仮テーマ曲。

 だが不思議なことに、それに重なるように――無数の声が、感情が、混ざり合っていく。

 子どもたちのはしゃぎ声。

 商店のラジオから漏れる曲。

 病室の母親が子守唄を口ずさむ声。

 音の一つひとつが、街のあちこちで自発的に、まるで“感情の目覚め”に導かれるようにあふれ出していた。

 優奈がポケットからスマホを取り出した。画面が、いつものようにカラフルな光に満ちていた。

 ほんの数日前まで、通知も表示も、モノクロだったというのに。

「……色、戻ってきたんだな」

 泰雅が静かに言った。

 それは、確かな事実だった。




 花火は、終わらなかった。

 次々と湧きあがるように、色と感情が街の空を舞っていた。

 まるで千彩市全体が一つの鼓動を持つ巨大な生きものになったかのようだった。

 玲央が言った「リンク」という言葉は、決して比喩ではない。

 七色に割れた〈光譜核〉の断片は、今や街に生きるすべての人の“欠点と感情”を感応させ、目に見える光へと変えていた。

 たとえば、あの角のパン屋の青年は、客にパンの名前を噛んでしまった恥ずかしさが小さな白光に。

 公園で遊ぶ子どもたちは、おもちゃを取り合った後のごめんねが橙の揺らぎに。

 入院中の祖父が、久しぶりに「ありがとう」と笑ったその一言が、柔らかな薄緑に。

 日葵は、見上げるだけで胸がいっぱいになっていた。

(こんなにも、街には色があったんだ)

 ふと、誰かの手が彼女の手に触れる。

 見れば、理絵だった。無言で小さくうなずき、そのままぎゅっと手を握り返してきた。

 そして、次にその手にかぶさるように虎太郎の手が重なる。

「な、なんとなく……今、こういうの、必要な気がして!」

「うん」

 そのひとことだけで、十分だった。

 優奈も玲央も、香穂も一真も、そして泰雅も、無言で円陣のように集まり、日葵の周りに手をつなげていく。

 風が吹いた。

 どこか遠くで、まだ光が爆ぜる音がする。

 でも、その中心には――たしかに彼女たち自身がいた。

「みんな……ありがとう」

 言葉にした瞬間、胸の奥で微かに眠っていた“なにか”が、ぽ、と灯った気がした。

 それは、かつて彼女の心に宿っていた“桃光”――とは違う。

 もっと柔らかく、もっと温かく、もっと“誰かと一緒に”ある色。

「……桃、じゃない。これって……」

 香穂が小さく声を漏らす。

 一真が言葉を継ぐ。

「スペクトラムを越えた色。白でも黒でもない。だけど、全部を包む色……」

 泰雅がうなずいた。

「虹の内側に、ひとすじだけ見える“白虹”――。いや、今はもう、桃と虹が重なって……」

「“桃虹とうこう”だよ」

 日葵がそう名づけた瞬間、その新しい色が彼女の心臓の奥でゆっくりと脈動を始めた。

 ――トクン。

 街が応えるように、再び夜空に七色の花が打ち上がる。

 それはもう「感情の花火」というより、ひとつの祝福だった。

 〈無彩核〉の封印はまだ完全ではない。

 〈陰彩〉の主も、姿を消したわけではない。

 けれど今、この瞬間だけは確かに――

 街は、生きている。

 人々の心は、確かに灯っている。

 そして、彼女たちは、ひとつになっていた。




 空が、開いた。

 それはたった今まで見えていた千彩市の夜空ではなかった。

 まるで、心の奥をそのまま映すように、どこまでも澄み切っていて、どこまでも自由だった。

「――ねえ、見える?」

 香穂が言った。

 彼女の指さす先には、まるで導かれるようにひとつの巨大な輪が――

 それは、虹だった。

 けれど、ただの虹ではない。

 七色に光るその円環は、ゆっくりと回転しながら、空の一点に収束し、そして放射線状にまた広がっていく。

 日葵が、息を呑む。

「あれって……」

 玲央が応える。

「核の光が、全域へ拡散してる。完全な共鳴モード。七色が臨界を超えて、再構成を始めた」

「つまり……?」

 虎太郎がやや半泣きになりながら尋ねると、一真が静かに言った。

「街全体の“心の色”が、夜空に浮かんでる。これは――“感情の輪廻”だ」

 言葉の意味はすぐには理解できなくても、感覚でわかる。

 空が祝ってくれているのだ。

 彼らがここまで来たことを。

 どんなに短所だと思っていたものも、すべて色に変えたことを。

「もう、何も怖くないんだよね」

 日葵がぽつりとつぶやく。

 彼女の“短所”は、今も変わっていない。

 心配性で、空回りして、すぐ自分を責めて――

 だけど。

「だからこそ、私は、みんなの色を信じられる。……私が、私であるために」

 その言葉と同時に、夜空の中心で新しい花火が咲いた。

 それは桃でも赤でもなく、青でも緑でもない――

 “全部の色が混ざってできた透明に近い光”、それはまさに**「心そのものの輝き」**だった。

 市民の誰もが、その光を見上げ、目を見開き、そして――

 泣いた。

 うれし涙。悔し涙。わけのわからない涙。

 それでいい。

 色は、感情。

 感情は、心。

 心は、人を動かすちから。

 その証明が、今この空に、堂々と打ち上がっている。

 どこかで誰かが叫んだ。「ありがとう!」

 別の誰かが笑った。「だいすきーっ!」

 遠くの方では、ぽつりと「ごめんな」とつぶやく声も聞こえた。

 すべての言葉が、すべての想いが、まるでひとつの音楽のように響いていた。

 そして、それは日葵の耳にも届いた。

 目を閉じる。

 深呼吸をする。

 そして――

「――だいじょうぶ、全部、色にできる」

 そう、心で返した瞬間。

 桃虹が、真上で、爆ぜた。

 夜空を貫く巨大な虹の円。

 その中央に咲いた七重の花。

 それは、七色を超えた第八の色“宵紫”へとつながる合図だった。

 次なる戦いの火蓋が、まもなく切って落とされようとしていた。

 だが今だけは。

 彼女たちは、確かに「勝った」のだ。

 自分自身の心に。

(第29話おわり)


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